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2026年2月号

挑戦する研究者たち

学ぶ場、働く場、そして研究の場のウェルビーイング・コンピテンシー

昨今、経済的な価値だけでは測れない人の存在や心のあり方に価値をおいたウェルビーイング(Well-being)の重要性が高まっています。また、技術の急速な発展や社会情勢の劇的な変化など、先を予測できない時代では、多様な価値や急転する状況に合わせていく柔軟な思考力や行動力を持ち、皆で道筋をつくり調整しながら目標に向かい進んでいくことが必要です。NTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司上席特別研究員は学校教育や企業活動における実践の場でウェルビーイング・コンピテンシーを身に付け、実際に活用できる具体的な手法を提案、展開しています。今回は、最近、特に注力している領域や自身の研究スタイルについて伺いました。

渡邊淳司
上席特別研究員
NTTコミュニケーション科学基礎研究所/NTT社会情報研究所

ウェルビーイングに生きるための実践的な資質や能力を育む

最近のウェルビーイング研究に関する活動について教えてください。

2025年9月に『ウェルビーイング・コンピテンシー-学びの現場にウェルビーイングを取り入れるための考え方と実践方法-』(平・渡邊・横山:東洋館出版社)という書籍を出版しました。本書は、学校教育の現場で、主に児童や生徒を対象にウェルビーイング・コンピテンシー(WBコンピテンシー)をどのように育んでいくことができるのか、現場の先生方にも直接役立てていただけるよう、具体的な実践手法も含めて、これまで検討してきた内容をまとめたものです。
この出版の背景の1つとして、2023年6月に閣議決定された第四期教育振興基本計画の中に、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が明記されたことが挙げられます。ウェルビーイングが教育の一環としてオーソライズされ、未来社会をつくるうえでの共通言語として誰もが理解しておくべき概念と位置付けられたときに、先生方にとっては「いきなりそのようなことを言われても…」と一定の不安を感じるであろうと容易に推測できました。特に現場の先生方にとっては、学習指導要領などが更新されることも想定され、児童・生徒に向けたウェルビーイングの学びを具体的にどう指導していけばよいものかと、お困りになることもあると思います。私たちは本書を通じて、ウェルビーイングという考え方と現場の先生方の実践との橋渡しをしていけたらと考えています。
現場で働く先生方はとてもお忙しいので、「また余計なものを持ってきたな…」と思われてしまうと本末転倒になってしまいます。まず先生方に対しては、ウェルビーイングの学びは、現在実践されている学びを置き換えるものではなく、それらを新たに価値付けるものであるとお伝えしています。すなわち、各教科の壁を越えて、これまで実践してきた教科指導や生徒指導を、ウェルビーイングという視点でもう一度、とらえ直してみませんか、とメッセージしています。
WBコンピテンシーについて少し触れていきます。「コンピテンシー(Competency)」とは、知識の理解だけでなく社会や問題に向かう態度や、具体的な状況での判断力・行動力まで含む分野を限定しない実践的な資質や能力をさします。WBコンピテンシーとは文字どおり「ウェルビーイングに生きるための実践的な資質や能力」のことで、各人が毎日の生活でさまざまな環境、状況で自らのよいあり方を見出し、周囲と協働して実現していく力が必要であるということです。それぞれの人のウェルビーイングが実現されるためには、受け身で待っているだけではなく、各人がそれぞれアプローチしていくことが大切になります。
