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将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術

デジタル信号処理と回路技術を融合した超高速光通信技術

本稿では、高度な情報化社会を支える光トランスポートネットワークにおいて基盤技術である超高速光通信技術を紹介します。データトラフィックの多くを占めるイーサネットは、400 Gイーサ(400GE)が標準化され、1Tbit/sを超えるような信号速度の標準化議論も開始されています。本技術は、イーサネットに代表される高速クライアント信号を光ネットワーク上で経済的に伝送するための技術です。高度なデジタル信号処理と超高速回路技術を融合することにより、光信号の速度とその品質を大きく向上させることができ、1チャネル当り1Tbit/sを超えるような経済的な超高速光通信の実現が期待されています。

小林 孝行(こばやし たかゆき)/ 濱岡 福太郎(はまおか ふくたろう)/ 中村 政則(なかむら まさのり)/ 山崎 裕史(やまざき ひろし)/ 長谷 宗彦(ながたに むねひこ)/ 宮本 裕(みやもと ゆたか)

NTT未来ねっと研究所

超高速光通信技術

超高速光通信技術は、光ネットワークの伝送性能を左右する基盤技術です。基幹ネットワークにおいては、2017年に標準化が完了した400Gイーサ(400GE)などの超高速クライアント信号を、デジタルコヒーレント伝送技術(1)に基づいた高速光チャネルに多重収容し、さらに複数の高速光チャネルを波長軸に多重すること(WDM: Wavelength Division Multiplexing)で長距離・大容量光ネットワークを実現しています。一方、SNSや動画配信などさまざまなサービスの基盤となっているデータセンタにおいて、内部におけるサーバ間のデータ伝送や、複数のデータセンタ拠点間の通信需要が非常に高まっています。基幹網に比べ、伝送距離は短距離となりますが経済性が求められており、シンプルな送受信機構成で実現可能な強度変調・直接検波(IM-DD: Intesnsity Modulation Direct Detection)方式によって、高速データ通信が実現されています。

光信号高速化の技術課題

1チャネル当り100 Gbit/sおよび400 Gbit/s級のクライアント信号を収容可能な光通信技術が実用化されています(2)。イーサネットの標準化においては、次の伝送速度規格の議論が開始されており、その伝送速度の候補として800 Gbit/sや1.6 Tbit/sなどが挙がっています。将来的に、光ネットワークにおいては、1チャネル当り1 Tbit/sを超える高速なクライアント信号を収容することが期待されています。光信号の高速化を実現する3つの軸を図1に示します。従来のIM-DD方式では光の強度(on/offの2値信号)を利用していましたが、図2に示すようなデジタルコヒーレント技術によって、光の振幅・位相を利用して1パルス当り4値以上の信号を伝送可能になりました。加えて、送受信器内でデジタル信号処理を行うことにより、偏波の分離や光ファイバ内で生じる波長分散や偏波モード分散による波形歪みを等化・補償することが可能になり、伝送可能な情報量と伝送距離が飛躍的に向上しています。現在、実用化されている1チャネル当り100 Gbit/s級の光信号は、32 Gbaudの4値のQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)信号を偏波多重することによって実現されています。また、400 Gbit/s級の光信号は、32 Gbaudの16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)*1偏波多重信号を2キャリア(波長)束ねて1つの伝送チャネルとすることで実現されています。さらに、光信号を高速化するためには次の3つの方向性が考えられます。

ボーレートの高速化

ボーレート(光パルスの速度)を高速化していけば、それに比例して1波長当りの伝送速度は向上します。同じ多値度の信号であれば、ボーレートを高速化しても過剰な受信感度劣化はありませんが、高速なボーレート信号を送受信するためには、それに対応した高速なDAC(Digital-to-Analog Converter)、ADC(Analog-to-Digital Converter)や変調器ドライバのような電気デバイス、光変調器、BPD(Balanced Photo Detector)等の光デバイスが必要になります。また、周波数領域では、ボーレートに比例して光信号が占める帯域が広がり、波長多重可能な信号の数が制限されてしまうので、後述する高次多値化と併用しないと伝送システム全体の容量は増加しません。

