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トップインタビュー

現場最前線とマーケットの「周辺情報のシャワー」を浴び「カンの働く組織」へ

公共的な側面も担う通信事業のリーディングカンパニーとして、社会課題解決に臨んでいるNTTグループ。世界最先端で持続可能な新たな社会システムとインフラを構築し、Well-beingな社会の実現をめざしています。Co-CAIO(Co-Chief Artificial Intelligence Officer)/ CIO (Chief Information Officer)としてNTTグループの技術部門を牽引する、池田敬NTT常務執行役員 技術企画部門長にNTTグループの技術戦略、トップとしての信条を伺いました。

NTT常務執行役員
技術企画部門長
池田 敬

PROFILE

1992年日本電信電話株式会社入社。2012年NTT東日本神奈川支店設備部長、2017年千葉事業部長、2020年ネットワーク事業推進本部副本部長を経て、2022年6月より現職。

自社で新技術の実装を推進し、蓄積した成果やノウハウを、自信を持って提案する

さまざまな個性を備えた社員が共鳴し合い、「カン」を磨き合う布陣で技術戦略を遂行していらっしゃる技術企画部門は、技術戦略において主にどのような役割を担っているのでしょうか。

社会課題の解決は私たちNTTグループの使命であり、NTT技術企画部門は技術戦略を策定し、それを事業会社の事業に反映して実現していくことがミッションです。NTTの技術というと研究所を思い浮かべる方がいらっしゃると思いますが、研究所およびそれを取りまとめる研究企画部門では、将来を見据えた技術について基礎研究から実用化までを研究テーマとして活動しています。一方、技術企画部門ではNTT全体のネットワークやITなどに関して、研究所技術はもちろん、市中の新しい技術の開発・導入戦略を策定しNTTグループの各社に実装し、事業会社の社員が持つ「周辺情報」を使ってそれらをしっかりと磨き上げて世に出すことを担います。現場最前線の社員が日々「周辺情報のシャワー」を浴び、経験やノウハウを蓄積しているからこそ、お客さまに自信を持って提案することができるまで技術が磨き上げられ、その結果お客さまの課題解決のお役に立つことができると考えています。

真にマーケットに受け入れられるIOWNを創る

「周辺情報のシャワー」という言葉が出ましたが、それはどのようなものでしょうか。

私は「周辺情報のシャワー」という言葉を頻繁に使うのですが、『カンの構造』(1)という書籍を読んだことに端を発しています。『カンの構造』は電電公社研究所出身の中山正和さんの著書で、センスや「カン」について当時の大脳生理学の知見から解説しています。ごく簡単に要約すると、知りたいと思っている情報の周辺に何万倍というさまざまな情報があって、人はそれを知らないうちに吸収しているのだそうです。一方で、無意識に吸収し蓄積した情報がみだりに外に溢れないように抑制する仕組みもあるのですが、それを乗り越えて出てきたのがいわゆる「カン」なのだそうです。つまり、1人の人間が好奇心を持って幅広いことに取り組んでいるとき、そのときは何の意味もなさないかもしれないけれど、問題意識高く一人称で考えているとそれらが組み合わさって意味のある「カン」として表出する。これは人間の持つ大きな力であると私は信じているのです。しかも、これが組織となったら、個々の社員が持つさまざまな周辺情報が束となり、同じ問題意識を持ってベクトルを合わせれば「カン」の働く組織になるでしょう。「周辺情報のシャワー」はまさにこの「カン」の源泉なのです。NTT技術企画部門は技術戦略の要を担う組織となりますが、まさに理想とする「カン」の働く組織をめざして、日々の業務にあたっています。
このような組織像や使命感により、私たちが展開しているNTTグループのIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)普及に向けた取り組み、通信障害や災害対策としてのネットワークの強靭化における「周辺情報のシャワー」について紹介したいと思います。

IOWNもAPN IOWN1.0のサービスがリリースしましたが、この先へ続くIOWNの展開における「周辺情報のシャワー」、そして特に循環型社会の実現についてもお聞かせいただけますか。

