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新機能物質・材料創製研究の最前線

最高の強磁性転移温度を持つ新絶縁物質Sr3OsO6の創製

NTT物性科学基礎研究所では長年にわたり開発・蓄積してきた独自の酸化物合成技術によって、電気を通さない物質(絶縁体)の中で、最高の温度(780 ℃以上)で磁石としての性質(強磁性)を示す新物質Sr3OsO6〔Sr(ストロンチウム)、Os(オスミウム)、O(酸素)からなる物質〕を世界で初めて合成・発見しました。これは、絶縁体の強磁性転移温度(キュリー温度)を88年ぶりに更新する成果であり、室温以上の高温で安定に動作する磁気素子への応用が期待されます。

若林 勇希(わかばやし ゆうき)/ Yoshiharu Krockenberger/ 谷保 芳孝(たにやす よしたか)/ 山本 秀樹(やまもと ひでき)

NTT物性科学基礎研究所

強磁性絶縁体

物質の原子が持つ磁化が整列し、物質全体として大きな磁化を持ち磁石として振る舞う性質を強磁性と呼びます(図1)。ここで、図中の各矢印が原子の磁化を表しています。また、磁石には電気を通すものと通さないものがあり、後者は強磁性絶縁体と呼ばれます。強磁性絶縁体には、人類が最初に発見した磁石で、方位磁針として使われた磁鉄鉱などがあります。それらは現在でも、永久磁石や高周波用素子として、スマートフォン、自動車、PCといったありとあらゆるものに使用され、テクノロジの発展を根底から支えています。近年では、電子の持つ磁気的な性質と電気的な性質を同時に活用して素子の高速動作や低消費電力動作を実現するスピントロニクス素子の研究がさかんになり、この素子の材料としても強磁性絶縁体が有望視されています。
近年の素子の電子化の潮流とあいまって、実用素子への要求性能は高まる一方であり、動作温度もその例外ではありません。車載用素子や、火災現場での災害用ロボット等を思い浮かべていただくと、室温にとどまらずより高温での安定動作が求められることが、理解いただけるでしょう。しかしながら、磁気素子の高温での安定動作の可否を決める主要な因子であるキュリー温度(その温度以上では強磁性が失われる温度)は、1930年代のフェライト磁石*1開発以降、90年近く更新されておらず、高いキュリー温度を持つ次世代の強磁性絶縁体の実現と、その探索指針の構築が待たれていました。

*1 フェライト磁石:1930年代に日本で開発、工業化された現在世界でもっとも大量に使用されている強磁性絶縁体です。酸化鉄を主成分にコバルトやニッケル、マンガンなどが混合されているものが多くあります。

図1 強磁性と常磁性の模式図

新物質Sr3OsO6の単結晶薄膜合成

原子が格子を組んで規則正しく配列している固体を結晶と呼びます。このような結晶化した試料のうち、どの部分においても原子配列が同じで、構造の乱れの少ないものは単結晶と呼ばれます。次に試料の厚みが原子層厚からおおむね数十μm(1μmは1mmの1000分の1)と薄いものは薄膜(はくまく)と呼ばれます。単結晶薄膜は、それを支える土台となる単結晶(基板と呼ばれます)の上に作製されます。素子化へ向けた微細加工を行うためには、物質をナノメートル単位の厚さを持った単結晶薄膜の形で合成することが必要不可欠です。本研究では、ダブルペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つSr3OsO6の単結晶薄膜を、分子線エピタキシー法によって創製しました(1)。Sr3OsO6の結晶構造の模式図を図2(a)に示します。黄丸、赤丸、青丸はそれぞれSr(ストロンチウム)、Os(オスミウム)、O(酸素)原子を示しています。この物質は、本研究以前には知られていなかった全くの新物質です。結晶中での原子の代表的な配列の仕方には名前が付けられており、「結晶構造」と呼ばれます。「ダブルペロブスカイト構造」はその結晶構造を表す名称の1つで、ペロブスカイト構造の仲間です。ペロブスカイト構造は、陽イオンを2つ以上含む酸化物に広く見られる結晶構造で、この構造を持つヨウ化物や塩化物が、次世代太陽電池としてさかんに研究されています(2)。高品質な薄膜を合成するには、合成時にSr3OsO6を構成するそれぞれの元素の供給量を精密に制御することが重要になります。従来、3000 ℃以上の融点を持つOs原子の供給量の精密制御は困難とされていましたが、供給する原子の量を原子からの発光を利用してモニタし、高出力電子線蒸着源の出力にリアルタイムでフィードバックすることにより、Sr原子とともにOs原子の供給量の精密制御に成功しました。この技術の確立により、原子レベルでSrとOsが規則的に配列した超高品質なSr3OsO6薄膜の合成が可能となりました。合成したSr3OsO6の、原子レベルに拡大された顕微鏡像(透過型走査電子顕微鏡像)を図2(b)に示します。[110]結晶方向から見た像で、原子レベルでSrとOsが図2(a)のとおりに規則的に配列していることが分かります。

