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特別企画

神奈川県立横須賀高等学校の生徒がスポーツアナリストになるまでの成長記――NTT人間情報研究所の地域貢献活動の紹介

NTT人間情報研究所サイバネティックス研究プロジェクトでは「スポーツアナリストを体験しよう」という研究テーマで高校生を受け入れ、さらに共同研究としてスーパーサイエンスハイスクールの支援に取り組んでいます。本稿では、若手研究者育成に関する地域貢献活動にかかわったNTT研究者と神奈川県立横須賀高等学校の担当教諭へのインタビューを紹介します。

片岡 香織(かたおか かおり)/進藤 真人(しんどう まさと)
青木 良輔(あおき りょうすけ)
NTT人間情報研究所

はじめに

文部科学省は、国際的に活躍し得る科学技術人材の育成を目的とし、先進的な理数系教育を行う高等学校等を支援する制度(SSH:スーパーサイエンスハイスクール)を実施しています。神奈川県立横須賀高等学校(横須賀高校)は、平成28年度からSSHに認定され、生徒たちの課題研究能力を育む独自のカリキュラムを組んでいます。
横須賀高校のSSHでは、高校3年間通しての必須授業としてカリキュラムが組まれ、特に特徴的なのは、高校1年生のときに、生徒が研究の第一線で働く研究者とともに探求活動するという取り組みです。具体的には、横須賀高校が周辺の大学・企業含む複数の研究機関へ協力依頼し、それらの研究機関から提案された研究テーマを基に、生徒たちが興味を持った研究機関を選択し、探求活動を行います。NTTも横須賀高校がSSH認定された2016年度から協力し、高校1年生を対象に探求活動の支援を行ってきました。
2022年度から、NTT人間情報研究所サイバネティックス研究プロジェクト(人間研義体P)は、「スポーツアナリストを体験しよう」という研究テーマで高校1年生を受け入れ、さらに共同研究と位置付けてSSHの支援を開始しました。この共同研究では、NTTは生徒の探求活動の支援だけでなく、人間研義体Pで推進している運動能力転写技術の研究発展に寄与する学術成果に高校生のアイデアが活かされる研究活動を推進しています。その研究結果の一部は学術的にも高く評価され、第一線の研究者が集う場での発表まで成し遂げました(表)。
このたびの若手研究者育成に関する地域貢献活動にかかわったNTT研究者(青木良輔・進藤真人)と2022年度の横須賀高校の担当教諭(黒住実可:現 神奈川県立城郷高等学校教諭)にインタビューをしましたので紹介します。

人間研義体Pが推進する運動能力転写技術と保有する実験施設

人間研義体Pでは、一般に言葉や映像では伝達しにくい運動のコツを、電気刺激などの外部からの感覚刺激によって直接伝達する技術「運動能力転写技術」の研究開発を推進しています(1)。立位の姿勢制御(2)やピアノの演奏技法(3)(4)を題材とし、筋電気刺激などの外部感覚刺激による不随意運動と随意運動を組み合わせることで筋肉や知覚の使い方のコツを伝える技術を研究しています(図1)。また、コツを伝える技術の創出だけでなく、技術の応用範囲を広げるための運動のコツやクセを定量化する研究もさかんに行っています。そして、このような運動学習・運動解析を支える計測システムや、外部から感覚刺激を与える装置などを保有しています(図2)。
今回紹介する青木良輔は運動能力転写技術全体を推進し、進藤真人は加齢などによる姿勢制御能力低下の予防に向けた姿勢制御に関する運動解析・運動学習を担当しています。