IOWNのねらいを端的に申し上げれば、これまで通信の世界で培った光の技術をコンピュータ(信号処理)の世界に適用し、超低消費電力のサーバを世に出していくことです。現在のコンピュータで使われているCPUやGPU、メモリといったデバイスは電気信号で動作し、デバイス間の通信も電気信号で行われています。これらを光信号に置き換えることで消費電力の大幅な削減をめざしています。このときの核となる技術が「光電融合デバイス」ですが、このハードウェアを動作させるには、ネットワークオペレーションシステム(NOS)と呼ばれるソフトウェアが必要です。こうした背景から、2023年の12月に、NOSとしてグローバル市場で高く評価されているOcNOSを開発しているIP Infusion社を傘下に持つACCESS社に出資をしました。
出資をして良かったと思うのは、グローバルマーケットの最前線で活躍しているマーケッタとともに開発ロードマップを描けるようになったことです。NTTの研究者たちがマーケットの最前線の情報に直接触れることができる、つまり、「周辺情報のシャワー」を浴びられるようになったことに大きな価値を実感しています。「そのような機能を市場は求めていない」などの厳しいコメントも飛び交っていますが、こうした環境をとおして、グローバルなマーケッタが「これなら売れる」と言ってくれるソリューションのかたちが見えてきました。第一弾のリリースに向けて準備を進めていますのでご期待ください。
IOWNも構想段階から実装へとフェーズが移行する中、こうした「周辺情報のシャワー」を浴びながら、真にマーケットに受け入れられるIOWNを創ることに努めたいと考えています。
2021年に発表したNTTグループ環境エネルギービジョンにおいて、CO2排出量の約半分をIOWNで減らし、残りの半分は再生可能エネルギーを確保することで、2040年にカーボンニュートラルを達成することを宣言しています。
その一環として、2023年に風力発電の開発会社である株式会社グリーンパワーインベストメント(GPI)を買収しました。GPIは開発中の案件も含めるとトータルで200万 kW(原子力発電2基分)もの再生可能エネルギーを発電する能力を有しています。これによりNTTグループで必要な再生可能エネルギーの供給にほぼ目処がついたことになり、今後はNTTグループ外のお客さまに供給することも進めていきます。
ただ、再生可能エネルギーは非常に不安定で、電力の需要と供給のバランスを維持する「調整力」が必要です。この問題に対しNTTアノードエナジーでは、NTTグループの最新のICTを活用したエネルギーマネジメントシステム(EMS)と蓄電池をうまく組み合わせて電力系統を安定させることに取り組んでいます。また、先ほどお話ししたIOWNの取り組みにより、再生可能エネルギーの地産地消に貢献できると考えています。コンピュータのデバイス間を光で結ぶ技術が確立できれば、例えば、北海道や九州のデータセンタ内のCPUやGPUなどのコンピューティングリソースと、首都圏のデータセンタ内のストレージ等が連携して1つの大きなコンピュータとして動作させることが可能となります。九州エリアが快晴であれば、九州のコンピューティングリソースをフルに活用し、逆に北海道エリアが晴れていれば北海道のリソースを活用するなどにより、再生可能エネルギーの変動にエネルギー需要を合わせていくことが可能となるのです。
さらに、グリーントランスフォーメーション(GX)分野の取り組み強化に向けて、グループ共通ブランド「NTT G×Inno(エヌティティ ジーノ)」を立ち上げました。G×Innoは「GX×Innovation」を意味し、GX分野でイノベーションを起こし、日本が掲げる2050年カーボンニュートラル実現に貢献する思いを込めました。まずは自社および自社に関連するバリューチェーンの脱炭素化を進め、これらの取り組みから得られたノウハウや実績を活かしたGXソリューションを企業や自治体などの皆様にご提案することにより、社会全体のカーボンニュートラルの実現に貢献していき、2030年度には1兆円超の事業規模を目標として取り組みます。
IOWNとGXはかけがえのない地球環境を維持するうえで、非常に重要な役割を担うでしょう。さまざまな課題が山積していますが、地球環境を守り抜くことをモチベーションにしてIOWNやGXの取り組みを進めていきたいと考えています。

グループ力の源泉は結集した社員の力である

通信は私たちの生活において重要なライフラインです。通信障害や災害対策、ネットワークの強靭化についてはどのような取り組みをされているのでしょうか。

私が技術企画部門に赴任してまだ1週間余りのとき、他社で大規模な通信障害が発生しました。「これは他人事ではない」と考え、NTTグループ内でも対策を検討しようと動き出したタイミングで、NTT西日本で大規模通信障害を発生させてしまいました。このことをきっかけに、事業会社のCTO/CDO(Chief Technology Officer/Chief Digital Officer)級メンバーで「システム故障再発防止委員会」を立ち上げ、このような事象が発生しない、または発生しても早期に回復可能な、より強靭性の高いネットワークに関する検討を始めました。ところがその後も各社で大規模な通信障害が立て続けに発生したのです。
この事態を受けて、顕在化したリスクのグループ内総点検という従来からの対策に加え、どんなに再発防止策を実施したとしても「想定外の事象は必ず起こる」ことを前提にしたさらなる信頼性の向上施策に着手しました。
例えば「突然3分の2の装置がダウンする」「3倍のトラフィックが流入する」など、通常ではあり得ないような極端な異常事態を想定して、各事業会社にどのようなサービス影響が発生するか棚卸をしてもらいました。この取り組みをとおしてとても心強く思ったことがあります。それはグループの中にこの難題への「答え」があったということです。ある課題に対しては事業会社Aの取り組みを展開し、別の課題に対しては事業会社Bの取り組みを展開するといったかたちでグループトータルで強靭なネットワークをつくり上げていったのです。各事業会社は異なる「周辺情報のシャワー」を浴びており、それらに基づいた解を模索しています。持株会社はそれらをミックスし水平展開することで、新たな「カン」を生み出せるような組織づくりを担っているのだと実感した出来事でした。

