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光を用いたコヒーレントイジングマシンと超伝導量子ビットを用いた量子アニーリングマシンの計算性能を実験で比較

NTTは、情報・システム研究機構国立情報学研究所(NII)と共同で、縮退光パラメトリック発振器のネットワークを用いて組合せ最適化問題の解を高速に探索する情報処理の新手法「コヒーレントイジングマシン」の特性を評価する実験を行い、コヒーレントイジングマシンの持つ柔軟なノード間接続の仕組みが、複雑なグラフ構造の問題を高い正答率で解くうえで重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
本研究では、NTT物性科学基礎研究所および米国スタンフォード大学に設置されているコヒーレントイジングマシンと、米国NASA エイムズ研究センタに設置されている量子アニーリングマシンを用いて、さまざまな辺密度を持ったグラフに対する最大カット問題の正答率評価を行いました。その結果、辺密度の高いグラフにおける解探索に対して、コヒーレントイジングマシンが量子アニーリングマシンを上回る正答率を示すことが実験で確認されました。この研究成果は、コヒーレントイジングマシンに実装されている測定・フィードバック法と呼ばれる仕組みが、多数の縮退光パラメトリック発振器の間に複雑なネットワーク構造を実装する基盤技術として有用であることを示すものであり、より大規模な組合せ最適化問題を高速に解くイジング型計算機の実現に寄与することが期待されます(図)。
なお、本研究開発は内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の山本喜久プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として行われました。

図 測定・フィードバック法を用いたコヒーレントイジングマシンの実験系概略

研究の内容

今回、異なる方式のイジング型計算機の計算性能の比較実験を実施しました。NTT物性科学基礎研究所と米国スタンフォード大学のそれぞれに設置されているコヒーレントイジングマシンと、米国NASA エイムズ研究所に設置されている超伝導量子ビットを用いた量子アニーリングマシンを用いて、組合せ最適化問題の1つである最大カット問題における正答率の評価実験を行いました。
さまざまな構造のグラフ問題を解いた結果、ノード間の辺密度の低いグラフに対しては、量子アニーリングマシンがコヒーレントイジングマシンを上回る正答率を示しました。一方で、グラフの辺密度が高くなるにつれ、量子アニーリングマシンの正答率は低下していき、50ノード、辺密度50%のグラフに対しての正答率はおよそ0.001%となりました。これは、本研究で用いた量子アニーリングマシンでは、超伝導量子ビット間の最大結合数に制限があり、キメラグラフと呼ばれる特殊なグラフ構造に問題を変換して解く必要があるため、正答率が低下していると考えられます。この辺密度増大に伴う計算性能の低下は、超伝導量子ビット間の最大結合数を増加することで今後緩和されていくと考えられています。
これに対して、コヒーレントイジングマシンでは、測定・フィードバック法を用いることですべてのDOPO間に相互結合を実装することが可能であり、どのような構造のグラフもそのままのかたちで問題を解くことが可能です。そのため、グラフの辺密度によってコヒーレントイジングマシンの計算性能が大きく低下することはなく、50ノードの辺密度の高いグラフに対しても数10%程度の高い正答率で最大カット問題の解探索に成功し、量子アニーリングマシンを上回る計算性能を示すことが確認されました。
この研究成果は、物理システムを利用した大規模なイジング型計算機を実現するうえで、ノード間の複雑なネットワーク構造をいかに柔軟に実現するかが、その計算性能を大きく左右することを示しています。今後、コヒーレントイジングマシンに実装されている測定・フィードバック法が、多数のDOPO間に複雑なネットワーク構造を実装する基盤技術として、より大規模な組合せ最適化問題を高速に解くイジング型計算機の実現に寄与することが期待されます。

今後の展開

今回の特性評価実験で解いた最大カット問題は、最適解探索の正答率を比較するために、デジタル計算機でも高速に最適解が探索可能な数10~数100ノードの小規模なグラフを対象としています。GPUやFPGA等のデジタル計算機上でのアルゴリズムも日々進化を続けており、組合せ最適化問題に対しても高い計算性能を発揮しています。今後、コヒーレントイジングマシンをはじめ、イジングモデルに基づいた新しい原理の計算機が、これらデジタル計算機に対して有用性を示すためには、数1000~数万ノード以上の大規模なグラフ問題を高速に解くことが重要になると想定されます。NTTにおいても、さらに大規模なコヒーレントイジングマシンを開発し、組合せ最適化問題の高速な解探索に取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2019/1905/190525a.html

研究者紹介
自然現象を用いた新しい知的情報処理に向けて
稲垣 卓弘

NTT物性科学基礎研究所
特別研究員

私がコヒーレントイジングマシンの研究に参加した理由は、現在のデジタル計算機とは異なる仕組みで動作する新しい情報処理のプラットフォームにとても魅力を感じたからです。近年、生物のように周辺環境に対して自律的に適応できる知的情報処理の研究が盛んに行われていますが、従来のデジタル計算機上のアルゴリズム開発に加えて、今後はさまざまな物理システムに生じる自然現象を上手に利用した情報処理手法の創出が1つの鍵になるのではないかと考えています。
本研究の縮退光パラメトリック発振器のネットワークは、個々の発振器の光位相がネットワーク全体の損失が少なくなるような組合せに自然と収束していく性質を持っています。この自然現象の性質を組合せ最適化問題の解探索に活用したものが私たちのコヒーレントイジングマシンです。一方で、今回比較をした量子アニーリングマシンは、ネットワーク化された超伝導量子ビットに生じる量子効果を用いることで組合せ最適化問題を解く仕組みになっています。今回の研究結果のように、基盤になる物理システムの違いによって解ける問題構造に得手と不得手があることが分かりましたが、それぞれが自然現象を利用した非常にユニークな情報処理のプラットフォームとして動き始めています。今回紹介した2つのほかにも、応用できる物理システムはまだたくさんあるはずなので、今後も新しい情報処理のアイデアを模索していきたいと思います。