2026年1月号
Event Reports
「NTT R&D FORUM 2025─IOWN∴Quantum Leap」開催報告
- R&D FORUM
- IOWN
- 光量子コンピュータ
2025年11月19~21日、25~26日の5日間にわたり、「NTT R&D FORUM 2025─IOWN∴Quantum Leap」を開催しました。本稿では本フォーラムにおける講演や技術展示のポイントを紹介します。
NTT R&Dフォーラム事務局
NTT R&D FORUM 2025の開催報告
2025年は量子科学誕生100周年にあたり、日本政府が「量子産業化元年」と位置付けた年です。NTTでは、代表取締役社長島田明と執行役員研究企画部門長木下真吾が基調講演で語ったとおり、“Quantum Leap”をキーメッセージとして掲げました。
今回のNTT R&Dフォーラムでは、目前に迫っている時代のターニングポイントを見据えて、これからの社会に必要不可欠となる研究や技術を幅広く網羅するかたちで開催されました。光ネットワークとしての「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」は、2025年「1.0」から「2.0」へとバージョンアップし、2028年以降「3.0」そして「4.0」へと進展します。光コンピューティング技術についても、NTTによってさらなる高みへと向かう展望を示しました。また、信頼と実績のある光通信技術を量子技術と融合させ、100万量子ビットという圧倒的なスケーラビリティを持つ「光量子コンピュータ」の開発と実現という新たな地平を切り拓きます。さらに技術セミナーでは、光量子技術を中心に、そこから派生するさまざまな研究と技術が語られました。また、技術展示では、大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)「tsuzumi 2」を筆頭に、光ファイバセンシングに代表されるサステナビリティ、自動運転や遠隔運転のモビリティ、デジタルツイン、セキュリティ、エネルギー、宇宙や人工衛星を活用した技術など、89件の最新研究や研究成果が展示されました。
基調講演
■基調講演1:光技術によるコンピューティングの革新~IOWN 2.0、3.0への進化、そして量子への飛躍~
今回のR&Dフォーラム2025で NTT代表取締役社長島田明は、光技術でコンピューティングの性能とエネルギー効率の限界を破るための2つのイノベーションを提示しました(写真1)。
1つは「IOWN」による光コンピューティングです。電気配線を光配線に置き換えることでGPU間などの大容量・低遅延通信に伴う消費電力と発熱が劇的に低減されます。また、「PEC-1」「PEC-2」「PEC-3」と呼ばれる、光と電気の相互変換を担う「光電融合デバイス」や「光エンジン」、「光電融合スイッチ」といった新技術を段階的に導入し、「IOWN 2.0」で基板間の光化と102.4Tbit/s級の高性能なスイッチを実装し、従来比で消費電力約8分の1を実現したと発表しました。ロードマップにある「IOWN 3.0」ではパッケージ間の「光I/O」をめざし、メンブレン構造の光チップレット(2028年商用予定)で小型化し、2032年の「IOWN 4.0」では、配線全体の光化と消費電力100分の1を目標に掲げています。もちろん、生産ライン整備やサプライチェーン連携も同時に進めているとしました。
もう1つは光量子コンピュータです。NTTは常温・常圧で動作する光量子方式に注力しています。光の高速性・低消費電力・通信親和性により圧倒的スケーラビリティを狙い、量子光源の高品質化で量子ビットの歩留まり向上を実現します。OptQC(オプト・キューシー)社や理化学研究所と連携し、2027年に汎用的大規模計算が可能な光量子コンピュータを完成させて、2030年には世界トップクラスの100万量子ビットを達成します。さらに将来的には1億量子ビットを目標としています。これにより、創薬や交通最適化、核融合設計など、従来困難だった社会課題の解決をめざすと述べました。
また、量子コンピュータについては他方式の概略と課題も示しました。超電導方式はゲートの成熟度が高く、現在はもっとも実機開発が進展していますが、極低温作動のため大型冷却装置が必要となる点や消費電力・設置コストが大きくスケールアップが難しい点を指摘しました。中性原子方式もスケーラブル性が期待されますが、レーザや光学系の複雑度と安定性が課題になります。そのほかの方式はいずれも低温・特殊環境や制御回路のオーバヘッドがボトルネックとなりやすい点が共通のデメリットです。これらの方式と比べて、NTTが開発を進める光量子方式は、光の特性を十分に活かして常温常圧での動作が可能でコンパクトな装置、つまりNTTの持つ既存の光通信技術との親和性があり、冷却インフラや巨大な装置を必要としないため、消費電力やコスト面で有利となります。NTTは長年の光通信のノウハウを量子光源や増幅・変調技術に応用し、光チップレットや光I/Oと組み合わせることで、光コンピューティングと光量子コンピューティングを連携させたエネルギー効率の高い次世代インフラをめざしています。
島田社長は最後にこのような強いメッセージを伝えました。「NTTは光の技術を用いて、エネルギーの限界や計算処理の限界を打ち破り、コンピューティングの革新を実現する。世界はAI(人工知能)の進展によって、かつてない変革の時期を迎えているが、NTTはAI時代を支えるインフラを提供するだけでなく、量子時代のコンピューティングの革新を通じて、サステナブルな未来の実現に貢献する」として開幕を飾りました。

