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5Gで変わる世界の通信業界:新たなプレイヤー、新たな通信ネットワークの姿-前編-

本稿では、普及が進みつつある5G(第5世代移動通信システム)の現在地について、それまでの歴史を振り返りつつ、技術の面から、また関連主要企業の面からご紹介します。その背景にあるのは、従来の電気通信(テレコム)技術とインターネット技術の接近です。これにより、5Gをめぐる技術トレンドも企業間の競争状況も変わってきました。

テレコムの進化はインターネットへの接近

通信ネットワークは、それを支える技術が進化し、機能や性能が向上することでサービスが多様化・高度化してきました。特にこの30年の進化は、インターネットへつながる基盤としての進化だといえます。
通信ネットワークは、当初電話、すなわち「音声通信」のための設備として整備されてきました。そしてインターネットの普及により新たなタイプの「データ通信」のために整備され、進化を続けてきたわけです。
データ通信もかつては、音声通信のためのアナログ回線上で、デジタルなデータ情報をやり取りする時代がありました。インターネットの普及前(~1990年代前半)、「ピーゴロゴロ~」と音がした通信モデムは、そのための機器でした。その後、デジタル信号をよりスムーズにやり取りできる「ISDN」や「ADSL」が登場し、固定ブロードバンド通信が広く一般に手が届きやすい料金で提供され、WWW(World Wide Web)など、インターネットの普及を下支えしました。
そして2000年代に入り「光ブロードバンドアクセス」が登場しました。日本では大手通信事業者がインターネットのさらなる普及を見越して光ブロードバンドアクセス回線を積極的に整備しました。日本は光ブロードバンドの普及では、当時から世界の先進市場であり、現在も日本と韓国が世界をリードする存在です(図1)。
また、インターネットの普及と並行して、2000年代は携帯電話の普及も進んだ時期でした。モバイル通信でも、技術の進化は固定通信と似た道を辿ってきたといえます。もともと「音声通信」をいつでもどこでも、を実現してきたのが2G(第2世代移動通信システム)で、「映像通信」を扱うインフラとして期待されたのが3G(第3世代移動通信システム)です。3Gでは当初、テレビ電話がキラーアプリの1つとして考えられていましたが、実際にはインターネットの便利さを携帯電話でも享受できるようになったことが消費者に広く受け入れられました。技術的にはデータ通信対応がそれを実現させた大きな要素であり、日本は世界で唯一「iモード」等のモバイルインターネットが広く普及した市場でした。
そのモバイルインターネットは、4G(第4世代移動通信システム)で世界に広がることになります。4Gでは3Gで実現したデータ通信機能をより強化したのですが、その普及の最大の要因はスマートフォンの登場でしょう。スマートフォンを世界の多くの機器メーカーが製造し、ハイエンド端末に搭載されていた機能が年を追うごとに普及価格帯の機種にも搭載されるようになり、インターネットに常時アクセスできる人が世界で劇的に増えることになりました。日本でも2010年から2013年にかけて、スマートフォンを持つ世帯の比率は6倍以上になっています(図2)。
同時に、世界の通信事業者は通信ネットワークの混雑に悩まされることになります。時に人気アプリやOSのデータ一斉更新や、コンテンツへのアクセス集中などで、通信がつながりにくくなることも世界的な現象となっていました。通信事業者が懸命に設備投資をしても、需要の増加がそれを上回る、という状況でした。
特にモバイルアクセスの混雑緩和に世界的に重要な役割を果たしたのがWi-Fiです。Wi-Fiはスマートフォンに標準搭載されました。スマートフォンの利用場所は屋外だけでなく屋内でも多く、特に家庭内ではWi-Fi経由でインターネットにアクセスすることが一般的になりました。4Gの利用料金は基本的にデータ利用量に応じた料金となっていたため、特に動画視聴のようにデータ量がかさむ使い方をしていると、使えば使うほど月額費用が高くなります。しかし、固定ブロードバンド料金はデータ量に関係なく定額料金で提供されてきたため、Wi-Fi経由で固定ブロードバンドを使ったほうが、スマートフォンを多く利用する人にとっては通信料金の節約にもなり、それはモバイル通信網の混雑緩和にもつながりました。言い換えれば、携帯電話から始まったモバイル通信ネットワークと、家庭の電話から始まった固定通信ネットワークは、スマートフォンの登場で、インターネットへアクセスするという目的のために区別なく使われるようになったわけです。
このように、通信ネットワークの進化は、技術的にはインターネットへどんどん接近する流れとなりました。またスマートフォンの普及が、モバイル通信と固定通信を一体的に使うような市場を形成したともいえます。

