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特集2

サステナブルでしなやかな社会を実現する環境エネルギー分野での取り組み

クリーンでサステナブルな社会を実現する環境負荷ゼロ技術

NTT宇宙環境エネルギー研究所では、環境負荷ゼロを実現するため、新たなエネルギーの創出、効率的かつレジリエント性の高いエネルギー輸送、CO2の効果的な吸収、変換の研究開発に取り組んでいます。本稿では再生可能エネルギーを最大限に有効活用する仮想エネルギー技術、高信頼な直流給電を活用した直流グリッドによる次世代エネルギー供給技術、およびカーボンニュートラルの実現に資する、海洋の食物連鎖を活用した海洋中CO2削減技術について紹介します。

香西 将樹(こうざい まさき)/花岡 直樹(はなおか なおき)
長谷川 葉月(はせがわ はづき)/武部 紘明(たけべ ひろあき)
今村 壮輔(いまむら そうすけ)/田中 徹(たなか とおる)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

仮想エネルギー需給制御技術の取り組み状況

仮想エネルギー需給制御技術(図1)は、全国に分散するNTTビル内に設置されたサーバなどのICT装置で処理する仕事(ワークロード)を時間的・空間的に適切に配置することで消費電力を調整し、再生可能エネルギー(再エネ)の地産地消をめざすもので、NTTネットワークサービスシステム研究所、NTTネットワークイノベーションセンタとで連携して技術の確立、実証実験に取り組んでいます(1)。本技術は再エネ発電の供給量予測、ビル単位やワークロード単位での電力需要予測、ICTリソースにかかわる各種予測と、先の予測に基づくエネルギー需要やワークロード配置の最適化計算、計算結果を実現するためのワークロードの制御技術など多くの要素技術から構成されます。これまでに市中技術と、開発を行った要素技術とを組み合わせ、単一拠点内での機能検証を実施してきました。2022年度には本技術の有効性を検証するため、配線長で約1km離れた2拠点を10Gbit/sの回線で接続した検証環境を構築し、実験を行いました。
仮想デスクトップサービスを提供する仮想マシン(VM)を9個実行し、CPUおよびメモリに複数のパターンで負荷を印加したものをワークロードとしました。これらのワークロードを拠点間でライブマイグレーション(サービスを実行したままVMを移動)し、その際のエネルギーやサービス、運用面の評価を行いました。
実験を通じて、負荷の状況と、ワークロードの移動にかかる時間や調整可能な消費電力量の関係を定量的に確認しました。また、例えばすべてのVMが高負荷状態(CPU使用率85%、メモリ使用率80%)の条件では、サーバ消費電力(270W)の約35%に相当する107Wの消費電力調整ができました。なお、VMの移動開始から完了までは約90秒かかりましたが、その間、ほぼ仮想デスクトップサービスの利用者目線での影響はみられませんでした(図2)。
本検証では2台のサーバで実施しましたが、本技術を多数のサーバに適用することで、ワークロードの移動による大規模な消費電力の調整につなげられる可能性があります。今後はより遠距離や多拠点でのワークロードの移動によりフィージビリティを検証するとともに、本技術の拡大を見込んで、各要素技術のスケール性の検証も並行して進めていきます。