高次多値化

信号伝送に用いる光振幅のレベルと位相の数を増やすことによって、1つの光パルスで伝送可能なビット数を向上させることができます。ボーレートが同じ場合、多値数に応じて伝送速度が対数的に向上しますが*2、多値数が向上するにつれて、DAC/ADCの分解能や線形性などデバイスへの要求条件が高くなり、所要の信号対雑音比(SNR: Signal-to-Noise Ratio)も上昇するため伝送可能な距離が短くなったり、信号歪みに対する耐力も低下します。現在は、正方形の信号点配置を持つQAMが用いられていますが、信号点配置を工夫することによって、所要のSNRを改善することが可能です。

マルチキャリア化

1つのチャネルを複数の波長(キャリア)の光信号で構成することで、1チャネル当りの容量をキャリア数に比例して向上させることができます。光ネットワークにおいて論理的な高速チャネルを構成するのに有効な手法であり、例えば、実用化されている1波長当り200 Gbit/sの光信号を5波長束ねて1チャネルとすることで1Tbit/sのチャネル速度を実現することができます。しかしながら、必要な送受信機の数が増えてしまうため、上述のボーレートの向上や多値化によって、1波長当りの伝送速度を向上させながら、伝送性能や経済性を考慮してマルチキャリア技術を適用する必要があります。
以上から、1チャネル当り1Tbit/sを超えるような超高速光伝送の実現には、ボーレートと多値度の向上が重要であり、高速なデバイスの開発を進めながら、デバイスの要求条件を緩和するようなデジタル信号処理技術や高感度な信号フォーマットが必要になります。

*1 QAM:信号電界の振幅と位相を複数の信号レベルで変調することで多値符号を伝送する高効率デジタル変調方式。
*2 対数的な向上:例えば、4(=22)値から16(=24)値に多値度を増やすと伝送速度は2倍になりますが、16値から64(=26)値に増やしても1.5倍にしかなりません。

図1 光信号の高速化を実現する3つの軸

図2 デジタルコヒーレント送受信機の概要

デバイス性能を最大に引き出すデジタル較正技術と高感度化技術

高速信号を送受信するときに、電気デバイスや光デバイスの帯域が、各々要求条件を満たしていても信号が劣化する場合があります。例えば、図2に示すようにデジタルコヒーレント方式の送信機では、DACは4つ、IQ変調器は各偏波成分用に2つ必要です。受信側では、BPD、ADCそれぞれ4つが含まれています。これらのデバイスやデバイス間の結線部分の特性は製造誤差等が存在しており、すべてが接続された状態の周波数特性が均一になるとは限りません。高ボーレート信号や高次多値信号では、そのような誤差が信号品質に大きな影響を与えます。NTT研究所では、受信側におけるデバイス不完全性のデジタル補正処理に加え、送信側でデジタル信号処理により送信機内のデバイスの周波数特性やばらつきを超精密に予等化し較正することによって、大幅な信号改善の改善に成功しています。64 Gbaud 64QAM信号の較正前・較正後の光スペクトルを図3(a)に示します。予等化処理によって、光スペクトルが平坦化し、較正前には、分離が難しかった信号点が、図示されているように64点が識別可能な品質まで改善しています(3)。
また、多値化による感度劣化に対して、信号の高感度化を信号点配置の観点から検討を進めています。従来では、QPSK、16QAM、64QAMのような多値QAM信号は、すべての信号点が確率的に等しく現れるような信号点配置になっています。多値QAM信号は、送りたいビット列から単純な信号マッピング・デマッピング処理で実現可能ですが、情報理論的な観点からは最適な信号点配置ではありません。最近では、情報理論に基づいて、最適に近い信号点配置を実現可能な、多値QAMの信号点が確率分布を持つように配置する信号点シェーピング技術が注目されています。専用のマッピング・デマッピング処理が必要となりますが、多値QAMより小さい所要SNRで同じ情報ビットを送ることが可能です。また、ベースとなる多値QAM信号を変えることなく、信号点の確率分布を変化させることで、伝送する情報ビットの数を変化させることが可能なため、変復調のための信号処理アルゴリズムの変更も不要です。NTT研究所では、前述の予等化による較正技術と256QAMベースの信号点シェーピングを適用することで、1波長当り800 Gbit/sの実証実験に成功しています(4)(図3(b))。本技術を用いれば、次世代のイーサネット規格候補である800 Gbit/sや1.6 Tbit/sのクライアント信号を1波長ないしは2波長で光ネットワークに収容することが可能になります。