■基調講演2 :IOWN ∴ Quantum Leap
NTT執行役員 研究企画部門長 木下真吾による基調講演は、「IOWN ∴ Quantum Leap」と題して、AI時代の到来から量子技術、現在NTTが研究開発している光量子コンピュータの概要や展望、量子AI、また今回のR&Dフォーラムで発表された研究開発などについて総括しました(写真2)。
最初に、大阪・関西万博でのNTTの展示事例として、舞台出演者の3Dデータをリアルタイム伝送し、パビリオンで立体映像や振動・ライティングを同期させる体験を実現したと報告しました。
続いて「Quantum Leap」というキーメッセージの意味を解説しました。AI時代の計算資源と消費電力の爆発的増大という課題に対し、NTTが採った4つのアプローチを説明しました。それは、IOWNによるAIの実行環境の効率化、AI自身を軽量にして効率化する意味で生成AI「tsuzumi」を古典的な情報処理の範囲で行うアプローチ。さらに古典から量子へ情報処理の領域を広げ、計算性能の圧倒的な向上を実現する光量子コンピュータや人間の脳に近い非常に高効率な量子AIらによるアプローチ。これらを古典・量子を交えながら進める研究所の考えを示し、量子・IOWN・生成AIについての紹介をしました。
量子については、OptQC社との提携を核として、2027年に1万量子ビットの実現、そして2030年には100万量子ビットという、現在の技術水準を大きく超える規模の光量子コンピュータの実現をめざしています。
IOWNのロードマップでは「IOWN 2.0」のフェーズで、光電融合デバイス(PEC-2)で光をスイッチ近接個所まで引き込み、電気配線を短縮して消費電力の劇的な削減を図ります。NTTでは、ハード面で、この光電融合デバイス技術を活用し、2026年度末に商用化することをめざしています。ソフト面では、分散GPUクラスタの構成を動的に最適化するDCIコントローラが、遅延・電力消費・リソースの配置をリアルタイムで制御し、大規模データセンタのエネルギー効率と処理性能を最大化する取り組みを紹介しました。
生成AIでは、国産LLMでありNTTがゼロから開発した大規模言語モデル「tsuzumi 2」の優位性が強調されました。日本語性能や特化型学習効率、低コスト・高セキュア性を備えており、応用事例としてフルディプレックスのスピーチツースピーチによる自然対話、ネットワーク運用のAIエージェントによる自動化、大規模行動モデルによるマーケティング最適化やモビリティ予測を挙げました。さらにAGI/ASI研究として脳活動の言語化(マインドキャプショニング)、特定知識の削除を可能にするマシンアンラーニング、LLM内部の「嘘」に対応するニューロン解析などにも注力しています。
最後に量子AIの可能性とノイズ活用の視点を伝えて、初代所長の言葉で「知の泉を汲んで研究し実用化により、世に恵を具体的に提供しよう」と結びました。

技術セミナー
2日間にわたり行われた技術セミナーは、「tsuzumi 2」「知性の物理学」「量子×IOWN(ビジネス)」「光の量子計算(技術)」の4つのテーマで開催され、活発な議論が交わされました。
■技術セミナー1:tsuzumi 2が描く、AIビジネスの新地図〜日本発LLMの挑戦と展望〜
口火を切ったのは、NTT人間情報研究所の西田京介上席研究員、浅見太一主幹研究員、NTTドコモビジネスジェネレーティブAIタスクフォース荒川大輝タスクフォース長の3名でした(写真3)。日本発の大規模言語モデルtsuzumi 2を活用したAIビジネスとその展望について、そのさまざまな関連技術や具体的な関連ビジネスの例を併せて紹介しました。
まず、2025年10月20日に商用提供を開始したtsuzumi 2の特徴と、前バージョンからの改良点について西田氏が解説しました。tsuzumi 2の主な特徴は、オンプレミス環境で動作可能な点と、NTTが独自にゼロから開発した点です。286億パラメータのデンス型モデルで、高性能でありながらGPU1枚で動かしやすい設計を採用。日本語に最適化したトークナイザーと約10兆トークンの事前学習で、高い日本語理解・生成能力を持ち、データを完全に把握・管理する「ソブリンAI」を重視しています。学習は事前学習からインストラクションによる教師あり学習を経て、プリファレンスに基づくアラインメントを数百回繰り返す方式で、高い指示遂行能力と安全性を実現しました。ステージ上で示したデモでは、特許・論文から指定フォーマットで報告書を作成した例や、平仮名しか使えない外国人のメールを流暢な日本語に修正・英語解説した例を示し、多言語・業務適用の有効性を強調しました。将来は「人生のパートナーとして、人とともに成長していくロボットをつくりたい」との希望を述べました。
音声対話領域では、浅見氏が、音声インタフェースの重要性と難しさ、すなわち「いつ話すか」の制御(=ターンテイキング)について説明しました。新しい音声対話AIは、0.1秒単位の高速なストリーミング処理で、応答タイミングや相槌を自然に制御し、従来モデルより被せ発話の問題を改善しています。これは、音声による対人コミュニケーションのデモを使用して、分かりやすく説明しました。また今後は、より賢い会話やNG発言の制御、さらには声色やTPOに応じた話し方のコントロールを目標にtsuzumi 2との連携を強化していくことを強調しました。