テレコムの設備をインターネットの技術で構築・運用する時代へ

通信ネットワークの技術進化は、2000年代以降は世界的にみて、固定通信よりもモバイル通信における動きのほうが活発でした。それは、モバイル通信の市場の伸びが固定通信のそれよりも劇的であったことが主な要因だったためです。固定通信の市場開拓は、オフィスや世帯ごとに敷かれていた電話回線をブロードバンド回線に切り替える、というものでした。一方、モバイル通信での市場開拓は、もともと通信回線でつながっていなかった個人に電話を持たせることで市場を急成長させ、さらにデータ通信需要が喚起されたことで、個人が支払う通信料金も増えた、というものでした。
したがって、利用者からみると、モバイル通信は「つながるようになった」という体感がまずあり、その後「速くなった・スムーズになった」という体感へ、という流れでした。「つながるように」の進化は、主に電波が届くかどうかですから、設備構築がどれだけ進むかでほとんど決まります。基地局設備をより多く、よりきめ細かく設置するには時間も費用も相応に必要ですが、地道に改善されていきます。
一方「速くなった・スムーズになった」の進化は、通信技術の進化によるところも大きいです。データをいかに効率良く運び、高速に処理するか、になります。それは、2Gから3G、3Gから4Gへと世代交代が進むたびに、利用者は速度を体感できました。分かりやすいのは、動画視聴体験でしょう。世界的には、スマートフォンの登場以降になりますから、4G方式での体感がもっとも顕著だったはずです。3Gではおおむね数Mbit/s程度だった通信速度が、4Gが普及した10年で100Mbit/s以上になりました。
そして現在、5G(第5世代移動通信システム)が徐々に普及しつつある時期にあたります。またスマートフォンの多くは、カメラが4K撮影に対応しています。大画面の4Kテレビと同じ高精細な映像を、スマートフォンで撮影・再生できるわけですが、それほどの大容量データをストレスなく送受信できる性能を、5Gは持ち合わせています。この5Gは、消費者からみれば「4Gよりもさらに高度な」通信を期待させるものですが、実は5Gの通信ネットワークをめぐっては、それまでの「技術的にインターネットへどんどん接近する流れ」が業界構造を大きく変えるかもしれない、という状況に来ています。
要するに、インターネットの構築・運用に活用されている技術で通信ネットワーク設備を構築・運用する、という動きです。専門用語では「仮想化」「クラウド化」がこれにあたります。またこのことが、通信事業者が構築する公衆5G(パブリック5G)だけでなく、企業等が自ら構築する自営5G(プライベート5G)の今後の普及に大きく関与するかもしれません。何が優れていて、利用者にどんなメリットがあるのか、また業界構造がどう変わるのか、について説明します。

仮想化で、設備の構築費用を抑える

まず「仮想化」についてです。仮想化とは、ハードウェアの機能を仮想的に実現する、という意味で使われる用語です。これまでハードウェアで実現していた機能を、ソフトウェアを使って実現します。通信ネットワークの設備機器は、通常は通信ネットワーク向けの専用設計で、非常に多くの利用者が同時に行う通信を瞬時に処理するため、高性能が求められますし、おのずと高価になるものでした。しかし、この仮想化技術によって、専用ハードウェアを使っていた場所に、汎用ハードウェアを使うことができるようになります。ここでいう汎用ハードウェアとは、実際には企業やデータセンタで広く使われているサーバ機器です。サーバ機器は、形状的には世界共通の規格があり、同じような性能の製品が世界中で使われているため、量産効果が働き、廉価なものになっています。そして専用機器でなくても通信ネットワーク機器として動作するのは、主にソフトウェアの進化によるものです。高価な専用機器の代わりに廉価な汎用機器を使えるとなると、通信事業者にとっては、通信ネットワークを構築する費用を抑えることができ、設備投資負担が軽くなります。世界の通信事業者がこの技術に注目するのは当然なわけです。設備に使っていた投資を他の分野へ振り向けることも、また通信料金の値下げ競争に耐える余力も生まれてくることになります。
国内の大手通信事業者は各社とも、これまでモバイル通信設備に毎年4000~5000億円もの規模の投資を行ってきました。それらの機器が専用ハードウェアから汎用ハードウェアに切り替わることで、数10%規模の費用削減が可能だ、と説明する企業もあります。

