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「新しい価値」の協創に向けて、受容性をもって挑む――「beyond宣言」、6つの宣言に込められたドコモの中期戦略
5G時代を見据え、ダウンロードの実効速度を対前年1.5倍に高速化し「ギガ時代」へと進化したNTTドコモ。「モバイルやスマホの会社」という印象を打ち破り、長期的な企業価値向上と安心・安全・快適でより豊かな社会の実現に取り組む姿勢は「東洋経済CSR企業ランキング」において総合1位を獲得する等、高い評価を受けています。今回は、中期戦略2020「beyond宣言」に基づき、展望と抱負を吉澤和弘NTTドコモ代表取締役社長に伺いました。
吉澤 和弘 NTTドコモ 代表取締役社長
PROFILE
1979年日本電信電話公社入社。黎明期から携帯電話事業に携わる。2007年NTTドコモ執行役員第二法人営業部長、2011年取締役執行役員人事部長、2012年取締役常務執行役員経営企画部長、2014年代表取締役副社長、2016年6月より現職。
持続的な成長をめざす中期戦略2020「beyond宣言」
事業革新に取り組まれていると伺いました。経過は順調でしょうか。
事業運営は順調に進んでいます。特に、モバイル市場における競争が激しさを増す中、ドコモの取り組みをお客さまにご理解・ご納得いただけるよう日々努めています。例えば、新料金プラン「docomo with」はお客さまの満足度が高く、契約者数も順調に推移しています。これに甘んじることなく、変動する世の中の要請に真摯に耳を傾け、さらなるお客さま還元について常に考えながら、磐石な事業基盤を確立するため、中期戦略2020「beyond宣言」を2017年4月に発表しました。これは2020年、そして、さらにその先を見据え、今までにない挑戦を続け、お客さまの期待を超える「驚き」と「感動」の提供と、ビジネスパートナーの皆様との「新しい価値」の協創により、5G(第5世代移動通信システム)でより豊かな未来の実現をめざすものです。現在は着実に実行フェーズに移っています。
通信以外のサービスが拡大する中で、ドコモにとっての「顧客」の定義も変えていきます。これまでは、携帯電話の回線契約者を増やそうと一生懸命取り組んできましたが、携帯電話の普及率が100%を超えていることから、「回線契約」をベースとした顧客基盤から、「会員」をベースとした顧客基盤へシフトさせました。この「会員」とは、ドコモの回線契約の有無にかかわらず、ドコモのサービスをご利用いただいているお客さまのことを指します。つまり、他社回線の契約者であっても、dポイントやdカード(クレジットカード)、dマーケットの各種サービスなどをご利用いただいているお客さまに対しても、提供価値を最大化させていきます。
具体的には、「宣言1:マーケットリーダー宣言」で掲げているように、サービス・料金・ポイントの融合・進化により、「お得」「便利」「驚き」を先導するマーケットリーダーをめざします。他社のサービスにも、類似のエコシステムはすでに存在していますが、2020年度までにdポイントのパートナー数を300社以上に拡大し、ポイント発行額で日本最大級をめざします。
また、AI(人工知能)についてもさまざまな取り組みを行っており、「宣言2:スタイル革新宣言」の9つのチャレンジのうちの1つであるAIエージェントサービス「my daiz」を2018年5月に開始しました。私は社長に就任した際に「生活に溶け込む究極のパーソナルエージェントを実現したい」という目標を掲げましたが、この「my daiz」はまさにその先駆けです。お客さまがスマホで操作される情報から「行動を先読み」し、スムーズに行動できるようにお手伝いします。例えば、いつも使う電車の遅延情報などの欲しいと思われる情報を先読みして提供します。お客さまの「行動を先読み」し、パーソナライズされた最適なご提案ができるよう、引き続き「心」の部分を担うAIを磨き上げ、お客さまの期待を超える「驚き」と「感動」を提供していきます。
