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新機能物質・材料創製研究の最前線

ウルツ鉱型GaPナノワイヤの結晶成長 ―― 太陽光による水素生成デバイスへ向けて

GaP(リン化ガリウム)は環境にやさしい間接遷移型半導体材料ですが、ナノワイヤ成長によりウルツ鉱型の直接遷移型を作製できます。NTT物性科学基礎研究所では塩素によるエッチングとガリウム原料の繰り返し供給による手法で積層欠陥のないウルツ鉱型GaPナノワイヤの成長に成功しました。これまで、ウルツ鉱型のGaPナノワイヤを用いて、 p型ナノワイヤ光カソード電極での太陽光による水素生成の試みやpin型ナノワイヤ太陽電池の作製、評価等を行いました。

舘野 功太(たての こうた)†1、2/ 熊倉 一英(くまくら かずひで)†1

NTT物性科学基礎研究所†1
NTTナノフォトニクスセンタ†2

太陽光による水素生成ナノワイヤデバイス

持続可能な社会の実現に向け、無尽蔵でクリーンな太陽光から直接私たちの生活に必要なエネルギーを得る手法の研究開発が進んでいますが、中でも1972年にFujishimaらが初めて報告した半導体光電気化学的手法による水や二酸化炭素の還元技術(1)は、備蓄可能な燃料や有機物質を生成する技術として有望であり、現在も研究が活発に進められています。水を太陽光によって酸化還元する反応は生成物が水素と酸素であるもっともシンプルなものです。この反応では光を吸収して生じるキャリアが向かうカソードとアノードのエネルギー差は水分解に必要な1.23 eV以上(熱力学的に必要なエネルギー)でなければなりません。また、使用する材料は、毒性が低い、地球上に多く存在する、反応中に腐食せずに安定である等を考慮して選定する必要があります。光電気化学的な機能を持つものとして微小粉体の光触媒が研究されていますが、今のところ太陽エネルギー変換効率は1~2%程度で良くありません。また、カソードとアノードの反応を分離して、水素と酸素が分離できるようなデバイスが実用上は理想的です。
この点を考慮した私たちのめざすデバイスを図1に示します(2)。ガスを分離するため、透明なチューブ状の構造を作製します。チューブにはミクロン長のpin型半導体ナノワイヤが密に存在します。チューブの内側にn型半導体アノード、外側にp型半導体カソードが露出するように構成され、半導体が太陽光を吸収すると、生成した電子は水素イオンとカソードで反応して水素を生成し、正孔は水とアノードで反応して酸素を生成します。水素と酸素が分かれて発生し送り出されるため、回収が容易となります。個々の半導体ナノワイヤはそれぞれ独立に光吸収し水分解に寄与するため、いくつかが不能になっても全体の効率を高く維持することができます。また、ナノワイヤは径が非常に小さいため、格子の大きさが違う材料でも軸方向に結晶成長することができます。したがってバンドギャップの異なる材料をタンデムに接合し、太陽光の広い波長範囲で光吸収させることが可能となります。このようなチューブ状の構造は、基板表面上に垂直にナノワイヤを結晶成長した後、ナノワイヤを均一に透明樹脂で埋め込み、ナノワイヤ先端をエッチングで露出し、基板からナノワイヤごと樹脂を剥離することで作製可能です。
上記の目標のデバイスを実現するためにはたくさんの課題があります。ナノワイヤの成長においては、良好な構造で長さや太さをそろえ、高密度に形成する必要があります。また、異種材料をタンデムに成長する技術やドーピング制御技術も必要です。チューブ作製においては、透明性の高い樹脂やナノワイヤの腐食を防止する保護膜、ナノワイヤ端で反応を促進する助触媒の開発等も必要です。目標デバイスまでの道程は長いのですが、本稿では、これまで私たちが研究してきた、ウルツ鉱型のGaP(リン化ガリウム)ナノワイヤの成長と、p型n型ドーピング、ナノワイヤ電極の水分解、太陽電池作製について紹介します(3)、(4)。

