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トップインタビュー

摂動を与えつつも、摂動を意識させないのがトップの役割

基礎から応用までの幅広い研究開発を手掛けるNTTのR&Dは4つの総合研究所などから構成されています。そのうちの1つ、NTT先端技術総合研究所(先端総研)は「NTTの事業領域を拡大する先端技術の研究開発」「社会に変革をもたらす新原理・新コンセプトの創出」「地球環境・人にやさしい技術の研究開発」をミッションとして先端技術の研究に取り組んでいます。NTT先端技術総合研究所の岡田顕所長に、先端総研の技術戦略とトップとしての心構えを伺いました。

NTT研究開発担当役員
先端技術総合研究所
所長
岡田 顕

PROFILE

1993年日本電信電話株式会社入社。2003年フォトニクス研究所主幹研究員、2009年総務部門担当部長(人事・人材開発)、2015年先端技術総合研究所企画部研究推進担当 担当部長、2016年デバイスイノベーションセンタ所長、2017年先端集積デバイス研究所長、2022年7月先端技術総合研究所長、2023年6月NTT研究開発担当役員就任。

カッティングエッジ:2050年の社会を見据えた研究開発

NTT先端技術総合研究所について教えてください。

NTT先端技術総合研究所(先端総研)は「先端」という名のとおり、「2050年を見据えてすべてをつないで社会をつくり、地球を育み、人々が生き生きと暮らせる世界を築くこと」を大きなビジョンとして掲げ、カッティングエッジな研究に取り組んでいます。
先端総研は、革新的なネットワークシステムの実現をめざして、多様な周波数帯と媒体を対象に新たな通信パラダイムを実現する技術の研究開発を担う「未来ねっと研究所」、光と電子の融合により新たな価値創造をもたらすデバイス・材料の研究開発を自前のクリーンルームを活用して展開し、次世代の通信・情報処理インフラや持続可能かつ人々の生活を豊かにする技術の創出を担う「先端集積デバイス研究所」、コミュニケーションの壁を打ち破るメディア・情報処理の研究開発により人間と情報の本質に迫り、社会に変革をもたらすメディア・情報処理・人間科学を追究する「コミュニケーション科学基礎研究所」、そして、既存技術の壁を越える新原理・新概念創出と将来のコア技術の種となる技術を探求する「物性科学基礎研究所」の4つの研究所で構成されており、物事を深く理解し、型にはまらない発想力で世界一・世界初の技術や驚きの創出に取り組んでいます。

広範囲で多岐にわたる基礎研究を手掛けているのですね。現在、注目を集めている研究開発をいくつかご紹介いただけますか。

まず、情報処理分野ではIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の3要素の1つであり、従来のネットワークが電気信号と光信号の変換を繰り返して信号伝送していたものを、エンド・ツー・エンドをすべて光信号処理で行うオールフォトニクス・ネットワーク(APN)を実現する「光電融合技術」です。実は私たち先端総研の光電融合技術に関する研究成果が起点となってIOWN構想につながっています。光電融合技術の導入によって電力効率を100倍にすることを目標としており、2019年に英国科学誌『Nature Photonics』で発表した光電変換デバイス(光トランジスタ)はこの領域の試金石となる研究成果です。
また、サステナブル技術としての人工光合成も注目を集めています。人工光合成はその名のとおり太陽光を使ってCO2からエネルギーを生み出す光合成のメカニズムを人工的に実現した技術です。将来的には人工光合成技術は炭素循環社会の実現に貢献できると考えています。2023年には世界最長の350時間連続炭素固定を実現しました。CO2変換反応による累積炭素固定量は420g/m2に達し、これは樹木(スギ)が年間で固定する単位面積当りの炭素量を上回る量に相当します。現在は、より高性能な人工光合成デバイスを実現するために、電極での反応の高効率化、電極の長寿命化の両立を図り、屋外試験を通じて、太陽光エネルギーを用いたCO2削減技術の1つとして確立することに挑んでいます。

