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トップインタビュー

No pain No gain 不得意なコミュニケーションこそが成長のチャンス

東日本大震災以降、エネルギー・環境政策を白紙から見直すことを決めた日本は、原発のエネルギー需要を代替する再生可能エネルギーの導入、需要を低減する省エネルギー技術の導入を進めています。再生可能エネルギーをはじめとするグリーンエネルギーを導入・拡大することで経済成長を見込む動きであるグリーン成長は世界共通課題です。2019年6月にNTTグループのエネルギー関連を統括する戦略会社として設立されたNTTアノードエナジーの事業戦略について、谷口直行取締役に伺いました。

谷口 直行 NTTアノードエナジー 取締役 スマートエネルギー事業部長

PROFILE

1989年日本電信電話に入社。2000年エネット 経営企画部部長、2006年NTTファシリティーズ 東海支店副支店長、2008年同ソーラープロジェクト本部副本部長、2010年エネット 経営企画部長、2019年NTTファシリティーズ 取締役 スマートエネルギー担当を経て、2019年9月より現職。

環境・エネルギーに関する社会的課題に新たな「スマートエネルギーソリューション」を提供

NTTアノードエナジーは2019年6月に設立されました。NTTグループでエネルギーを扱うグループ会社を設立するに至った目的等をお聞かせいただけますでしょうか。

NTTグループは新中期経営戦略「Your Value Partner 2025」に基づき、パートナーの皆様とICTを活用したお客さまのデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進することで社会的課題の解決に取り組んでいます。このような中、環境・エネルギーに関する社会的課題に対し、既存の交流系統網を補完する新たな「スマートエネルギーソリューション」の提供をめざしています。スマートエネルギーソリューションは、NTTグループの情報通信技術、直流給電等の電源技術、蓄電池等の通信ビルリソース等、技術・ノウハウ・資産を最大限活用した直流エリアグリッドなどによって構成し、エネルギー効率の向上、地球温暖化対策・再生エネルギー活用、耐災性(レジリエンス)向上などの新たな価値を提供するソリューションです。
こうした新たなスマートエネルギー事業、スマートエネルギーソリューションを迅速に推進していくために、NTTグループのエネルギー関連を統括する戦略会社としてNTTアノードエナジーは設立されました。これまで、NTTグループにおけるエネルギー関連事業はNTTファシリティーズ、エネット、NTTスマイルエナジーを中心に展開し、ガス事業者様と連携することにより、3000億円規模まで売上を拡大してきました。これらの事業を継続推進するとともに、人・技術・資産を活用した事業創出、中長期的な持続的成長に向けたスマートエネルギー事業の取り組みを推進し、NTTアノードエナジーとそのグループであるエネット、NTTスマイルエナジーによるエネルギー関連事業の売上規模を2025年度に6000億円に倍増させることをめざしています。

具体的にはどんな領域に挑まれますか。

2019年11月に新たなエネルギー流通の仕組みを創出し持続可能な社会の実現をめざす、「NTTアノードエナジー中期ビジョン」を発表しました。その中で、再生可能エネルギーや蓄電池等の分散エネルギーリソースによるソリューションの提供を通じコネクテッド バリューチェーンを構築し、エネルギー利用の効率化・価値向上による産業活性化を実現していく「顧客価値創造」、ICTとデータを活用した自律的・最適な制御により、エネルギー利用の高度化を可能とする新たな分散型システムを構築し、既存の電力供給システムを補完することで、地域社会・コミュニティにレジリエントで安定したエネルギーを提供していく「社会基盤の強化」、そして、再生可能エネルギーを中心としたエネルギーを確保し、地産地消可能な環境価値の高い電源として最大限活用していくことで、エネルギーの循環型社会を実現していく「環境適合」の3点をNTTアノードエナジーの役割としています。
この役割を担うために、多拠点をコミュニティ化し地域レジリエンス強化を行う「バックアップ電源事業」、リソースを集約し需給調整を行う「VPP(仮想発電所)事業」、地産地消も含めて環境価値を生み出す「グリーン電力発電事業」、環境価値のあるエネルギーを提供していく「電力小売り事業」、そして、エネルギー×ICT×地域産業(農業等)貢献等を実現するエネルギーデータプラットフォームを提供する「新サービス事業」の5つの事業を展開していきます。
こうした事業の中で、具体的取り組みとして、自治体や医療関係といった公共性の高い機関に、太陽光電源やバッテリーを提供し、非常時にバックアップとして使えるエネルギーを提供するサービスを開始します。また、NTTグループが取り組むEV100の業務用EV車を活用した非常時の電源駆けつけサービス提供や、さらに、少し先のことになりますがエネルギー分野でIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を活用することも検討しています。街中にセンサやカメラ、5G(第5世代移動通信システム)等を設置することにより街の中のエネルギー利用に関する情報がデジタルな世界で把握できるようになります。停電などが発生したときに、デジタル上で把握している情報を確認し、実際に電気を必要とする人や施設がどこにあって、その施設や人を救うためにはどれくらいのエネルギーが必要か、そのエネルギーを賄うためにはどうすれば良いかをAI(人工知能)を含むIOWNの機能により一瞬でシミュレーションし、現実の世界にフィードバックすることができます。災害や事故等による停電が発生してから被害状況を調査して対処していたことが、即座に取るべき行動やエネルギーの分配を把握できるようになり、その影響を最小限に食い止めることができます。そのためにもバッテリーや太陽光電源などのエネルギーリソースを社会に普及させていくことが必要だと考えています。
このほか、エネットやNTTスマイルエナジーとも連携して、電気自動車のさらなる普及を見越して、電気自動車の充電をマネジメントし、電源の一部として活用する実証実験等、複数地域で実証実験を重ねています。