WBコンピテンシーを教育の場で展開していくために、私たちは「ウェルビーイング・コンピテンシー モデル」を提案しています(図1)。ウェルビーイングを実現するかかわりの範囲として「I:自分」「WE:身近な人々」「SOCIETY:不特定多数を含む社会」「UNIVERSE:より大きな存在」の4つのカテゴリーに分け、「I」「WE」「SOCIETY」にはそれぞれ認知、感情、行動の3つの視点から計9つのコンピテンシー、「UNIVERSE」のカテゴリーには1つのコンピテンシーを設け、合計10のコンピテンシーを獲得すべきWBコンピテンシーとして設定しました。
自己理解、自己受容、自己調整に関する「I」のコンピテンシーを獲得すると、近しい相手へ自己開示ができるようになります。また「WE」のコンピテンシーを身に付けると、身近な人々との協働活動ができるようになるでしょう。さらに「SOCIETY」のコンピテンシーが身に付くと、主体的な社会参画が可能になると期待されます。このように、さまざまな範囲でコンピテンシーを身に付けることが必要ですが、もちろん、どの順番でないといけないということはありませんし、それぞれのカテゴリーのコンピテンシーは相互に影響を与え合っています。
前述のモデルを使いながら、学校現場でWBコンピテンシー獲得の実践が行われているのですが、本書では、その実践を大きく「ターゲット型」と「アレンジ型」に分類しています。ターゲット型というのはWBコンピテンシーの獲得・向上を主たる目的とする教育活動のことで、「総合的な学習(探求)の時間」「特別の教科 道徳」「学級活動」などの科目と親和性が高いでしょう。一方で「アレンジ型」は、すでにある国語科や社会科などの教科内容の学びを第1の目標に掲げ、そこにウェルビーイングの考え方を副次的に取り入れた教育活動のことです。
教育の現場では、教科ごとに1年間の授業時間が学習指導要領で定まっていますので、そこへウェルビーイングの授業をさらに取り入れるのはとても難しいのですが、既存の教育活動をベースにしているアレンジ型は、日常の授業や活動の中に無理なく取り入れられる方法です。例えば、国語科ですと「主人公の気持ちになって考えてください」という問いを「主人公はどのようなウェルビーイングを大切にして行動したのか考えてください」と変えるだけでも、「I」のコンピテンシーに関連した課題設定ができます。家庭科で「家族のウェルビーイングを考慮して料理をつくってみましょう」という課題は「WE」にかかわる学びと紐付けられるでしょう。あるいは社会科では「過疎地域の方々がウェルビーイングに暮らすために、自分にはどのようなことができるだろうか?」と「SOCIETY」へも展開できるのではないでしょうか。
他のアレンジ型の実践としては、学級活動での実践が挙げられます。朝の会で日直が「今日、クラスで大事にしたいウェルビーイング」を全員に紹介し、その毎日の記録を「I」「WE」「SOCIETY」などのカテゴリー別に色分けし、1カ月のカレンダーを作成することにより、クラスで大事にしたいことを可視化したり、行事による日々の変化をひと目で把握できるようになりました(図2)。これにより、クラスの前日の反省を自分の今日の行動に活かすなど、生徒は自分自身のことだけではなく、クラス全体について考えることを習慣化できるようになったとのことです。
合唱コンクールや運動会、学習旅行といったいイベントにおいて、大事にしたいことを各人が記載して、相互理解のために活用する事例もあります。同じ1つのイベントであってもそれぞれ異なる考えを持っていることを感じ、価値観の違いを理解し、WBコンピテンシーを獲得していく過程は、児童・生徒にとって意義深いと考えられます。一方で、この営みを通じて、教科の壁を越えた先生どうしのつながりを深める効果もあります。例えば、音楽で合奏をすることと、スポーツでチームプレーをすることはともに「WE」に関連したWBコンピテンシーの獲得につながりますので、異なる教科を担当する先生の間でも会話が進んできているようです。

