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挑戦する研究開発者たち

技術のプロ集団として、現場の特異故障の解決に挑む

日本全国津々浦々にさまざまな通信設備を保有するNTTグループ。こうした通信設備やネットワークには故障等に対するサービスのレジリエンスの対策が堅牢に施されています。しかし、全国各地の環境等の現場固有の状況、接続される端末や設置環境等の固有の事情に起因する特異故障が局所的に発生することがあります。こうした特異故障に対して専門的な技術をベースに原因究明から対策実施、ノウハウの蓄積を行っているのがNTT東日本 技術協力センタです。技術協力センタにおいて主に材料技術の分野で特異故障の解決に挑む、折口壮志氏に主な事例、技術のプロ集団としての心構え、環境への取り組みに関する思いを伺いました。

折口壮志
技術協力センタ 担当部長
NTT東日本

特異故障対応で得た知見は技術協力センタの財産。ノウハウを保守業務効率化に活かす

現在、手掛けている技術の概要をお聞かせいただけますか。

NTT東日本 技術協力センタでは、主としてNTT東日本・西日本、NTTコミュニケーションズの現場を対象に、専門的な技術を基に、解決困難な特異故障の原因究明や対策技術の確立、技術普及と展開、ノウハウや技術を活かしたコンサルティング、切り分けツールや対策品開発などの技術開発、提案品、市販品の目利きなどの技術評価といった「技術協力」を行っています。
技術協力センタは、1963年に電電公社電気通信研究所技術協力部として発足し、以来会社・組織形態やロケーション等の変遷が行われる中で、一貫して名実ともに技術協力を実施しており、現在は技術専門ごとに、材料技術、アクセス技術、ネットインタフェース技術、EMC(Electromagnetic Compatibility)技術の4つのグループで技術協力を行っています。
その中で私は、材料技術担当に所属しています。材料技術担当では、電柱やお客さま宅の引き込み線、マンホール、ケーブル等の所外設備を中心に、紫外線、塩害、硫害、高湿度等による材料劣化の原因究明と対策検討をするという現場の技術協力を行っています。さらに、技術協力を通して現場の声を反映できるように、技術開発も行っています。NTT東日本だけで500万本以上ある電柱を長持ちさせたり、適正更改する「持続可能な電柱運用」、中継伝送や基地局等の「鉄塔運用の効率化」「環境に配慮した防食塗装」を主な開発テーマとして取り組んでいます。
まずは技術協力の事例を紹介します。
電柱はコンクリート製のものと鋼管製のものがあるのですが、鋼管製の電柱(鋼管柱)の片側だけ茶色く錆びるという現象がありました。実際に現場に行くと横に並んでいる鋼管柱のほとんどすべてが風上側だけ錆びています。鋼管柱表面の付着物を採取し、化学分析を実施したところ、周辺の畑の土壌であることが分かり、塩化物イオンや硝酸イオンなどの金属腐食を促進させる物質が検出されました。風上側が錆びているので、気象データ等と照らし合わせて確認すると、風によって土や砂の粒子が当たり表面が摩耗・損傷される「サンドエロージョン現象」により、鋼管柱のメッキが消失し、土に含まれる塩化物イオン、硫酸イオンや硝酸イオン等の影響で錆びていたことが分かりました(図1)。安全性にかかわる強度低下でないため、計画的な更改を提案しました(1)
また、温泉地域でONU(Optical Network Unit)の故障が発生し、技術協力の依頼がありました。現場調査で周辺の大気から硫化水素が検出されるとともに、装置を開けてみると回路の貫通ビアと呼ばれる部分の銅が腐食していて短絡していました。腐食部分を元素分析したところ、硫化銅であったため腐食の原因は温泉からの硫化水素であることを特定しました。対策として、露出部分すべてをコーティングできるわけではないので、ONUの放熱対策を施した硫化水素吸着剤入りのアクリルボックスにONUを入れることで対応しました(2)
鉄塔では、塗装改修後の早期に劣化が発見され、技術協力の依頼がありました。現地で鉄塔に登ってみると、実際にはがれた部分や周辺には塩分などの腐食を促進する物質は微量でした。破片の断面を顕微鏡で観察したところ、幾層もの塗膜があることが分かり、塗装改修時に塗料を重ね塗りしており、その結果付着力がなくなっていることが分かりました。付着力のなくなった塗膜は剥いで塗り直すよう提案しました。
このように技術協力を通して得られた知見を技術協力センタは蓄積しており、これらは通信設備保守の効率化に活用されています。例えば、NTT東日本で導入しているスマートメンテナンスでは、カメラに映らない電柱の裏側の状況を、私たちのノウハウをベースにカメラに映った画像の異常から推測し、アクションを促すところで活用されています。
次に、材料技術担当の技術開発事例として塩害マップを紹介します(3)。塩害マップは、NTT環境エネルギー研究所(当時)からNTT東日本へ成果提供されたもので、全国21カ所で実施した暴露実験結果から数理モデルを用いて腐食速度を算出したものです。気象技術の発達により日本全域の気象データが1kmメッシュで入手できるようになったことから、気象データを用いて再計算することにより、塩害マップの高精細化を達成しています。この「塩害マップ」により、強塩害エリアの的確な判定による適正な対策が可能となります(図2)。現在は、鉄塔などの背の高い構造物への適用を考慮し、鉄塔にセンサを設置させてもらい、腐食速度や気象情報を測定しています。