トップとして大切にしていることをお聞かせください。また、研究者、技術者、お客さまへメッセージをお願いします。

私は、「周辺情報のシャワー」を活用するために、どちらかというとトップダウンではなくボトムアップ型のマネジメントスタイルを実践しています。個々が持つ情報をいかに結集するかがグループ力の源泉であると考えています。多少の遠心力が働くガバナンス下にあっても、知見を拾い上げ、それをしっかりと共有していけばNTTグループはもっと力が出せる会社になると信じています。
私は1992年に1人のエンジニアとしてスペシャリストをめざして入社しました。ところが、実際のところは何となくゼネラリスト的な道を歩み、NTT東日本では人事部に在籍していたこともあります。育成業務を通じて若手社員たちと面談する機会等を重ねていくうちに、会社全体が見えるようになりました。そして、設備系の現場の魅力を感じた私は、当時の上司に相談して支店の設備部に異動しました。その職場では高い意識を持った諸先輩方の姿を目の当たりにしました。現場で「周辺情報のシャワー」を浴びて育ち、支店のオーバーヘッドに配属された選ばれし者としてのプライドを持ち、「設備の現場を支えているのは自分たちだ」という高い意識をもって働いている諸先輩の姿に感銘を受けました。
労をいとわず働く方々が会社を支えているのだと実感し、このような心を持つ人がそろえば会社は強くなると確信したのです。私自身も支店の設備部長や支店長を務めた際には週に一度は現場に足を運び「周辺情報のシャワー」をいただいて今日に至ります。このような経験から、現場の皆さんから気兼ねなく「周辺情報」を届けていただけるように、壁をつくることなく心理的安全性をいかに高めるかということを心掛けるようになりました。
最後になりましたが、技術者・研究者の皆さん、現場やお客さま、マーケットが私たちの技術や成果をどう見ているかを念頭に置き、そうした方々と交わりながら「周辺情報のシャワー」を浴び、「カン」を磨いていきましょう。
そして、お客さまやビジネスパートナーの皆様、私たち研究者・技術者の活動に対して忌憚のないご意見をお寄せください。皆様からの「周辺情報のシャワー」を浴びることで、私たちのカンと感性は鍛えられます。そうして磨き上げた技術をとおして、皆様に貢献できるよう尽力してまいります。

■参考文献
(1) 中山:“カンの構造,” 中央公論新社,1968.

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

トップインタビューではトップの新人時代の思い出やトップとしての信条の礎となった出来事を伺うことがあります。いずれも示唆に富むお話なのですが、誌面の関係で収めきれないことも。池田常務も同様で、NTT東日本の千葉事業部長時代に、エネルギー事業を中心とした地域振興を目的としたドイツの「シュタットベルケ」の日本版をやりたいという部下からの提案に対し「社員の幅広い見識に感銘を受けた」いうお話は池田常務のトップマネジメントのあり方を体現する取り組みでした。当時は時期尚早でご理解いただける首長さんも少ない中、NTTと東京電力との電力系合弁会社であるTNクロスとともに「電力バックアップ事業」というかたちで自治体との協業をスタート。その自治体が、のちに「日本版シュタットベルケ」ともいえる「環境省脱炭素先行地域100選」に採択されたのです。肝となるのはこれが「現場」の「部下の提案」に端を発し、NTTグループ会社が連携したことです。まさに池田常務のボトムアップスタイルで、社員の持つ「周辺情報のシャワー」を活かし、TNクロスに引き継がれて成果を上げたのです。そんな池田常務のご趣味の1つは犬の散歩。「以前飼っていた犬は犬嫌いだったんです。犬のいないところを探していたら、いつの間にか、キャンプ場1泊で散歩をするようになりました」と池田常務。ペットの心理的安全性も考慮してわがままを言いやすい環境をつくられていたようです。長年、モータースポーツを愛している池田常務の愛車のアルファロメオジュリエッタ。「ゆっくり、安全運転で楽しんでいます」と、さりげなく添える池田常務のスタンスに、どんな立場の人も不安にさせない行き届いた配慮を感じたひと時でした。

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