次世代エネルギー供給技術

次世代エネルギー供給技術は、安全で高信頼な直流給電技術を活用し、再エネの有効活用と、災害時にも停電しないしなやかな電力融通を実現する技術です。
近年、自然災害の激甚化が進んでおり、電力融通は新たな形態によるレジリエンスの向上が急務となっています。また、地球環境への配慮やエネルギー自給率の向上を目的として、再エネの導入拡大が求められています。
この課題を解決するため、直流グリッドにおける屋外直流給電システムの研究・開発を推進しています(図1)。直流給電システムの特徴は、蓄電池が電力線に直結されていることから、故障する可能性のある電子部品を介さずに給電できるため、高信頼なシステムであることです。この特徴を活かし、蓄電池を持つ通信ビルと再エネを持つ複数の需要家間を電力線で接続し、直流380Vで双方向に電力融通するシステムの電気安全を中心とした検討を進めています。検討の最初のステップでは、通信ビルと各需要家を1対1で接続したスター配線型のシステムにおいて、電⼒融通の基本特性や安全性の検証をしました(1)。次のステップとして、バス配線型のシステムでの検証を進めています。
バス配線はスター配線に比べて電力線敷設のコストにおいて経済性に優れる一方、ある個所で短絡(電力線のプラスとマイナスが接触)した場合に、システム全体に大電流が流れて需要家が停電するおそれがあります。例えば、図3(a)のようなバス配線に対し、短絡保護のために従来のようにヒューズを挿入した場合は、バス配線に停電が発生します。短絡する個所によってバス配線を流れる短絡電流の方向が変化するため、B点短絡時の電流(緑色の矢印)は短絡点直近のヒューズ(ロ)のみで遮断できますが、A点短絡時の電流(赤の矢印)は短絡点直近のヒューズ(イ)以外のヒューズが誤遮断する可能性があります。このように、ヒューズどうしの過電流保護協調*1がとれず、複数のヒューズが同時に遮断してしまい需要家が停電してしまうおそれがあります。そこで、短絡電流の方向が変化しても遮断器どうしが過電流保護協調をとり、短絡事故の影響が避けられない需要家以外には電力融通を継続させることが技術的な課題として求められます。
この課題に対し、電流の方向ごとに過電流遮断しきい値の設定が可能な半導体遮断器(双方向半導体遮断器)をバス配線の各幹線と各支線に1台ずつ設置し、過電流遮断しきい値に関する条件を明確化しました。
図3(b)のように双方向半導体遮断器をバス配線に設置し、ある需要家から別の需要家に向けて給電する方向に遮断しきい値が段階的に小さくなるよう設定します。各双方向半導体遮断器は、片方向の半導体遮断器を逆方向に直列接続したもので、電流の方向ごとに遮断しきい値を持つことが特徴です。例えば、図3(b)ではB点での短絡時に、短絡点の直近にあり、短絡電流の方向(緑色の矢印)に対して遮断しきい値がもっとも小さい遮断器(ロ)のみが素早く動作し短絡点を切り離します。同じように、A点での短絡時に、短絡点直近の遮断器(イ)が短絡点を切り離します。これは他のC、D、E点、X、Y、Z点でも同様に短絡点直近の遮断器のみが動作し、短絡点を切り離します。このように、バス配線のどの地点で短絡が発生した場合も、短絡点の直近の遮断器のみが遮断することで、短絡時の停電の影響範囲を最小化し、バス配線の信頼性を向上することができました。
今後は、幹線をループ配線とした場合においても、短絡時に停電しないシステムに関する研究・開発を推進し、さらなるシステムの高信頼化により、しなやかで安心・安全な電力融通の実現に貢献していきます。

*1 過電流保護協調:短絡等の事故電流を検出して事故区間のみを切り離し、他の健全回路の停電を回避するために、複数の保護装置間の動作値や動作時間を相互に調整(協調)すること。ヒューズの場合は、動作値(溶断特性)を電流の方向によって変更することができないため、ある方向の電流に対してのみヒューズどうしの協調がとれます。