企業のエンゲージメントへもウェルビーイングの考え方を展開されているようですね。

教育で取り組んできたウェルビーイングの知見を企業のさまざまな実務へも展開していきたいと考えています。まず最近の話題としては、NTT総務部門と連携した従業員エンゲージメントに関する取り組みがあります。NTTグループ全従業員に対して毎年実施されている調査では、2023年度から「ウェルビーイング価値観」の視点で作成した質問を導入いただいています(図3)。
詳細はWebサイト(1)に掲載されていますが、ここでは調査の分析の一部を紹介します。まずNTTグループ全体では、全国をつなぐ使命を担うインフラ企業ならではの「信頼する・される」「感謝する・される」「社会に貢献する」といった価値観が上位にありました。その中で役職別では、職位が上がるにつれて、心の平穏や成長・達成に関する「I」の価値観だけでなく、信頼や感謝といった「WE」の価値観、社会貢献を重視する「SOCIETY」の価値観が増えていく傾向がみられています。さらに年齢による違いをみると、若い社員では、「I」の価値観を選ぶ傾向があるのに対し、50代の社員では、「WE」や「SOCIETY」が増えています。
これらの結果から、若い社員に対しては、心が休まる場や挑戦の機会を提供することが重要であるといえますし、年齢が上の社員や役職の高い社員に対しては、人と人のつながりや社会への貢献も意識した施策を整えることが必要でしょう。こうした社員それぞれの価値観を理解したうえでの目標設定や業務配分、日々のコミュニケーションを実施することが、エンゲージメントの向上につながるのではないでしょうか。今後私たちは、会社組織としていかにエンゲージメントを高められるのか、分析手法に加え、研修などの施策も組み合せてNTTグループ内外での実証を進め、従業員それぞれのウェルビーイングに立脚したエンゲージメント計測・分析・向上の方法論を体系化していければと思っています。

ウェルビーイングをもたらすサービス開発へと領域を広げていく

今後の展開について教えてください。

私はNTTというICT企業に身をおき研究活動をしていますので、このウェルビーイングという考え方を学校教育にとどめておくのではなく、企業の経営や働き方、さらにはサービス開発などへも適用できればと考えています(図4)。前述のエンゲージメント調査の取り組みは、その1つですし、教育分野でも、NTTグループの事業会社は、文部科学省のGIGAスクール構想に沿って、回線やタブレット端末などを提供・管理するサービスを行っています。現在の取り組みとの連携として、ウェルビーイングの教育コンテンツを通信サービスの付加価値として取り入れることも考えられるかもしれません。また、そもそもサービスとは、利用者のウェルビーイングを向上させることだけでなく、利用者と提供者でウェルビーイングをつくり合うことであり、サービス開発への適用はこれから特に重要な分野だと思っています。
そして、ウェルビーイングに資するサービス開発の考え方は、ウェルビーイング教育の考え方とも親和性があります。学校教育におけるWBコンピテンシーの学びでは、「ターゲット型」と「アレンジ型」の実践について触れましたが、この分類はサービス開発にも適用できます。何らかのウェルビーイングの要因を中心においたサービス開発もあれば、機能性や生産性の向上を基本機能として、そこにウェルビーイングの体験を付加価値とするサービス開発もあります。これら2つを合わせると広範囲なサービス領域を網羅できるでしょう。例えば、メンタルヘルスケアや美容・健康、働き方などにかかわるサービスは比較的ターゲット型サービスが多く、素材開発やB2Bのビジネスはアレンジ型によるサービス開発が適用しやすいと考えられます。
アレンジ型について具体例を挙げて考えてみましょう。例えば、スポーツシューズという製品は、その基本機能として「スポーツを行う際の、足の保護、パフォーマンスの向上」があります。そして、そこにアレンジとして、走った距離を記録するアプリとの連動を考えると、ユーザは達成感を感じやすくなるでしょう。別のアレンジとして、一緒にトレーニングする仲間とペアデザインが選べる特典が付いたら、関係性を深めることができるでしょう(図5)。同じ基本機能でも、どのようなウェルビーイングに着目してアレンジするかで、そのサービスの価値が変わるのです。

