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グループ企業探訪

第271回 NTTワールドエンジニアリングマリン株式会社

“つないだその先、豊かな未来へ Full Ahead!全速前進!”海底ケーブルを敷設し、そして守り続けていく使命を背負う企業

日本には6847の離島があり、このうち416に人が住んでいます。こうした離島の通信のほとんどが海底ケーブルによって支えられています。2023年にサービス開始した5G(第5世代移動通信システム)サービスも海底ケーブルを利用して離島への展開を進めています。一方、とどまるところを知らない生成AI(人工知能)の進化もあいまって、国際間で送受信されるデータ量も飛躍的に増大しています。こうした変化への対応も国際海底ケーブルが担っています。国内外の海底ケーブルの建設・保守において重要な役割を担うNTTワールドエンジニアリングマリン渡邊守社長に、国際情勢の影響を受けるビジネス、市場構造、フィリピンを中心としたAPAC(アジア太平洋地域)への事業展開、および海底ケーブルを敷設し、そして守り続けていく使命への思いを伺いました。

NTTワールドエンジニアリングマリン
渡邊守社長

国際情勢へのアンテナを張り巡らせ、国内外の海底ケーブル建設・保守事業をコアに、APACにおける事業展開に注力する

■設立の背景と会社の概要について教えてください。

NTTワールドエンジニアリングマリン(NTT WEマリン)は1998年にNTTグループ唯一の海洋エンジニアリング会社として設立され、2023年に25周年を迎えました。日本国内における通信用の海底ケーブルの歴史は古く、1872年の関門海峡に敷かれた電信ケーブルが起源です。時代の流れとともに電電公社、NTTへと組織の変遷を経つつも、一貫して海底ケーブルの建設・保守に従事してきました。
「海底ケーブルをつなぎ・まもり続けた世界の通信をこれからも支え、社員一人ひとりが、高い志をもち、技術を磨き、一丸となって最適なサービスを提供し、さらにその先にある、より一層安心で便利に暮らせる未来をめざし、社会課題解決に挑戦し続ける」ことを基本理念としたビジョン、「つないだその先、豊かな未来へ Full Ahead!全速前進!」を掲げ、東京都港区に本社を置き、横浜と長崎、マニラに事務所を構え、事業運営しています。また、長崎事務所では1896年に建築された洋風建築史上希少な建造物を保有しており(経済産業省近代化産業遺産認定)、長崎県教育委員会からの要望もあり、これを保存・活用して、海底通信ケーブルに関するさまざまな歴史を展示している「海底線史料館」も開設しています。
主要事業は海底ケーブルの敷設およびメンテナンスです。また船舶のディーゼルエンジンのオペレーションを行っていることから、そのノウハウを活用し、NTTビルの非常用発電機のメンテナンスや、小規模ではありますが、船舶におけるインターネットコネクティビティの提供といったビジネスも手掛けています。

■国際情勢が事業に影響を与えているそうですね。

海底ケーブル関連の事業は、世界の安全保障状況等に大きく事業環境が左右されています。
ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシア国内を結ぶ海底ケーブル(KSM)、ロシアと日本を結ぶ国際海底ケーブル(HSCS)の保守契約を破棄せざるを得ませんでした。紛争状態にある国との契約においては、保険契約を付保することができない状況の中、作業を行わなければならないこと、また、日本国によるロシアに対する経済制裁等の実施に伴い、当社の敷設船は「非友好国の船」と位置付けられており、ロシア領海内、あるいは排他的経済水域(EEZ)内での作業が許可されたとしても、拿捕等のリスクが顕在化しており、社員の安全確保ができないことによる措置です。
また現在、フィリピンでの事業を支えている敷設船「VEGA(旧光洋丸)」の老朽化対策として、程度の良いオフショア船を購入しノルウェーにてケーブル敷設船に改造中ですが、これをフィリピンに回航させる際、中東情勢が不安定な中、スエズ運河経由では船舶の安全確保が保証できないため、南アフリカの喜望峰回りで回航させる予定です。
さらに、最近では中国との関係においても、この海底ケーブル関連事業への大きな影響があります。
さて、海底ケーブル事業は建設と保守とで大きく仕組みが異なります。建設工事は、発注元による入札が行われ、価格や技術力等で審査され、落札事業者が決定します。一方保守に関しては、当社のように単独で受託する「プライベート保守」と、複数の事業者が協力して保守を提供する「ゾーン保守」という仕組みの2種類が存在します。日本を含む「ゾーン」は「YOKOHAMA Zone」と呼ばれ、日本(KDDIケーブルシップ株式会社:KCS)、韓国(LSMS:LSグループ)、中国(SBSS:CTグループ)の3カ国体制で対応しています。したがって、当社とYOKOHAMA Zoneは競合関係でもあり、ケーブルオーナーが保守契約を締結する相手を選択することになります(図)。最近特に注目されているのが、これらの海底ケーブルの保守を名目に海底の地形調査等が行われる可能性であり、「ゾーン保守」の場合、領海やEEZ内で他国の船が活動することに対する評価も、経済安全保障と直結する可能性があります。

