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将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術

低雑音高出力パラメトリック増幅中継技術

近年、飛躍的な進歩を遂げたデジタルコヒーレント技術の持つ潜在能力を一層向上させ、電気的なデジタル信号処理(DSP)技術のみならず、光のコヒーレンシを駆使した革新技術でブレークスルーを生み出すことが望まれています。本稿では、ネットワークの信号対雑音比(SNR: Signal to Noise Ratio)の劣化を最小限に抑え、伝送距離の制限緩和をめざすアプローチとして、低雑音増幅ならびに非線形歪み補償の可能性を持つ光パラメトリック増幅中継技術を紹介します。

梅木 毅伺(うめき たけし)†1、2/ 風間 拓志(かざま たくし)†1/ 小林 孝行(こばやし たかゆき)†2/ 圓佛 晃次(えんぶつ こうじ)†1/ 笠原 亮一(かさはら りょういち)†1/ 宮本 裕(みやもと ゆたか)†2

NTT先端集積デバイス研究所†1
NTT未来ねっと研究所†2

さらなる周波数利用効率向上に向けた信号対雑音比の抜本的改善の必要性

近年、デジタルコヒーレント光通信技術は飛躍的な進歩を遂げ、周波数利用効率は向上による光通信システムの大容量化が進展しています。シャノンの通信理論によれば、高い周波数利用効率を得るためには高い信号対雑音比(SNR: Signal to Noise Ratio)が必須の条件となりますが、光増幅器からの雑音の累積と伝送ファイバ自体の中で生じる非線形光学効果に起因した信号歪みにより(図1(a))、SNRの限界が指摘され始めています(1)。これらの原理限界を打破し光通信システムのSNRを抜本的に改善できる新たな技術の必要性が急速に高まっています。

図1 PPLN導波路を用いた光パラメトリック増幅による低雑音高出力中継技術

PPLN導波路を用いた光パラメトリック増幅による低雑音高出力中継技術

現状の光通信システムで広く用いられているEDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)に代表される従来の光増幅器では、標準量子限界*1により増幅前後でSNRが必ず3dB以上劣化し、多段に中継すると過剰な雑音が累積してしまいます(図1(b))。信号の光位相に依存した増幅特性を有する位相感応増幅(PSA: Phase Sensitive Amplification)を用いることができれば、理想的には雑音指数(NF)*2が0dB(2)、つまりSNRの劣化のない光増幅が可能となります(図1(b))。
また、現状のデジタルコヒーレントシステムでは、送受信回路において光ファイバ伝送後のさまざまな波形歪みを電気デジタル信号処理により補償して長距離伝送を実現していますが、今後さらなる大容量化を進めると、光ファイバ特有の信号波形の歪み(非線形歪み)が顕在化し、これが伝送距離を制限する要因となります(図1(c))。位相共役変換(OPC: Optical Phase Conjugation)は、時間反転波を生成させて、光をあたかも時間が逆戻りしたかのように振る舞わせる光技術で、光ファイバ伝送路の中間地点で位相共役変換を行うことで、伝送路の前半で受けた歪みを伝送路の後半で修復できます。これによって、従来よりも強い強度の光信号を光ファイバで伝送することができ、SNRを向上させることが可能になります。さらに、複数の信号チャネル(波長)の波形歪みを一括して処理できるため、歪み補償の信号処理量、電力の大幅な削減が期待できます。
これらPSA/OPCは、非線形光学効果における光パラメトリック増幅(OPA: Optical Parametric Amplification)による励起光からのエネルギー移行を用いることで実現できます(図1(d))。非線形光学媒質に信号光と信号光のほぼ2倍の周波数を有する励起光を入力し、信号光と励起光の波長配置や位相関係を適切に取ることによって、位相感応な光増幅や位相共役変換を行うことができます。私たちの研究グループでは、非線形光学媒質として用いる周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN: Periodically Poled Lithium Niobate)*3の結晶自体の光損傷耐性の向上と結晶の持つ耐性を損なうことのない導波路構造作製技術の開発(3)、微細導波路加工技術の高精度化(4)により、高い励起光パワーの入力を可能とし、従来に比べて極めて高い変換効率と高強度の光出力の両立に成功しました。さらに、波長の大きく異なる励起光・信号光を簡便かつ安定的に合分波するカプラとPPLN導波路を集積したOPAモジュールを実現しました(図1(d))。モジュールは、信号光、励起光のそれぞれの波長に適したファイバからの入出力を誘電体多層膜ミラーで合分波できる構成としています。これにより、光ファイバとPPLN導波路との低損失な光結合を実現すると同時に安定性を確保しました。

*1 標準量子限界:量子光学における不確定性原理に起因した制約であり、レーザ光増幅器を含む従来の位相感応ではない光増幅器に課せられる理論限界です。
*2 雑音指数:信号を増幅したときの入出力間でのSNRの劣化の度合いを示す指数。雑音指数が高いほど増幅により信号品質が劣化します。
*3 周期分極反転ニオブ酸リチウム:異なる波長の光どうしを相互作用させることが可能な「非線形光学効果」と呼ばれる特殊な特性を持つ結晶であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において、自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です。周期分極反転ニオブ酸リチウムは、元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることができます。