ご自身の研究スタイルや取り組み方、後進に向けたメッセージをお聞かせください。

研究者というと、取り組みたい対象が明確にあり、得意な専門性を持ち、その分野で第一人者をめざしていくことを目標に置く方が多いのではないでしょうか。どちらかというと私は、まず世の中の流れを感じ、それとのかかわりを大切にしている点で、一般的な研究者と色が異なるのかもしれません。無為自然に世が流れていく方向へ身を任せつつ、時にはさまざまアレンジしていくことで、自分自身や周囲の方々、そして社会としてもよいと思えるような場所へたどり着ける、そのような貢献ができたらと思います。
このとき、貢献とはどういうことか。自分を素材に見立て、どうすれば一番うまく役立てられるのかと考えます。自分よりできる人がいるのであればその人に任せることも大切だと思います。世の中には各分野の専門家やステークホルダがたくさんいらっしゃいます。私自身は、心構えとして、専門であることにこだわらないから、いろいろなものを組み合わせて価値を生み出すことに向いているのかもしれません。
このようなことを言っていると、「それって研究者のやることなのですか?」と問われたこともあります。正直、自分の専門性にこだわりすぎると、自分の考えられることしかできませんし、自分一人でやれることには限りがあります。一部の例外を除き、一人の人間が研究という枠組みの中で影響力を持てる時間はそんなに長くありません。自分も残された時間の中で、専門でなかったとしても、自分が「かかわる」ことが誰かの価値になるのであれば、できるだけのことをしようと思っています。
そういった意味で、私は「かかわり」ということを大事にしています。私は大学院修了後、科学技術振興機構(JST)のさきがけ研究員を経て、学生時代から縁のあったNTTに入社させていただき十数年が経過しました。この間、さまざまな経験をしていく中で、自分の知らないところで誰かが気にかけてくれたり、逆に誰かに迷惑をかけていたということがあったと思います。自分が意識している以上に、誰かとかかわってきたのだと思います。なので、できるだけ目の前にいる他者だけでなく、さらにその向こうにいる人々との間合いやバランスにも想像力を働かせながら、自分の役割を果たすことができたらと思っています。
ちなみに、私は、さまざまな人々の活動や研究の流れの結節点に価値を見出し、見えるようにしたり感じられるようにする行為を「研究を編集する」と表現することがあります。自分も含め、関係者の誰が、いつ、どこで、何をすると、個人とグループの両方にウェルビーイングが生まれるのか、そういった視点から行動するイメージです。このとき、「相手が自分を便利に活用できること」も大事にしています。何かあったとき、その人の頭に自分が浮かんでくるならば、その人と新しい活動が始まる機会になるはずです。これまでに研究者はもとより、経営者、教育者、政治家など数多くの分野の方とコミュニケーションしてきました。こうした出会いは自分の財産であり、価値を考える地図を広げてくれていたと思います。また、現在、研究の編集的な活動としては、NTTと東京大学との「サステナブルウェルビーイング 社会連携講座」(2)において、私自身はNTT側の担当者として、講座全体のコンセプトに合わせて、研究者と研究者をつなげる立場としても取り組んでいます。
後進に向けてですが、自分がやりたいことだけにこだわらず幅広い視野で研究に取り組む姿勢を大切にしていただきたいです。その一方で、その中で役割を果たし、自分という存在を編集し、他者やグループにとって何らか価値あるものとして表現してください。そうすることで、他律的な価値と自律的な価値の両方が生まれてきます。まず、大きな流れに流されながらもアウトプットをして、今度はそれを材料に独自の価値を編集する。またそれを誰かの流れの中で使ってもらい別のアウトプットにする。そして、また自身の価値を再編集する。それを繰り返すのです。もちろん、このようなやり方を実現する力、具体的には、物事の遂行力や変化への適応力、異なるものから価値を見出す編集力を身に付けるにはそれなりの訓練が必要です。ただ、それらの力は、少なくとも私にとっては、研究の場でウェルビーイングであるために欠かせないWBコンピテンシーでした。

■参考文献
(1) https://furue.ilab.ntt.co.jp/book/202511/index.html#anchor_contents1
(2) https://sw.iii.u-tokyo.ac.jp/

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