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挑戦する研究開発者たち

アンコンシャス充電がもたらすスマートライフの実現をめざし、どこでも無線給電ができる世界に

スマートフォンの普及をはじめとして身の回りのデバイスは多様化しています。電池の性能も向上していますが、常に電池の残量が気になる、といった利用者の意見も出ています。そして、その結果としての充電に対する種々の煩わしさも表面化してきています。NTTドコモ デバイステック開発部 担当部長 王 偉忠氏に、充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスをめざした開発、「アンコンシャス充電がもたらすスマートライフ」の実現への思い、プロのプライドを持った開発への姿勢について伺いました。

王偉忠
デバイステック開発部 担当部長
NTTドコモ

充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスをめざした開発

現在、手掛けている開発の概要をお聞かせいただけますか。

充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスをめざした先行開発として「長距離無線給電」および「室内光発電パネル」の開発と、商用開発としてドコモブランドの端末の開発について製造を除く全プロセスにわたって手掛けています。
充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイスとは、利用者が意図的に充電行為をしなくても充電された状態にあり(アンコンシャス充電)、デバイス自律発電を含むグリーンエネルギーで動作するデバイスです。
アンケート等、複数の調査結果から、スマートフォンの利用者の多くは、購入の際には電池の持ち時間を気にしており、使用中は電池残量を気にしているという傾向があります。そして、充電器やモバイルバッテリの携行、充電用のコンセント探しから充電までの操作、場合によっては充電ケーブルそのもの等を常に意識して行動しています(充電ストレス)。このストレスから利用者を解放するのが「長距離無線給電」で、部屋に入った瞬間に自動的に給電(充電)開始するアンコンシャス充電も可能になります。
無線給電方式には、電磁誘導や電界結合により数cm程度の近距離で給電する方式、磁界共鳴(共振)により数10cmくらいまでの中距離で給電する方式、マイクロ波や光レーザにより10mくらいまでの長距離で給電する方式があり、長距離無線給電方式がアンコンシャス充電への適合性が高い方式です。私たちは、マイクロ波方式と光レーザ方式を比較し、給電電力と伝送距離の観点で、モバイルデバイスへの給電については、光レーザ方式が優位と見立てています。また見通しのよくない環境での微電力デバイスへの給電については、マイクロ波方式が優位と考えています。
システムとしては、いずれの方式も送電機と受電機で構成されますが、方式によって送受電機の大きさや給電可能電力が異なってきます(図1)。そのためユースケースによって適した方式を採用することによりアンコンシャス充電の世界を実現したいと考えています。

室内光発電パネルとはどのようなものですか。

室内光発電パネルは、再生可能エネルギーとして注目されている太陽光発電と同様に、太陽電池により光のエネルギーを電気に変換します。広く普及している太陽電池は、材料として結晶シリコンを使用しており、太陽光に対して高い変換効率が得られます。室内光発電パネルは、電気を通す透明なガラスに色素(インク等の着色物質)を吸収した酸化チタン膜、電解質を挟んだだけの構造で、太陽光とは異なる波長で、照度の低い室内光でも高い変換効率が得られます。
室内光は、蛍光灯やLED照明のような屋内の照明機器による光のことですが、床等の下方や壁等を照らしてはいるものの、エネルギーとしては十分に活用されていません。このエネルギーをいつの間にか収穫して蓄えるという発想で室内光発電パネルを試作しました(図2(a))。室内光から得られる電気エネルギーは大きくないため、発電した電力はパネル裏のモバイルバッテリに蓄電し、それを取り外して持ち出すことで利用する形態としています。今後さらなる変換効率の向上や、新たなデバイスの検討を進めていく予定です。
室内光発電デバイスとしては、E Ink電子ペーパーを搭載したデバイス開発しました(図2(b))。デバイス内部の内蔵電池に充電して、その電力で電子ペーパーを表示させます。またBluetoothを搭載しているので、スマートフォンから画像を電子ペーパーに送信することでサイネージ的な利用もできます。これをオフィス、ダイニング、サロン、カフェ、ホテル客室等に設置することで、それぞれのシーンに合わせて利用することができます。

プロのプライドを持って商用端末を開発

商用開発は具体的に何を開発しているのでしょうか。

商用開発については、端末メーカの製品をベースにNTTドコモの要求・仕様を追加することでドコモブランド端末として開発しています。中でも電池を含むすべてのハードウェアの安全性確保に関する部分の開発を行っています。デザインレビュー(仕様書との対比チェック)後に、出来上がったサンプル製品の安全性を評価し、設計どおりの製品ができるかの工程を確認後、製品として市場投入しています。もちろん、市場投入後に市場動向をウォッチして、問題があれば原因究明、対策実施、再発防止策の実行等の対応を迅速に行っています。
安全性確認の具体的な例としてリチウムイオン電池の場合、①発熱、発煙、発火しない(燃えない)こと、②長期間使用しても電池が膨らまないこと、③長期間使用しても電池の持ち具合が変わらない(劣化しない)こと、の3つのポイントについて、ドコモブランドへの影響が出ないよう、プロのプライドを持って確認しています。こうした電池のトラブルは基本的に製造工程における異物混入や密閉不良に起因する場合が多く、設計段階からのレビュー、製造段階の確認等により発生を未然に防いでいます。それでも問題が発生した場合は直ちに原因究明し、状況に応じて緊急対応、恒久対応を使い分けながら実施しています。