旺盛な国内外の海底ケーブル需要に、実績と技術力で受注拡大

■市場環境はどのような状況でしょうか。その中、どのような事業に注力されていますか。

過去25年、NTTグループは日本発着の国際海底ケーブルを中心に、コンソーシアム(共同建設チーム)の一員として一定の容量の海底ケーブルを定常的に敷設してきました。ここ数年はデジタルプラットフォーマによる大規模な敷設が盛んに行われるようになりましたが、海底ケーブル敷設需要は旺盛なので、当社にとっては追い風となっています。国内海底ケーブルに関しても、総務省が進める高度無線環境整備推進事業を中心に離島向け海底ケーブル敷設が順調で、旺盛な需要が存在しています。また昨今のトラフィックの伸びをみても、今後10年程度は需要が枯渇する心配はないようにみえますが、だからといって当社の事業が安泰かというとそうではありません。
このため、特に経済発展が著しく、カボタージュ規制*が緩やかで、当社の成長を牽引するとみている、フィリピンを中心としたAPAC(アジア太平洋地域)エリアをターゲットに注力していますが、保守船を持っていないにもかかわらず安値で受注するも、故障が発生した際に当然対応できないといった不誠実な中国企業との「競争」も頭の痛い問題です。
こうした中、これまでPLDT社のフィリピン国内事業のみの受託に加えて、第2キャリアグループであるInfinivan社、Globe社、Easterntelecom社が共同建設を計画した「PDSCN(Philippine Domestic Submarine Cable Network)」の建設工事とその後の保守業務を当社が受託し、これがフィリピンのインターネット環境を劇的に改善することにつながりました。特に保守業務については、フィリピンを含むエリアを保守するゾーン、「SEAIOCMA Zone」と、中国のプライベート保守事業者との間の3社競合の中、長年にわたるフィリピンでの海底ケーブル保守の実績と技術力を高く評価いただき、受注に至ることができました。

* カボタージュ規制:自国の沿岸輸送(内航海運)は自国籍船に限るという規制。

能登半島地震の復旧支援の一翼を担い、その経験を事業に活かす

■能登半島地震の復旧活動でケーブル敷設船「きずな」が活躍したそうですね。

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、通信をはじめとするインフラも壊滅的な被害が出ました。そのような中、通信における孤立状態を回復させるべく、エンジンや居住スペースを船首側に集約させ、作業スペースを船尾側に配置し、そのスペースに災害対策用の資機材を搭載できるケーブル敷設船「きずな」がNTTドコモとauの無線基地局を搭載して能登半島沖に向かい、約2週間、送波を行い孤立解消の一翼を担いました。
また、1月2日の出航要請から無線基地局搭載までの時間を使い、並行して支援物資 7tを積み込む作業も行いました。自転車やキャンプ用品等も調達し、NTTコミュニケーションズの災害対策室が中心となり各方面と調整いただけたことで、無事に石川県庁のチームに当該物資をお渡しすることができました。
さらに、商用電源の途絶により、NTT西日本、NTTドコモが電源車、およびビル設置の非常用発電機の連続運転を行っていました。実はその連続運転を行うためには、定期的な潤滑油の交換が必要なのですが、その潤滑油の交換をNTTアノードエナジーからの要請を受け、当社の非常用発電機整備チームが対応しました。

■今後の展望についてお聞かせください。

PDSCNの事例は、フィリピンのインターネット環境を劇的に改善することにつながり、完成披露パーティーにも招待され、大統領、通信技術大臣、在比日本大使も参加される中、当社の功績も紹介されました。さらに、今後退役を迎えるVEGAの後継船・VEGAⅡが就航することにより、より機動的な活動が可能となります。こうした好材料を足掛かりとして、日本国内の事業はもとより、フィリピンを中心としたAPACにおける事業展開に、さらに注力して取り組んでいくつもりです。
また、能登半島地震における「きずな」による支援では、宿泊先の金沢市内から早朝に道路が寸断された奥能登に向かい、交換作業を行った後金沢市内に戻る、といった作業を粘り強く行い、非常用発電機の連続運転を支えました。約1カ月間の対応でしたが、こうした災害時における不屈の闘志こそ、NTTグループの強みでありDNAであり、これを社員全員の心にしっかりと刻んで今後も事業に取り組んでいきたいと思います。

担当者に聞く

フィリピンを起点とするマーケットのニーズに迅速に対応できる体制への転換

マニラ支店 支店長
篠崎 亮さん

■担当されている業務について教えてください。

マニラ支店の支店長として、支店の運営を統括しています。フィリピンにはお客さま、工事協力会社や船舶運航委託会社などがいらっしゃいますが、最前線拠点としての利を活かし、特にお客さまとのエンゲージメントを強化することで早期に情報を入手して本社と連携する、工事協力会社と良好な関係を維持し、さまざまな対応に機動性を持ってあたることができるようにするなど、支店の役割は重要性を増しています。
マニラ支店は現在、経理2名、総務1名、ケーブルデポの環境整備とオペレーション、工事現場作業の監督等を担当する2名という小規模な組織ですが、事業拡大に伴って、リソースの増強や業務の効率化が喫緊の課題になっています。また、フィリピンは税制度が複雑で、その結果税務当局からの追徴課税リスクを抱えており、このような外部環境にしっかりと適応していく必要性があることから、コンサルタントなど外部のリソースも活用しながら対応にあたっています。

