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デジタルとナチュラルの共生・共創を支えるコミュニケーション科学

主役登場 心を通わせて話せる対話ロボットをめざして

成松 宏美

NTTコミュニケーション科学基礎研究所
研究主任

子どものころ、お人形とごっこ遊びをしながら「見た目は人と同じなのにどうしておしゃべりはできないんだろう」と素朴な疑問を抱いたのを覚えています。お人形と物理的に「握手」をすることはできても、「言葉」で気持ちを伝え合うことはできませんでした。「人のように心を通わせておしゃべりできるロボットをつくりたい」これが私の対話研究をめざすきっかけとなりました。
人と心を通わせて話すロボットをつくるために、私は、人がどのように相手の発話を理解し、話しているのかを知り、ロボットの理解を1つひとつ積み重ねていく必要があると考えました。しかしながら、ロボットと人とがおしゃべりすることを目的とした対話研究の領域においては、たとえ短い間のやり取りであっても幅広い話題に対応できることが重要視されており、1つひとつ言葉のやり取りを丁寧に積み重ねて深い理解につなげるようなアプローチは、見方によっては古い考えとされることもありました。なぜなら、近年の対話研究では、ディープラーニングの発展とデータ収集の容易さゆえに、細かい理解によるルールベースの手法から、データ駆動型の手法へと主流が移ってきていたためです。一方で、私の周りの研究者たちは、人の発話を理解するために、人どうしの対話を分析し、地道に理解を積み上げることに対し、前向きに支持してくれました。それは、NTTコミュニケーション科学基礎研究所が、現在主流の一問一答ベースの雑談ロボットをいち早く実現し、次の課題を見据えることができていたことや、対話ロボットをつくるうえで、過去の先輩たちがつくった固有表現抽出や、述語項構造解析、焦点語抽出などの、言葉や文を解釈するのに重要な技術が有効であったからだと思います。
こうした対話ロボット実現に向けた多くの知見がある環境で、今回つくり出したのが、ユーザの体験した出来事(5W1H+感想)を文脈として理解し応答する雑談対話ロボットです。ロボットが、人の発話から5W1H+感想に該当する項目をフレーズとして理解し、それと同じような体験を根拠に共感を提示することで、人とロボットが心を通わせるところに一歩近づくことができました。主流に逆行する中で、周囲の支援を受けながら取り組んだフレーズ理解とチームが培ってきた対話の戦略のノウハウを組み合わせることにより、成し遂げることができました。
人と心を通わせて話すロボットは、家庭をはじめとした、人々の社会生活のさまざまなシーンにおいて、話し相手や悩みを相談できる良きパートナーとして、人々の暮らしに浸透していくと考えています。人に話すのは気が引けるという状況においては、人よりも気楽に相談できる相手になるかもしれません。人と心を通わせて話すロボットをめざすことは、目に見えない人の心を理解するという困難がある一方で、新しい発見・新しい技術につながる可能性が大きいと思っています。人のように思いやる心を持つロボットを夢に抱きながら、多くの人の良きパートナーになれるロボットの実現に向けて、引き続き検討を進めていきたいと思います。