高校生の興味を誘発する提案テーマ設定の経緯

横須賀高校にNTTが提案した「スポーツアナリストを体験しよう」というテーマは、生徒たちが所属する部活動の運動のクセやうまい人の運動のコツを見つけ、生徒自身のパフォーマンス改善に役立てるというものです。
一般に運動に関する基礎研究は歩行や姿勢を対象とすることが多い中、歩行・姿勢ではなく運動部活動を対象にすることで、授業で疑問に感じたことを部活動で実践するサイクルが生まれるなど、授業以外でも興味を継続してもらうことをねらいとしました。SSHの生徒経験のある進藤は、興味を持続することの困難さを知っており、この設定に手ごたえを感じていたそうです。
このテーマ設定に加え、生徒の視点からの興味を誘発する青木のプレゼンテーションを見て、当時黒住先生が予想したとおりに、定員20名を大幅に超える生徒が応募したそうです。そこで高校側は、明確な応募理由のある生徒の中から定員数になるように調整しましたが、どうしてもNTTで研究したいと強い希望理由を持つ生徒がいたので、最終参加人数は22名になりました。いかに魅力的なテーマかつプレゼンテーションだったかが伺いしれます。
最終的に、野球部3名・陸上競技部3名・水泳部3名・バドミントン部3名・テニス部4名・弓道部1名・サッカー部1名・バスケットボール部2名・バレーボール部1名・スポーツチャンバラ1名の生徒たちと研究を進めていくことになりました。1名の部活動の生徒には取り組みの大変さを指摘し、共通点(例えば、ジャンプ)に着目して、グループで議論するように勧めてみたものの、共通点でも運動の種類による違いがあるので個々に取り組みたいという要望があり、NTTはそれを尊重しました。

毎週のSSH授業の中で高校生の興味を持続させる柔軟な授業設計

毎週行われるSSHの授業でも高校生の興味を持続させるさまざまな工夫があり、そのおかげで、生徒たちは刺激を受けて目を輝かせていたと黒住先生は語ってくれました。
まず、SSHの授業開始当初、青木は授業開始の5分から10分は普段高校生が授業で学習している教科と運動との関係性や運動と筋肉の使い方の関係性を説明することから始め、生徒自身の身近なことにも注意を向けさせていました。
授業のカリキュラムの組み方にも柔軟な工夫がありました。授業開始当初は、興味を持つ運動の既存評価に関する文献・解説映像などを調査し仮説構築することをめざしましたが、うまく進まない様子を見て各自が興味を持つ運動が実際にどのようなデータで表現されるのかを知ってもらう方向に移行しました。実際に計測し、自分の動作と連動して変化する波形グラフを見ることで、身体の動きを別視点から解析することの意味を実感でき、漠然としていた課題を少しずつ明確化できたようです。もし周辺技術の調査や測定項目の詳細化に多くの時間を割いていたら、1年間という短い期間でこれだけの成果(表)は出なかったと進藤は振り返ります。
生徒たちへの課題の出し方にも一工夫ありました。「既存の研究を調査して何を計測したいか検討してほしい」というNTT社員向けのような指示では、研究経験のない生徒たちには、いくら部活動での動きが対象といっても、何をどう調査すればいいのか、全く分からず何も出ないことは想像に難くありません。自由度がありすぎると高校生は行動できなくなる可能性があり、しかし、絞りすぎると主体性を損なう可能性があると考え、高校生が主体的に行動できる範囲で課題設定をしたうえで、作業するように促しました。具体的には「世の中一般に言われていること」や「コーチに言われていること」を探してくるという課題をまず設定しました。しかし、この制約でもやはり計測項目を絞り込むのは難しかったようで、とにかく計測したい運動対象に対して、計測条件を変えるたびに取得される計測データの確認を実験室で繰り返すことで計測項目を見定めるという課題に変更したそうです。
横須賀高校も生徒たちがくじけないように工夫をしました。生徒たちのモチベーションの維持は、週に1回の授業で「(宿題として)XXをやっておいてね」の指示だけでは、やはり生徒たちは研究に時間を優先させるのは難しく、他のことに気を取られてしまいます。そこで週に1回のNTT研究者との授業を無駄にしないようにと、黒住先生は、廊下ですれ違うと、授業ごとに提出してもらった振り返りカード中の生徒の言葉を使って、「XX調べてみた?」など積極的に声かけをしていました。「あ、調べてない!調べてみます」と回答を得られればしめたものです。先生が気にかけているという意識は生徒たちのモチベーションを高め、興味を継続させました。授業だけでなく、授業以外の時間での声かけという表に現れにくい先生の支援にも生徒たちは助けられていました。