自分なりのシナリオを描いたらポリシーを持って動かしていく

会社立ち上げの時期に特に求められる力量や采配としてはどのようなことが求められるでしょうか。

私たちが担うエネルギーのビジネスは極めて足の長いという特徴があります。例えば再生可能エネルギーのプロジェクトを1つ企画しても、小さなものでも2、3年、大きなものになると10年というスパンが必要です。今の世の中は目まぐるしく変化していますから、10年後20年後の世界は簡単に見通せないという難しさがあります。一方で、今判断していかないと10年後に思い描いているようなエネルギーは手に入りません。したがって、非常に不透明な状況でも、私たちが担っている役割をいち早く実現するために、迅速に判断していかなければならないのです。これが今の私にとって非常に大きな責任の伴う行動だと考えています。
また、こういった行動を価値あるものにしていくには、社会の動向をみながら、少なくとも確証は持てないながらも将来を想定し、自分なりにシナリオを立てていくこと、そしてそのシナリオに向かって動かしていく際には、大切にすべきは何かを自らに問いながらポリシーを持って判断していくことが大切だと思います。
例えば、環境問題であれば、「国連気候アクション・サミット2019」で、スウェーデンの16歳の少女グレタ・トゥーンベリさんが「あなた方は、その空虚なことばで私の子ども時代の夢を奪いました」と主張しましたが、これを受けて今後の地球温暖化防止策としては、単純に再生可能エネルギーを導入するだけで済むのか、あるいはもっと新たなエネルギー流通が登場して今までとは違うかたちでCO2抑制の方法が生まれてくるのか、そもそもエネルギー使用量を減らすことでCO2を抑制するのか、といったように選択肢はさまざまです。この問題は当社とも密接な関係がありますが、状況をかんがみ、これが最善であろうという自らの選択を信じて動くことが重要だと考えています。

決断の際の材料はどのようにつかんでいるのでしょうか。

私が大事にしているのは、業種業態が違う方々を含めたコミュニケーション・チャネルをいかに多くつくることができるか、ということです。人は不得意な環境・領域のコミュニケーションをつい避ける傾向があるので、自分たちの業種業態や仕事に直接的につながるような集まりが多くなると思います。しかし、世の中が変化するということは、これまでの価値観や社会の共通認識が変わるということですから、同じところにとどまるのではなくて、あえて自分の業種業態に直接関係しないところにも踏み出して情報を吸い上げるのです。ただ、時間は限られていますからこうした活動の範囲にも限界があります。少しでも自分のできる範囲を広げるため、休日などに自ら別の世界に飛び込むだけではなく非営利のサークルをつくって、目的意識を持った方々にお集まりいただく努力をしてきました。国籍や業界問わず意識の高い方が集うサークルの運営を手掛けて、素晴らしい情報交換をさせていただいています。
こうした活動を通じて、とある機会に米国人から「No pain No gain」という言葉をいただきました。英語圏ではよく聞く言葉なのですが、壁にあたったときや、落ち込んだときに自分に言い聞かせています。当時のシチュエーションもあったのか、この言葉は自分の心に深く響きました。

「相手の土俵に飛び込んで」ヒントをいただく

人を集めるとは逆転の発想ですね。また、不得意な環境・領域のコミュニケーションにもあえて挑むというのもユニークですね。こうした取り組みにより大きなチャンスにつながるのでしょうか。

