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新たな無線周波数帯の可能性に挑戦する「高周波数帯分散アンテナシステム技術」

データの大容量化は進歩を続け、さらなる高速・大容量伝送に向けた通信の要求が高まる現在。2030年ごろに実用化予定の6G(第6世代移動通信システム)無線では、「1ユーザの無線伝送速度を100Gbit/s以上」の超高速大容量無線伝送が議論されています。この実現には新たなブレイクスルーを引き起こす無線技術が求められています。そのような中で今回は、高周波数帯での移動通信への快適な適用を可能にする無線技術について、内田大誠特別研究員にお話を伺い、次世代通信に向けた「高周波数帯分散アンテナシステム技術」について語っていただきました。

内田大誠
NTTアクセスサービスシステム研究所特別研究員

PROFILE

1994年東京工業大学卒業。1997年同大学大学院修士課程修了(応用物理学)。同年、日本電信電話株式会社入社。2022年より特別研究員。高周波数帯分散MIMO技術、自営無線の高速移動対応技術の研究に従事。2012年 電子情報通信学会ユビキタスセンサーネットワーク研究会研究賞、2023年 第34回電波功績賞 一般社団法人電波産業会会長表彰、2024年第69回前島密賞等を受賞。

より快適な通信社会に向け、「新たな無線の周波数帯」の技術へ

■「高周波数帯分散アンテナシステム技術」とはどのような技術でしょうか。

昨今需要が高まっている無線の高速大容量化に対応するため、1基地局から張り出すアンテナを分散配置させることによって、ミリ波・サブテラヘルツ波(高周波数帯)を用いても安定した高速大容量の無線伝送を実現する技術が「高周波数帯分散アンテナシステム技術」です。
今後もデータの大容量化については、高精細非圧縮映像・3D情報・XR(Extended Reality)データ・五感情報などとどまるところを知らず、2030年ごろに実用化が予定される6G(第6世代移動通信システム)無線ではこれらのユースケースに対応するため、「1ユーザ100Gbit/s以上」という無線超高速化・大容量化が議論されています。この達成手段として、無線の信号帯域幅を従来の数100MHzから1〜10GHzまで拡大し、その信号帯域が確保可能なミリ波・サブテラヘルツ波といった高周波数帯を移動通信にも適用できるようにすることにより、今まで困難であった超高速無線伝送の実現をめざしています(図1)。

■「高周波数帯分散アンテナシステム技術」での具体的な取り組みを教えてください。

本技術を実現するにあたって最初の課題となったのが、高周波数帯無線の「途切れやすさ」です。広帯域信号が確保できる高周波数帯の無線は従来の低周波数帯と比較して、電波が通る場合には安定して高速・大容量無線伝送が提供できるといったメリットを持つ一方で、遮蔽物によって電波が遮断され、無線通信が途切れやすく使いにくいというデメリットを抱えています。このような一得一失の中で、「電波さえ通れば、すなわち、エリア内にこの電波を満たすことができれば、必ず社会に役立つ」「世の中の役に立ってほしい電波」と強く想い、何か方法はないかと模索を続けていました。
そこで用いたのが「無線を飛ばすアンテナを分散させてさまざまな方向から電波を送る」という、2010年代ごろから低周波数帯で検討されていた分散アンテナ技術です。1カ所の基地局アンテナから電波を飛ばすと、高周波数帯の「途切れやすい」というデメリットの影響を受けやすく、屋外や屋内大規模環境など全方向からの反射波が期待できない環境では、移動通信環境下で、安定した高速・大容量通信の実現は困難でした。しかし「1つの基地局から多数のアンテナを分散させて配置し、移動する端末に対して随時適切なアンテナへと瞬時に切り替える」という分散アンテナ技術の仕組みがあれば、高周波数帯の「途切れやすい」問題は理論上解決できると考えました。具体的には、アンテナを1つの集約局から分散させて電波の死角となる場所を減らし、遮蔽物による影響を最小化して電波の「通り」を良くすることをめざしています。これによって、高周波数帯の超高速無線伝送ポテンシャルの安定提供をめざしています。
この技術のポイントの1つとして、従来のように電波を飛ばす基地局を切り替えて通信するのではなく、どの分散アンテナから送受信しても1つの基地局と通信する形態である点が挙げられます。通常、基地局を切り替える場合はハンドオーバという上位レイヤが絡む制御が必要ですが、本技術のアンテナ切替はLayer1という物理レイヤで切り替える方法をとっており、どのアンテナで送受信しても1つの基地局につながり続ける仕組みを取っています。これによって、周囲の人や車の通過が原因による瞬時遮蔽の際にも、物理的制御で電波が遮蔽されない最適アンテナに無瞬断で切り替えることが可能です。また、これらのアンテナ切替制御は基地局に閉じて行われるため、ネットワーク側と端末側にはシームレスに負担なく行うことが可能です。
現在の研究ステージでは、すでにNTTドコモとの連携などを通して実証実験を進めています。最終的には工場やイベント会場など、端末がたくさんあり大容量データが飛び交う広いエリアで、機械や人などの遮蔽物に影響を受けずに高周波数帯を使えることをめざしています。