図1 太陽光による水分解システムの概念図

ウルツ鉱型GaPナノワイヤ

GaPは間接遷移型のⅢ-Ⅴ族半導体であり、電子伝導特性や光吸収特性が劣るため、高性能なデバイスに利用することはありません。しかしながら、地球上に豊富に存在する元素で構成されるため、安価で大面積が必要な太陽電池や光電気化学的に水分解や二酸化炭素還元等を行う光電極の材料としては向いています。また、バンドギャップも2.1 eVあることから、電極などでの電圧の損失が小さければ無バイアスで水分解が可能です。GaPは閃亜鉛鉱型が安定に存在しますが、最近、ウルツ鉱型にすると直接遷移型になるとの理論計算の報告があり、実際、ヨーロッパの研究グループは実験によりウルツ鉱型のナノワイヤの結晶成長に成功し、光励起発光強度の増大を報告しています(5)。私たちもVLS(Vapor-Liquid-Solid)法*1という手法を用いてウルツ鉱型のGaPナノワイヤの成長に成功しました(4)。GaP基板上に金微粒子を分散し、結晶成長装置内400~500 ℃で原料ガスを供給することにより行いました。私たちはTBCl(ターシャリブチルクロライド)という塩素のエッチング原料を用い、Ⅲ族のGa原料であるTEGa(トリエチルガリウム)とⅤ族の原料であるTBP(ターシャリブチルフォスフィン)を交互に供給する手法で積層欠陥のないウルツ鉱型のGaPナノワイヤの成長に成功しました(図2(a))。ウルツ鉱型のナノワイヤのTEM(Transmission Electron Microscope:透過型電子顕微鏡)像、電子線回折パターンを図2(b)に示します。このナノワイヤは長さ 500 nm程度で、使用した金微粒子の直径は40 nm程度です。TEM像では金微粒子が半球状の黒い物質としてナノワイヤ先端にみられます。電子線回折パターンは典型的なウルツ鉱型の配列パターンです。TEM像から途中に欠陥などのないスムースな側壁を持つナノワイヤであることが分かります。

*1 VLS法:ナノワイヤの成長法の1つで、金属微粒子を触媒とした気相雰囲気中の結晶成長法です。Au-GaPのナノワイヤの場合、触媒のAu微粒子は気相(Vapor)原料からのGaやPを溶解し液状(Liquid)になっています。そこから固体(Solid)のGaP結晶が成長します。

図2 ウルツ鉱型GaPナノワイヤ

ナノワイヤのドーピング

さらにp型のドーパントであるZn(亜鉛)、n型のドーパントであるS(硫黄)を成長中に加えることを試みました。ここでp型のドーピング原料はDEZn(ジエチル亜鉛)、n型はDTBS(ジターシャリブチルスルフィド)を用いました。流量に対するナノワイヤの長さの関係を表すグラフと、ナノワイヤのSEM(Scanning Electron Microscope:走査型電子顕微鏡)像とTEM像を図3に示します。ドーピングによってナノワイヤの長さが変化し、特にp型のものは原料の流量を増やすと長くなる傾向があり、また、裾が広いテーパー状となりました。このことからデバイス作製するうえでは、ドーピング量と成長速度の変化を考慮する必要があることが分かります。TEM像からはドーピングによりいくつか積層欠陥がみられましたが、どちらもウルツ鉱型のナノワイヤを成長することができました。不純物濃度とキャリア濃度はSIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry:2次イオン質量分析法)*2と電気化学的手法によるMott-Schottkyプロット*3より求めました。ナノワイヤが成長したサンプルを樹脂もしくはSiO2(二酸化ケイ素)膜をスパッタ蒸着することにより埋め込み、平均的な濃度として測定しました。いずれのサンプルもドーピング原料の流量により変化し、流量を大きくするとナノワイヤ中の不純物濃度、キャリア濃度は増加することを確認しました。また、不純物濃度、キャリア濃度ともに1018cm-3程度の濃度を得ることができました。用いた測定手法は分散した多数のナノワイヤの平均的な情報を得ているため、より正確な測定のために1本のナノワイヤの測定法を今後考えていきます。

*2 SIMS:基板にイオンビームを照射し、スパッタリングされてイオン化した原子や分子を質量分析により測定する分析法です。スパッタリングにより基板が削られるため、深さ方向の元素濃度分析が可能です。
*3 Mott-Schottkyプロット:半導体電極の電気化学測定において、電位に対して微分容量の二乗の逆数をプロットすることで傾きからキャリア濃度を求めることができます。微分容量はインピーダンス測定により求めます。

図3 GaPナノワイヤへのドーピング

ナノワイヤ光電極

太陽光による水素生成を確認するためp型n型のウルツ鉱型GaPナノワイヤ光電極の光電気化学的測定を行いました。カソード電極であるp型サンプルを用いた結果を図4に示します。ここではp型のGaP基板と、p型GaPナノワイヤで保護膜のTiO2(二酸化チタン)と助触媒のPt(白金)微粒子を付けたものと付けていないものとで比較しています。Pt/TiO2を付けたGaPナノワイヤの構造を図4(b)に示しますが、薄膜のTiO2がナノワイヤを均一に被覆し、Ptの微粒子が分散して形成されている様子が分かります。測定は疑似太陽光(ソーラーシミュレータ、AM1.5G)を用いて、電圧を走査しながら光のON/OFFを繰り返して電流測定しています。電解液は0.5 M H2SO4 水溶液を用い、対極はPt電極を用いました。GaP基板のサンプルに比べてGaPナノワイヤサンプルの光電流出力が大きいことが分かりました。また、Pt微粒子を分散したTiO2付きナノワイヤサンプルではナノワイヤの劣化がないことも確認しました。密度は70~110 μm-2と比較的高密度まで評価しましたが、長さが1μm以下で長くできなかったことと、長さにばらつきがあることに起因して光電流自体は予想よりも低い値でした。n型のナノワイヤにおいても同様の測定を行いましたが、保護膜を付けたサンプルであっても腐食による劣化が確認されました。今後最適な保護膜を調べ、また、光電流出力を上げるための最適なナノワイヤ構成を設計していこうと考えています。

