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挑戦する研究開発者たち

クラウドワークプレイスで社員のワークスタイル変革と社員参加型のDXをめざす

NTT東日本グループでは、社員の創造力や生産性の向上をめざして、社員が、どこにいてもつながり、生産性高く、快適かつ創造的に働くことができるワークスタイル変革を指向しています。そこで、新たな働き方の実現に向けて、ゼロトラスト・セキュリティをベースとしたクラウド環境(クラウドワークプレイス)を構築し、社内IT環境を従来の閉域網から移行を進めてきました。NTT東日本 デジタル革新本部 鈴木康弘氏に社員のワークスタイル変革と社員参加型のDX(デジタルトランスフォーメーション)をめざすクラウドワークプレイスの構築、そして、勇気をもって最初の一歩を踏み出し、自ら技術に触れてトライ&エラーを繰り返すことの大切さを伺いました。

鈴木康弘
デジタル革新本部 担当部長※
NTT東日本
※現、NTTカードソリューション ビジネス戦略部

ゼロトラスト・セキュリティをベースとしたクラウド環境(クラウドワークプレイス)の構築と移行

現在、手掛けている開発の概要をお聞かせいただけますか。

「クラウドワークプレイスの構築・移行」とクラウドワークプレイスを活用した「アプリ内製化・DX実践型研修」、「働き方データ可視化」に取り組んでいます。
NTT東日本グループでは、社員の創造力や生産性の向上をめざして、社員がどこにいてもつながって生産性高く快適に創造的に働くために、クラウド、SaaS(Software as a Service)の利便性を最大限活用できるよう、約5万人の社員が利用するIT環境を従来の閉域網型の環境から、ゼロトラスト・セキュリティをベースとしたクラウド環境(クラウドワークプレイス)へ、現場を含む利用組織の方々との協働により構築・移行しました。
このクラウドワークプレイスに関する基本的な考え方として、以下の4つの観点をふまえ、社内の文化やマインドを変革していくことをめざしています。
・働く場所をオフィス(シンクライアントベースの閉域網)からクラウドに移行し、最新のクラウドサービスの利便性を徹底的に活用するとともに、インターネットとセキュアPCでストレスなくかつ社員が意識しなくても安心・安全利用できる環境の構築。
・社員が自らの創意工夫により、アプリの内製や、業務フローの自動化、データの可視化を自由に行える創発の場の提供。
・組織間情報連携の強化や能動的な学習の活性化、経営者も社員も自ら情報発信することにより、階層や組織を越えたオープンな情報交流の活性化。
・クラウドワークプレイス上のメール、会議等のデータを可視化することで、働き方改善に向けた分析・インサイトの獲得。
このクラウドワークプレイスは、Microsoft 365(M365)を中心に構築しており、従来の閉域網の環境では実現できなかった、外部の方とのコミュニケーション・共同作業、会議の中で共同編集を行う等が可能となっています。ゼロトラストのセキュリティの仕組みとしては、ユーザ(アイデンティティ)やデバイス等のコンテキストを用いて、クラウドへのアクセス・利用にかかわる状況把握やモニタリング、各種制御を行うSSE(Secure Service Edge)や、端末におけるエンドポイント管理をする等、複数のソリューションを組み合わせることで、オフィス以外でもインターネット経由でセキュアかつ利便性の高い環境を構築しています。
クラウドワークプレイスの利便性向上について取り組む中で、リリースした機能の1つとして、NTT東日本の社員が、外部のお客さまやパートナー企業との密なコミュニケーションや共同作業を行う環境を提供する「外部コラボレーション機能」があります。外部のお客さまにゲストユーザとしてNTT東日本のM365テナントのチームに招待するかたちで入っていただき、そのチームの中で、オンライン会議・チャット等のコミュニケーション、ファイルの共有・共同編集等のコラボレーションが可能となります。この仕組みをつくる際にはM365の機能を徹底的に活用することに力点をおき、Microsoft Entra ID(以前のAzure AD)のエンタイトルメント管理機能を利用するとともに、不足する機能をPower Platform等を用いて内製することで環境構築を進めました。