図2 Sr3OsO6(ダブルペロブスカイト)の結晶構造

超高温(780 ℃以上)まで保持されるSr3OsO6の強磁性

前述のように、私たちは、長年にわたり開発・蓄積してきた独自の酸化物合成技術によって、最高のキュリー温度を持つ新物質Sr3OsO6を世界に先駆けて合成・発見しました(図2)。試料を作製した後、まず電気的な特性を調べたところ、電気抵抗率は、室温で75 Ωcmと、金属であるAu(金)やCu(銅)などに比べて約109倍(10億倍)大きく、温度の低下とともに指数関数的に増加する、絶縁体として特徴的な振る舞いを示しました。また、分光学的な測定によって、この物質が、約2.65 eVのバンドギャップを持つことも判明しました。これらのことから、Sr3OsO6が絶縁体であることが分かりました。
次に、磁気的性質を調べました。印加した磁場に対するSr3OsO6の磁化の変化を図3(a)に示します。727 ℃という非常に高い温度でも磁化を示し、図3(b)に示すような強磁性での磁化の振る舞いを有することが分かります。Sr3OsO6の磁化の温度変化を図3(c)に示します。印加磁場は2000 Oeです。400 ℃ほどの高温まで磁化の変化が緩やかなことが分かります。このことから、温度変化に対して動作特性の変化が少なく、高温でも安定に動作する高機能磁気素子への応用が期待されます。さらに、強磁性が消失するキュリー温度は780 ℃を超え、これは、絶縁体のキュリー温度を88年ぶりに100 ℃以上更新するものであり、長年の磁性材料研究の歴史を塗り替える成果といえます。
実験に加え、東京大学の常行真司教授らの研究グループと共同で行った密度汎関数理論*2に基づく計算により、Sr3OsO6の強磁性絶縁状態が、5d遷移元素であるOsの大きなスピン軌道相互作用に由来することが明らかになりました。スピン軌道相互作用とは、原子核の周りの電子の公転によって生じる軌道磁気モーメントと、電子の自転によって生じるスピン磁気モーメントの間の相互作用(図4)のことで、周期表の下のほうに位置する元素の方が大きなスピン軌道相互作用を持ちます。周期表の上のほうに位置するFe(鉄)やCo(コバルト)を主成分とするフェライト磁石や、FeやCoそのものからつくられた磁石ではスピン軌道相互作用の影響は小さいですが、Sr3OsO6では、周期表の下のほうに位置するOsの大きなスピン軌道相互作用が重要な役割を果たしています。これは、高温での強磁性の発現機構に新たな知見を呈示するもので、学理の構築へ貢献するとともに、今後、スピン軌道相互作用が大きな元素を活用した新物質開発へとつながることが期待されます。
本物質は新物質であるだけでなく、素子化に向けた微細加工と相性の良い単結晶薄膜の形で合成されました。このため、室温以上の高温で安定に動作する磁気ランダムアクセスメモリや磁気センサといった、高機能磁気素子の開発につながるものと期待されます。

図3 Sr3OsO6の磁気的性質

図4 スピン軌道相互作用

*2 密度汎関数理論:電子の電荷密度n(r)が空間座標rの関数として正しく与えられれば、物質中の電子の持つエネルギーがn(r)から計算できるという理論のことです。

今後の展開

放射光施設*3などの利用で可能となる先進的な分光手法を用いて、新物質Sr3OsO6の電子状態に関するさらに詳細な知見を得ることで、強磁性体の学理の構築への貢献をめざします。また、高温で安定に動作する高機能磁気素子の実現へ向けて、Sr3OsO6を材料に用いた素子を作製し、トンネル磁気抵抗効果の実証などに取り組んでいきます。トンネル磁気抵抗は、2つの強磁性体に挟まれた絶縁膜のトンネル抵抗が、強磁性体層の磁化の向きの平行、反平行により変化する現象です(図5(a))。トンネル磁気抵抗効果はハードディスクドライブ(HDD)の磁気ヘッド(図5(b))、磁気ランダムアクセスメモリ、磁気センサといった磁気素子へ幅広く応用されています。そのため、Sr3OsO6を用いたトンネル磁気抵抗効果を実証できれば、高温で安定に動作する高機能磁気素子実現に向けた大きな一歩となります。

図5 トンネル磁気抵抗とその応用

*3 放射光施設:リング状の超高真空の通路に極めて高速に加速された電子を走らせ、外部磁場によりその軌道を曲げた際に放射される紫外線、X線などの光(シンクロトロン放射光)を利用できる実験施設です。さまざまな波長を持つ光が極めて高い強度で得られるため、目的に応じた波長の光を選択的に取り出し、高感度な分光測定による詳細な物性評価や分析が可能です。

■参考文献
(1) Y. K. Wakabayashi, Y. Krockenberger, N. Tsujimoto, T. Boykin, S. Tsuneyuki, Y. Taniyasu, and H. Yamamoto:“Ferromagnetism above 1000 K in a highly cation-ordered double-perovskite insulator Sr3OsO6、”Nat. commun., Vol.10, No.535, 2019。
(2) M. Liu, M. B. Johnston, and H. J. Snaith:“Efficient planar heterojunction perovskite solar cells by vapour deposition、”Nature, Vol.501, pp.395-398, 2013。

(後列左から)谷保 芳孝/山本 秀樹
(前列左から)Yoshiharu Krockenberger/若林 勇希

高品質な酸化物合成技術を活かして、世の中を変えるような新しい物質を合成したいという夢を持って日々研究に取り組んでいます。技術を極めた先に大きな発見があると信じて、着実に前進していきたいと思っています。

問い合わせ先

NTT物性科学基礎研究所
機能物質科学研究部
TEL 046-240-3360
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E-mail yuuki.wakabayashi.we@hco.ntt.co.jp