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将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術

テラビット級無線伝送をめざす大容量OAM多重伝送技術

NTTは、5Gのさらに次世代を実現する革新的無線通信技術の開拓をめざし、テラビット級無線伝送の実現に向けた研究開発を進めています。同一周波数帯を用いて同時に複数の電波を送信できる新たな空間多重技術として、電磁波の軌道角運動量(OAM: Orbital Angular Momentum)を活用したOAM多重伝送技術に取り組んでいます。本稿では28 GHz帯を用いたOAM多重伝送の実験において、世界初の120 Gbit/sの伝送に成功した本技術の詳細を紹介します。

李 斗煥(りぃ どぅはん)†1/ 笹木 裕文(ささき ひろふみ)†1/ 八木 康徳(やぎ やすのり)†1/ 山田 貴之(やまだ たかゆき)†1/ 加保 貴奈(かほ たかな)†1/ 濱田 裕史(はまだ ひろし)†2

NTT未来ねっと研究所†1
NTT先端集積デバイス研究所†2

研究背景とテラビット級無線伝送技術への取り組み

これから実現される5Gにより、コネクティッドカー、VR(Virtual Reality)/AR(Augmented Reality)、高精細映像伝送を含むあらゆる分野で無線通信の利用は加速されます。モバイルトラフィックは、年率1.5倍で増加すると予想されており、このような傾向から、2030年代には、数百ギガビット級からテラビット級の無線伝送が必要であると考えられます。
NTTは、将来の無線通信需要に備え、テラビット級無線伝送の実現をめざす研究開発に取り組んでいます。大容量無線通信の実現には、空間多重*1数の増加、伝送帯域幅の広帯域化、変調多値数の増加の3つの方向性があります(図1)。これらのうち、変調多値数を増やす方法は、すでに限界に達しつつあります。例えば、1度に10ビットの情報を伝送する「1024QAM(Quadrature Amplitude Modulation)」の2倍の容量を得るためには、1度に20ビットの情報を伝送する100万以上の多値変調が必要になり、このアプローチでの大容量化の実現は困難です。NTTは(準)ミリ波帯*2を用い伝送帯域幅を広帯域化するとともに、本稿で説明する軌道角運動量(OAM:Orbital Angular Momentum)*3の性質を持つ電波を使った空間多重数増加の研究に取り組んでいます。

*1 空間多重:複数のデータ系列を、空間的に独立な複数の電波を用いて、同時刻・同周波数帯において並列に伝送する伝送方法です。
*2 ミリ波・準ミリ波:ミリ波は、波長が1~10 mmと非常に短く、マイクロ波と同様に強い直進性があります。周波数帯域は30~300 GHzに相当します。準ミリ波は、波長が数cm程度のミリ波に近い電波の俗称であり、10~30 GHz付近の周波数帯域の電波のことをいいます。
*3 軌道角運動量:電波の性質として、位置座標とそれに共役な運動量の積で表される電波の持つ角運動量の1つで、異なる軌道角運動量を持つ電波は相関がないため、重ね合わせても独立に分離できます。

図1 無線伝送大容量化に向けた研究の方向性

OAM多重伝送の原理とNTTが考案したOAM-MIMO多重伝送技術

OAM多重伝送技術

OAM多重伝送技術とは、異なるOAMモードを持つ複数の電波にそれぞれ信号を乗せて無線伝送をすることで、同時に送信するデータ信号の数(多重数)を増加させる技術です(1)、(2)。OAMとは、電波の性質を表す物理量の1つであり、電波の進行方向の垂直平面上で位相が回転しながら進行するように表されます。この位相の回転数をOAMモードと呼びます。OAMの性質を持つ電波は、同一位相の軌跡が進行方向に対して螺旋形状に表れます(図2)。例えば、図2(a)は、OAMモード1、OAMモード2、OAMモード3の同一位相の軌跡を表します。
OAMの性質を持つ電波は、送信時と同じ位相の回転数を持った受信機を使うことで受信することができます。また、各OAMモードを持つ電波は、互いに直交であり、異なるOAMモードを持つ複数の電波を同時に送信しても、送信時のOAMモードに合った位相の回転数を持った受信機を用意すれば、それぞれの電波を分離することができます。この特徴を利用し、複数の異なるデータを同時に伝送することができます。例えば、図2(b)は、OAMモード1、OAMモード2、OAMモード3にそれぞれ異なる信号を乗せて、同時に伝送する場合の例を表しています。
電波のOAMに関する研究は、20世紀初頭にさかのぼり、2010年代以降は、ミリ波帯の無線通信技術の成熟につれ、ミリ波帯での広い帯域幅を用いたOAM多重伝送が研究されてきています。近年の結果としては、米国の南カリフォルニア大学により、2014年に28 GHz帯で、2016年に60 GHz帯を用いて32 Gbit/sの伝送が報告されています(3)、(4)。