プロのプライドとはどのようなものなのでしょうか。

電池の例ですが、私たちのチームには電池の専門家が数名います。電池に対して原理はもちろんのこと、複数の電池メーカの設計・製造工程とその特徴、ノウハウ(守秘義務あり)まですべて理解しています。さらに市場に関する過去からの膨大なデータや、ドコモブランド製品に関する過去からの経験の蓄積もあります。これらの知見を活用することに対して、私たちはプロとしての自覚と自負を持っています。
評価段階におけるエラー発生やエラーが予見される場合、トラブルが発生した場合、私たちはこうした知見を基に、机上検討、シミュレーション、実験環境で実施した結果を用いてメーカの設計・製造工程まで立ち入って徹底的に議論し、必要に応じて設計・製造工程に関する修正をメーカに依頼するところまで含めて、対策と再発防止策を講じます。
このプロセスや取り組みがプロのプライドを持った対応であり、ドコモブランドの価値をキープし保証書的な役割を果たしています。

開発者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。

私は、学生時代に符号分割多元接続(CDMA)を含む移動通信に関する研究をしており、その後通信機器メーカに入社して海外メーカと緊密な連携をとった携帯電話端末の企画開発に従事していました。海外メーカとの交渉スキルを活かして、よりお客さまに近いポジションで活躍の場を拡げるために、2010年にNTTドコモに入社し、スマートフォンを含むデバイス開発のプロジェクトマネージャを務めました。こうした経歴をとおして、移動通信関連技術、ハードウェアを含む移動端末設計・製造スキル、そしてグローバルを含む複数のデバイスメーカとのお付き合いの中で、国内とグローバルの違いやメーカ各社の特徴の違いを知り、広く深い知識とスキルを身に付けることができました。現在の業務では、これら以外に電池・充電関連の高度な技術、より高度なプロジェクトマネジメントスキル、そして商品を提供していくうえで市場動向のフォローを含む商品企画スキルが必要になってきます。
これらのスキルの維持向上をめざして、世の中のトレンドに関する記事、書籍等からの情報収集や勉強を心掛けているのですが、特に勉強についてはただ漠然と情報収集するだけではゴールが見えないので、年1件ペースで資格取得をめざした勉強に取り組んでいます。
チームとしてのスキルアップについては、私自身がこれまでの経験で広範にスキルを付けることができたので、メーカとの打合せの場やミーティング等をとおして、チーム内への展開を図っています。ただ、電池関連スキルについては私もまだ途上なので、専門家を新たに採用することでチームのスキル向上を図るとともに、そのスキルのチーム内への展開を図っています。

「アンコンシャス充電がもたらすスマートライフ」の実現をめざして、常に感謝の気持ちを持って開発を進める

将来的に何をめざして開発を続けたいのでしょうか。

「アンコンシャス充電がもたらすスマートライフ」の実現をめざして、現在の開発をさらにブラッシュアップしていきたいと思います。当面の課題はデバイスの低消費電力化と部品の低価格化で、これが達成されると普及に大きな弾みをつけることができると考えています。NTTドコモは、このために必要なほとんどの技術等は有しているのですが、一部のコア技術については有していないため、スタートアップ企業やメーカとWin-Winのパートナー関係を築いて展開していくことになります。こうしたアクションを取っていくことで、特に長距離無線給電の世界は、おそらく数年後には実用化・商用化できるのではないかと思っており、その先には充電を意識しなくてよいアンコンシャス充電の世界が訪れると確信しています。
さて、NTTドコモは2021年9月28日に、「2030カーボンニュートラル宣言」を発表しており、「充電ストレスフリー・カーボンフリーデバイス」はこれに大きく寄与できるものと考えています。また、2021年10月に発表した「新ドコモグループ中期戦略」では、会員基盤とデータ活用、サービスと多様な端末とのシームレスな連携により、パートナーとともに新たな生活価値・ライフスタイルを創出する、「スマートライフ事業の拡大」が提起されています。これにより創出される新たなサービスや端末にアンコンシャス充電が適用されることで、スマートライフがより洗練されたものになっていくのではないかと考えています。

後輩、チームメンバ、開発者へのメッセージをお願いします。

私は、市場把握や費用対効果の検証を含むビジネスモデルの検討・構築、プロダクトの実現手段の検討、海外のスタートアップ企業との交渉と開発連携のマネジメント、知的財産の扱い、全体的なスケジューリングとそのマネジメントに留意して、関係各方面と調整しながらプロジェクトを進めてきました。その経験をとおして、後輩、チームのメンバ、開発者の方々に、次の4つのメッセージを送りたいと思います。
まず、常に勉強して、技術だけではなく世の中や市場のトレンドを国内だけではなくグローバルも含めて幅広く把握することです。こうした知識、スキルは開発そのものばかりではなく、ステークホルダの方々との交渉や調整においても、その幅広さが役に立ちます。そのためのきっかけやモチベーションとして、TOEIC受験や資格取得をめざしてみるのもいいと思います。資格取得の結果として自信にもつながります。
2番目は、計画性を持って仕事を進めることです。余裕を持って計画的に仕事を進めることで、ミスを防ぐことができます。
3番目は、仕事を中途半端ではなく、最後まで責任を持ってやり遂げることです。これにより周囲からの信頼もアップするとともに、達成感を味わうことができ、それが次の仕事へのモチベーションにもつながると思います。
そして4番目が、常に感謝の気持ちを持つということです。「受けた恩は石に刻む」という言葉のとおり、感謝の気持ちや利他の気持ちがあれば、パートナーやメーカ、社内関係者との交渉や調整がうまく進むと思います。交渉や調整の相手は目の前の人なので、こうした方々との人間関係を良好に保つためにも、感謝の気持ち、利他の気持ちは大切なのです。