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デジタルとナチュラルの共生・共創を支えるコミュニケーション科学

あなたの目の機能を気軽に楽しく測ります

気軽に楽しく自分の目の機能をセルフチェックできる仕組みの実現に向けた、2つの視覚測定テストについて紹介します。いずれも汎用的なタブレットデバイスで動作し、短い時間で目の機能を測ることができます。これらのツールを使ったセルフチェックが実現し、そのデータが多くの人から集められるようになれば、眼病における未病状態や、人の視覚機能の個人差の実態の解明につながります。

丸谷 和史(まるや かずし)/ 細川 研知(ほそかわ けんち)/ 西田 眞也(にしだ しんや)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所

視覚の機能測定

近年の社会の変化に伴って、視覚の機能測定は、より重大な課題になりつつあります。例えば、眼病は高齢になるにつれて発症率が高くなっていきます。高齢社会が訪れ、そして高齢化が進むと予測されている状況では、眼病を患う方の数は増加していくと考えられます。高齢化以外でも、視覚の機能測定は重要です。私たちはさまざまな表示装置に囲まれて暮らしています。それらの装置が自分自身の目に及ぼす影響については、未知の点が多くあります。さらに、近年では装置の種類も増え、選択の幅が広がっています。装置を選ぶときに、自身の視覚の特徴を知っておくことは重要です。また、装置設計の側でも、視覚機能の個人間でのばらつき、視覚多様性について、ある程度の知識が必要になると考えられます。
視覚機能測定は、普通病院などで行いますが、忙しい日常の中で、特に異常を感じていないときに病院で検査を受けることは実際には難しいでしょう。目の機能をより気軽に自分でチェックできる仕組みがあれば、より簡単に自分の特徴を知ることができます。しかし、これまで病院での検査や視覚科学の実験で使われてきた方法を、セルフチェックにそのまま適用しようとすると、さまざまな不都合が生じます。例えば、視覚検査では測定の精密さが要求されるので、それなりの時間がかかります。また、もともと検査員が操作する機器や測定キットを使うので、1人ではできないことがほとんどです。さらに、検査のための課題自体もあまり楽しいものではなく、目の機能に不安を持っていない人が自発的に利用する場面には向いていません。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、視覚科学のためのさまざまな実験を長年にわたり実施し、データ取得のノウハウを得てきました。私たちは、これまで蓄積されたノウハウをセルフチェックに活用することを考え、視覚の特徴を気軽にチェックできるテストを作成しました。

視覚能力のセルフチェックのための2つのテストセット

私たちは、2つの新しい視覚機能の測定テストを提案しています(図1)。1つは従来の測定法を踏襲しつつ、タブレットデバイス上で実施可能とした簡易視覚テスト「タブレットテスト」です。もう1つは、デザイン、演出、タスク設定を工夫することで、ユーザのモチベーションを向上させ、日常的な反復利用を誘導する、ゲーム形式の視覚テストセット「シカクノモリ」です(1)。これらの2つは、いずれも、汎用的なタブレットデバイスで、専門家が付き添っていない状況でも気軽に実施できるものをめざしています。

図1 2種の視覚測定テスト

「タブレットテスト」

「タブレットテスト」を作成するにあたり、私たちは、白内障、緑内障、加齢黄斑変性などの眼病の早期発見に将来利用していただく可能性も視野に入れて、共同研究者の神戸アイセンター病院・仲泊聡先生のご協力をいただきながら、複数のテスト項目を考えました。その基本となるのは、視力測定とコントラストに対する感度の測定です(図2)。簡易的な視力測定では、ランドルト環と呼ばれる「C」の形をした検査図形がどちらを向いているかをタッチで答えることで視力を簡易的に測定します(図2(a))。コントラストの感度測定では、さまざまな幅の白黒の縞模様がどのくらい薄くても見ることができるか(これを「コントラスト感度」と呼びます)を測定します(図3(a))。さまざまな眼病で、コントラスト感度が低下することが知られており(2)、コントラスト感度を測定することで、自分の目の健康についてユーザ自身で知ることができると考えられます。また、さまざまな幅の縞に対するコントラスト感度のデータは、その人の基本的な視覚能力を知るうえでの重要な情報となります。「タブレットテスト」では、周辺部をぼかしたさまざまな縞模様で、ユーザ自身がその縞の濃さをぎりぎり見える値に調整することで、コントラスト感度を測定します(図3(b))。