一方、視点を変えたビジネス面では、荒川タスクフォース長がエージェントの到来を説き、プランニング能力、手足となる機能連携、短期・長期メモリの活用、さらには個性(パーソナリティ)の重要性を指摘しました。具体的なユースケースとしては、リアルタイムでの要約、次アクションの提案、模擬商談を含む営業支援や発明のアイデア出しから明細書作成までの実践的な特許支援が可能であることを示しました。エージェント導入の鍵は、①業界・業務に特化した業務知識、②人との協働(Human in the loop/Human on the loop)による管理、そして③AIエージェントの安全性を保証するセキュリティ(オンプレ・プライベートクラウド対応)の3要素です。これらで暗黙知の継承や国内データの扱いを含む「ラストワンマイル」の解決をめざすとしています。最終ビジョンでは、AIコンステレーションによる分散的で効率的なAI群が、人とともに成長・共生する社会を実現させ、特に音声インタフェースの進化が社会受容に不可欠だと結びました。

■技術セミナー2:Physics of Intelligence:知性の創発の原理原則を探る
NTT Research, Inc. サイエンティストの田中秀宣氏とNTTコミュニケーション科学基礎研究所の堀川友慈特別研究員が「AIと人とのコミュニケーションをより円滑に行うには」というテーマで解説しました(写真4)。
はじめに、シリコンバレーを拠点とする脳科学や心、知性といった分野の研究者である田中氏は、AIを第一次産業革命の蒸気機関に匹敵するパラダイムシフトを起こす存在と位置付けました。「AIにおける知性」や「AIにおける創造性の有無」などといった独自性の高い考察から、AIを「心」を物理的視点で理解するための新たな観測窓としています。人間の「心とは何か」や「知性とは何か」を研究するためには、カウンセリングなどで心理学的にアプローチせざるを得ませんが、対象がAIであれば、物理的に思い切ったアプローチが可能になります。田中氏は、AIであればすべてを観測できると強調しました。また、AIは「非常に賢い対象でありながら内部を観測できる」存在であるため、「心」や「知性」の原理を、数理的に探る好機であるとも述べました。現在、AIと呼ばれているものは、ニューラルネットワークという人間の「脳」を模したニューロンの集合で、基本的にはディープラーニングであり、実務的にはこのスケール(AIにおけるモデル規模・データ量・計算量など)の増加に伴い、概念理解や創発的能力が突然現れる現象を観測して、これを厳密な理論へと落とし込んでいるといえます。具体例として、AIが色・形・関係などの概念を段階的に学ぶ様子や、「見たことのない組み合わせ(例:帽子をかぶった女性)」を内部ベクトル空間の操作や指示法で引き出す研究成果を示しました。これによりAIが「隠れた能力」を持っていること、そして適切に誘導すれば、AIからも創造的出力が得られることが示されました。
また、AIと人間との関係性が重要であることが強調されました。西洋と東洋のAIに対する価値観の違いや、アラインメント(価値調整)だけでなく「人とAIの関係性の健康」を設計する必要があるとして、優しさや長期的影響を数理的に定義する試みや、精神医学との協働の重要性を伝えました。こうした田中氏の研究成果は、政策や安全基準(NIST: 米国国立標準技術研究所)にも影響を与えつつあります。
続いて堀川氏は、「脳活動から人間の思考を探る」というテーマで、脳活動データのデコード、すなわちエンコードまたは圧縮されたデータを、人間やコンピュータが理解できるよう元の読み取りが可能または使用が可能な形式に戻すプロセスについての研究を発表しました。そこではMRIで計測した人間の脳活動をAIの表現空間に変換し、そこから視覚内容や想起内容をテキスト化する「マインドキャプション」技術を紹介しました。動画に付与されたキャプションを用いて、脳→機械表現の写像を学習する方法で、これはマスク言語モデル(ある文章中の伏せられた単語を推測)と反復最適化(試行錯誤を繰り返してより良い答えを導き出す)で、脳活動にもっとも近い説明テキストを探索するというものです。これにより従来の限定カテゴリ認識を越え、未学習カテゴリの識別や予測精度が向上し、想起時の内容抽出も可能としました。評価では複雑な文構造をもとらえており、単語順をシャッフルすると性能が低下する点などから、関係性の復元を裏付けました。さらに、言語ネットワークを用いずとも非言語的視覚思考を解読し得るため、この研究はAIのみならず、失語症患者ら言語表出困難者のコミュニケーション支援や、ブレイン–マシンインタフェースへの応用が期待されます。

■技術セミナー3:量子×IOWNがもたらす社会変革とビジネスの未来
この技術セミナーでは、光量子コンピュータについてNTT未来ねっと研究所の白井大介主席研究員よる技術的な側面からと、NTTデータグループ技術革新統括本部イノベーション技術部の矢実貴志課長によるビジネス的な側面からの解説が二部構成で行われました(写真5)。
白井氏はNTTがOptQC社と連携し、2030年を目標に100万量子ビット級の汎用光量子コンピュータ実現をめざすという、2025年11月18日に行われた報道発表について言及しました。光量子方式は量子ビットを光通信方式で扱うためスケーラビリティに優れ、冷却や大規模制御が不要なため、消費電力を抑えられる点が強みであることを述べました。この方式では、光パラメトリック増幅器(OPA)を用いた「スクイージング」技術で量子雑音を低減し、世界最高の8dBを達成したことを基に実機化に近づいていると説明しました。
