グローバルスタンダード最前線
IECにおける光ファイバ・ケーブル技術の国際標準化活動状況
IEC TC86(Technical Committee86:第86専門委員会)はIEC(International Electrotechnical Commission: 国際電気標準会議)において光ファイバ通信に関する国際規格制定を担う標準化組織です.ここではIEC TC86における標準化活動概要と,特に最近の会合で議論された光ファイバ・ケーブル技術のトピックと今後の展開について紹介します.
松井 隆(まつい たかし) /山田 裕介(やまだ ゆうすけ) /荒木 則幸(あらき のりゆき)
NTTアクセスサービスシステム研究所
IECにおける光ファイバ・ケーブル標準
IEC(International Electrotechnical Commission: 国際電気標準会議)は電気技術に関するすべての分野の国際標準・規格を作成する組織であり,製品仕様にあたる国際規格を開発するとともに,安全性・品質の観点で標準規格適合保証を提供しています.IECでは技術分野ごとに設立されたTC(Technical Committee:専門委員会)で国際標準の内容や制定・改訂に関する具体的な議論がなされており,光通信システムにおける光製品の仕様や試験方法はTC86が所掌しています.NTTは光通信システムに関する技術開発や仕様の検討を行っており,また国際標準は設備の調達や接続仕様にも大きく関係することから,IEC TC86における標準化活動に積極的に参画し,日本で利用している通信ネットワークや製品仕様を踏まえその品質や相互接続性が保証できるよう,国際標準化に向けた提案や文書審議への対応を行っています.なお,光ファイバ・ケーブル標準については公衆通信ネットワークシステムにおける要求条件の観点からITU-T(International Telecommunication Union – Telecommunication sector:国際電気通信連合)のSG15でも国際標準化議論がなされており,積極的に参画しています.IECでは主に光製品における調達仕様と国際標準との整合性の観点で,ITU-Tでは通信システムの相互接続性の担保と要求条件の観点で標準化議論を進めており,お互いに密に連携しながら標準化活動を推進しています.
IECの中でTC86は“ファイバオプティクス”技術を所掌しており,主に光ファイバ・ケーブル,光コネクタや通信装置とともに用いる光ファイバシステム,モジュール,デバイスに関する標準(用語,特性とその試験法,構成方法,インタフェース等の光学的,環境的,機械的要件)を整備することを目的としています.TC86が担う技術分野を図1,TC86の組織構成を図2に示します.TC86は技術分野ごとに決定権を有する3つのSC(Sub Committee: 技術分科会)を有し,光ファイバ・ケーブルを主管とするSC86A,光接続部品を主管とするSC86B,光サブシステムと能動部品を主管とするSC86Cがあります.また規格文書の具体的議論を行う12のWG(Working Group:作業部会)を有します.それぞれのWGにおいて担当する技術分野における標準の新規制定や改訂の提案や文書の作成を実施し,文書の発行や検討計画を各SCで決定します.本稿ではIECで議論されている光ファイバ・ケーブル標準の最近の動向を説明します.
IECにおける光ファイバ・ケーブル標準の動向と取り組み
IEC TC86が所掌するファイバオプティクス分野では,特にデータセンタにおける光ファイバ・ケーブル需要の急速な増加や欧州・新興国におけるFTTH(Fiber To The Home)の急速な普及を背景に,アクセスシステム向けの光ケーブルや接続部品の標準化議論が活発に行われています.光ファイバ・ケーブル標準を扱うSC86Aでは,光ケーブルの多心化・高密度化に伴う光ファイバ心線や光ファイバテープ心線標準の改訂や,各国の使用環境を考慮した光ケーブルの多様な試験方法の提案・審議が進められています.
日本からも,日本で開発され導入されている間欠接着型光ファイバテープ心線の標準提案を行い国際標準として制定されるとともに,光ケーブルの摩擦係数や凍結耐性の試験方法の新規標準化を提案し,標準文書として制定することが合意され議論が進められています.
図3に光ファイバテープ心線の構造例を示します.従来の光ファイバテープ心線は複数の光ファイバを一括で被覆しているため取り扱い上の柔軟性が制限されますが,間欠接着型光ファイバテープ心線では長手方向に離散的に接着することで,丸めたり任意の方向に曲げることができる等柔軟性が向上し,かつ整列による一括接続性も可能です.ここで従来の光ファイバテープ心線標準では変形しないことを前提に寸法や試験方法が規定されていたため,間欠接着型も考慮できるよう標準を改訂し,新たにIEC60794-1-31として標準文書を制定しました.間欠接着型光ファイバテープ心線の実現により,光ケーブル内への光ファイバの実装密度を極限まで高めることができ,日本でも超高密度光ケーブルに用いられ導入されていますが,最近では海外でも多心光ケーブルの高密度化に利用され始めています.
また,光ケーブルの試験方法の標準は光ケーブルの特性を客観的に保証するために必須になります.日本では屋内配線向けに低摩擦のインドアケーブルが開発・導入されていますが,光ケーブルの摩擦係数については標準試験法がなく,類似製品があってもその性能を客観的に判断することが困難でした.図4に日本が提案した光ケーブルの摩擦係数試験法を示します.複数の光ケーブルを多条敷設することを考慮した光ケーブルどうしの動摩擦係数の試験方法となっており,プラスチックフィルムどうしの摩擦係数の試験方法をベースにNTTで確立した方法です.国外でも敷設する光ケーブルの増大に伴い光ケーブルの摩擦は高い関心を集め光ケーブルの機械特性試験方法の1つとして新たに標準制定をすることで合意されました.
さらに光ケーブルの寒冷地での敷設を考慮した凍結耐性を評価するための試験方法についても,NTTにおける知見をもとに新たな試験方法として提案しました.提案した試験方法は図5に示すように光ケーブルを水で満たした管路内に設置して冷却し,実際に敷設される管路内での凍結環境を模擬して光ケーブルの特性を試験するものです.NTTでは日本国内の多様な環境下で光ケーブル設備を敷設・運用しており,そこで用いられる光ケーブルは,この試験方法によって評価し,対策に必要な条件を定めています.凍結環境における知見や提案は例が少なく参加国からも高い関心を集め,凍結試験法として日本提案を新たに加えることで合意されました.
これらの新たな光ファイバ・ケーブル標準は日本の技術を広く海外にも展開するとともに,粗悪な製品を排除しユーザの使用環境における光ケーブルの特性を客観的に保証することができます.
今後の展開
日本は光ファイバ・ケーブル技術について世界に先駆けて国内展開を推進し,IEC TC86でも主要国の1つとして高い発言力とプレゼンスを有します.光ファイバ・ケーブル技術に関する多くの導入・運用実績や知見に基づき,国際標準化でも関係するITU-Tとも密に連携しながら,光通信ネットワークの発展に資する国際標準の整備に貢献していきます.また将来のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現に不可欠となる次世代光ファイバ・ケーブル技術についても,研究開発と標準化活動の両輪で技術の確立を推進していきます.