2026年3月号
For the Future
美容×テクノロジが生む新市場:ビューティテックの成長メカニズム(前編)
- ビューティテック
- 美容
- 顧客理解

2010年代後半、IoT(Internet of Things)やデジタル技術の社会実装を背景に「○○テック」が世界的に拡大し、産業構造そのものを変革してきました。その潮流の1つが「ビューティテック」です。美容・化粧品分野にデータやAI(人工知能)を導入し、商品開発や顧客体験を再構築する動きは、2016年のCES(Consumer Electronics Show)で本格化し、2024年の資生堂初出展に象徴されるように大手企業の経営戦略へと組み込まれました。本レポートでは、ビューティテックを産業再編の一事例として考察します。
はじめに
2010年代後半、デジタル技術やIoT(Internet of Things)の社会実装が進むにつれ、既存産業をデジタル技術によって再定義する動きが世界的に加速しました。その象徴が、「フィンテック」「アグリテック」「スポーツテック」「アドテック」「フードテック」といった「○○テック」と総称される新産業群です。これらは、単なる技術導入ではなく、産業構造や価値創出のあり方そのものを変革する潮流として注目を集めてきました。
その流れで登場したのが、ビューティテック(Beauty Tech)*です。美容・化粧品産業にデジタル技術やデータ活用を持ち込み、商品開発、顧客接点、サービス提供のあり方を再構築しようとする試みは、2010年代後半から徐々に顕在化されてきました。
この潮流を象徴する場の1つが、毎年1月に米ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジ展示会 CES(Consumer Electronics Show)です。2016年のCESでは、ビューティテック関連の展示が本格的に登場し、美容分野におけるデジタル活用が「周辺的な試み」から「産業トレンド」へと移行しつつあることを示しました。
その後、海外スタートアップやテクノロジ企業を中心に関連展示は拡大し、日本企業の関与も徐々に強まってきました。象徴的なのが、日本の大手老舗化粧品メーカである 資生堂 が2024年にCESへ初出展したことです(1)。これは、ビューティテックが実験的領域から、大手企業の経営戦略に組み込まれる段階へと移行したことを示す出来事といえます。
本稿では、このビューティテックを単なる「美容IT」の話題としてではなく、データ、AI(人工知能)、UX(User Experience)設計を軸に再編される産業構造の一事例としてとらえ、その本質と経営への示唆を整理します。
* ビューティテック:消費者が最終的な購買判断を行う前に、美容・パーソナルケア分野に特化したソフトウェアを利用して購入される化粧品、スキンケア製品、パーソナルケア製品を指します。美容・パーソナルケア向けソフトウェアには、スマートフォンやタブレット向けのモバイルアプリ(例:化粧品を仮想的に試すことができるアプリ)や、AIを搭載したデバイス(例:スマートミラー、メイクを個別に最適化するデバイス)が含まれます。
ビューティテックの定義と概念
■ビューティテックとは何か
ビューティテックとは、化粧品や美容機器といった既存の美容製品に、単にデジタル技術やITを付加したものを指す言葉ではありません。むしろその本質は、「美」をどのようにとらえ、どのように顧客に価値として届けるかというプロセス全体を、データとアルゴリズムを起点に再構築する点にあります。
従来の美容産業では、製品開発者の経験や勘、あるいは市場全体の平均値を前提に商品が設計され、広告やブランドイメージを通じて消費者に訴求されてきました。一方、ビューティテックでは、個々の消費者の肌状態、生活習慣、年齢、環境要因などをデータとして取得・分析し、その結果に基づいて1人ひとりに最適化された提案や体験を提供することが中核となります。
このとき重要なのは、AIや画像解析、センシング技術といったテクノロジそのものではなく、それらを用いて「診断」「提案」「使用後の変化」「継続的な改善」という一連の流れを設計する点です。つまり、ビューティテックとは、製品中心のビジネスから、データを介した継続的な顧客関係を軸とするビジネスへの転換を促す産業領域と位置付けることができます。
