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5Gで変わる世界の通信業界:新たなプレイヤー、新たな通信ネットワークの姿-後編-
前編では、5G(第5世代移動通信システム)の登場と普及で、通信業界のプレイヤーの構図が変わりつつある点について紹介しました。後編では、5Gとその先にあるBeyond 5G/6G(第6世代移動通信システム)がめざす新たな通信ネットワークの姿について、具体的な利用シーンも含め展望します。
5Gは社会・産業の基盤をめざす
5G(第5世代移動通信システム)は、実はそれ以前の4G(第4世代移動通信システム)までと、同じ通信ネットワークですが、めざす方向に違いがあります。4Gまでは人がコミュニケーションを行うための通信手段という位置付けでしたが、5Gではそれに加えて社会・産業の基盤としての位置付けがあります。
ではどのような経緯で、5Gを社会・産業の基盤に、という方向になったのでしょうか。世界のモバイル通信業界のトレンドがかたちづくられる代表的な場として、毎年スペインのバルセロナで開催される「MWC(モバイルワールドコングレス) Barcelona」という国際会議・展示会があります。世界の通信業界の多くの企業が一堂に会し、世界に向けて情報発信を行っています。参加者が例年10万人規模となる、通信業界では世界最大級のイベントです。
MWC Barcelonaの場で「5G」が初めて主要テーマの1つとして取り上げられたのは2016年2月の開催時でした。その前年の2015年から主要テーマとなっていた「IoT(Internet of Things)」に適したモバイル通信技術として、大手通信機器ベンダから「5G」が語られ始めたのです(1)。5Gを人がスマートフォンを使って通信するためだけではなく、モノをつなぐ通信の基盤として発展させようとしたわけです。モノをつなぐことで、5Gが各産業分野、社会基盤へ浸透する将来像が描かれました。その方向性は2023年の現在まで通信業界のテーマとして継続しています(表1)。例えば世界の通信関連の業界団体であるGSMAはMWC Barcelona 2022に合わせて5Gイノベーション・ポータルサイト「5G Transformation Hub」を開設し、革新的な5Gソリューションをケーススタディとして多数紹介しています。エリクソン、クアルコムといった通信業界大手企業も、公式ブログや自社ウェビナーなどの媒体を通じて5Gの産業用途への適用例などを継続的に紹介しています。
5Gの普及が経済・産業にもたらす影響と現状
では、5Gの普及が日本の経済・産業にどれだけの経済的な影響を与えると予測されているのでしょうか。5Gビジネスの経済効果について、総務省主催の「デジタル変革時代の電波政策懇談会」内に設置された「5Gビジネスデザインワーキンググループ」が2023年7月に公表した報告書(案)によると、「5G潜在層を含むあらゆる産業に5G活用の効果が波及し、生産性向上や投資促進が経済成長に寄与・発現していく“成長シナリオ”」においては、内閣府「中長期の経済財政に関する試算」のベースラインケースのシナリオと比べて、実質GDP成長率が長期的に0.7%程度押し上げられるとされ、社会経済への実装は「我が国経済において、重要な意義があることが示唆された」としています(2)(3)。
しかし、一方で5Gビジネスには課題も指摘されています。同報告書(案)では、5Gならではのユースケースが広がらない、5G機器・端末が普及せずコストが高止まりする、通信事業者に5Gインフラ投資インセンティブが働きにくい、という主旨の指摘です。
携帯電話が広く普及し始めた2000年代以降、こうした光景はあまりみられませんでした。その背景として、市場拡大の予見性における違いがあるでしょう。通信業界は4Gまでは「人がつながる」市場がターゲットで、人がつながりたいという主体的な欲求を潜在市場として予見できました。一方、5Gがめざす「モノがつながる」市場では、モノをつなげたいという企業等のニーズを予見することが難しいといえます。したがって通信業界は、そのニーズ開拓を数年間かけて行ってきているのです。
5G、Beyond 5Gは社会を支える存在へ
日本では、内閣府主導による科学技術政策として「Society 5.0」が2016年より提唱されてきました。Society 5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム(CPS:Cyber Physical System)により、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)を指します(4)。CPSは現実世界のデータをクラウドに送信し、AI(人工知能)を活用した分析結果を基に、現実世界のサービスへフィードバックし社会的課題を解決しよう、というシステムです(図1)。