量子計算は量子ビットの重ね合わせ干渉を利用し、古典コンピュータでは困難な指数的な組合せ空間から解を効率的に導き出します。この特性から、組合せ最適化や分子シミュレーションに強みを発揮します。光量子コンピュータは時間・波長・空間の多重化によって大規模化が可能で、将来的には光クロックによるテラヘルツ級の高速動作やラックスケールの小型実装化をめざしています。しかし一方で、量子光の損失対策、大規模化に向けたファイバ低損失化、高速化に向けた光回路化、実装に向けたパッケージングやシリコンフォトニクスなどに課題があると指摘しました。100万量子ビット実現までのロードマップでは、2027年ごろからユースケースの実証を開始し、2030年に誤り耐性を備えた汎用大規模機の実現を目標としています。さらに長期的には、量子通信や量子センサと結びつけて、地球規模の量子コンピュータ網を構築するという壮大なビジョンも示しました。
矢実氏は、量子技術の期待要因として技術進展、ユースケース探索、政府の投資、そしてAIやデータ量増加によるHPC(高性能計算)需要の急増を挙げ、ビジネスの観点から整理しました。また既存の半導体アーキテクチャは性能面の限界と電力面の課題に直面しており、量子が有力な解の1つであると説明しました。量子システムには、ゲート型(汎用)とイジングマシンと呼ばれる量子アニーリング(特化型)があり、用途や成熟度が異なるため適材適所での検証が重要であることも強調しました。期待される適用領域は、化学・創薬、金融、AIに加え、交通・物流、製造の最適化、そしてセキュリティ(量子耐性暗号)など多岐にわたります。
具体事例として、ガラスカット最適化、匂い再構築プラットフォームの共同開発や車両テスト工程の最適化コンペなどの取り組みを紹介しました。これらは短期的な現行量子機での性能検証から、将来の大規模量子機を見据えたビジネス創出までの「短期的・長期的」な連続性を意識した取り組みとなります。NTTデータはユースケース探索、シミュレーション、検証環境、データセンタ基盤まで含めたトータル支援を提供するとし、技術と人材・エコシステムの整備が鍵と結びました。
総じて、光量子×IOWNは低消費電力・高スケーラビリティという特性から、2030年を目処に社会実装をめざし、化学・物流・金融などで競争優位性を生む可能性がありますが、一方でその実現には、ハードの集積化・誤り訂正・ネットワーク連携・実装技術といった複数の技術課題の克服が必要です。ユースケースの精査とエコシステムの構築が同時に必要であることが講演の核心でした。
加えて、実用化に向けては、標準化や法制度の整備、データ保護・プライバシー対策、量子耐性暗号への移行といった社会制度面の準備が不可欠です。企業や研究機関は、短期的なPoC(概念実証)で即効性を検証しつつ、長期的には基盤技術への継続投資や人材育成、産学官・国際連携を強化してエコシステムを育てる必要があります。標準化やオープンな技術共有を進めることで、互換性や安全性を担保し、リスク管理とビジネス価値の両立を図ることが、量子×IOWNの社会実装を加速する鍵となるとしました。

■技術セミナー4:未来を照らす光の量子計算~入門から最先端技術まで~
この技術セミナーでは、OptQC株式会社 高瀬寛代表取締役CEOとNTT先端集積デバイス研究所 梅木毅伺上席特別研究員によって、量子コンピュータの現状と課題、その課題の突破口となり得る新技術などについて語られました(写真6)。
高瀬氏はまず、東京大学の古澤研究室から成り立ったOptQC社の設立背景について紹介し、現行の計算インフラが直面する深刻なエネルギー消費問題を解決するための2つの画期的な転換を提唱しました。それは、従来の古典計算から量子計算への移行と、電気信号から光信号への移行です。
量子ゲートは量子テレポーテーション(測定誘起型量子計算)で実現します。その際、量子もつれ状態の量子資源が大量に必要となりますが、物理実装の拡張性は時間領域の多重化で解決します。これにより、高速のコアを使い回して量子ビットの入力数を時間的に多重化することで、ハードウェアが再現なく巨大化することを抑制できます。ハードウェアの規模を一定に保てる事例として、理化学研究所に設置された100量子入力・クラウド接続可能な光ゲート型システム(MQC3)を紹介し、過去に作成したシステムの大きさと、現在作成している最新型の大きさがほとんど変わらない事実を示しました。OptQC社はモジュール化された100量子ビットの1号機を開発中(2026年完成予定)で、さらに2027年ごろに完成すると目される2号機では、光パラメトリック増幅器(OPA)などを用いて、現状の100倍のクロック・入力数(1万量子ビット)をめざす計画を示しました。究極的には測定・制御といった、いまだに電気系でまとめられているシステムをすべて光で置き換える「全光量子コンピュータ」を目標に、シリコンフォトニクスや薄膜リチウムニオベートなど集積光技術の応用によって、今後生まれてくる技術にも期待していると述べました。