言い換えれば、ビューティテックは「美容IT」という技術の組合せではなく、美容産業における価値創出の仕組みそのものを再設計する試みであり、商品、サービス、顧客体験、さらには事業モデルまでを含めた構造的な変化を伴う概念です。
ビューティテックは、表1のとおり、具体的には、価値を受け取る対象が消費者と企業になります。
消費者については、直接消費者に提供しているサービスと、化粧品ブランドや美容サロン等を介して消費者に提供されるサービスがあります。
主なサービスとしては、前者は、美容アプリ、家庭用美容機器で、後者は、AI肌診断AR(拡張現実)でのコスメやネイルの試着(バーチャルメイクアップ)です。
企業向けには、化粧品ブランドや美容サロン向けの顧客データ基盤サービス等があります。

■従来の美容産業との違い
ビューティテックと従来の美容産業を比較したものが表2です。
従来の美容ビジネスは、「製品」を中心に設計された産業構造でした。企業は市場調査や過去の販売実績を基に商品を開発し、広告やブランド力によって需要を喚起し、店頭やECを通じて販売します。消費者との関係は基本的に「購入時点」で完結し、企業側が把握できる情報は、売上や購買履歴といった限定的なものにとどまっていました。
これに対し、ビューティテックでは、価値創出の起点が「製品」から「顧客データ」へと移行します。肌状態の画像データ、利用頻度、環境要因、使用後の変化などが継続的に蓄積され、それらをAIやアルゴリズムが分析することで、次の提案やサービス改善につながっていきます。企業と顧客の関係は単発の売買ではなく、診断・提案・フィードバックを繰り返す継続的な関係へと変化しています。
また、競争の軸も大きく異なります。従来はブランド力や広告投資、流通網の強さが競争優位を左右してきましたが、ビューティテックにおいては、診断精度、UX、データの蓄積量と活用能力が差別化要因となります。つまり、「どの商品を持っているか」よりも、「どれだけ顧客を理解し、その理解をサービスに反映できているか」が問われるのです。
この違いは、ビジネスモデルにも影響を及ぼします。従来型が「売って終わり」の売り切り型モデルであったのに対し、ビューティテックは継続課金といったかたちで、顧客との長期的関係から価値を回収するモデルと親和性が高いです。結果として、LTV(顧客生涯価値)を最大化する経営が可能となり、単価競争からの脱却にもつながります。
このように、ビューティテックは単なる技術革新ではなく、美容ビジネスの前提そのものを変える構造変化であり、企業に対して経営の考え方を見直すことを求めています。

なぜ今、ビューティテックなのか
ビューティテックが注目された背景としては、①消費者行動の変化、②技術の進展、③事業者の置かれた経営環境の3要因が主に挙げられます。
■消費者行動の変化
第1の背景は、消費者意識の変化です。SNSやレビューサイトの普及により、消費者は「何が売れているか」よりも、「なぜ自分に合うのか」を重視するようになりました。とりわけ美容領域では、肌質・年齢・生活環境など個人差が大きく、一律の仕様では、個々の消費者の期待に十分こたえにくくなっています(2)。
この結果、これまでのイメージや感覚に訴える説明よりも、データや根拠に基づいて「なぜ自分に合うのか」を示す提案を求める動きが急速に強まっています。AIによる診断や画像解析は、こうしたニーズにこたえやすく、1人ひとりに納得感のある選択を可能にする手段として注目されています。
■技術の進展
第2に、技術基盤が十分に成熟したことが挙げられます。スマートフォンのカメラ性能の向上や、クラウド上で利用できるAI、画像認識技術の進化により、これまで研究機関や一部の専門家しか扱えなかった高度な分析が、一般の消費者向けサービスとして実用化できる段階に入りました。
特に生成AIの進展により、単に肌状態を数値や結果として示すだけでなく、「なぜこの結果になったのか」「次に何をすればよいのか」を分かりやすく説明することが可能になりました。例えば、店頭のスマートミラーで肌状態を可視化したり、スマートフォンの肌診断アプリが日々の変化に応じてケア方法を提案したりするサービスは、一部のブランドや店舗を中心に導入が進み、消費者がこうした体験に触れる機会が徐々に増えています。
こうした技術の進化によって、AIやアルゴリズムは前面に出る存在ではなく、特別な知識がなくても自然に使える仕組みとして組み込まれるようになりました。その結果、消費者は技術を意識することなく、「使いやすく、結果的に納得感できる体験」として提供されるようになったのです。