総務省は、5Gの先にある「Beyond 5G」が、Society 5.0のバックボーンとして中核的な機能を担うことを期待しています(5)。CPSは、一見すると5Gでなくとも実現できそうに映るかもしれません。しかし、各業界が通信ネットワークに求める技術水準は高く、既存の5Gの性能では足りないケースも多々あります。これは後ほど紹介します。
こうした中、総務省は「Beyond 5G推進戦略懇談会」を設置し議論を重ね、研究開発戦略や知財・標準化戦略、展開戦略についての推進方針をまとめ、2020年6月に「Beyond 5G 推進戦略」として公表しました。そして、それを行動に移すため2020年12月に産学官で構成される「Beyond 5G推進コンソーシアム」が設立されました。同コンソーシアムでは、Beyond 5G推進戦略に基づいて実施される具体的な取り組みの共有や、取り組みの加速化と国際連携の促進を目的とする国際カンファレンスの開催などが行われています。
Beyond 5Gのユースケース例
Beyond 5G推進コンソーシアムでは、利用者の日常生活、あるいは多くの産業にまたがる広範囲の利用シナリオを想定し、これを通して多角的な観点から社会基盤としての通信システムが備えるべき要件の検討を行っています。その成果を「Beyond 5G ホワイトペーパー ~2030年代へのメッセージ~」として公開しており(6)、具体的には各業界からのBeyond 5Gへの期待、Beyond 5Gに求められる能力、技術トレンド等が書かれています。業界ごとにユースケースをまとめており、各業界の課題に沿った対策案やソリューションの想定イメージが、多岐にわたり掲載されています(図2)。
また、ホワイトペーパーでは業界ごとのユースケースを踏まえ、Beyond 5Gの条件についても整理しています。通信ネットワークが求められる性能は5Gの要求条件(高速大容量、低遅延、同時多数接続)よりも厳しいケースがあり、また5G要求条件にはなかった新たな性能も求められています(図3)。
業界によりユースケースは異なり、そのユースケースが求める通信ネットワークの性能も異なります。この中で、新たな通信ネットワークのかたちについても言及がありますが(表2)、本稿では、新たな通信ネットワークの形を複数取り上げている自動車業界についてピックアップしてみます。
自動車業界のユースケース
ホワイトペーパーでは、自動車業界の現状と課題が次の3点に整理されています。
① 地方における利用交通手段の制限:日本の人口減少から、地方部では運転士不足、収益性の悪化によって公共交通機関の維持はますます厳しい状況であり、また、地方は自家用車の利用率が高い特徴がある一方で、免許を持たない住民の移動手段が制限される可能性があるとしています。
② 都市部の人口集中による移動時間の制約:交通渋滞が深刻な地域が多く、移動・通勤時間が長くなり、生活時間が制約を受けている状況であり、また今後高齢化が進むことにより自家用車で移動できない住民が増加し、高齢者の移動の自由の制約となる可能性があるとしています。一方、公共交通機関の利用率が高い地域では、自家用車と物流車両が集中することで交通渋滞を引き起こし、それによる生活時間の制約が生じているとしています。
③ エネルギーと環境問題:自動車産業のカーボンニュートラルへ向けた政策は、電気自動車へのシフト、脱炭素燃料の利用、そしてそれらを支えるインフラの整備などが主体であるとしています。一方で「車の使い方の変革」として、次世代の交通システムの基盤となる高精度デジタル地図・OTA(Over The Air)機能・狭域通信機能の社会実装の必要性も挙げられています。
こうした諸課題を解決すべく、同白書ではBeyond 5Gで実現が期待される活用例について「安全運転支援」と「自動運転」の2つの観点から説明されており、求められる通信ネットワークのかたちに言及しています。
安全運転支援を支える通信
まず、安全運転のための通信技術について説明します。例えば、災害で通常の交通手段が使えなくなったときでも、車は近くの危険を早めに知らせ、必要なら衝突を避ける動きが求められます。これを支援するために通信を活用するのですが、衛星やHAPS(High Altitude Platform Station:高高度基盤ステーション)といった空の上にある通信設備とつながったり、他の車との間でやり取りする(車車間通信:V2V)新しい通信のかたちが想定されています。また「Beyond 5G」方式の基地局にはものを検知するセンシング機能が搭載されるため、車に装備されているレーダーによる障害物等の検知も、現在よりも広い範囲で、また速く動くものもより正確に検知できることが期待されています。
自動運転を支える通信