クラウド化で、設備の運用を高度化する

次に「クラウド化」です。「仮想化」により通信ネットワーク設備は汎用ハードウェアで構成できるようになるのですが、その汎用ハードウェアはデータセンタで採用されているものと説明しました。データセンタの中には大手クラウド事業者が使う設備も多くあり、そうした設備はクラウド技術で運用されています。ということは、通信ネットワーク設備とクラウド設備が同じハードウェアで構成され始めている。言い換えれば、通信ネットワークは、クラウド技術で構築・運用できるようになってきたわけです。
クラウド技術とはインターネット技術の1つでもありますから、通信ネットワークがインターネット技術で運用されるようになる、ということです。これも考えようによっては非常に自然な流れだともいえます。そもそも通信ネットワークは、もとは電話(音声通話)のために運用されていたものが、時代とともにインターネットのために運用されるようになってきたわけです。モバイル通信の開発では、いかにしてインターネットにつなげるか、ということを3Gから技術規格に盛り込んでおり、4Gで音声通話の方式が回線交換からパケット交換ベースになり、電話のための通信ネットワークから卒業したといえます。そして5Gでクラウド技術をベースに運用するとなれば、インターネットのための通信ネットワークとしてより進化するわけです。
これを、今度はクラウド側からみてみます。3Gまでの通信ネットワークは、クラウドにとっては親和性があまりなく、通信業界側の通信のやり取りを、インターネットの通信方法に合わせる仕組みを使って、インターネットに接続させていました。4Gになり音声通話はデータ通信によるアプリケーションの1つとなりました。そして5Gでやっと通信ネットワークの動作をクラウドのやり方で理解できるようになったといえます。こうなると、大手クラウド事業者にとっては、通信ネットワークがクラウドの延長線上にある設備として感じられるようになるでしょう。5Gの通信ネットワークは「クラウド化」により、インターネットの技術をかなり取り込んだのです(図3)。

モバイル通信業界の技術競争の構図

通信ネットワーク技術の進化は、新たな端末機器の登場、新たな利用シーンの開拓、新たな市場の拡大、そしてさらなる設備投資へ、という正のスパイラルを描いてエコシステムが成長し、それは20年以上続いてきました。世界的には、途上国も含めると、固定ブロードバンドよりもモバイルブロードバンドのほうが市場のすそ野が広がったことから、近年の世界の通信業界の成長はモバイルブロードバンド主導で進んできました。
電話ネットワーク等のレガシーなネットワークを除く通信ネットワーク技術においては、かつて企業単位、国・地域単位でさまざまな技術規格が世界に併存していたのですが、機器の量産化が低廉化につながり、サービス料金が低下し普及を加速させるという流れが起こり、技術規格も少数に収れんすることとなりました。
モバイル通信方式の技術規格は、2G方式では企業単位、国・地域単位で乱立しており、開発競争は進んだものの、導入規模の拡張に成功した欧州方式が世界の主導的立場を確立しました。3G方式では、欧州方式対北米方式、という構図で開発が進んだものの、結果的には米国方式を主導するクアルコム(米国)が欧州市場への参入を優先するかたちとなり、世界的には欧州方式が一強となりました。しかし当時は、この欧州方式を採用していなかったのが、市場が急成長していた中国です。中国は独自技術の開発を3G方式から積極的に進めており、他国での採用には至らなかったものの自国市場の規模が極めて大きく、技術力を高めていきました。
その中国方式と欧州方式が融合したのが4G方式で、そこに日本も技術、規格化のプロセス等において多大なる貢献をしてきました。したがって、モバイル通信方式は4Gで世界統一が達成されたといえます。
通信方式の乱立からの収れんという流れの中では、それだけ多くの企業が技術開発を進め、主導権争いをする中で、結果として生き残った企業が良いポジションを取ることができます。2Gで世界の主導的立場に立ったのはエリクソン(スウェーデン)とノキア(フィンランド)という北欧勢でした。3Gで米国方式を主導したのはクアルコムでした。中国勢は4Gで急速に世界市場での存在感を増しましたが、その中でもっとも活躍したのがファーウェイ(中国)です。
このように、技術開発においても競争がその進化を促す力となっていたことは間違いありません。ライバルがいれば、負けまいと動くインセンティブも働きやすいわけです。4G時代では、世界の主導的通信機器ベンダは3強となっていました。エリクソン、ノキア、ファーウェイです。世界の通信事業者の多くは、彼らが製造するモバイル通信基地局(アンテナから電波を送受信する通信設備)を数多く設置して、つながるエリアを整備してきました。
では5Gではどうでしょうか。5Gは世界統一のモバイル通信規格として、4Gで実現していた機能をさらに高度化する提案が主に大手機器ベンダ各社からなされ、仕様にそうした提案が盛り込まれていきます。他の企業では、日本はNTT、NTTドコモ、韓国はサムスンなどがこうした技術規格の標準化活動に積極的に参画していますが、この5G時代になって従来とは異なる構図になってきています。それは「通信機器ベンダを含むテレコム業界対インターネット業界」と表現できます。