問題は何かを追究して問題を創り、「難しい」ことを果敢に攻めよう

ところで基礎研究はとても先駆的であるからこそ、その重要性が伝わりづらいこともあるかと思いますがいかがでしょうか。

基礎研究は、物事の本質・存在に迫るような理論や現象、自然法則等を発見・メカニズム解明し、新たな技術・製品・システム等を開発するための基礎となる研究です。したがって、日常生活の中では直接見えることがないがゆえに、その重要性が伝わりづらいものです。ノーベル物理学賞を受賞した研究は、それがすごい研究であることは誰もが理解できるのですが、それがどのように社会実装されて、どのように社会に役立っているのかが一般の人には分かりづらいものが多い、というのがその例です。基礎研究の重要性を広く伝えるためには、研究内容を専門家でない方々に分かりやすく平易な言葉で伝えられる力を、研究者自らが備えることも非常に重要であると感じています。
このため、私たちの技術を分かりやすく伝える啓蒙活動も展開しています。企業の研究所で基礎研究を行っているところは日本ではほとんど皆無であり、その中でNTT研究所は特異な存在であり、それがNTTの強みでもあることから、「研究者を前に出す」ことで私たちの技術の先端性をしっかりアピールする活動をNTT研究所全体で取り組んでいます。
具体的には、一般の方向けに研究内容を伝える際には比喩などを使い、専門知識がなくても分かりやすくするとともに、ニュースリリースをはじめさまざまなメディアへの露出を多くすることで、より多くの人にメッセージを届きやすくしています。さらに、学会やシンポジウムで研究成果や進捗を示し、ジェネラルな場での講演にも積極的に臨んでいます。
ところで、日本の研究力の低下がささやかれています。基礎研究領域における技術は2、3年後にすぐに出来上がるわけではありません。私たちは2050年を見据えて研究を行っていますが、2030年、35年、40年とマイルストーンを設定し、めざす技術とそれが生み出す価値をできるだけ具体的に示すことを心掛けています。基礎研究の性質を踏まえて、研究者が長期的な視野に立ってチャレンジングなテーマに取り組めること、そして、研究者が主体的に研究したいことを提案できる環境づくりに努めています。
このため、私は常日頃から、研究の取り組みでは「難しい」と表現することはやめましょうと話しています。なぜなら、「難しい」と言葉にした瞬間に思考停止に陥ってしまうことがあるのです。視点を変えれば「難しい」ことはこれまでできていないこと、誰も到達できていないことで、これはチャンスなのです。私たちの知識、既成概念にとらわれない考え方や手段など、いろいろな角度からのアプローチを総動員すれば乗り越えられます。この姿勢で臨むことがある意味で新たなパラダイムを生み出すかもしれませんし、研究力向上につながると考えています。

研究のタネづくりを促し、研究者の可能性を引き出していらっしゃるのですね。マネジメントをするうえで大切にしていることを教えてください。

問題を解くことのみが研究力につながるわけではありません。何が問題であるかを追究して問題を創ること、「難しい」ことを果敢に攻める姿勢を大切にすることが本当の研究力につながると考えています。これは若干、忍耐力が必要になるときもあるのですが、先端総研としての大きな営みです。この先もこれを怠らずに取り組みたいですね。
また、私たちの手掛ける基礎研究の次のステップである応用研究、そして実用化も当然のことながら大切なプロセスですから、マネジメントする立場からすればしっかりと両輪として走らせていきたいと考えています。このとき、私たちが担うのは基礎研究だからとそれだけに従事するのではなく、井の中の蛙となって社会から取り残されることのないように、俯瞰的な視野を持って応用研究や、実用化に必要なオペレーションの部分も学びつつ、自らの役割に従事したいと思います。
さらに、マネジメントの立場では生み出す価値とそのリターンも考えなくてはならないことです。その点については、有体な言い方になってしまいますが、私たちの研究が提供する価値がどのようなものかをしっかりと理解し、伝えることがとても重要です。その価値をどう判断するかは、伝える相手によりさまざま受け止め方がありますが、まずは、研究者自身がその研究の価値を見定めて信じることが重要なのです。研究は計画的に、あるいは順調に成果を出せるという性質ではありませんから、自分のめざす頂点をある程度見定めて、めざしていくことが重要であると考えています。

主体性と情熱とリスペクトを携えて、「素直」であろう

これまでのご経歴を踏まえて、トップとして大切にしていらっしゃることをお聞かせください。

私は博士課程を修了して1993年にNTT研究所に入所しました。いわゆるドクター入社です。学生時代に材料の特性を活用してデバイスを創る研究をしていたことから、入所後は光通信に役立つ新規光機能デバイスを、当時武蔵野にあったクリーンルームで作製し、研究に没頭し、非常に良い経験を積ませていただきました。1997年にはスタンフォード大学の客員研究員として1年間、視野を広げるために光通信・伝送の研究をさせていただきました。このときの経験から俯瞰してみることの大切さを認識しました。
当時は光ネットワーク技術に関する業界団体OIF(The Optical Internetworking Forum)が設立されるなど、光通信に関して大きな動きが出始めた時期で、スタンフォード大学のあるシリコンバレーでそのアクティビティをつぶさに見ることができ、自らの視野の広がりを感じました。帰国後はデバイスからネットワークのシステムを提案する研究プロジェクトに従事し、システム全体からデバイスを考えることの重要性を学ぶ機会をいただきました。これらを通じて、幅広い研究手法・知識を獲得し、人とのつながりを得ることができました。
その後、研究フィールドしか知らなかった私にとって、突然、全く未知の世界であった人材育成を担うことになります。よくお酒の席でも話すのですが、NTT人生で体重が減ったのはこのときだけといえるくらい(ただし最初の1カ月だけでしたが)、分からないことが多く各方面に気を使いました。そして、グループリーダとして研究現場に戻った時期もありましたが、現在のポジションに至るまで、総務部門の人材開発担当では事業会社の多くの方と接する機会もあり、研究所と事業会社を人材面でつなぐ仕事にもかかわってきました。さらに、グローバルなSI会社であるディメンションデータ(現NTT Ltd.)のM&A等、NTTのグローバル化等も含め、それぞれの節目でさまざまに学ばせていただきました。
これらを踏まえて実感するのは手掛けている研究にプラスして少し幅広く、さまざまなところへ首を突っ込んでいくことの重要性です。そして、変化を求められたらあまり深く考えないことも大切かもしれません。というのも、私自身、研究者の自分としては予想もしなかったプロセスを経てこのポジションに就いていますが、もしかしたら他者からのほうが自分のことがよく見えているのかもしれないからです。一般的に、変化することを避けたり抵抗したりすることもあるかと思います。特に研究者の場合は、さまざまな理由により研究テーマを断念せざるを得ない局面もあり、それに伴いテーマも変化します。これは当人にとってはつらいことかもしれませんが、変化は与えられたチャンスであり人間を豊かにするのだととらえ、そのステップを上がることで自分自身を人間的に強くしていくものではないでしょうか。何事も気の持ちようですし、変化は人を成長させることに疑いはありません。