図3 較正技術およびコンスタレーションシェーピングを用いた実験結果

高速信号生成のための帯域ダブラ技術

高速な光信号を生成するうえで、重要なデバイスの1つがDACです。DACはデジタル信号処理LSI(Large Scale Integration circuit)と一体集積されますが、Si CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)を用いたDACのアナログ帯域は、現状40 GHz程度になっています。前述の較正技術によってある程度の補正が可能ですが、100 Gbaudを超えるような高ボーレート化に対しては、ボトルネックとなります。NTT研究所では、DACのアナログ帯域を2倍に拡張可能な帯域ダブラ技術を提案しています。本技術は、所望の広帯域信号に対して前置信号処理を施し2つのDACから出力させて、アナログマルチプレクサ回路(AMUX: Analog Multiplexer)(5)によって信号を合成することで、DACのアナログ帯域の2倍の帯域を持つ高速信号を生成するが可能です。私たちは、2種類の帯域ダブラ方式(図4)を提案しており、両方式ともにデジタルコヒーレント伝送技術へ適用し、32 GHzのアナログ帯域を持つDACを用いて超高速ボーレート信号の実証実験を実施しました。図4(a)のスペクトル折り返しを用いた方式で生成した120 Gbaud信号の伝送実験結果を図5(a)に示します。1波長当りネットレート*3 600 Gbit/s信号の4000 km級の長距離伝送に成功しています(6)。また、図4(b)の加減算処理による方式では、AMUX回路を2つ集積した回路を試作し、図5(b)に示すように120 Gbaud QPSK信号の生成に成功しています(7)。理論的には、ボーレートの半分の帯域が必要なため、100 Gbaud以上の信号を40 GHz帯域のDACを用いて高品質に生成するのは困難です。本技術によって、既存のDACの帯域を拡張することができ、信号の高ボーレート化が可能です。また、前述の較正技術・高感度化技術を組み合わせることで、マルチキャリア技術を用いずに1波長で1Tbit/sを超えるような超高速信号伝送の実現もみえてきています。
*3 ネットレート:光信号として1秒間に伝送されるデータビットを表したもの。

図4 前置デジタル信号処理とAMUX回路を用いた帯域ダブラ技術

図5 帯域ダブラを用いた高速信号伝送実験

超高速光通信技術の短距離通信への適用

データセンタにおけるサーバ間の通信やデータセンタ間のような特に多くのトラフィックが発生する最大数10 km程度の短距離通信向けの光通信技術として、IM-DD方式が、システム構成がシンプルで経済性が高いことから注目されています。現在標準化が完了している400Gイーサネットでは、4値パルス振幅変調(PAM4: 4 - level Pulse Amplitude Modulation)による1波長当り100 Gbit/sの信号を4並列伝送する方式が採用されており、4組の送受信機が必要となります。NTT研究所では、帯域ダブラ技術を超広帯域InP変調器(8)と併せて短距離通信に適用し、1組の送受信機を用いて、400 Gbit/sのビットレートで 20 kmの伝送に成功しました(9)。これは単一の波長および偏波を用いたIM-DD方式としては、世界最高速度となります。その伝送実験結果を図6に示します。本実験では、帯域ダブラ方式により広帯域な電気信号を生成するとともに、非常に広帯域な周波数特性を持つInP光変調器を合わせて用いることで、電気信号の広帯域性を保ったまま光信号を生成することが可能になりました。また、変調方式としては、DMT(Discrete Multi-Tone)方式を採用し、256本のサブキャリア信号をデジタル信号処理によって生成し、電気および光デバイスの周波数特性に応じてサブキャリアごとに最適な信号ビットを割り当てることで、ほぼ最適なビット割当を実現しています。例えば、図6(b)に示すように、SNRが高い6.96 GHzのサブキャリアには64QAM信号を、SNRが低めの79.10 GHzのサブキャリアには、16QAMを採用しています。帯域ダブラ技術と広帯域な変調器の適用によって、高い周波数領域でも16QAMのような多値数の信号を割り当てることが可能になりました。本技術により、1波長当り400 Gbit/sを超える伝送速度を経済性の高い単純な送受信器構成のIM-DD方式によって実現することが期待されます。