■そのほか、どのような技術の研究に取り組まれているのでしょうか。

上記技術と並行して研究を進めているものが「WiGig(60GHz帯無線LAN)移動対応技術」です。WiGig(Wireless Gigabit)と呼ばれる60GHz帯の無線LANが、移動ユースケースでも安定した高速・大容量通信を提供できることをめざしています。そのねらいは、移動通信だけでは提供が難しいイベント会場や工場など超多数の端末が密集するエリア内において、電波免許不要で誰でも基地局設置ができる無線LAN、特に1.76GHzという超広帯域信号を有するWiGigを移動通信のオフロードとして貢献することです。この研究を開始したきっかけは、初めてWiGigに触れた際に「こんなに伝送速度の速い無線があるのか」と衝撃を受けたことに端を発します。その速度は2時間の映画コンテンツが数秒でダウンロードできるほど、さらに小型・免許不要で誰でも利用できるなど従来の無線LANと同じ多くのメリットを持っており、これを社会に普及させたいと思ったのです。
しかし、やはりこの無線も高周波数帯分散アンテナのときと同じく、遮蔽物があると「途切れる」ため使いづらく、一般的には「無線中継用の固定通信用で、移動通信に活用するには難しい電波」として認識されていました。そこでこれを移動ユースケースにも使えるものにするために、課題打破に向けた研究開発に着手しました。
その課題解決の糸口は、高周波数帯分散アンテナと同じです。エリア内全体において、電波を遮るものがない環境(あるいは1回反射)であらゆる場所へ届ける仕組みができれば、移動ユースケースにも安定して活用できるはずと考えました。しかしWiGigのアンテナは、60GHz帯という高周波数帯のため、ケーブル損失を抑えるために基板の中に含まれている構造となっており、分散アンテナの仕組みを用いることが困難です。したがって、たくさんの基地局で遮蔽物対策をして、かつ基地局間移動しても無瞬断伝送できる仕組みを、無線LANの枠組みでつくる必要がありました。こうした課題を解決するために打ち出したのが、「端末が複数の基地局を移動するときに適切なタイミングで基地局を切り替える仕組み」(図2)と、「端末側に複数の無線端末を装備し、これらが異なる基地局への接続を制御」(図3)の2つの技術です。これらによって、遮蔽環境でも、移動環境でも、適切な電波の切替を可能とし、WiGigを移動ユースケースへ提供できることをめざしています。

■実際に研究を進める中で、どのような点に苦労されましたか。

研究を進めるにあたって、もっとも苦労したのは「WiGigの必要性を周知する」ことです。WiGigは、2016年ごろに世界的な盛り上がりをみせたものの、その後はトーンダウンして「日影の存在の無線」として扱われ、「無線中継以外には使えない」というレッテルが張られていました。私も実際に多くの人から、「4G/5Gと無線LANがあるのにもかかわらず、なぜこの無線が必要なのか」と言われ続けていました。しかしこの無線の素晴らしさを体感した私は、これを多くの方に周知して使ってもらうことも自分の研究使命の1つだと思いました。そこでまずはWiGig自体について興味を持ってもらい、必要性・貢献性に共感してもらうことにも力を入れました。特に、2016〜2019年の期間は、WiGig自体を知ってもらうために多くの方への説明活動・外回りを行う等、本研究開発の半分以上はその周知活動に費やしました。
何度か研究継続が難しい状況にも遭遇する中で、状況を大きく変える起点となったのは2020年のサーキット実験です。高速で移動する車に接続すること自体が初挑戦で危険度の高い実験でしたが、理論的には成功するはずと考え挑戦しました。共に取り組んだメンバやベンダ様にも恵まれた結果、実験はある程度の成功を収めました。そしてこの成功によって技術的にWiGigの移動活用の道が拓かれ、また実験結果の報道発表によって多くの方にWiGigの存在自体を知っていただくきっかけになりました。その後も研究を続け、サーキット実験だけでなくドローンやロボットなどいろいろな移動端末の活用シーンで実証実験を進めており、2023年には電波産業会からも表彰をいただくなど着実に歩みを進められていることを実感しています。