このほかにも、5Gに加えて、AR(Augmented Reality)・VR(Virtual Reality)やAI、IoT(Internet of Things)を活用して、「体感革新」「ライフスタイル革新」「ワークスタイル革新」を実現していきます。具体的には、コンテンツプロバイダや放送局等のパートナーと連携し、会場に多数のカメラを設置し、イマーシブプレゼンス技術「Kirari!」のような映像処理技術を用いて4K/8K映像によるスポーツやコンサート等のライブ配信を行い、あたかも会場にいるような臨場感を味わっていただけます。臨場感・高精細・広角・複数同時転送は、まさに5Gを活かせる領域で、このような取り組みを通して、お客さまに「ワクワク感」を提供していきます。
世の中が変わるような取り組みがたくさん始まっているのですね。
はい。今後は特に5Gが肝になってくると考えています。ドコモは、5Gをいち早く体感いただくことを目的に、2019年9月のラグビーワールドカップ施設等を中心に「プレサービス」を実施します。その成果等も踏まえつつ、2020年春に5Gの商用サービスを開始します。
「宣言4:産業創出宣言」で掲げているように、「高速・大容量」「低遅延」「多数の端末との接続」といった特徴を持つ5Gを活用しながら、パートナーとともにビジネスの可能性を広げていくことで、社会や産業の発展に貢献していきます。5Gは正にDigital Transformationの大きな柱になると考えています。Digital Transformationによる変革は、「①事業オペレーションの改善=生産性の向上」「②UI/UXの抜本的な改善」「③全く新しい革新的なサービスの創出」に寄与すると考えており、5Gでそれらの実現をめざします。
今まで3GやLTEを導入する際には「こんな高速通信が本当に必要なのか」とよく言われたことを覚えていますが、結果的にソーシャルメディアやストリーミング配信、スマホが一気に普及し、今では欠かせない存在になりました。つまりネットワーク構築が先で、その後からサービスが追い付いてきたかたちになっていました。しかし、5Gでは開始当初(Day1)から5G時代のサービスをご利用いただけること、つまりネットワークとサービスを同時に提供開始できることをめざしています。そのためには、幅広いパートナーとの「協創」が必須になります。
そこで、幅広いパートナーの皆様と5G時代の新サービスを協創できるよう、「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」を無償でご提供しており、すでに1800を超える企業・団体にご参加いただいております。ワークショップでは、5Gの新たなサービス創出に向けた講演やパートナーどうしでの活発なディスカッションも行われています。また、5Gの実験基地局装置などを無償で利用できる技術検証環境「ドコモ5Gオープンラボ」もご提供しており、すでに4月に東京、9月に大阪に開設、12月には沖縄にも開設予定です。
また、具体的な5Gサービスの実現に向けて、臨海副都心地区と東京スカイツリー周辺を中心に設けている「5Gトライアルサイト」にて、パートナーの皆様と70以上の多岐に及ぶトライアルを実施しています。このように早い段階から幅広いパートナーとの「協創」を推進することで、5G時代の新サービスをどんどん創出していきます。
具体的な事例として、2つ挙げます。1番目は、株式会社小松製作所様と共同で実施している「建設機械の遠隔制御」の取り組みについてです。この実証実験では、実際に5Gの端末をショベルカーやブルドーザーなどの建設機械に搭載し、5Gを介して建設機械からの映像を確認しつつ、遠隔のオペレータから制御を行う実験を行っています。ドコモの5Gにつなげることにより、遠く離れたオフィスからでも、現場の状況をリアルタイムに把握しながら正確で効率的な現場施工と施工管理を可能にすべく検証を進めています。
2番目は、和歌山県および和歌山県立医科大学と共同で行った「遠隔診断」の取り組みについてです。超音波エコーやMRIの画像、患部の4K画像等を大学の地域医療支援センタに伝送し、4KTV会議を通じて大学病院の専門医に診断をしてもらい、診療所での医療行為に役立てることで、医療格差の是正という社会的課題の解決に挑んでいます。