「環境に配慮した防食塗装」とはどのようなものでしょうか。

鋼管柱は、そのものにメッキ等の防食加工がなされているのですが、地面に掘った穴に鋼管柱下部を入れることで建柱するため、地中の水分、イオン等や、犬のマーキング等により腐食の可能性が高くなります。そこで、地上50cmくらいの高さまで一般的にはグレーの防食塗装が施されています(図3)。この防食塗装は、石油由来のPET樹脂を原料とした粉体塗装が施されています。
私は以前NTT環境エネルギー研究所に在籍しており、環境問題や環境経営をテーマに研究開発をしていたこともあり、このPET樹脂に再生PETを利用してSDGsに貢献できないかと考え、検討を始めました。ペットボトルを再生した再生PETは、不純物が混入していたり分子構造が変わったりしているため、通常のPET樹脂の塗料のように綺麗に塗装するのが困難でした。さらに、NTTで調達する鋼管柱は、その品質確保のために物品規格書で定められている耐久性試験を実施し合格する必要があるのですが、合格のために再生PETの混合率をどこまで上げることができるのかについて、鋼管柱を模擬した鋼板に塗装を施す試行錯誤を繰り返し、当初は20%という結果を得ることができました。
最近では、再生PET100%でも大丈夫だという目処がついてきたのですが、再生PETの価格やビジネススキーム等の課題がまだ残っています。こうした課題を解決しながら、実用化をめざしています。そして、NTT東日本のオフィスから出てきたペットボトルを回収して、再生PET化して粉体塗料にすることで鋼管柱を守る、という循環をつくることができれば、私たちのエコ活動により鋼管柱を守るというエコシステムが構築され、社員の環境に関する意識向上にもつながっていくのではと期待しています。

「技術は正直」の姿勢で得る信頼

技術者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。

私は、学生時代は理論物理学、物性化学を専攻し、NTTに入社後は研究所で環境材料や廃棄物・リサイクル、ICT 環境影響評価手法等の環境経営に関する研究開発に携わっていました。NTT西日本で環境経営の実務経験もあります。これらの材料技術や環境に関するスキルを基に、現場における測定や解析等の結果を職場で議論することも多く、これについても研究開発におけるプロセスと考え方は似ています。ただ、対象となる設備は広範に及ぶので、それぞれの技術については事例のレビュー、論文等の文献によるフォローや最新の分析技術の情報収集において知見の確保を図っています。
技術協力センタに新規に着任した社員も同様で、スキルから得られた知見が技術協力センタの財産でもあるので、このスキル向上と継承を目的に、技術協力センタ内にタスク横断的な「技術継承ワーキング」のリーダもさせていただいています。そして、「技術継承ワーキング」主催で技術講座を毎年開催し、基礎編、応用編を座学で、その後各実験室等で実習編を実施し、社員のスキルアップを図っています。
さらに、技術継承という意味では得られた知見を蓄積することも重要です。技術協力センタでは、すべての技術協力を回答票として記録に残すとともに、その一部をNTT技術ジャーナル『テクニカルソリューション』等への投稿や、『通信設備のトラブルQ&A』というタイトルの書籍の執筆も実施しています。