最後にトップとはどんな存在とお考えですか。研究者の皆さん、そして、社外に向けて一言お願いいたします。

私は「摂動を与えつつも摂動を意識させない」というのがトップの役割だと考えています。世の中が変化している中で、トップは部下に変化を与える(摂動を与える)必要があります。そのときにそれが変化ではないように伝える(摂動を意識させない)ことで、変化を意識せずに前進させることだと考えています。いったん前進すれば、進みながら変化を理解し、そこまで来ると「面白い・楽しい」ことに気付き、さらに理解が進み、研究に対する主体性と情熱が生まれてきます。
ノーベル物理学賞受賞者・アーサー・ショーロー氏の言葉に「成功する科学者は往々にして、もっとも優れた才能の持ち主ではなく、好奇心に突き動かされている者である」というものがあります。私はこの言葉を所員向けの講話の際に毎回伝えています。仮に、そのときに知識や能力が不足していたとしても人間の能力は拡大する余地がありますから、好奇心に根差す主体性と情熱は、成功するためには大切だと考えています。主体性と情熱は大切ではあるのですが、自分の思いだけで猪突猛進のごとく突っ走ってはいけません。他人からのアドバイスを素直に聞き受け止めること、そして相手へのリスペクトも研究力向上には大切です。
さて、吉田五郎初代電気通信研究所長が掲げた「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」という言葉は、現在のNTT R&Dの基本理念となっています。もちろん先端総研もこの理念のもと、1人ではできないことは外部も含めて共創しながら、これまでとは違った概念を打ち出し、「先端総研発」の新しい何かを常に生み出せる、そして、「自分たちで未来を切り拓いていく」組織にしたいと考えています。
研究者の皆さん。NTTの研究所は失敗を恐れずにさまざまなことにチャレンジできる場所です。先端研究、基礎研究のテーマは、最初は理解されなかったり、上手く伝わらなかったりすることもありますが、トップや上司はそれを忍耐強くじっくりと、しっかりと紐解いて理解することに努めているので、主体性と情熱をもって取り組んでください。
研究パートナーの皆さん。私たちの研究は「ごつごつとした石」のようで、ユニークですばらしい価値を持っている可能性があるにもかかわらず、魅力的には見えないこともあります。この「ごつごつとした石」が川に流されて他の石とぶつかり合うと、表面が滑らかになり光沢のある美しい石となり、時にはダイヤモンドのような輝きを発します。そうなればその価値が広く世の中に認められ、社会への貢献につながります。そのために時間を要する磨きや加工が必要です。私たちの「ごつごつとした石」(先端技術)と皆様の技術を組み合わせ、IOWN構想がめざす多様性を受容する心豊かな持続可能で安心・安全な社会の実現に貢献していきたいと考えていますので、どうぞお力添えをよろしくお願いいたします。

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

研究や研究者の特性を見極め、絶妙な采配をされている岡田所長。お話を伺う中で「忍耐強く」と何度か表現されました。「忍耐」という言葉の響きにマイナスなイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、どっしりとした響く声で、ゆっくり、じっくりとお話になる岡田所長のお姿に、落ち着いて物事に取り組むことの大切さを感じます。そんな岡田所長のご趣味はジョギングやウォーキングというのもうなずけます。また、シクラメン等の花を育てることもご趣味の1つとか。「花を育てることはある意味で研究に似ていて、育てている最中は何の変化もないときもありますが、しっかり世話をすると綺麗な花を咲かせてくれます」と、岡田所長。「じっくりと待つ」という岡田所長の研究に向き合う姿勢にも通じます。静と動を操りつつも、どっしりと構えておられるご姿勢にトップとしての信頼感の築き方を学ばせていただいたひと時でした。