計測・解析でのNTT研究者の苦労と楽しさ

NTT研究者にも、高校生たちが収集した計測データを解釈するようになるまでに大変な苦労があったこと、しかしそれが報われる楽しさがあったことを紹介します。
青木と進藤ともに、どの競技も運動解析・運動学習の研究視点で取り組むのは初めてであり、各競技の既存研究に関する知識やノウハウがあったわけではありません。計測対象や可視化内容については2人とも手探り状態で、各部活動の各生徒から情報収集しても、生徒全員が必ずしも計測したい内容の明確な言語化まではできておらず、感覚的なものだったそうです。そこで、生徒が感覚的に意識していることを尊重しつつ、青木と進藤は自身の研究活動の知見と自身の運動経験を活かしながら生徒と何度も議論し、その感覚的なことを言語化するための計測条件と、計測項目を漠然と決め、まずは定量化して可視化してみることを、新規性のある仮説構築より優先したそうです。
加えて、計測データをグラフとして可視化するだけでは高校生には解釈が難しいので、NTT研究者側が比較項目を検討案としてアドバイスすることにしました。この検討案を作成する際、各競技で、実験タスク・計測内容・検証項目が全く異なるため部活ごとに頭を切り替えて結果を整理する必要があり、ここが一番大変であったと進藤は振り返っていました。黒住先生は、2人がすべての部活に対して個々に動きをデータ計測し、可視化したことに対して、大変感激していらっしゃいました。
このような営みを10種類の運動部活動すべてに対して繰り返し検討を重ねた2人の大変さは想像を絶するものだったと思います。特に進藤は、当時、入社3年目であり、自身の研究の論文化で大変だった時期に高校生への対応・指導をすることになり、このころは弱音もはいていたと青木は笑って振り返っていました。しかし2人は、高校生のアイデアを基に得られた実験の中で、予想もしない結果が見えてくると、苦労よりもわくわくする期待のほうが勝っていたようです。黒住先生によると、このころの生徒たちは、まだ得られた結果の面白さがすぐには分からない中、NTT研究者が本気で楽しんでいる姿に羨ましさを感じ、自分たちもその面白さを感じたいとやる気を出していた面があるようだと話されていました。

可視化された計測データの解釈における横須賀高校の生徒と先生の苦労と成長

NTTから可視化されたデータが共有されました。さあ、ここからは生徒たちの頑張りどころです。異なる条件で可視化されたデータを比較し、生徒たちの普段の動きの感覚を振り返りながら定性的に考察したり、追実験が必要かどうかを考えたりする段階です。このときのNTT研究者も知らない横須賀高校の生徒と先生の苦労と成長について紹介します。
事前に生徒たちが解析ソフトMATLABを利用できるように、黒住先生がPC環境の整備を支援し、進藤が可視化されたデータを共有するものの、生徒たちがそこからデータを読み解くことは難しく、生徒の中には「もうデータを見たくない」「もういやです」「何が分からないのか分からない」という振り返りもあったそうです。そこで、黒住先生は、生徒たちがまずもやもやするところを言語化させるために、SSHの授業以外の時間においても、生徒と議論の時間をつくり、常に分からないところを一緒に考え、生徒のもやもやの個所を引き出すことに注力しました。黒住先生は、「先生も分からないから、どこが分からないのか教えて?」という問いかけによって、生徒から「グラフのここに何かありそうだけど、ここの数値の意味が分からない」など、分からない個所を引き出し明確化させ、さらにその言語化を心掛けたそうです。このような質問を忍耐強く繰り返し、ある程度考えが明らかになった時点でNTT研究者と議論できるSSH授業で質問に行かせるように促したとのことでした。この黒住先生の支援は、生徒のモチベーションの維持、そして数少ない議論時間の質向上につながっており、限られた時間しか支援できないNTT側にとっても感謝しきれないところでした。そして徐々に可視化されたデータを読み解けるようになってくると、「こういうグラフはつくれますか?」とNTT研究者に生徒自身から尋ねる姿がみられ始めました。中には、動画とグラフを照合しながら、何分何秒にどのような動きがあったかを書き出し、グラフを詳細化するよう頼んでくる生徒も現れました。
先生とNTT研究者の強力な連携により生徒たちは壁を乗り越え、まさに先生とNTT、生徒との信頼関係あっての生徒の成長といえます。毎授業ごとに振り返りカードを見ながら先生とNTT研究者で各生徒の様子を確認し合い、進んでいない生徒たちへの対応もきめ細かく行われました。