図4 ナノワイヤ光電極

ナノワイヤ太陽電池

最終的にめざす太陽光による水分解素子はpin型フォトダイオードであるため、pin型ナノワイヤを成長して太陽電池特性を調べてみました。pin型ナノワイヤの成長後のSEM像と、太陽電池作製後に疑似太陽光を用いて測定した光電流?電圧特性を図5に示します。太陽電池はナノワイヤの成長した基板表面をALD(原子層堆積法)で5nmアルミナを堆積させた後に樹脂で埋め込んで平坦化し、ナノワイヤ先端をエッチングで露出してから基板裏面とサンプル表面に電極を形成するといった工程で作製しました。サンプル表面の透明電極はITO(スズドープ酸化インジウム)を用いました。p、i、n層の長さはそれぞれ330 nm、1300 nm、330 nmに設計しました。p型層は前述のようにドーピングによりテーパー状となるため、模式図のような底の径の大きな構造となります。測定結果を次式のようなダイオードモデルでフィッティングしました。
J = Jsc -(V-Rs J)/Rp - J0 exp(q(V-Rs J)/(n k T) -1)
ここでqは電荷、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、Jscは短絡電流密度、Rsは直列抵抗、Rpは並列抵抗、J0は飽和電流密度、nは理想係数です。またJ=0の電圧は開放電圧Vocです。結果はJsc=0.6 mA/cm2、Voc=0.32 V、J0=4.63×10-8 A/cm2、n=1.33, Rp=6.5 kΩ cm、 Rs=40 Ω cmとなり、このサンプルの変換効率は0.11%となりました。この低い効率はナノワイヤの密度が低い(9.8×107 cm-2)ことが影響しています。ナノワイヤ1本で換算するとJsc=160 mA/cm2 となります。このようにナノワイヤ1本で大きな光電流が見積もられるのは、ナノワイヤが周囲の光を集める効果によるためです。このことから、ナノワイヤ太陽電池を最適に設計することにより、GaPにおいても高効率な太陽電池の実現が期待されます。

図5 ナノワイヤ太陽電池

今後の展開

ナノワイヤ光電極やナノワイヤ太陽電池の結果から、ウルツ鉱型のGaPナノワイヤを太陽光による水分解に利用する方向性がみえてきました。ナノワイヤは光を効率良く吸収し、大きな光電流が期待できますが、水分解に十分な2V程度の大きな開放電圧はpin型ダイオード1つでは難しいと考えられるため、ダイオードを直列にしたタンデム型を検討しています。また、腐食を防止する保護膜の材料を調べる必要があります。特にアノード側では電解液を弱アルカリにするなどの手法も必要になってくると考えられます。さらに助触媒の検討も必要です。現在、効率の良いPt等の貴金属が助触媒として広く使用されています。貴金属は希少元素であるため、将来的に他の材料に替えていく必要があります。腐食防止と助触媒の課題は難題ですが、今後も挑戦していこうと考えています。

■参考文献
(1) A. Fujishima and K. Honda:“Electrochemical Photo-lysis of Water at a Semiconductor Electrode、”Nature, Vol.238, No.5358, pp.37-38, 1972。
(2) 舘野・小野・熊倉:“光反応装置、”特願、2017-024024。
(3) K. Tateno, Y. Ono, and K. Kumakura:“Photo-electrochemical Properties of Wurtzite Gallium Phosphide Nanowires Grown on GaP(111)B Substrates、”SSDM 2016, PS-13-12, Tsukuba, Japan, Sept. 2016。
(4) K. Tateno, G. Zhang, S. Sasaki, M. Takiguchi, and K. Kumakura:“Wurtzite GaP nanowire grown by using tertiarybutylchloride and used to fabricate solar cell、”JJAP, Vol.58, No.1, 015004, 2019。
(5) S. Assali, I. Zardo, S. Plissard, D. Kriegner, M. A. Verheijen, G. Bauer, A. Meijerink, A. Belabbes, F. Bechstedt, J. E. M. Haverkort, and E. P. A. M. Bakkers:“Direct Band Gap Wurtzite Gallium Phosphide Nanowires、”Nano Lett., Vol.13, No.4, pp.1559-1563, 2013。

(左から)舘野 功太/熊倉 一英

半導体ナノワイヤはいろいろな分野への応用の可能性がありますが、水素生成デバイスで特徴のある性能を引き出し、将来の水素社会へ貢献できるデバイスを実現していきます。

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