クラウドワークプレイスの利用促進について、どのような工夫をされているのでしょうか。

クラウドワークプレイスに関する基本的な考え方にある、「社員自らが創意工夫をする」場づくりに注力しました。この取り組みでは、いわゆるシステム部門からの機能提供だけではなく、現場の方々も含め社員自らが創意工夫を活かせるように、アプリの内製や、業務フローの自動化、データの可視化を自由に行える環境をつくることで、社内の文化やマインドを変革していくことをめざしています。M365のローコード開発プラットフォームであるPower Platformを活用し、デジタルスキルを社員の方々が身につけることで、それぞれの業務知識を活かしてアプリを手軽につくり、使ってみて改善してといった創意工夫を実践していく中で、社員発のDX(デジタルトランスフォーメーション)施策を広げていく場づくりに取り組んできました。
具体的には、DXの実践に必要となるノウハウの蓄積や展開をめざして、社員から業務課題を持ち込み、有識者がサポートをしながら要件定義の段階からアプリ作成等までを実践する場を立ち上げました。現在は、DX推進・現場課題解決の取り組みを進めているNTT-ME サービスクリエイション部DXコーディネイトセンタと連携しDX実践型研修として運営をしています。研修終了者にはDX施策の推進・展開とともに、周囲へのスキル展開や内製スキル者の育成にも取り組んでもらうよう意識付け・呼びかけを行うことにより、DXを実践できるデジタル人財の充実化に取り組んでいます。
さらに、社員が作成した内製アプリを内製アプリポータルに登録し、アプリをダウンロードして水平展開やカスタマイズできるようにしています。実際にリリースされたアプリを使ってみて、意見や改善点等を参考にブラッシュアップを重ねていくという循環が少しずつ回り始めています。実際の事例として、総務人事部が他組織の方々と協力し、社員のコミュニケーション活性化の観点から、気軽に感謝の気持ちを伝えることに注目した取り組みを進めています。その中で私たちも協力しながら本コンセプトを実現する「称賛アプリ」を作成し、水平展開をしているところです。こういった取り組みを通して、まさに新たな社内の文化を醸成しつつ、社員自らが創意工夫をする取り組みが具体的なかたちとなり始めているところです。
また、クラウドワークプレイスで提供しているアプリや機能の活用を促進していくため、便利な利用シーンの紹介やTips情報等を社内コミュニティで発信するとともにWebサイトに公開して、クラウドワークプレイス活用のアクティビティを高めていく取り組みも行っています。例えば、「PowerPoint Liveでスライドを共有してみよう」等、便利な使い方を紹介した動画コンテンツの共有や、Webサイトでは「初めてのM365シリーズ」と題して、初めて使う方々にフィットするようなコンテンツを整理してまとめたかたちで提供しています(図1)。

働き方データの可視化とはどのようなものでしょうか。

クラウドワークプレイスには、Exchange Online(メール、スケジュール)やTeams(チャット、会議等)などの利用データが蓄積されており、このデータを活用し組織データを組合せ分析・可視化した内容を「働き方データ ダッシュボード」(図2)として提供しているものです。このダッシュボードはMicrosoft Viva Insightsというプロダクトをベースに、集計や表示方法等をカスタマイズして作成しています。本施策は総務人事部と連携して進めており、2024年5月にマネージャー向け説明会を実施したところです。このダッシュボードのデータを、社員の勤務状況等と合わせてマネージャーに参照いただくことで業務のムリ・ムダ削減や日々のマネジメント・社員ケアにつなげていただくことを考えています。
実際の活用例として、一般的に労働時間も長く、かつコラボレーション時間が長いコミュニケーションの負荷が高い社員は、燃え尽きてしまう、やる気が低下してしまうリスクがあります。また、コラボレーション時間が短い社員は、周囲とのコミュニケーションが少ないととらえることができますので、孤立しているリスクがあります。ダッシュボードからコミュニケーション等の状況を、マネージャー自身が認識している社員の状況と照らし合わせて、1on1ミーティング等、社員との対話に役立てていただくことを考えています。マネージャー向けの説明会では多くの前向きなご意見をいただき、それを参考に施策のブラッシュアップをしていきたいと考えています。
働き方改革を進めていく観点では、NTTグループ、NTT東日本グループの中でもAI(人工知能)技術の活用検討が進み、活用事例も生まれてきている状況です。このクラウドワークプレイスにおいても、生成AIを中心にしたAIの活用は今後に向けたキーになると考えています。M365では、Copilotというプロダクトがあり、私たちや現場の社員等にご協力いただきながら、利用シーンや活用方法を確認するため、トライアル・検証を実施しているところです。生成AI技術を活用した働き方改革は、重要なテーマの1つであるという認識です。また、クラウドワークプレイス活用を通して得られたノウハウは、社内のみならずお客さまの困りごと解決にもつながるので、お客さまニーズを把握しながら社外向けビジネスへの貢献も次の段階のテーマにしていきたいと考えています。