価値創造はパートナーとの「協創」によって生み出される
3Kといわれる現場にも変化が起きて、担い手も変わりそうですね。
そのとおりです。土木建設現場の労働環境は過酷で、ブルドーザーの運転席にはエアコンの付いていない機種もあると聞きます。高温多湿になる夏の現場作業や、人の踏み込めないような事故現場や危険区域等での作業も、カメラが人の目に代わることで、あたかも現場にいるかのような映像を5Gで伝送して遠隔にあるモニターに映し出すことにより、リアルタイムで機械を遠隔操作することも可能になります。
また、ビッグデータをうまく活用して社会的課題の解決につなげることも考えています。一例を挙げると、建設業界の生産性向上に向けた、オープンIoTプラットフォーム事業「LANDLOG」に取り組んでいます。建設現場全体で、土を運ぶダンプカーや作業員の動きをIoTですべて収集し、AIなどを使ったデータ解析により、現場の業務を最適化して作業効率化を実現、つまり建設生産プロセスの変革をめざしています。
さらに、「宣言5:ソリューション協創宣言」では、日本の成長と、より豊かな社会の実現をめざして、「一次産業」「教育」「モビリティ」等の分野において、パートナーとともに社会的課題の解決と地方創生に取り組んでいます。
農業や水産業などの一次産業での取り組み例を挙げると、農業では、水田の水温や水位をセンサで計測し、お持ちのスマホ上で「見える化」することにより、朝晩の見回りの稼働を減らす取り組みを行っています。水産業では、水温や塩分濃度などの海洋データをスマホ上で「見える化」するICTブイソリューションにより、経験や勘をデータで補うことでリスクを軽減し、海苔や牡蠣等の養殖の品質向上と収穫安定を実現する取り組みも行っています。
一方で、車の自動運転等、少し前には映画の世界だと思われていたことが技術革新によって現実の世界になりつつありますが、すべての車を一度にまとめて自動運転には切り替えられません。すべての物事において、あるポイントで完全に一変させることは不可能です。建設現場、農業や水産業のような取り組みも、その都度、その時点で最善のアイデアを反映してPDCAをどんどん回していくことが必要です。イノベーションには終わりがありません。PDCAを繰り返していく中で、イノベーションが生み出されるものだと考えています。
「繰り返し」とは地道な取り組みですね。
そのとおりです。経営も同様に改善の繰り返しです。もちろんベースには今までの実績をしっかりと見据えることが前提となりますが、今までと同じ方法で収益が上げられる保証はありません。常に新しいことを取り入れて、自分たち自身も変わっていかないといけません。
そして、経済や社会情勢の激しい変化があろうとも、会社の存在意義は不変であり、それは「お客さま、社会に『新しい価値』を提供し続けること」です。しかし、現在は自分たちだけでできることは限られています。さまざまなパートナー企業・団体の持つアイデアやテクノロジを受け入れて、私はこれを「受容性」と呼んでいますが、お互いの強みを足し合わせて全く「新しい価値」を創り出す、これがオープンイノベーションであり「協創」だと認識しています。この取り組みを私たちは「+d(プラスディー)」と呼び、パートナーと私たち双方にとってプラスとなるよう、多岐に及ぶ「+d」の取り組みを進めています。ドコモにはモバイルネットワークや会員基盤、安全な決済システムなどのさまざまなビジネスアセットがあります。これらのアセットとパートナーのアセットを化学反応させることで、パートナーのお役に立てるビジネスを創出し、新たな社会価値を「協創」できると考えています。現代における価値創造においては、個人や単体企業の能力だけに頼っていては限界があり、パートナーとともに、アイデアを出し合う必要があります。
「+d」の取り組みを進めていく中で、私たちは営業担当がお客さまの声をお聴きして、それを技術担当に伝えて開発につなげることでご要望におこたえするという、従来の仕組みを変えようとしています。お客さまとの対話の中で、技術的な知識が今まで以上に求められることが多くなってきており、R&Dも最初からお客さまとの対話に参加し、その中でお客さまのご要望を直接開発につなげていく、あるいはお客さまのご要望を見越した提案をする取り組みを行っています。「トップガン」と名付けたこのプロジェクトは、法人営業からR&Dへ橋渡しする時間と労力を省き、迅速にPDCAを回せます。これによりお客さま・法人営業・R&Dが三位一体となって迅速に課題解決や「新しい価値」の創出に挑むことができます。