新たなプレイヤーの登場と変わる競争の構図

前述のとおり、通信ネットワークの進化では「クラウド化」というインターネット業界でこれまで広く使われてきた技術を取り込む動きがみられます。この「クラウド化」により、世界の通信設備市場は従来の大手機器ベンダ3社主導から、インターネット業界からの参入に直面している状況です。
インターネット技術を使って通信ネットワークを構築しようという動きは10年ほど前から一部ではありましたが、なかなか実現には至りませんでした。小規模の企業向けソリューションなどでは導入事例もあったのですが、通信事業者の規模になると商用レベルで実現するのは難しく、それを本格導入しようとする通信事業者もいませんでした。
しかし、そこに現れたのが楽天モバイルです。楽天モバイルは、もとよりクラウドを活用したインターネットサービスをさまざまな事業領域で提供してきましたが、MVNO(通信事業者の設備を借りてサービスを提供する通信事業者)として通信サービスを提供してきた楽天モバイルがMNO(自社で通信設備を構築・運用する通信事業者)として日本市場へ参入しました。この参入にあたっての競争力として掲げたのが、「クラウド化」とそれを構成する技術の1つである「仮想化」です。
楽天モバイルが成熟するモバイル通信事業に、この新技術を使って新規参入する動きは、世界から注目の的となり、その注目度は現在も継続しています。2019年当時、非常識な参入というとらえ方も一部ではされていました。その技術の難しさは、大手通信機器ベンダも指摘していました。
しかし、楽天モバイルは多くの通信機器ベンダやソフトウェアベンダと協業し、試行錯誤を重ね、成熟した先進市場である日本で商用ネットワークの運用にこぎつけます。日本では契約者の獲得で苦心している楽天モバイルですが、海外からはその先進性が評価されています。「クラウド化」「仮想化」した通信設備で、商用サービスが提供できることが証明されたからです。
こうした動きと並行して、大手クラウド事業者も通信ネットワーク領域へ参入する準備を整えていきました。その動きが速かったのが、AWS(Amazon Web Services)、マイクロソフトという世界のクラウド市場を牽引する2社です。2021年から、彼らは通信事業者に向けてクラウドベースの通信ネットワーク構築を提案するようになりました。テレコム業界からすれば、「黒船来襲」ともいえるでしょうか。
このインターネット業界(クラウド業界)からの参入で、世界のモバイル通信業界における、通信機器ベンダ3強時代が変わるのではないかという見方が浮上してきました。しかし、3強が4強、5強になるのかという主要プレイヤーの数の変化や、順序の入れ替えという単純な話ではありません。このあたりを少し詳しく紹介します。