一方、梅木氏はPPLN(Periodically Poled Lithium Niobate)デバイスの技術的詳細と、光通信との親和性について解説しました。光量子技術とデジタルコヒーレント技術は、光源・伝送路・受信という基本的な構成や光の位相・振幅(IQ平面)を用いて情報を扱う点で共通しています。しかし、光量子技術には量子の重ね合わせ・量子もつれ・損失感受性など、量子特有の要件があり、この相違点を補正・修復するために必要になるのが「PPLNデバイス」であると述べました。このデバイスによって高効率な相互作用を実現し、増幅利得や変換効率を大幅に向上しました。特に、位相感応増幅モードにより低雑音増幅やスクイーズド光(現在8dB以上)の生成が可能になったと報告しました。
さらに量子技術においては、非ガウス状態生成の重要性を強調し、高速化の課題として、量子信号は損失に弱いため、位相間増幅(PSA)でロス耐性を付与することによって、通信で用いられる高速検出器や回路の流用が可能になり、43–60GHz帯でのEPR相関(量子もつれ状態での粒子間の非局所的相関)の測定に成功している点を示しました。最後にPPLNは単なる量子光源にとどまらず、古典光を量子光に、あるいはその逆に変換する前置増幅器として、光通信と光量子コンピューティングの融合を促進する鍵となる技術であると結びました。
高瀬氏と梅木氏は、光の連続変数表現と時間領域多重化を軸に、NTTが光通信で培った超広帯域伝送やコヒーレント検出、集積導波路などの光通信技術を量子計算へ取り込む共通ビジョンを示しました。スケーラブルで高クロックな光量子コンピュータの実用化に向けては、誤り訂正の高度化、損失対策、光集積化・光電子融合という技術課題の克服が必要です。これに加え、産学連携・標準化、商用モジュール化による実装性の向上が今後の鍵になると締めくくりました。

技術展示
NTT R&D FORUM 2025における技術展示は、「生成AI」「IOWN」「量子」「サステナビリティ」「モビリティ」「NW(ネットワーク)」「セキュリティ」「宇宙」「デジタルツイン」「UI/UX」の10テーマで技術展示が構成され、5つのエリアに分けて展示しました。
主要な展示として、「生成AI」では最新の軽量LLM「tsuzumi 2」や自然な双方向対話技術を紹介し、「IOWN」では光電融合デバイスの最新版や万博で実証された光コンピューティングの成果を公開しました。また、「量子」では長年の光通信技術をベースにした世界トップレベルの「光量子コンピューティング」について、ハードウェアからソフトウェアまで幅広い研究成果を公開したほか、「サステナビリティ」では中性子線による藻類の品種改良技術や水素輸送技術が展示されました。さらに、「モビリティ」では交通事故ゼロをめざす「交通分野向けワールドモデル」、「NW」ではAIによるネットワーク自律復旧や社会インフラを支える衛星・光ファイバの活用、「セキュリティ」ではWeb3関連技術とデジタルトラスト基盤を紹介、「宇宙」では「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」実現に向けた最新技術、「デジタルツイン」では安価で精密な大規模3Dスキャンやロボット自動制御技術、「UI/UX」ではIOWNを介した振動触覚伝送や能動騒音制御など、体験型デモを通じて最新の取り組みが披露されました。
■生成AI
(1) 進化する大規模言語モデルtsuzumi
NTTが開発した大規模言語モデルの新バージョン「tsuzumi 2」がリリースされました。1GPUで動作可能な軽量モデルでありながら、日本語性能においては超大型モデルに迫る世界トップクラスの性能を実現した運用効率と性能のバランスに優れたAIモデルです。その特徴の第一はビジネスシーンで頻繁に利用される能力が強化されている点です。特に利用用途の80%を占めるドキュメントに対するQ&Aタスクや、ドキュメントからの情報抽出・要約タスクの能力が集中的に強化されています。
また、40ギガバイト以下のメモリを保有したGPUでの動作を想定して開発されているため、単一の企業や団体のクローズドサーキットでの運用も比較的容易となります。そのため、機密性の高い情報を安心して取り扱うことができ、企業秘密の漏洩などのリスクを大幅に減少し、極めて高いセキュリティを確保することができます。加えて金融・自治体・医療分野については特に多くの知識を学んでいるため、経済安全保障、デジタル赤字解消、AI産業強化といった分野では多くのケースで優れた性能を発揮します。
展示ではtsuzumiの将来の活用事例として「オーケストレータ」が紹介されました(写真7)。これは名前のとおり、tsuzumiにオーケストラの指揮者の役割を与え、この「オーケストレータ」が業務をコントロールします。例えば「今期の○○支店の売上低下の対応策」といった命題を与えられた場合、過去の売上データやお客さまからいただいた苦情の内容などといったさまざまな情報を収集して答えを導き出します。もし情報が足りない場合は、この「オーケストレータ」が独自の判断でチャット機能を使用して直接担当者に問合せを行い、足りない情報を補うというような能力も付加されています。
他社がさまざまなAIを発表する中で、この「tsuzumi 2」は、NTTがゼロからフルスクラッチ開発を行った純国産モデルです。そのため、開発過程においても信頼性が確保された、まさに日本人のためのAIといえます。
(2) コンテンツのフェイク対策技術