図2 「タブレットテスト」

図3 コントラストに対する感度の測定

視覚測定ゲーム

もう1つのテストセットでは、ゲーム形式を導入し、これまでの視覚測定のイメージを大きく変えるようなグラフィックや測定方法自体のデザインを行いました(図4)。このテストセットでは、自分の視覚機能に特に異常を感じていない人でも、日常の生活場面の中で少し空いた時間を使って、自分の視覚機能を確かめるといった用途を想定しています。本来はエンタテインメント性が必要ない課題に、ゲームの要素や形式を取り入れることによって、課題の理解が容易になる、課題へ取り組むモチベーションが向上する、課題により集中しやすくなる、などといったさまざまな良い効果が現れるとされています。実際に、視覚の分野でも、海外では主に子どもを対象とした弱視患者の視機能改善を目的としたゲームなどが開発されています(3)。日常的な視覚機能のチェックにもゲーム要素を取り入れることが有効であると考えられます。
このテストセットは4つのミニゲームから構成されています。それぞれ、コントラストの感度、視野の位置による感度のばらつき、周辺視野での文字認識の能力、運動する複数の物体の追跡能力のレベルについて、簡易的に測定できます。前者の2項目は、「タブレットテスト」にも含まれており、視覚の基本的な機能についてチェックをすることができます。後者の2項目は、視覚系の中でより高次の段階に位置する視覚認知処理も含まれる機能をチェックすることができます。コントラストの感度測定以外の3つの種目については、ビデオゲームと視覚機能の関係についてのこれまでの研究の中で、すでに重要であると考えられている機能を測定します。これらと、視覚科学の中でも重要と考えられているコントラストの感度測定(図3(c))を組み合わせることで、広い範囲の視覚処理に対する機能のチェックを行うことができます。測定結果は、プレイ後の結果表示画面に現れるプレイスコア・グラフや, 詳細なデータが記録されたQRコードなどで、知ることができます。QRコードは暗号化されており、専用のデータ解読ソフトウェアで、データ読み取り、データのグラフ表示ができます。

図4 視覚測定ゲーム

テストの性能

私たちが作成したテストセットは、汎用的な機器での利用を前提として、Webブラウザ上で動作するアプリケーションとしました。測定は簡易的ですが、できる限り精確な測定を行うために、技術的な工夫を行っています。例えば、基本的な図形描画や時間の制御にJavaScript*1とWebGL*2を利用することで、精確な描画を実現しています(4)。さらに、一般的な機器における色階調は8bit, 256段階ですが、提案テストでは、コントラストの感度測定などの精度を上げるために、時空間ディザリング*3と呼ばれる手法によって、12 bit, 4096段階までの色階調の表現を実現しています(5)。また、従来方法による測定のエッセンスを抽出し、日常的なセルフチェックにおいて重要度が低い手続きや測定条件を省略、逆にタブレットPCの特徴を利用した比較的新しい測定方法を導入することで、短い測定時間でも、できる限りテストの性能を向上させるように工夫しています。
私たちは、これらの工夫がテストの基本的な性能に反映されていることを確かめるために、実験を行いました。その結果、ゲーム化によってテスト利用時の楽しさが従来の実験法と比較して向上していること、テスト時間がおおむね3分程度に収まること、その一方で実験室での実験で数時間をかけて取得したデータと比較可能な精度でコントラストの感度を測定できることが分かりました(1)。また、ほかの種目でも、おおむね期待された精度での測定が行えることを確認しています。

*1JavaScript:Webページ作成向けのプログラミング言語。動的なWebページを実現するためなどに広く用いられています。
*2WebGL:2次元・3次元グラフィックス表示のためのWebブラウザ向けライブラリ。
*3時空間ディザリング:ある点の輝度、色などを、その点の時間・空間での近傍を含めた平均値で表現する技法.