チャンスというよりも、自分が抱えている問題意識について、自分で解決できるものであっても、あえて相手に問うてみたという経験はあります。海外で開かれたある会合で、全く違う業界の方にお目にかかりました。その方に、「私はこのことについてこう考えているのですが、あなたはどう考えますか?」とおもむろに伺ったのです。その方は一生懸命考えて、ヒントをくださった。それをきっかけに日本に戻ってマスメディアにも取り上げられるほどのビジネスモデルとして確立させることができたのです。議論を挑むというよりも、相手の懐に飛び込んで伺うことで、ヒントをいただくことができました。

こうしたご経験を通して、仕事、そしてトップとはどんな存在だとお考えでしょうか。

私自身は仕事を通じて自分が成長できたと感じています。会社の成長と歩調を合わせて自分もさらに成長できたら良いと思っています。そういう意味では仕事は自分を高めることができる場であり、社会に貢献できる非常に大きな手立てです。そして、トップとは…。私は、人それぞれ社会やその時代や環境に合った適正な役割分担があると思っています。自分が置かれた環境の下で、自らが担うべき適切な役割を見出し、常に意識し、設定した役割を全うすべく粘り強く努力し続けることではないかと思うのです。
この先、NTTアノードエナジーは、エネルギーという目に見えない世界で活動を展開していきます。日本の電力は非常に安定的に供給されてきました。停電も諸外国に比べて発生しませんし、電気はいつでも使えることはある意味で常識となっていました。しかし、昨今の環境問題や各地で発生した災害によって不自由さが露呈しました。こうした中で、 NTTグループが手掛けているからこそ、エネルギー利用を通じて利便性の向上が実感でき、安心して適切なエネルギー利用ができる社会をつくっていきたいと強く思っています。

情緒的な変化や世論にも目を向ける

ではエネルギー業界を支えるだろうと期待している技術や、技術者、研究者の皆さんに一言お願いいたします。

私自身がそうであったように、特に技術系の業務に従事していると、どうしても同じ業種業態でのネットワークづくりに偏りがちになります。IOWNや量子コンピューティング等、新しい技術の実現が迫る中、ある意味で第四次産業革命が結実する時代は目前であると考えます。社会はこれまでとはまるで違う変化をもたらし、現在の社会的共通認識や価値観すら変わっていく可能性があります。この変革期に潰れずに生き抜いていくには、単にこれまでの延長線上の価値観や経済合理性に基づいた行動や視座だけではなく、多様性や情緒的な社会動静、世論にもしっかりと目を向け、先を考えて行動していかなければ衰退しかねないとの危機感を持っています。一方で、ビジネスやゲームチェンジの機会がさまざまなところで出てくる可能性もあります。このような観点からも、さまざまな取り組みにチャレンジする基礎を高めるという意味で、一見無関係であると思える業種業態の多様な方々とのネットワークづくり・情報交換を大切にして、発想の範囲を広げる行動を起こすことを薦めます。自分の不得意な環境でのコミュニケーションは本当に大変です。しかし、そこから得られる情報や発想の中には自分の財産になるものが見つけられると思いますので、時代の変化に呼応した新しい技術や良い成果を生み出すためにも、是非とも新しい領域や関係性、場所に積極的に踏み込んでいっていただきたいと考えます。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

忙しいトップのタイムマネジメントやリフレッシュには大いに学ぶところがあります。谷口取締役にも教えていただこうと、まずはご趣味を伺いました。すると、「海釣りと料理です」と即答くださいました。釣りも料理も子どものころから楽しまれており、なんとうどんは小麦粉を練って手づくりされるほどとか。インタビューでもご自身で価値を創造されることに挑む姿勢と、ビジネスとして確立されていくお話を伺ったとおり、ゼロから何かを築き上げ社会的な評価を得る、価値あるものに仕上げていくことを幼いころから実践なさり、その喜びの大きさをよくご存じなのだと納得させられました。高校時代の恩師が上梓された本には谷口取締役が登場すると伺いました。
そこには必ずしも品行方正ではなかった谷口取締役が高校時代に優秀な友人ができたことをきっかけに変わっていく姿が描かれているそうです。あえて遠い世界や不得意な場所に身を投じれば何かをつかめるとおっしゃった谷口取締役の言葉を裏打ちするようなストーリー。取締役との対談は自らの新しい一面を見出す喜びを教えていただいたひとときでした。