コンテンツ(写真や動画等)の信頼性を守るため、コンテンツのフェイクに対応した対策技術を開発しました(写真8)。現在、スマートフォンやタブレットPCなどで誰もが容易に撮影ができるコンテンツについて、その来歴情報を付与する「C2PA」(Coalition for Content Provenance and Authenticity)は、コンテンツの出所や来歴の認証に関する技術仕様を策定している標準化団体の略称でもあり、そのコンテンツの来歴や信頼性と同義で使用される言葉です。しかし、「撮影場所」や「日時」「撮影した機材」などのデータ情報はさまざまなアプリケーションを使うことで容易に改ざんすることが可能です。まして生成AIを使用すれば、誰もが簡単にコンテンツの修正を行うことができます。つまり、今や「C2PA」は保証されたデータとはいえないという状態です。私たちが日常的に目にしているコンテンツが改ざんされていないという保証はありません。
そこでこの技術では、撮影時に真正性を確認した後に署名することで、利用者の行うファクトチェックを簡易化するものになります。これは「真正性チェックモジュール」と「真正性チェックツール」で構成されており、撮影日時や位置情報などの真正性を確認することができるうえ、そのコンテンツの真正性の高低を判定することができます。また、修正されたコンテンツであれば、修正前のコンテンツを確認することや、トリミングされたコンテンツでも切り取られる前のコンテンツの画角を確認することが可能です。この機能を使えば、あらかじめ署名を付与したコンテンツ のファクトチェックを個人でも容易に行うことができるようになります。現状の課題として、専用アプリで撮影したコンテンツにのみ本情報が付与されるという制約があります。今後は、本技術を必要とするアプリへの機能搭載、最終的には端末への標準搭載をすることが目標となります。
(3) 生成AIによる超高速ソフトウェア開発技術
ソフトウェアの新規および追加開発において、生成AIを活用して超高速かつ低コストで高品質なアウトプットを実現し、ソフトウェア開発にかかる稼働・工程を4割削減・短縮することをめざしているのが本技術です(写真9)。現状、個々のユーザの要望を反映した高品質なソフトウェアの開発には、多くの部分で人手を要する工程が必要となります。ただし、この方法では開発者グループのそれぞれがプロジェクト全体を把握する必要があり、コスト的にも時間的にも多くのデメリットがあります。これまでもコーディング(いわゆる実装)の工程では、生成AIを活用するケースもありましたが、実は生成AIは大量のコンテキスト(状況・文脈・前後関係などの意)を理解することを苦手としていました。特にソフトウェアの開発においては開発中のソフトウェア固有の知識を求められるため、一般的な知識しか持たない汎用的な生成AIで、この高度なタスクを遂行することは困難で、そこに人手を必要とする要因がありました。
そこで、ソフトウェア開発で必要となる多様なデータを多面的に解析して、その依存関係を把握し、知識データベースを構築する技術を開発しました。この知識データベースから生成AIにその時々のタスクで必要なデータを自律的に選択させて、適切かつ正確に遂行させることで、人手が必要となる部分を最小限にし、高品質でコストパフォーマンスに優れたソフトウェアの開発が可能となります。
(4) 生成AIを活用した機器故障修理判定自動化
家庭でインターネットがつながらないなどの不具合が発生した場合、現状ではコールセンタにお客さまからの問合せがあり、事情をヒアリングしたうえで故障修理センタへ連絡し、お客さま宅を訪問し対応するという流れになります。しかし、そうした問合せのうち、ONU(Optical Network Unit:光回線終端装置)のケーブルが抜けかけているだけの軽微な不具合が50%ほどあります。こうした軽微な故障以外の不具合に対して、LLMやVLM(Vision-Language Model)と呼ばれる高精度なAIを活用したONUなどの機器状態の正常確認についてユーザセルフ化を実現するのが本技術です(写真10)。
しかし、現行のLLM /VLMは汎用的なAIで、専門性の高いドメイン知識は持っていないため、通信機器の故障判定業務に特化したAIが必要になります。NTTでは、マルチモーダル入力が可能なAIエージェントを構築するとともに、画像処理などの技術を組み合わせたVLMではユーザフレンドリーなUI(User Interface)などの周辺技術を活用し、機器故障修理判定の自動化を実現しました。現在は電話やWeb上での対応となっていますが、将来的にはスマートフォンのアプリケーションでの提供をめざしています。




■IOWN
(1) ダイナミック ワット・ビット連携
「ワット・ビット連携」とは、電力(ワット)と情報通信(ビット)を高度に連携し、インフラ整備を一体的に進め、持続可能で効率的な社会基盤を築くことをねらった新たな概念です。NTTでは、この「ワット・ビット連携」の実現とデータセンタのカーボンニュートラル化をめざし、再生可能エネルギーの有効活用を可能とする「ダイナミック ワット・ビット連携」に取り組んでいます(写真11)。例えば、再生可能エネルギーを含む電力需給状況に合わせ、APN(All-Photonics Network)で接続された複数のデータセンタ間で生成AIの学習や推論のワークロードを移動させるワークロードシフトや、蓄電池による充放電制御の実現をめざしています。