技術に直接触れることで、知見・スキルが真実のものとなる

開発者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。

私は、学生時代は理論物理を専攻しており、数理モデルの数値計算において、インターネット利用、プログラミング等を行ったのが、ITとの出会いになります。1997年にNTTに入社し、OSS(Operation Support System)の研究開発を行う中で、ITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)勧告や、OSSに関する国際標準化団体であるTM-Forumのドキュメントからネットワークマネージメントの知識を習得することと併せて、オブジェクト指向やソフトウェア開発手法といったソフトウェア技術を身につけることができました。また、アクセスネットワークのマネジメントシステム開発に従事していましたので、その業務を通して光アクセスネットワークの技術であるPON(Passive Optical Network)やレイヤ2の伝送技術、IPネットワーク技術を習得しました。NTT東日本では、これらのスキルを活かしながらひかり電話の設備管理、オーダー処理等を担うシステムの開発を経験しました。
現在取り組んでいる施策では、M365等、SaaSやクラウドの仕様や特性にかかわる知見が必要になるわけですが、仕様の調査・把握や技術検証を行う際に、若いころに身につけたソフトウェアやネットワークに関する知識が土台になっています。
学生時代に研究室の教授と研究テーマのディスカッションをしていた際に、「知らないことはゼロのまま」という言葉をいただき、それが今でも心に残っています。アイデアは単なる思いつきによってではなくて、自分がそれまで得た知識や経験、その積み重ねによって創出されるものだ、と受け止めています。当時は理論物理の研究の話として認識していましたが、今振り返ると、IT技術者にも通じるものだと考えます。さまざまな経験の積み重ねにより、スキル向上を図ることの大切さを実感しています。

開発において大切にされていることは何でしょうか。

新しい技術、多様な技術が次々と生まれてきています。それらをすべて知ることは当然難しいわけですが、前述の「知らないことはゼロのまま」の気持ちで、知識・経験を積み重ねていくことが、技術をフォローしていくためには重要なことだと思います。知識・経験の積み重ねという点では、ワークショップやイベント、コミュニティ等、会社の外の空気に触れることで刺激を受けることが多くありますので、こうした機会をつくることも非常に有効だと考えています。こうした場に参加した際には、登壇者への質問や講演後に話しかけに行くことで、生きた情報を肌で感じる、体感する機会をつくることができるのも良い点だと思います。
そして、直接技術に触れる時間をつくることも大切だと考えます。実際に技術に触れてみることで初めて気付くことも多々あり、また各種ドキュメントを調べそこから得た内容の理解を深めることもできます。今回紹介しましたPower Platformの例では、ワークショップに参加する等、技術に触れる機会を意識的につくり、自ら手を動かすことをトライしました。やはり技術に触れることで初めてその知見・スキルが真実のものとなるのではないでしょうか。マネージャーの業務を行っているとその時間をとることが難しくなりますが、その中でも直接技術に触れることに対して意識的に時間を確保するように心掛けています。

自ら技術に触れてトライ&エラーを繰り返すことで、目の前が一気に開ける

生成AI技術の活用についてどのようにお考えですか。

「As is」「To be」の分析・整理や要件定義といったアプリ開発の上流工程は、その対象とするドメインの専門知識・業務知識も必要ですし論理的な思考力も求められます。一方、そのスキルを身につけることは一定の経験やトレーニングが必要で容易ではないと感じています。そこに、人の創造的な作業をサポートする支援環境・支援ツールとして、生成AI技術を活用していくことは興味深く感じています。
上流工程に生成AI技術を活用する試みやそれをコンセプトにした製品も出始めています。ソフトウェアエンジアリングのあり方を飛躍的に変える可能性を秘めており、注目していきたいと考えています。

後進へのメッセージをお願いします。

技術革新が進んで新たな技術が次々と出てくる中、新たな分野の技術を勉強・理解・実践するシーンが増えてくると思います。このような状況において、私自身の経験から、柱となる専門分野の深い知識・スキルがあると、新しい技術分野の理解や実践に非常に役立ちました。意識的に柱となる専門分野をいくつかつくることを試みてみることは良い経験になると思います。
そして、「知らないことはゼロのまま」の気持ちで、知識・経験を積み重ねに取り組んでいくことが大切と認識しています。とはいえ、新しいことを始める際には躊躇や失敗への恐れもあるかと思います。しかし、初めからうまくいくことのほうが少ないのではないかと考えます。勇気をもって最初の一歩を踏み出して、自ら技術に触れてトライ&エラーを繰り返すことで、目の前が一気に開け、それがきっかけとなっていいサイクルが回り出すこともしばしばあります。同様の経験がある研究者・技術者も多いのではないでしょうか。ぜひ、勇気をもって最初の一歩を踏み出しましょう。

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