5Gなどの通信技術を使えば、最新の地図データや車のソフトウェアをいつでも更新できるようになります。さらに、車からの情報を集めてデータベースに保存し、それを基に新しいサービスを提供することも可能になると考えられています。ただし、今後想定されている地図はダイナミックマップというもので、現在は開発段階にあります。これは高精度な3次元地図情報に、車両やさまざまな交通情報など、動的な情報を載せることで刻々と更新されるデータベース的な地図のことです。地図自体は静的情報ですが、交通規制や事故情報、周辺車両や歩行者、信号情報など動きのある情報が載ることで、自動運転などへの活用が期待されるデジタルインフラです(7)。情報量が大きく、更新も頻繁に行われることが想定されるため、Beyond 5Gのような大容量通信技術が求められます。
また、車が道路のカメラや信号機、センサと通信(V2I)し、周辺の状況をより細かく認識できるようになることで、自動運転レベル3とそれ以下(レベル2、1)の間での運転の切り替え(ハンドオーバ)もスムーズになると考えられています。自動運転のレベル3では、運転者はよそ見をできるのですが、レベル2では手放し運転はできるものの、運転者は進行方向などを常時監視している必要があります。レベル3からレベル2へ切り替わると、運転者は自分で車を制御する必要が出てくる、ということになります。
では、今説明した中に出てきた新たな通信ネットワークのかたちとして「NTN(Non-terrestrial Network)」と「V2X(Vehicle to X)」を紹介します。
新たな通信のかたち① NTN:車が空の通信設備と直接つながる
先述した「HAPS」とは、通信ネットワークの一部となる設備を、機材として空に飛ばして、地上のさまざまな機器と通信を行う技術です。一般のジェット旅客機は、おおむね高度10 km程度を飛行することが多いですが、HAPSが飛行する高度がその2倍の高度20 km程度の成層圏エリアになるため、成層圏プラットフォームと呼ばれることもあります(8)。
空からの通信としては、他に衛星通信があります。通信用衛星では、静止衛星(GEO:高度3万6000 km)による商用通信サービスが40年以上も前から提供されていますが、ここ数年は低軌道周回衛星(LEO:高度数百km~2000 km)が注目を集めています。LEO衛星を数多く周回させて、地上を面的にエリアカバーするシステムは、衛星コンステレーションと呼ばれます。米国スペースX社(サービス名:スターリンク)が、衛星コンステレーションを提供するその代表的な企業です。また、Amazonもカイパー(Kuiper)というプロジェクト名でLEO衛星による通信サービス提供を準備中です。2023年10月には試験衛星を打ち上げました(9)。
HAPSや衛星通信などを総称したネットワークは「NTN」と呼ばれます。NTNが展開されると、これまで高速データ通信がつながらなかったエリアにおいても高速通信が可能となります。従来の衛星通信では、動画を見る等の高速データ通信のためには大きな地上アンテナが必要でした。また手のひらサイズの衛星通信用端末では、SMS(Short Message Service)のやり取り程度しかできませんでしたが、現在では、車はもちろんスマートフォンでも、より高速なデータ通信ができる技術の開発が行われています。車があらゆる場所で高速データ通信ができるようになれば、どこでもインターネット、クラウドとつながることで、安全運転支援でも自動運転でも有用な、情報収集や遠隔監視・制御などができるようになります。
NTNについては、我が国においても大手通信事業者が積極的に取り組んでいます。NTTは、宇宙統合コンピューティングネットワークの構築をめざしています。KDDIは米スペースXと、衛星とスマートフォンの直接通信サービスを2024年に提供予定と発表しました。ソフトバンクは出資するHAPSモバイルとOneWebの2社を活用した構想を掲げていますし、楽天モバイルは出資先の米ASTスペースモバイルと、衛星とスマートフォンの直接通信の試験に成功しました。
海外の大手通信事業者も同様にNTNへ取り組んでおり、地上網とNTNが一体的に運用される通信ネットワークのかたちを実装する取り組みが加速するものと思われます(表3)。
新たな通信のかたち② セルラーV2X:車が周囲とつながる
通信を使って車や道路を高度化する研究開発の歴史は古く、DSRC(Dedicated Short-Range Communications)という自動車業界独自の通信規格で実証実験が重ねられてきたものの、商用導入は限定的です。日本ではETC2.0(従来の通行料金の自動決済システムに加え、全国の高速道路に設置されたITSスポットで情報を収集・提供するサービス)がこの技術を使っています。一方、車両がその周辺環境である道路との通信(V2I)、車両(V2V)、歩行者(V2P)、さらにはネットワーク・クラウドとの通信(V2N:Vehicle to Network)を行うことで、車両運行を高度化する試みが通信業界から提案されてきました。「V2I」「V2V」「V2P」などを総称して「V2X」と呼び、ここにモバイル通信方式を採用したものを「セルラーV2X(C-V2X)」と呼びます。海外では米国がセルラーV2X推進に舵を切り、DSRCを推進してきた欧州もセルラーV2Xとの併用に動いています。セルラーV2Xでは4G/LTEを使った実験が行われてきましたが、現在は5Gを使った実験も行われています。セルラーV2Xの導入で、路車間(V2I)・車車間(V2V)・歩車間(V2P)通信の異なる通信形態を単一規格で実現できるようになり、また、グローバルでのエコシステムを形成しやすくなるため自動運転の普及促進に貢献できるとしています(10)。