簡易的な視覚測定セットが拓く可能性と今後の課題

私たちの作成した2種類の測定セットは異なる視点で作成されており、想定される利用状況も、それぞれ異なっています(図5(a))。例えば、視覚測定ゲームは自宅を含む日常的な状況で短時間、繰り返し利用されることを想定しています。繰り返しの中で、ユーザは自分の視覚能力に基づくゲームスコアの範囲を知っています。そのスコアが継続的に低下したときには、自分の目に何らかの異常が起こっている可能性があります。その際には、より従来の検査に近い「タブレットテスト」を利用することで、測定を行うことが望ましいでしょう。そこでも異常が感じられる場合に、眼科を受診することになります。このような流れに沿って、提案したテストは、眼病の早期発見や病院外でのリハビリテーションに役立てていただけると考えています。
さらに、ここで提案しているテストセットは、視覚能力の多様性を研究するための方法として、視覚科学の研究に活用できる可能性があります(図5(b))。汎用機器で気軽に視覚能力をチェックできる視覚測定ゲームからは、多くの健常者、あるいは軽度の異常を持った方々のデータが、病院の待ち受けなどに設置された「タブレットテスト」からは、眼病患者を含む多様な群からのデータが得られるでしょう。これらの多量・多様なデータをこれまでの視覚科学で蓄積してきた精密な実験による深いデータを合わせることで、視覚能力の多様性の解明と、多様性を生み出す因子の研究を進められます。この可能性を実現するためには、作成中のテストセットを実際に多くの人が触れられる状態にすることが必要です。これまでにも、共同でプロジェクトを進めている神戸アイセンター病院や、イベントなどでの試験を続けていますが、インターネットでの公開などを通じて、より多くの人に試していただける準備を進めています。

図5 複数のテストセットが拓く可能性

■参考文献
(1) K. Hosokawa, K. Maruya, S. Nishida, M. Takahashi, and S. Nakadomari:“Gamified vision test system for daily self-check、”Proc. of IEEE GEM, 2019。
(2) A. Atkin, I. Bodis-Wollner, M. Wolkstein, A. Moss, and S. Podos:“Abnormalities of central contrast sensitivity in glaucoma、”Am. J. Ophthalmol., Vol.88, No.2, pp.205-211, 1979。
(3) C. Gambacorta, M. Nahum, I. Vedamurthy, J. Bayliss, J. Jordan, D. Bavelier, and D. Levi: “An action video game for the treatment of amblyopia in children: A feasibility study、”Vision research, Vol.148, pp.1-14, 2018。
(4) K. Hosokawa, K. Maruya, and S. Nishida: “Testing a novel tool for vision experiments over the internet、”Journal of Vision, Vol.16, No.12, p.967, 2016。
(5) R. Allard and J. Faubert: “The noisy-bit method for digital displays: Converting a 256 luminance resolution into a continuous resolution、”Behavior Research Methods, Vol.40, No.3, pp.735-743, 2008。
(6) http://www.kecl.ntt.co.jp/people/maruya.kazushi/index_ja.html

(左から)西田 眞也/細川 研知/丸谷 和史

自分自身の視覚の特徴を短い時間で、気軽に測定できるテストセットを作成しています。テストがどのようなものかを体験できるコンテンツを以下のHP(6)で公開していますので、そちらもぜひご覧ください。

問い合わせ先

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究部
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail cs-liaison-ml@hco.ntt.co.jp