無線アクセスの新たなフロンティアを開拓し、IOWN実現へと貢献

■これからのご研究の展望を教えてください。

まだ解決していない課題として、遮蔽で切れるWiGigの電波は「環境依存性が非常に大きい」というものがあります。今後は屋内・屋外問わずさまざまな環境で実証してこの課題の解決に取り組み、ロボット・ドローン・XR端末・車・電車など「今後高度な無線導入が期待されている端末」をターゲットとして、WiGigの実用化を1〜2年後にめざしたいと考えています。
またこれらで得た技術ノウハウや実環境で経験した無線伝送の体感は、同じ高周波数帯無線の「高周波数帯分散アンテナシステム技術」にも水平展開できると信じています。
そして来たる6G無線での超高速無線大容量に対応するため、高周波数帯自体の研究が進んでSub-THz(サブテラヘルツ)帯と呼ばれる1〜10GHzクラスの信号帯域幅を持つ電波が使えるようになれば、本研究の分散アンテナの仕組みを適用することで100m×100mのエリア内でどこでも100bit/s以上提供可能になり、無線アクセスの新たなフロンティアを開拓できると考えています。
さらに本技術とNTTが提唱するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)とのかかわりとして、基地局から分散アンテナをIOWNの高速大容量・低遅延・低消費でつなぐことによって、多数のアンテナを経済的に展開可能になるのではないかと検討しています。加えてAnalog-RoF (Radio over Fiber)という技術を用いることで、基地局からの電波をそのまま光回線を介して遠隔まで届けることが可能となるため、本技術がIOWNのナチュラル伝送のユースケースの1つになり、IOWNにおける光電融合の世界観を具現化する無線基地局形態となります。またIOWNの高速伝送・低遅延に対して、WiGigが免許不要かつ高速大容量の足回りの良い無線として助け、IOWNにつなげる移動端末・移動ユースケースの拡大に貢献していきます。

■最後に研究者・学生・ビジネスパートナーの方々へ向けてメッセージをお願いします。

私が所属しているNTTアクセスサービスシステム研究所は、NTTネットワークとお客さまをつなぐアクセス回線を研究開発している組織です。線路技術・光技術・無線技術・オペレーション技術・アクセス通信技術など、幅広い分野を研究開発しています。またNTT研究所の全体像でとらえても、通信のあらゆる分野の研究開発に取り組んでおり、またアカデミックな基礎研究から実用に近い応用研究まで、多様研究フェーズを持っている点も魅力です。そしてこうした環境では、分からないこと・連携したいことがあるときにも組織内に相談相手が多数いるため、とても恵まれている環境だと思います。
その中で私自身は、研究開発のモチベーション・起点に対して「一人称の信念を持つこと」を心掛けています。すべての研究のきっかけは「自分が使いたいと思うか」ということが重要で、そのモチベーションによって、自分自身の研究に責任を持ちながら情熱的に多くの人を巻き込むことができると考えます。そしてもしそれが、周りからの反対意見を受けるものや突飛なものであったとしても、自分が信念を持てることであれば、チャンスであり取り組む価値はあると思います。確かに多くの人と違うことに取り組む道程は非常に苦しく不安が付きまとうものですが、最大のリスクは挑戦しないこと、という側面もあると思います。もし挑戦しないと「やって良かったのか、やらなくて良かったのか」、その答えが一生分からず後悔として残り、次へのフィードバックにつながらないこともあります。そのため、私が迷ったときは「今やらないと一生できないがそれでも良いか?」と自分自身に問うようにしています。
またそれと同時に「利他の心で判断する」ということにも注意しなければいけません。実際に自分視点で進めている研究を客観的に判断することは非常に難しいのですが、研究進行中にも途中立ち止まって「貢献したい方々の幸せに本当になっているのか?」と考えを巡らせたほうが、結果的に研究がうまく進むことが多いというのが私の経験則です。そしてこうした相反する「情熱」と「冷静な判断」は、どちらが欠けてもいけない大切なものです。特に多数を巻き込んでプロジェクトを推進する際には、ともに研究を進める人の心を動かす情熱が必要な一方で、技術的な視点で冷静な分析と判断を持ってうまく研究を動かさなくてはいけません。
現在NTT研究所はIOWN構想の下で、社会にパラダイムシフトを引き起こす可能性を秘めた数多くの研究開発に取り組んでいます。そしてそれを実現するために多くの人・設備がそろっており、たくさんの道が用意されています。これから一緒に技術・研究開発の可能性・社会貢献にチャレンジしたい方がいらっしゃれば、ぜひご一緒できるのを楽しみにしています。

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