位相感応光増幅器の高利得化と適用性拡大

OPA過程では、周波数2ωの励起光からω1とω2の信号光とアイドラ光へのエネルギー移行が起きます。ω1=ω2の場合は縮退型と呼ばれ、励起光の位相を基準として、光信号の2つの直交する位相に対して一方には利得を与え、他方には減衰を与える位相感応な増幅特性を得ることができます(図2(a))。本研究の開始当初はPPLNモジュールの増幅利得は6 dB(4倍)程度であったのに対し、PPLN導波路の効率化およびモジュールの結合損失の抜本的改善により、現在では25 dB(320倍)以上の増幅利得を実現(図2(b))しており、増幅媒質としてファイバ伝送路の損失補償が十分可能なレベルに達しています。
さらに、既存の光通信システムで用いられる波長多重(WDM)技術やデジタルコヒーレント技術との親和性の観点も極めて重要であり、デバイスとしての性能向上と同時に、PSAの適応領域の拡大を進めてきました。例えば、前述の縮退型のOPAでは単一波長かつ2値の変調信号しか取り扱うことができません。また、PPLNに代表される二次非線形光学媒質には偏波依存性があるため、単一偏波しか増幅することができませんでした(図2(a))。
私たちは、OPAにおいてω1≠ω2の非縮退型と呼ばれるパラメトリック過程に着目し、アイドラ光を信号光の位相共役光とすることで多値変調信号の増幅(図2(c))と複数チャネルの信号の一括増幅に成功しています。また、偏波多重(PDM: Polarization Division Multiplexing)信号に対する位相感応増幅に関しても、偏波ダイバシティ構成を用いることで可能としました。この構成では、入力信号を偏光ビームスプリッタ(PBS: Polarization Beam Splitter)で分離した後、2つのOPAを用いて独立に増幅し、PBSを用いて再合波します。
実際に、偏波ダイバシティ構成において位相共役なアイドラ光を用いた非縮退パラメトリック増幅を適用し、偏波多重および波長多重(WDM: Wavelength Division Multiplexing)された多値変調信号の位相感応増幅を行った結果を図2(d)に示します(5)。送信器では、100 GHz間隔で16波のキャリアを配置し、20 GbaudのPDM‐16QAM信号の信号光・位相共役光対を生成しました。伝送路には80 kmの分散補償伝送路を用い、受信器では光フィルタでWDM信号のうちの1波を切り出し、デジタルコヒーレントレシーバで受光し、オフラインでの信号処理により復調しました。
図2(d)の入出力の光スペクトルから分かるように、16波WDMの全波に対し、20 dB以上の利得で一括増幅できていることが確認できます。また、同図に示した、PSAを同等利得のEDFAに置き換えた場合の出力スペクトルに対して、約5 dBの明らかな光信号雑音比(OSNR: Optical Signal to Noise Ratio)の差が確認できます。図2(d)には、コヒーレントレシーバで受信・復調したPSAおよびEDFAそれぞれのコンスタレーションも示しています。復調した信号に対してもOSNRの差に対応した約1dBの信号品質(Q値)の差が確認できており、PSAで増幅することで低雑音に増幅され、シンボルを明瞭に識別できることが分かります。

図2 位相感応光増幅器の高利得化と適応領域の拡大

相補スペクトル反転位相共役変換器の提案と、非線形信号歪み補償

デジタル信号処理技術では非線形歪み補償が可能であり、すでに実用段階を迎えていますが、補償性能を向上するためには信号処理回路規模が大きくなり、消費電力が増大する課題があります。電気的なデジタル信号処理を用いずに非線形歪みを補償する手段の1つとして、位相共役変換*4を用いる方法が以前から検討されていましたが、従来の位相共役変換では波長変換により2倍の信号チャネルを占有し、伝送可能な帯域が半分以下に減少してしまうため大容量光通信への適用には大きな課題となっていました。このような課題を克服するため、波長多重信号の長波長側と短波長側の信号チャネル群をいったん空間的に分離し、それぞれの信号チャネル群に対して高効率PPLN導波路デバイスを用いて位相共役変換を行う新しい光信号処理回路を開発しました(図3(a))。これによって、光ファイバの大容量性を損なうことなく複数波長を一括で波形歪み補償できる相補スペクトル反転位相共役変換器を実現しました。
実際に波長多重信号の一括位相共役変換を行った結果を図3(b)に示します。22.5 Gbaudの偏波多重16QAM信号を25 GHz間隔で92波の波長多重を行い、1周320 kmの周回伝送路を12周(3840 km)伝送させた結果です。送信直後と、 3840 km周回伝送後の光スペクトルの比較から、伝送後ではそれぞれ46チャネル分の短波側・長波側のバンドが12回入れ替わっていますが、元の信号帯域を保持したまま変換できていることが分かります。また、励起光用の帯域である短波―長波長の間の中心の1チャネル分を除いて、ガードバンドなしでの変換を実現することができています。これにより位相共役変換器を用いた伝送実験としては、世界一の大容量性(13.6 Tbit/s)と高周波数利用効率(5.84 bit/s/Hz)の両立に成功しました(6)。
さらに、1チャネル当り400 Gbit/sの信号に対して、本方式の適用性を実証するため、96 Gbaudの偏波多重8QAM信号を用いた伝送実験も実施しました。位相共役変換を用いた場合と、用いない場合のそれぞれの最適入力パワーにおける伝送距離の比較評価結果を図3(c)に示します。変換の有/無の場合のファイバへの信号光の最適入力パワーはそれぞれ+6 dBm/+2 dBmであり、より強い光信号を用いて光ファイバで伝送でき、これにより、最大伝送距離(誤り訂正符号のしきい値Q=5dBを用いた場合)が7040 kmから9600 kmに延伸可能なことを実証しました。これにより、位相共役変換による信号歪み補償が400 Gbit/s超級の高速ボーレート信号(100 GHz級広帯域信号)にも適用可能なことを世界に先駆けて示すことができました(7)。