実際、トップガンの最初のプロジェクトは神戸市との小学生の見守り実証事業でした。BLE(Bluetooth Low Energy)タグをランドセルに装着して、街中に設置されたセンサに加え、スマホのBluetooth機能を利用して、タクシードライバーや保険の外交員・警備員等の方々のスマホにアプリをインストールしてもらい、小学生とすれ違った際に位置情報を収集できる仕組みをR&Dが神戸市に提案し、導入していただきました。これにより、従来よりも詳細で細やかな行動履歴を取得できるようになりました。これを、空港内でのカートやベビーカーの所在を把握できるシステムに応用するなどしていき、2017年10月より「ロケーションネット®」としてサービス提供することができました。これらをはじめとして、トップガンは現在10件以上のプロジェクトが立ち上がっています。
立場や役職にこだわらない「受容」する姿勢
社員の皆様に一言お願いいたします。
私は「受容性」を意識しています。受容性はとても大事な姿勢です。私は常々「上司や部下であっても、目線を一緒にしてほしい」と口にしています。これは、「謙虚に、対等な立場で、お互いの話をよく聴きなさい」ということです。管理職の立場から部下に対して指示をするのは簡単ですが、実はそれによって部下の仕事や思考の範囲を狭めたり、取り組みを否定してしまうことにつながる場合もあります。しっかりと話を聴くと、提案者のロジックやアイデアに気付かされることもあります。こういった場合、私の想定よりも良いアイデアなら躊躇なく採用するようにしています。また、「この話は知っている」と話を遮ってしまい、新しい視点やアイデアを逃すこともしたくない。だから、提案は可能な限り直接聴くことにしています。もちろん、限りある時間ですから時折手短にするよう促すこともありますが、基本的にはじっくりと聴く姿勢を心掛けています。この姿勢を、私は「+d」につなげて考えています。社内の立場や役職は関係ありません。ドコモ全体が仕事に取り組む際の考え方です。こういった振る舞いを通してお客さまと価値観を共有し、ドコモの取り組みに共感してもらえると確信しています。
ただ、こうした努力をしていても、一般的にビジネスは順調にいくことは少なく、「こうなったら嫌だな」と思う方向に進むことのほうが多いように思います。しかし、嫌だなと思って避けるのではなく、これを克服する必要があります。ビジネスは両側が深い崖の「狭い尾根」を歩いているようなものです。立ち止まったり落ちかける場面でも、泰然と向き合い次を考えることが重要です。また、うまくいっていて順調に歩いていても、漫然としていると転げ落ちてしまいます。傲慢は大敵です。ビジネスとはそういうものだと考えています。これが常態であると心に据えて、「楽しく」仕事に臨んでもらいたいと思います。悲観的にならず、楽観的にいきましょう!
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)
3年ぶりにお目にかかった吉澤社長。スタッフ1人ひとりに丁寧に声をかけてくださり、しっかりと目を見てご挨拶してくださいました。相変わらず、15°上を見ながら街を歩いていらっしゃるといいます。「自動車電話ができた1979年に建てた鉄塔が、日本郵政のビルの向こうにスカイツリーとともに見えるのです。あそこはモバイル通信の聖地ですからね。40年の歴史と技術の進化を感じます」と、再開発の進んだ大手町から見た景色の様子を話してくださいました。続けて語られた「研究・技術開発のスピードはかなり速まっています。10年、20年先を予測できないほどです。しかし、世間からの声にこたえ続けられるよう、動向を見極めるには、少なくとも半年後くらい先は見据えておかないといけません」という言葉に、情緒とともに、常にトップとしての戦略を意識されているご様子を感じたひと時でした。