OAM-MIMO多重伝送技術

理論的には、OAMモード(位相の回転数)は無限に増やせますので、OAM多重伝送により、多重数を無限に増やすことができます。しかしながら、OAMの性質を持つ電波は、OAMモードが高くなるほど(位相の回転数が多くなるほど)、電波の進行により電力が空間的に広がる性質があり、高いOAMモードを持つ電波を用いた伝送には、現実的な限界があります。
NTTは、このような限界を考慮しつつ効率的に多重数を増やすため、OAM多重伝送に、現在広く利用されているMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)*4技術を統合したOAM-MIMO多重伝送技術を考案しました(5)。実環境での送受信が可能な低いOAMモードからなるOAM多重伝送を、複数セットで同時に伝送することで、従来を凌駕する多重伝送が実現できます。MIMO技術を巧みに統合することによって、異なるOAMモード間で互いに干渉しない性質を維持しつつ、複数セットの同一のOAMモード間の信号分離ができます。
OAM-MIMO多重伝送技術の構成例を図3に示します。この図は、後述する伝送実験を実施した合計11多重伝送を行う例を表します。左は、中心に1つと同心円の4つの円形アレーアンテナ(UCA)を表します。中心の1つのアンテナで構成されるUCA#0以外のUCA#1~4はそれぞれ、OAMモード―2、―1、0、1、2を生成し、5つのOAMモードの電波を多重することができます。同一のモード内で多重された信号は、受信機でMIMO技術により分離します。

*4 MIMO:送信機と受信機の双方で、複数のアンテナを用いて通信品質を向上する無線信号処理技術。

図2 OAM多重伝送技術の原理

図3 OAM-MIMO多重伝送技術の構成例

28 GHz帯を用いた実験にて、世界で初めて120 Gbit/sの伝送に成功

NTTは、OAM-MIMO多重伝送技術の有効性を示すため、28 GHz帯にて帯域幅2 GHzを使う送受信装置を試作しました(図4)。本送受信装置は、異なる半径を持つ4つの同心円状のUCAと中央に1つのアンテナで構成されています。各UCAは16個のアンテナ素子で構成され、5つのOAMモードの電波の送受信ができます。中心のアンテナは、軸合わせおよびOAMモード0の送受信に使います。これらのアンテナ素子を介して、合計21のデータ信号の同時伝送が可能です。準ミリ波以上の周波数帯でGHz級の伝送帯域幅を使うOAMの性質を持つ複数の電波を同時に伝送できる装置は、世界初になります。
本送受信装置と実験系の構成を図5に示します。送信側では、送信信号列を生成し、デジタル―アナログ変換器として複数台の任意波形発生器を使用してアナログIF(Intermediate Frequency:中間周波数)帯信号に変換し、送信装置に入力します。入力された信号は、28 GHz帯に変換してからOAMモード生成回路を介して各UCAにより送信されます。受信側では、各UCAが受信した電波をOAMモード分離回路でOAMモードごとに分離してからアナログ―デジタル変換器として使用されるデジタルオシロスコープにより、デジタル信号に変換し、受信信号処理を行います。ここで、OAMモード生成回路とOAMモード分離回路は、それぞれ、5×16と16×5の広帯域バトラーマトリクス回路を設計して実現しました。これにより、本生成回路と分離回路ごとに、5つのOAMモードの使用ができます。
本試作装置を用いて実験室において10 mの距離で伝送実験を実施しました。OAM多重される複数の電波にデータ信号を乗せ、原理に従って無線伝送が可能であることを確認しました。さらに、9.6~13.3 Gbit/sのデータ信号11本を多重し、同時に処理できる信号処理技術を実現し、合計120 Gbit/sの大容量無線伝送に世界で初めて成功しました(6)。