通信事業者の思いとOpen RAN

ここまで、通信技術の進化の経緯について主に扱ってきましたが、この業界を支えているのは、もちろん通信事業者です。通信事業者が利用者向けにサービスを提供できて初めて、通信市場が形成され、成長できるわけです。
しかし、一部を除いては、世界の通信事業者は各国単位の事業体で、事業規模も大手モバイル通信機器ベンダ3社からみれば小規模です。また十分な技術開発力も持ちません。したがって、各国の通信事業者は世界の大手通信機器ベンダが技術提案し、標準化した技術規格に沿って開発した通信機器を選んで購入するしかないわけです。選択肢が少ない中、価格と性能でベンダの製品を選ぶかしかありませんので、標準化した技術規格以外の通信ネットワークの機能や性能も通信機器ベンダに依存するしかありません。通信事業者は自国内で他社とサービス競争をしているわけですが、ネットワークの機能や性能で差異化しようにも、工夫の余地が限られてしまいます。例えばある通信事業者がファーウェイの最新機能を導入したいと思っても、ノキアの通信機器で通信ネットワークを構築していれば、それはかなわないわけです。
こうした現状を打破すべく、世界の大手通信事業者数社が手を組みました。通信ネットワークを通信機器ベンダ1社に依存するかたちではなく、複数ベンダから通信機器を調達して運用できるようにしようという動きです。これが、Open RANです。RANとは無線アクセスネットワークのことで、電波を届ける基地局設備などがこれを構成する設備にあたります。モバイル通信ネットワークは、大きく「無線アクセスネットワーク(RAN)」と「コアネットワーク(CN)」の2つに分類することができます。「無線アクセスネットワーク」は利用者へ電波を届けるための基地局設備が主な設備であり、日本でも通信事業者各社が数万の単位で設置しています。「コアネットワーク」はそうした通信を制御する設備群で構成されており、司令塔の役割を受け持っています。こちらは基地局設備ほどの数はありませんが、高度な処理を大量に行う重要な設備です。

Open RANで変わるベンダ構図

Open RANが実現すると、この無線アクセスネットワークを構成する機器ベンダを複数にすることができます。ノキアの機器によるコアネットワークでエリクソンの機器による無線アクセスネットワークを動かす、といったような運用ができるようになります。こうなると、設備機器自体もさまざまなハードウェア、ソフトウェアベンダの組合せで構成することができ、設計の自由度が増します。「コアネットワーク設備のこのソフトウェアなら」「無線アクセスネットワーク設備のこのハードウェアなら」といったかたちで強みを持つ中小のベンダも、他社と協業することで参入の機会が増えるわけです。
したがって、Open RANの動きが通信ネットワーク構築の手段として定着すると、世界の通信機器ベンダ大手3社の寡占であった垂直統合的な市場が、機能ごとに水平に分離されるようになります。この大きな市場で活躍できるプレイヤーの多様化が期待できます。
企業ソリューション向けで実績のある通信機器ベンダや、日本市場では通信事業者向けで実績のあるメーカーは、通信事業者向けの世界市場でシェア上位を占めるには至りませんでした。それは、世界の通信事業者が通信機器ベンダに対し、事業規模の大きさを活かした低価格や通信ネットワークの運用まで含めた総合力を求めたことから、シングルベンダ型・垂直統合型の提案が選ばれてきたためです。しかし、Open RANの導入が進めば、世界シェア上位企業以外にも事業機会の広がりを期待できます(図4)。
では、AWS、マイクロソフトなどはどの領域を狙うのでしょうか。ここまでの彼らの動きを見る限り、コアネットワーク設備、無線アクセスネットワーク設備のソフトウェア領域から参入しようとしています。
特にコアネットワーク設備でいえば、ソフトウェアを彼らの自社クラウド上で運用すればよいわけで、新たなハードウェアを製造しなくてもよいのです。
また、無線アクセスネットワーク設備領域でもそのすべてではなく、自社クラウドで手が届くところまでを提供するような提案を行っています。自社の得意とする領域で、自社が持つ資産を活かした提案ということになり、逆にいえば通信ネットワークのすべてを自社に乗り換えさせよう、という提案までにはなっていません。
AWSやマイクロソフトが通信事業者の通信ネットワーク領域を今後どこまで広げて狙うのかは注目すべきですが、彼らは通信機器ベンダとしてハードウェア販売を生業としているわけではないため、既存のリソースからハードウェア販売に事業拡張するシナリオは想像しにくいといえます。もしそこへ事業領域を広げようとするなら、通信機器ベンダを買収するなどの動きをみせるのではないでしょうか。

株式会社 情報通信総合研究所
ICTリサーチ・コンサルティング部
主席研究員 岸田重行