開発において大切にしていることは何でしょうか。

「NTTグループ内外から頼りにされる材料技術担当」をめざすべき方向性として、化学分析、強度解析、観察、耐食性評価等の材料分野の知見・ノウハウをベースに、「積み上げたノウハウを発揮した地域課題の解決」「将来を見据えた新技術へのプロアクティブな取り組み」「保守現場の変革に合わせた新たな技術協力スタイルの確立」をチームの行動指針として取り組んでいます(図4)。これを現実のものとするためには、「技術者として、事実を見つけ、事実を基に原因を究明して、対策を考える」ということが一番重要な姿勢なのではないかと思っています。技術は正直であり、事実を冷静にとらえて考えていく、人に話をするときも技術に基づく事実をベースに話すことでお客さまや現場から理解・信頼を得ることにつながると思います。
それから、「どうしたらできるか、どうしたら分かるか」という思考をするようにしており、メンバーとも共有しています。現場でのトラブルの際に、現地へ駆けつけて調査や測定等によりデータを取得して解析するのですが、何度も現場に赴くわけにはいきません。自分たちの技術に対する信用問題にもなります。離島の鉄塔に登って調査することもよくあります。交通機関も限られており、天候による欠航や遅れも発生します。まさに現場に何度も赴くことはできません。こういった厳しい環境において、事前に仮説を立ててその立証をするために必要な調査を考え、もし、スキルがなければ技術協力センタの空きスペースで練習やリハーサルをする等、万全の準備をして臨みます。これこそ、「どうしたらできるか、どうしたら分かるか」という意識なしにはやれることではなく、私たちはプロとしての矜持をもって実践しています。

「知行合一」で失敗を恐れずにポジティブに行動

将来的に何をめざして開発を続けたいのでしょうか。

やはりこの材料技術に携わることを、グループ会社の中では職場も限られてはいますが、続けていきたい、可能であれば現場に近いところでできれば面白いと考えています。
それから、もう1つの私の専門分野である環境経営の分野にも携わりたいと思っています。再生PETによる粉体塗料の開発は、まさしく材料技術と環境経営の融合したテーマとして立ち上げました。私は以前、ITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)において原料採掘から廃棄までのCO2排出量等に関する通信サービスのライフサイクルアセスメント等の環境技術を検討するSG(Study Group)5のWG(Working Group)3の副議長をさせていただいたこともあり、環境に関してはハード、ソフト両面から取り組んでいく必要があると考えています。だからこそ、オフィスで回収したペットボトルを利用した再生PET樹脂を原料とした粉体塗料に、開発から実用化、そして現場にそれを展開していくエコシステムを回していくことは、まさにハード、ソフト両面から環境に取り組んでいくことではないかと考えています。

後輩やパートナー、NTTグループへのメッセージをお願いします。

「技術は正直である」、技術は裏切らないので、自信を持って技術にのめり込んでほしいと思います。
中国の言葉で「知行合一」というのがあります。これは「何かを得るには知識だけではなく行動も必要である」という意味を持つ言葉です。逆にいうと、「知って行わないのは、まだ知らないことと同じである」ということになります。さらに「自身で考える」ことも必要だと思います。インターネット等で膨大な情報が溢れているこの現代で、「自ら知って、自らが考え、そして自ら行動する」サイクルを回すことは難しいかもしれませんが、このサイクルを実践して技術にのめり込んでいってほしいと思います。そして、行動することにより失敗することもあると思いますが、失敗を恐れないで行動してほしいです。失敗あって成功があります。もし、失敗しても、何故失敗したか、失敗しないようにするためにはどうすればいいのかと、考えるきっかけをもらえたと前向きに考えて、先ほどのサイクルを回しながら、次に進んでほしいと思います。
また、独りで思い込まないで、独りで考えないで、皆で議論していきましょう。NTTグループという大きな仲間がいます。
NTTグループの皆さん、私たちは今、現場の技術協力をしているのですが、ひいてはそれがお客さまにつながると考えており、NTT東日本のミッションでもある「地域の課題解決と価値創造」に対して、私たちは技術の力で貢献していきますので、お困りの際には、ぜひ私たちに声をかけていただきたいと思っています。

■参考文献
(1) テクニカルソリューション:“最新の故障事例の紹介──設備の材料劣化に関するトラブル,”NTT技術ジャーナル,Vol.33,No.4,pp.114-117,2021.
(2) 技術基礎講座:“通信設備・装置の硫害による劣化状況と対策,” Raisers, Vol.11, pp.7-9,2020.
(3) 技術基礎講座:“塩害マップの紹介,”Raisers, Vol.9, pp.20-22,2018.