この実現には、より安価に無駄なく再生可能エネルギーを使用することが求められるため時々刻々と変動する発電量や消費量を正確に予測し、各種リソースの最適な制御計画を立案する技術が不可欠です。そこでNTTでは、電力と情報通信のリソース情報を高度に連携する統一管理、予測、最適化、制御といった技術の開発に取り組んでいます。予測では、地理的・時間的特性を考慮して、再生可能エネルギーの発電量、および電力価格と取引量を統合的、高精度に推定します。最適化では、予測された各種電力データに基づき、再生可能エネルギーの利用量最大化とコスト最小化に寄与する、ワークロード配置と蓄電池の制御計画を立案し、リアルタイムに制御側に反映します。ここでは、最適化された計画に沿って、ワークロードと蓄電池を制御します。こうした取り組みにより、再生可能エネルギーの利用量最大化と、電力コスト最小化による経済的なデータセンタ運用が両立することから、世の中のカーボンニュートラル実現に大きく貢献します。
(2) 長距離間のリアルタイムデータ同期
遠隔地間のストレージをリアルタイムに同期させ、あたかも1台のストレージであるかのように扱う「長距離仮想ストレージ」技術を、IOWN APNと組み合わせて検証した成果を紹介するのが今回の展示です(写真12)。従来の通信回線では「長距離仮想ストレージ」を可能にできる距離に限界があり、およそ100kmが実用的な上限とされてきました。これは通信回線の往復応答時間が大きな要因で、複数ストレージの同期を成立させるためには20ミリ秒未満の往復応答時間が求められていたためです。
NTTではIOWN APNを用いた実証実験において、世界で初めて600kmの距離でのストレージ同期に成功しました。具体的には約600km(東京-大阪間相当)で約7.5ミリ秒の往復応答時間を達成しています。また、本実証では200km、400km、600kmと段階的に距離を増やしながら検証を行い、遅延が距離に比例して増加しましたが、600kmでも同期可能な性能が維持できることを確認しました。
これにより、理論上はIOWN APNを利用すれば約1600kmの距離でも遠隔地間のストレージ同期が可能であると見込まれます。これは東京を起点にすると、北は北海道、南は沖縄までをおおよそカバーできる距離になります。
今回の展示では、実証実験で得られた成果を基に構築したデモ環境を用いて、東京側のシステムを意図的に停止させ、大阪側のストレージへ自動的に処理が切り替わり、途切れることなくバックアップ・リカバリーが行われる様子をご覧いただきました。
この技術は、金融機関や社会インフラ事業者など、極めて高い可用性が求められる企業において「分散型データセンタ」の実現に寄与する重要な基盤となることが期待されます。例えば、もしも大規模な自然災害や停電などで、ある地域のデータセンタが停止した場合でも、同期している別地域のデータをそのまま利用できれば、切り替えや復旧の手間をかけずにサービスを継続でき、重要な業務データやサービス提供を途切れさせずに守ることができます。


■量子
(1) 光量子コンピュータが創造する未来
今回のR&Dフォーラムの目玉の1つである「光量子コンピュータ」は、実機模型、NTTがめざす将来像としてのラック型模型を中心とし、概要や動作原理の映像解説を交えた大規模な展示となりました(写真13)。
現在、量子コンピュータは各国で開発が進められていますが、この実用化のためには、第1に大規模化(有用な計算ができるか)、第2に計算高精度化(計算結果が正確か)、そして第3に実現可能性(現実的な消費電力か、装置サイズか)という3つの課題をすべて満たさなければ成立しません。現在開発が進んでいる量子コンピュータにおいて、この3つの課題をすべて満たしている機種はまだ存在していません。しかし、現在のスーパーコンピュータの性能を大幅に凌駕する量子コンピュータの開発は、今や未来に向けての必要不可欠な命題といえるでしょう。
現在開発が進められている量子コンピュータには、超伝導型、中性原子型、イオントラップ型、半導体型などのタイプがあります。NTTが東京大学や理化学研究所、OptQCと共同で開発を進めているのは、これらと異なる「光量子型」と呼ばれる量子コンピュータです。「光量子型」の特徴は光の特性を活かした「常温・常圧での動作」、他方式とは異なる「時間・波長多重による省スペース化」、光の周波数で動作するため「高速化」などが挙げられます。さらに、光通信の技術との親和性が極めて高く、NTTが長年培ってきた技術を利用できるアドバンテージがあり、量子ビットを増加させやすく圧倒的なスケーラビリティを誇ります。最終的なシステムの大きさは、幅60cm×高さ125cm×奥行80cm程度という、量子コンピュータとしては極めてコンパクトなものになる予定です。
NTTの光通信および光伝送技術を活用した高速・低電力な「光量子型」の特性を活かして、2030年ごろの汎用大規模システムの実現と、これまで実現不可能だった社会課題の解決をめざします。

■サステナビリティ
(1) NTTグループの水素配管技術
NTTは、電気やガスなど既存のエネルギーインフラに水素を加えるべく、独自の配管技術を開発しています(写真14)。水素は究極のグリーンエネルギーとなり得ますが、その普及は水素ステーション不足や輸送の難しさが大きな課題です。パイプライン(配管鋼材)やボンベで水素を輸送する際、金属表面から水素原子が材料内部に吸収され、集積した水素原子が金属原子間の結合力を弱める「水素脆化」という現象を引き起こします。この現象を防ぐため、パイプやボンベには「水素脆化」を起こさない特殊な金属や素材が必要になります。また水素は地球上でもっとも軽くもっとも小さい2原子分子であり、他の気体に比べて多くの材料を透過してしまうという特徴があります。そこで、これらに対応した特殊な二重配管方式のパイプを開発し、都市部で既存の地下空間を活用し、低コスト化を実現します。このパイプラインを埋設して安全に水素を供給できる体制を確立するのが、この技術の根幹です。