図4 試作した送受信装置

図5 送受信装置と実験系の構成

広帯域化技術への期待

最近、広い帯域幅を活かす技術が検討されつつあります。例えば、図6で示す300 GHz帯のミキサICとモジュールは、従来の300 GHz帯無線フロントエンドで課題となっていた伝送帯域幅の拡大と信号対雑音比(SNR)の向上とを両立させました(7)。このデバイスを用いて、25 GHzの広い帯域幅を使い、1ストリームで100 Gbit/sの伝送を実現しました。このような広帯域IC技術とOAM多重伝送技術を併用することにより、さらなる大容量への期待ができます。

図6 300 GHz帯のミキサICとモジュール

今後の展開

今回の成果は、OAM多重の可能性を示したものですが、実社会で利用するためには、多様な環境における大容量無線伝送の実験評価、およびそこで顕在化する課題の解決が必要です。次のステップとして、屋外での伝送実験によりフィールドでの実現性を検証する予定です。また、より広い帯域幅が使える周波数帯を活用し、テラビット級の無線通信の実現に向けた研究開発を推進していきます。

■参考文献
(1) A. E. Willner:“Communication with a twist、”IEEE Spectrum, Vol.53, No.8, pp.34-39, 2016。
(2) D. Lee, H. Sasaki, H. Fukumoto, K. Hiraga, and T. Nakagawa:“Orbital angular momentum (OAM) multiplexing: An enabler of a new era of wireless communications、”IEICE Trans. Commun., Vol.E100-B, No.7, pp.1044-1063, 2017。
(3) Y. Yan, G. Xie, M. P. J. Lavery, H. Huang, N. Ahmed, C. Bao, Y. Ren, Y. Cao, L. Li, Z. Zhao, A. F. Molisch, M. Tur, M. J. Padgett, and A. E. Willner:“High-capacity millimeter-wave communications with orbital angular momentum multiplexing、”Nature Commun., Vol.5, p.4876, 2014。
(4) Y. Ren, L. Li, G. Xie, Y. Yan, Y. Cao, H. Huang, N. Ahmed, Z. Zhao, P. Liao, C. Zhang, G. Caire, A. F. Molisch, M. Tur, and A. E. Willner:“Line-of-Sight Millimeter-Wave Communications Using Orbital Angular Momentum Multiplexing Combined with Conventional Spatial Multiplexing、”IEEE Trans. Wireless Commun., Vol.16, No.5, pp.3151-3161, 2017。
(5) D. Lee, H. Sasaki, H. Fukumoto, Y. Yagi, T. Kaho, H. Shiba, and T. Shimizu:“An Experimental Demonstration of 28 GHz Band Wireless OAM-MIMO (Orbital Angular Momentum Multi-Input and Multi-Output) Multiplexing、”Proc. of IEEE VTC 2018-Spring, Porto, Portugal, June 2018。
(6) H. Sasaki, D. Lee, H. Fukumoto, Y. Yagi, T. Kaho, H. Shiba, and T. Shimizu:“Experiment on Over-100-Gbps Wireless Transmission with OAM-MIMO Multiplexing System in 28 GHz Band、”Proc. of IEEE GLOBECOM 2018, Abu Dhabi, U.A.E., Dec. 2018。
(7) H. Hamada, T. Fujimura, I. Abdo, K. Okada, H. Song, H. Sugiyama, H. Matsuzaki, and H. Nosaka:“300-GHz. 100-Gb/s InP-HEMT Wireless Transceiver Using a 300-GHz Fundamental Mixer、”IEEE MTT-S IMS, June 2018。

(上段左から)李 斗煥/八木 康徳/濱田 裕史
(下段左から)山田 貴之/笹木 裕文/加保 貴奈

世界に先駆けてテラビット級無線を実現する新技術を確立することで、NTT研究所のCOEの地位獲得に貢献するとともに、5Gのさらに次世代の技術として、事業の優位性確保に貢献します。

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