海洋の食物連鎖を活用した海洋中CO2削減技術とその応用

近年地球温暖化は深刻な社会問題であり、その原因の1つとされている大気中二酸化炭素(CO2)の削減は急務です。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、CO2吸収の35.1%を海洋が担っており、海洋は主要なCO2吸収源といえます。海洋によるCO2吸収量は、主に海水中に溶存しているCO2の濃度に依存します。したがって、海洋中CO2が削減されれば、大気から海洋へのCO2吸収量が増え、結果として大気中CO2の削減につながると期待されます。
自然環境において、海洋中CO2の一部は藻類*2の光合成*3によって固定されます。固定とはCO2を有機物に変換し、生体内に取り込むプロセスのことです。これらの藻類は食物連鎖の中で直接的もしくは間接的に魚介類に捕食され、最終的には魚介類の体内に炭素が固定されます。現在NTTでは、この海洋食物連鎖を介した炭素固定プロセスに着目し、海洋中CO2削減研究に取り組んでいます(図4)。具体的には、藻類の炭素固定能力と、魚介類の摂餌能力や成長能の双方をゲノム編集技術*4などの遺伝子改変技術で向上させるほか、培養・飼育条件を最適化することで、食物連鎖全体での炭素固定総量の長期化・最大化をめざします。本研究は、藻類だけでなく魚介類も標的とすることで、従来の藻類を用いた研究が抱えていた、炭素固定期間が短いという問題を解決できると考えられます。この海洋生物の食物連鎖を活用した相乗的な海洋中CO2削減の実現に向け、NTTはゲノム編集技術を用いた魚介類品種改良のパイオニアであるリージョナルフィッシュと共同で研究を進めています。NTTでは藻類の炭素固定能力の向上をめざし、標的遺伝子の選定およびゲノム編集技術を用いた有用株育種とその評価に取り組んでいます。
藻類の炭素固定機構に関しては古くから研究されてきましたが、炭素固定にかかわる遺伝子は完全には解明されていません。そこでまず炭素固定能力向上が期待される遺伝子の選定を行いました。遺伝子機能の評価法として、特定の条件下において、単独遺伝子改変株の増殖を観察するという手法があります。例えば、一般的に低CO2では光合成反応の活性が低下することから、低CO2条件下で培養すると藻類の増殖は遅くなります。この低CO2条件下において、ある遺伝子Aを除去した遺伝子改変藻類株の増殖が非遺伝子改変株と比べて顕著に促進されれば、遺伝子Aは低CO2濃度条件においては、炭素固定に抑制的に機能していることが示唆されます(図5上部)。遺伝子Aにゲノム編集技術を適用すれば、低CO2濃度条件で炭素固定能が向上した藻類が育種できると考えられます。
NTTでは前述の遺伝子機能評価法を応用し、培養時のCO2濃度を変化させることで、炭素固定に関与する遺伝子を絞り込みました。まず12種類の標的候補遺伝子に対して個別に遺伝子改変株を取得し、次にこれらの株の増殖を評価しました。その結果、2種類の遺伝子(遺伝子4、8)に関して、遺伝子改変株の増殖が非遺伝子改変株と比べて顕著に促進されることが分かりました(図5下部)。増殖が促進されるということは、単位時間当りにより多くのCO2を吸収・固定していると考えられます。すなわち、遺伝子4、8にゲノム編集を適用することで藻類のCO2吸収量を画期的に向上させられる可能性があります。この遺伝子4、8の発見を基に、炭素固定量向上藻類の育種をめざします。また、さらに多くの標的遺伝子を特定し、ゲノム編集技術を適用することで、光合成活性などの炭素固定能力が高い株だけでなく、有用物質を蓄積するなどの産業的な有用性を持った株の育種にも努めます。
本研究の社会実装に向けて、NTTグループが有する有用藻類育種技術や通信技術、リージョナルフィッシュが有する最先端の魚介類品種改良技術や養殖技術等を基盤とし、合弁会社「NTTグリーン&フード(G&F社)」を設立して2023年7月1日より事業を開始しました(2)。G&F社では「自然の恵みを技術で活かし、地球と食の未来をデザインする」という理念の下、①環境に配慮した藻類の生産・販売、②その藻類を餌とする環境に配慮した魚介類の生産・販売、③これらの藻類・魚介類を活用した循環型の陸上養殖プラットフォームの提供という三軸からなるグリーン&フード事業の実現をめざします。NTTではこのグリーン&フード事業実現に向け、有用藻類を育種・生産する技術を深化させていきます。

*2 藻類:陸上植物以外の光合成をする生物。
*3 光合成:植物や藻類において、光エネルギーを利用してCO2から有機物を合成する反応系。
*4 ゲノム編集技術:ゲノム上の任意の塩基配列を特異的に改変する技術であり、遺伝子組換え技術と異なり外来遺伝子が細胞内に残りません。

■参考文献
(1) 田中・南・田中・中村・林・香西・樋口・花岡・岩本:“環境負荷ゼロの実現に向けた,エネルギー流通基盤技術,”NTT技術ジャーナル,Vol.33,No.4,pp.21-25,2021.
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/06/27/230627a.html

(上段左から)香西 将樹/花岡 直樹/長谷川 葉月
(下段左から)武部 紘明/今村 壮輔/田中 徹

地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けて、従来の視点にとらわれない新たな視点で、環境負荷ゼロに資する研究開発を推進していきます。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@ntt.com