*4 位相共役変換:光は電波と同じように波としての性質を持っており、この波の振動するタイミングを位相と呼びます。位相の正負を逆転させた波は位相共役波と呼ばれ、位相を逆転させる過程を位相共役変換と呼びます。位相共役波は、動画の逆再生のように、あたかも時間をさかのぼるかのように伝わることから「時間反転波」と呼ばれることもあります。

図3 相補スペクトル反転位相共役変換技術と非線形信号歪み補償

今後の展開

本稿では、ネットワーク大容量化の鍵となる光通信システムの抜本的なSNR改善に向け、光通信への適用をめざした光パラメトリック増幅技術の研究開発について紹介しました。本技術は低雑音増幅や光信号歪み補償のほかにも、波長変換によるさまざまな波長域におけるコヒーレント光の生成・増幅応用、スクイーズド光や光子対生成といった量子情報処理応用への展開が見込まれます。今後も本技術をさらに進展させ、光のコヒーレンシを駆使した革新技術の創出をめざしていきます。本研究の一部は独立行政法人情報通信機構(NICT)の高度通信・放送研究開発委託研究「光周波数・位相制御光中継伝送技術の研究開発」の一環としてなされたものです。

■参考文献
(1) R.-J. Essiambre, G. Kramer, P. J. Winzer, G. J. Foschini, and B. Goebel:“Capacity limits of optical fiber networks、”J. Lightwave Technol., Vol.28, No.4, pp.662-701, 2010。
(2) C. M. Caves:“Quantum limits on noise in linear amplifiers、”Phys. Rev. D, Vol.26, No.8, pp.1817-1839, 1982。
(3) Y. Nishida, H. Miyazawa, M. Asobe, O. Tadanaga, and H. Suzuki:“0-dB wavelength conversion using direct-bonded QPM-Zn: LiNbO3 ridge waveguide、”IEEE Photonics Technol. Lett., Vol.17, No.5, pp.1049-1051, 2005。
(4) T. Umeki, O. Tadanaga, and M. Asobe: “Highly efficient wavelength converter using direct-bonded PPZnLN ridge waveguide、”IEEE J. Quantum Electron., Vol.46, No.8, pp.1206-1213, 2010。
(5) T. Umeki, T. Kazama, T. Kobayashi, S. Takasaka, Y. Okamura, K. Enbutsu, O. Tadanaga, H. Takenouchi, R. Sugizaki, A. Takada, R. Kasahara, and Y. Miyamoto:“Polarization-diversity In-line Phase Sensitive Amplifier for Simultaneous Amplification of Fiber-transmitted WDM PDM-16QAM Signals、”Proc. of OFC 2018, paper M3E.4, San Diego, U.S.A., March 2018。
(6) T. Umeki, T. Kazama, A. Sano, K. Shibahara, K. Suzuki, M. Abe, H. Takenouchi, and Y. Miyamoto:“Simultaneous nonlinearity mitigation in 92 × 180-Gbit/s PDM-16QAM transmission over 3840 km using PPLN-based guard-band-less optical phase conjugation、”Opt. Express, Vol.24, No.15, pp.16945-16951, 2016。
(7) T. Kobayashi, T. Umeki, R. Kasahara, H. Yamazaki, M. Nagatani, H. Wakita, H. Takenouchi, and Y. Miyamoto:“96-Gbaud PDM-8QAM Single Channel Transmission over 9,600 km by Nonlinear Tolerance Enhancement using PPLN-based Optical Phase Conjugation、”Proc. of OFC 2018, paper Th3E。4, San Diego, U.S.A., March 2018。

(上段左から)小林 孝行/梅木 毅伺/宮本 裕
(下段左から)笠原 亮一/風間 拓志/圓佛 晃次

非線形光学デバイスを用いた光信号処理技術により光情報通信のさらなる発展へ貢献していきます。

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