総務省「自動運転時代の“次世代のITS通信”研究会」では、次世代のITS通信の活用を想定するユースケースが示されていますが(図4)、自動運転技術の商用導入と熟成が進む中で、さまざまな企業がこの市場の成長を期待して準備を進めています(表4)。新たな社会インフラとして期待されている領域の1つです(11)。
このように、Beyond 5G時代に向け、具体的な利用シーンごとに求められる通信を実現すべく、研究開発が進められています。そこでは通信ネットワークを利用するのは人ばかりではなく、機械や社会インフラも通信ネットワークを活用するようになる将来が描かれています。それに伴い、例えば地図がダイナミックマップに高度化する、道路インフラがV2Xで高度化するなど、通信以外の業界にも新しい市場が広がる可能性があります。2025年の大阪・関西万博では、基本方針に「5G の次の世代の無線通信システムであるBeyond 5G の導入に向けて、“Beyond 5G readyショーケース”として大規模な展示を行い、世界の人々が日本の最先端技術を体感できる機会を提供する」と謳われています(12)。社会インフラを支える存在として日本が世界へBeyond 5Gをアピールする姿を期待したいところです。
おわりに
本誌『5Gで変わる世界の通信業界:新たなプレイヤー、新たな通信ネットワークの姿』では全2回にわたり、普及が進む5Gについて、現状と将来を見据えた動きについて展望しました。
Beyond 5Gとして始まった次世代の通信ネットワークへの取り組みも、時間の経過とともに現在ではBeyond 5G/6G(第6世代移動通信システム)と表記されることが増えました。これは、海外で6Gという言葉で将来を語る企業が増えてきたためでしょう。とはいえ、6Gについて、コンセプトづくりは世界的にもこれからですし、技術開発についても多くの企業がさまざまなものを提案している段階です。5Gの導入時から通信業界が謳った、社会産業の基盤としての通信ネットワークの存在価値は、6Gでより明確にみえるかたちになるのかもしれません。各業界が想定するニーズ、ユースケースが、時間とともにより広がる可能性もあるでしょう。これらの変化に対していかに柔軟に対応できるか、が今すでに通信ネットワークに求められています。通信ネットワークの将来像や求められる要求水準も、各業界のビジネスシーンやユースケースに応じて高度化していきます。読者の皆様におかれましても、社会産業の基盤として高度化が進展する通信ネットワークにぜひご注目ください。
■参考文献
(1) https://www.ericsson.com/4ada75/assets/local/reports-papers/white-papers/wp_iot.pdf
(2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000893999.pdf
(3) https://www.soumu.go.jp/main_content/000878155.pdf
(4) https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
(5) https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/Beyond-5G/02kiban09_04000453.html
(6) https://b5g.jp/output/
(7) https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/iinkai/jidousoukou_30/siryo30-2-1-1.pdf
(8) https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr403-20221028-matsuda.html
(9) https://www.aboutamazon.com/news/innovation-at-amazon/amazon-project-kuiper-latest-updates
(10) https://b5g.jp/doc/whitepaper_jp_2-0.pdf
(11) https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2023/20230317_02/
(12) https://www.soumu.go.jp/main_content/000736029.pdf
ICTリサーチ・コンサルティング部
主席研究員 岸田重行