この配管技術のもう1つの特徴として、安全性の確保が挙げられます。安全策として都市ガスと同様に水素が漏れた場合に認識できるよう臭いを付与する手法も提案されましたが、コスト高であり、この臭いの成分が原因で燃料電池などの機器故障を誘発します。そこで無付臭による水素供給を可能にする新しいパイプラインシステム(安全技術)を開発しました。さらなる安全性確保のため、パイプに光ファイバを通し、漏れなどの不具合個所を検知します。万一水素漏れが発生した場合は、「乾燥空気装置」により、遠隔で二重配管の空隙内の漏洩水素を押し出すような機能も備えています。こうした異常検知技術と安全対策によって水素サプライチェーンを確立し、水素をメインエネルギーとする社会を実現するのがこの技術の目標です。

■NW
(1) 光ファイバセンシングによる空洞化推定
今回のR&Dフォーラムに先立つ報道発表で、既設の通信光ファイバを活用し、地盤の空洞化を推定する技術を公開しました。これは、埼玉県八潮市での事故が記憶に新しい道路陥没事故の予兆を推定する技術です。この事故は社会的に大きな注目を集めましたが、従来技術は、電磁波や超音波レーダを搭載した自動車による走行調査などを利用した地表からの計測が主流でした。しかし、これはコスト的に数年に1度しか行えないなど、状況の変化を見つけるために高頻度な測定が難しく、かつ地表からの3 m未満の浅い個所しか推定できないという欠点がありました。空洞調査で必要なのは地中の深い部分(3m以上)のモニタリング技術で、そこで注目されたのが産業技術総合研究所(産総研)で考案された、地盤工学的なアプローチである特殊なアレイを個別に配置する方法と、NTTが有する「光ファイバセンシング」という方法です(写真15)。産総研とNTTによる共同研究で検証した結果、2つの技術はおおむね同性能でした。しかし、産総研の方式は、対象個所へ新たにアレイを設置する必要があるのに対して、NTTの光ファイバケーブルはすでに通信用として全国各地の地下に敷設されているため、遠隔から地盤の状況を調査でき、圧倒的に低コストで実施することができます。また、地盤の空洞化というのは、徐々に進行していくもので、その進行度を調べるためには常時に近い頻繁なモニタリングが必要となります。その点でも「光ファイバセンシング」には一日の長があるといえます。この技術は、2026年度に全国各地の自治体と協力して実証実験を進め、2027年にはプレサービスを計画しています。NTTでは技術精度をさらに向上させて、地盤陥没リスクを早期発見し、地域の安心・安全に貢献したいと考えています。

■セキュリティ
(1) 強固な鍵管理によるデータセキュリティ技術
NTTではクラウドの暗号管理に関するインシデントを抑制してデータセキュリティを確保し、コストや利便性に優れる「暗号鍵」を実現しました(写真16)。暗号鍵とは機密データなどを第三者が理解できない形式に変換するための暗号化アルゴリズムに使用される文字列のことで、データの保護や認証、デジタル署名などに利用されます。この暗号鍵は通常、クラウドサービス内で保護・管理されていますが、プロバイダの暗号鍵管理に人的ミスや内部不正などのインシデントが発生すると、セキュリティが破られてしまう可能性があります。本技術はクラウドのTEE(Trusted Execution Environment: 高信頼実行環境)で暗号鍵の生成、運用を一元管理することによって、強固なセキュリティを確保するとともに耐量子暗号にも対応しています。特筆すべきはNIST(米国国立標準技術研究所)というアルゴリズムの評価認定をする組織があり、この認定をパスすることが信頼できるライブラリである証明となりますが、現在、この評価試験をパスする仕組みの暗号鍵技術を持つのは、国内でNTTだけです。政府機関や重要物資を製造している企業がこの暗号鍵を使用することによって、国家機密や企業秘密などの重要なデータを厳格に保護し、安全が担保できます。

フォーラムを終えて
このたびのNTT R&D FORUM 2025では、2万3000人以上のお客さまにご来場いただきました。量子技術を実現するにあたって、東京大学発のスタートアップ企業である「OptQC」との光量子コンピュータ実現に関する連携協定締結は、その象徴的な出来事でした。また、軽量モデルでありながら世界トップクラスの性能を誇る「tsuzumi 2」の紹介とともに、ワールドモデルの交通分野への適応技術や光ファイバセンシング技術など、多くの人々が実感できる社会へ貢献する数々の技術にも、たくさんの方々の注目が集まりました。
今後もNTTグループは多くの社会課題を解決する技術開発の営みを続け、新たな体験と感動をお届けし、皆様とともに新たな未来を創造していきたいと考えています。今後の量子力学的な飛躍、そしてビジネスシーンにおける劇的な進歩がどのようなかたちになるのか、IOWNとAIが量子コンピュータと融合することでどのような未来が訪れるのか、引き続きNTTの研究開発にご期待ください。

(左から)渡邊 貴則/小林 健次
松原 奈穂/小野 陽子
望月 崇由/横井 裕也
槙 優一






◆特設サイト紹介
講演の様子・展示一覧は特設サイトからご覧いただけます.
特設サイト:「NTT R&D FORUM 2025 — IOWN∴Quantum Leap」開催報告
https://www.rd.ntt/forum/2025/