図6 DP-AM-DAC技術の短距離通信への応用

今後の展開

本稿では、超情報化社会の基盤インフラとなる光ネットワークの実現に向け、デジタル信号処理と高速回路技術を融合した超高速光伝送技術を紹介しました。本技術により、1波長当り1Tbit/s超の超高速光伝送の実現がみえてきています。今後も、さらなる高速化を推進するとともに、本技術が高信頼な基盤技術として役立つよう引き続き研究開発を進めていきます。

■参考文献
(1) 宮本・佐野・吉田・坂野:“超大容量デジタルコヒーレント光伝送技術、”NTT技術ジャーナル、Vol.23, No.3, pp.13-18, 2011。
(2) 木坂・富澤・宮本:“Beyond 100G光トランスポート用デジタル信号処理回路(DSP)、”NTT技術ジャーナル、Vol.28, No.7, pp.10-14, 2016。
(3) A. Matsushita, M. Nakamura, F. Hamaoka, S. Okamoto, and Y. Kisaka:“High-spectral-efficiency 600-Gbps/carrier Transmission Using PDM-256QAM Format、”Journal of Lightwave Technology (Early Access), 2018。
(4) M. Nakamura, A. Matsushita, S. Okamoto, F. Hamaoka, and Y. Kisaka:“Spectrally Efficient 800 Gbps/Carrier WDM Transmission with 100-GHz Spacing Using Probabilistically Shaped PDM-256QAM、”Proc. of ECOC 2018, Rome, Italy, Sept. 2018。
(5) 長谷・山崎・濱岡・野坂・宮本:“光送信器の広帯域化に向けた帯域ダブラ技術、”NTT技術ジャーナル、Vol.29, No.3, pp.62-66, 2017。
(6) M. Nakamura, F. Hamaoka, A. Matsushita, H. Yamazaki, M. Nagatani, A. Hirano, and Y. Miyamoto:“Low-Complexity Iterative Soft-Demapper for Multidimensional Modulation Based on Bitwise Log Likelihood Ratio and its Demonstration in High Baud-Rate Transmission、”Journal of Lightwave Technology, Vol.36, No.2, pp.476-484, 2018。
(7) F. Hamaoka, M. Nakamura, M. Nagatani, H. Wakita, H. Yamazaki, T. Kobayashi, H. Nosaka, and Y. Miyamoto:“Electrical spectrum synthesis technique using digital preprocessing and ultra-broadband electrical bandwidth doubler for high-speed optical transmitter、”Electronics Letters, Vol.54, No.24, pp.1390-1391, 2018。
(8) 長谷・脇田・小木曽・山崎・井田・野坂:“超 100 Gbaud 光伝送を可能とする超高速光フロントエンドデバイス技術、”NTT技術ジャーナル、Vol.31, No.3, pp.27-31, 2019。
(9) H. Yamazaki, M. Nagatani, H. Wakita, Y. Ogiso, M. Nakamura, M. Ida, T. Hashimoto, H. Nosaka, and Y. Miyamoto:Transmission of 400-Gbps Discrete Multi-Tone Signal Using >100-GHz-Bandwidth Analog Multiplexer and InP Mach-Zehnder Modulator、”Proc. of ECOC 2018, Rome, Italy, Sept. 2018。

(上段左から)小林 孝行/濱岡 福太郎/中村 政則
(下段左から)山崎 裕史/長谷 宗彦/宮本 裕

NTT研究所では、信号処理技術およびデバイス技術の両面から研究開発を進め、今後の光ネットワークの高速化・大容量化の要求にこたえていきたいと考えています。

問い合わせ先

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