■今後の展望について教えてください。

マニラ支店は2000年の開設以来、NTTグループが出資するPLDT向けの海底ケーブル保守と建設のみを担ってきましたが、近年、Globe社やInfiniVAN社等の海底ケーブル建設・保守も手掛けるようになりました。今後はフィリピンのすべてのオペレータ、さらには電力業者が保有する海底ケーブルもターゲットに顧客基盤の拡大をめざしています。島国フィリピンでは海底ケーブルの需要が高く、総長はNTTグループが保有する国内海底ケーブル長をはるかに凌ぐ1万5000km以上で、さらに、米国と東南アジアをつなぐ海底ケーブルの中継ハブとしての役割を担っており、国際海底ケーブルの需要の高まりも加わって保守事業の機会が増大していきます。そこで、2025年早々のVEGA-II就航を機に、これまで設備の都合上対応できなかった国際海底ケーブルの保守も可能になり、従来は本社で担ってきた船舶のエンジニアリング業務をマニラ支店へシフトし、フィリピンを起点とするマーケットのニーズに迅速に対応できる体制を整えていきたいと考えています。
また、フィリピンは日本と同様に地震、台風等による被害も毎年のように発生しており、能登半島地震での「きずな」による支援も参考にしつつ、ケーブル敷設船を活用した通信手段の確保や緊急物資の輸送といった災害対応でも、フィリピンのオペレータと協力してここに暮らす人々のために貢献していきたいと思います。

信頼性、経済性の高い敷設ルートを設計、現場での安全な作業実施のために日々勉強

設計担当
髙橋 絢子さん

■担当されている業務について教えてください。

私は、新たな海底ケーブルを敷設する際に、海洋調査などを行い、信頼性、経済性の高い敷設ルートを設計し、お客さまに提案しています。設計には実際に敷設を行う工事担当の視点も必要となることから、実際の敷設工事にも参加するとともに、現在は、円滑に敷設工事を行えるよう工事前後の許認可の申請・取得業務も実施しています。
海洋調査では、海底面の状況確認は音波を用いて行いますが、過去漁業で使用したロープ、海藻の立ち上がりなどの、ルートや工事の際に支障となる要素には、音波が反射せず発見することが困難です。また海洋調査のデータが必ずしも正しいとは限らないため、事前に地先の漁協さんに伺い、現在や過去の漁業状況や漁をする際に気を付けていることを伺い、海底の状況を補填しています。
許認可の取得業務では、工事方法や時期などの情報を正しく関係各所へ伝える必要があります。そのために、必要な情報や進捗を可視化して情報を整理し、社内の担当者どうしでの意思疎通を図ることを意識しています。実際に許認可の申請を行う際には、誰もが納得いただけるよう、自身も納得したうえで資料を作成、提出することを重視しています。

■今後の展望について教えてください。

社会インフラとしての通信において、そのネットワークの構成要素に海底ケーブルの存在があることが、世間で取り上げられることも多くなり、重要性も高まっています。この重要な設備の構築に携わる担当者として、最近、現場での安全な作業実施、漁協さんと円滑なやり取りが行えるよう、海に出る人の着眼点を学ぶために、小型船舶免許を取得しました。研修を受けてみると海洋関連ばかりではなく、気象や地形についても学ぶ時間が長く、想像以上の奥の深さを感じました。
こうした資格取得をはじめ、さまざまなことにチャレンジし、経験・学びを重ねながら仕事や考え方の幅を広げ、「お客さまに満足していただける、安全で適切な敷設が行えるルート提案」ができる設計担当になれるよう、努力していきたいと思います。

ア・ラ・カルト

■ケーブル敷設船「きずな」で家族、社員の絆を深める

社員と家族、社員と社員の絆をより深め広めることを目的に、2024年7月26日に長崎事務所およびケーブル敷設船「きずな」船内に社員のご家族をお招きし、イベント(ファミリーデー)を実施したそうです(写真1、2)。まずは朝礼、ラジオ体操を一緒に行い、お子様1人ひとりに用意された学校名や好きな食べ物などを記載した名刺で、社長や社員と笑顔で名刺交換。その後、ヘルメットを着用し「きずな」船内の見学・作業体験、海底ケーブルを通じて海外とつながる仕組みの説明やマニラ支店とのリモートコミュニケーション、そして、世界遺産の端島(軍艦島)をブリッジから見学したそうです。また、「きずな」食堂での昼食の美味しさに、ご家族の皆さんも感激されていたとのことです。
初の試みである「きずな」でのファミリーデーが皆さんのいい思い出になるよう、バルーンでのウェルカム装飾等に加え、安全に楽しんでいただけるよう入念に準備を行いました。長崎事務所の社員に加え、東京本社からも応援に駆け付け、一丸となり取り組んだそうです。今回のファミリーデーで、社員と家族、社員どうしの絆がさらに深まったことを実感したそうです。

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