成長の連鎖

10種類もの部活動を対象に検証していくと、いくつかの部活動の成果は学術的な場で議論したくなるようなものでした。特に野球部と水泳部は課題設定の時点で事例検討を報告するだけでも価値があると判断していたため、国内研究会などの学会の場で発表するように勧めていたそうです。
最初に成果を国内研究会にて発表したのが野球部でした。企業や大学の研究者と肩を並べて学会で発表することは自然と校内に広まり、生徒たちの中にも学会発表に関心を持つ人が出てきました。野球部に続き、水泳部の成果も投稿に向けて準備をしていたときに、陸上競技部の生徒たちが、自分たちが学会発表するには何が足りないのかを尋ねに来たそうです。
青木が、現状の成果では国内研究会の場で議論するほどの知見が見出せていないこと、さらに、初期実験の成果を深掘りし追実験する必要があることを伝えると、生徒たちは、進藤と主体的に実験計画を練り直し、同学年の陸上競技部の生徒にも実験協力の依頼をし、実験の運営を行いました。加えて、NTT研究者から可視化された計測データを基に検討すべき項目が提示されると、お弁当を囲っての昼ミーティングや放課後に集合するなど、自ら時間を捻出して議論し合っている様子があったそうです。
計測データを読めるようになり、学会に出たいというモチベーションに引っ張られ、研究の面白さを感じ始め、1日中データ解析に夢中になる、この自ら考え走り始める行動はまさに研究者そのもの、そして黒住先生とNTT研究者が期待したスポーツアナリストそのものの視点です。
最後に、青木の指摘から陸上競技部が学会に投稿するまで2カ月もなかったそうです。その短期間でやりきった生徒たちの努力も想像に難くありません。一方で、実験実施に向けた特定個人情報保護評価や倫理委員会などの社内調整、新規性を説明するための文献調査、実験計画の詳細化や解析など、表に現れ難いたくさんの業務をNTT研究者がこなしました。生徒のやる気に本気でこたえたNTT研究者も素晴らしかったと感じます。

インタビュアーの振り返り

野球部・水泳部・陸上競技部はすでに対外的な場で発表をしましたが、他の部活動の生徒たちも、高校1年生の3月に校内でのポスター発表をしました(5)。全員が一通り年度末に成果を発表できたものの、1人2人の少人数グループでは、高校2年生での継続が難しかったようです。実際、ポスター発表終了後に「私、頑張ったよね」と黒住先生に言いに来た生徒もいたそうです。同じ立場での支え合いができる仲間の存在が大きく、ルール上、人員追加が困難であり、現在も継続しているのは3人以上で構成された部活動です。しかし、最後の振り返りカードに「研究が何か分かった」という言葉の記述があったそうで、黒住先生もNTT研究者も報われたと感じた瞬間だったのではと想像します。また、「君たちはどう思うの?どう考えてこれを書いたの?」という一見批判されたと感じてしまう研究者からの質問に対しても生徒たちは素直に「なんで書いたのだろう」と振り返り、チャンスととらえていたことに感心しました。
読者の皆様に、このNTTの地域貢献活動の紹介を通じて、少しでも明日への活力をお届けできればと願いつつ、記事を締めくくらせていただきます。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/hil/category/cybernetics/abilitytransfer/
(2) M.Shindo, T. Isezaki, Y. Koike, and R.Aoki:“Induced effects of electrical muscle stimulation and visual stimula­tion on visual sensory reweighting dy­nam­ics during standing on a balance board,”PLOS ONE,Vol.18,No.5,p. e0285831, 2023.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0285831
(3) A.Niijima, T.Takeda, K.Tanaka, R.Aoki, and Y.Koike:“Reducing Muscle Activity when Playing Tremolo by Using Electrical Muscle Stimulation to Learn Efficient Motor Skills,”Proc. of ACM IMWUT,Vol.5, No.3, Article No.123,Sept. 2021.
https://doi.org/10.1145/3478110
(4) A.Niijima, T. Takeda, R. Aoki, and S.Miyahara:“Muscle Synergies Learn­ing with Electrical Muscle Stimulation for Playing the Piano,”Proc. of ACM UIST Associa­tion for Computing Ma­chin­ery, New York, U. S. A., Article No.54, pp. 1-10. Oct. 2022.
https://doi.org/10.1145/3526113.3545666
(5) 青木・進藤・黒住:“高校1年生による未体験技術を用いた運動解析の実践報告, ”ヒューマンインタフェース学会研究(SIG-UXSD), Vol.25, No.4, pp. 43-50, 2023.

(左から)進藤 真人/青木 良輔

NTT研究者と横須賀高校の先生方の温かく熱心なサポート、そして横須賀高校の生徒たちの奮闘と成長をお伝えすることで、NTTから未来への希望を発信できればと思います。今後ともNTT研究所にご期待ください。

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