■事業者の構造的危機
広告費の高騰やECプラットフォームへの依存が進む中、従来の美容ビジネスでは、商品を一度売って終わるモデルでは十分な収益を確保しにくくなっています。ブランド力だけでの差別化も難しくなり、収益性は全体として低下傾向にあります。
このような環境では、単発購入に依存したビジネスではLTVを伸ばすことが難しく、顧客と長期的な関係をどのように築くかが経営上の重要な課題となっています。
例えば、AIによる肌診断を起点に、利用状況や季節変化に応じたスキンケア提案を継続的に行うことで、単なる商品販売にとどまらず、定期利用や追加購入へとつながる関係を構築できます。
ビューティテックは、顧客データを活用して1人ひとりに最適な提案を行い、継続的な接点を生み出すことで、こうした課題に対する極めて合理的な解決策となっています。
市場動向と見通し
■世界市場の概況
次に、市場規模やその見通しをみていきます。Grand View Research, Inc.が公表した世界のビューティテック市場の2018年から2024年までの実績値と2025年から2030年の予測を示したものが図1です。図1によると2025年から2030年の年平均成長率は17.9%の成長が見込まれており、化粧品市場全体の成長率を大きく上回っています。
特に図2に記載の4領域(①AI・画像解析による肌診断、②パーソナライズ化粧品・スキンケア、③美容機器とアプリの連動サービス、④オンライン美容カウンセリング)が成長を牽引しています。
その理由を次に記載します。
① AI・画像解析による肌診断:肌状態を客観的に可視化できる技術への需要が高まっています。スマートフォンの高性能化とAI・画像解析技術の進展により、専門機関レベルであった分析が一般消費者向けサービスとして実用化されたことが貢献しています。
② パーソナライズ化粧品・スキンケア:個人データに基づく「自分専用」提案が付加価値として評価されています。診断結果と連動することで、価格競争に陥りにくくなっています。
③ 美容機器とアプリの連動サービス:美容機器単体では把握できなかった使用状況や効果を、アプリ連動によってデータ化できるようになっています。これにより、「売って終わり」から「使い続ける関係」への転換が可能となっています。
④ オンライン美容カウンセリング:対面接客に依存せず、場所や時間の制約なく相談できる点が評価されています。AIやオンラインツールを活用することで、人的なコストを抑えつつ継続的な顧客接点を確保できるようになっています。
これらの4領域は役割とデータの観点で整理することができます。①から④にかけて、①ではデータを生み出すことにより、顧客理解を深め、②ではそのデータを活用して価値創出し、③、④ではデータを蓄積して、意味付けることにより、顧客との継続的な関係構築につなげています。


■日本市場の特徴
日本市場でビューティテックのサービス化やデータ活用が相対的に進展しているわけではありません。その背景には、いくつかの構造的な要因があります。
第1に、製品中心の成功体験が強く残っていることが挙げられます。日本の化粧品産業は、処方技術や品質管理、製造プロセスにおいて世界的にも高い評価を受けてきました。一方、長年にわたり店頭での対面接客や製品中心の価値提供を重視してきたため、デジタル技術の活用やデータ駆動型のサービス設計が他国に比べて進みにくい土壌があったと指摘されています(3)。
第2に、データ活用を前提とした組織・人材・意思決定の不足です。AI診断やパーソナライズサービスを展開するには、IT、データ分析、UX設計を横断する体制が不可欠ですが、日本企業では部門間の分断や内製人材の不足により、実証実験(PoC)止まりになりやすいです(4)。結果として、事業化・スケールまで到達しないケースが多いと考えられます。
第3に、個人データの取り扱いに対する慎重な姿勢も影響しています。美容分野では、顔画像や肌状態といったセンシティブなデータを扱うため、企業側がリスクを過度に意識し、データ活用に踏み出しにくい傾向があります。一方、欧米ではルール整備と活用を並行して進める動きが先行してきました。
もっとも、こうした制約は裏を返せば、既存プレイヤーにとっての成長余地にもなります。製品力やブランド資産、顧客基盤をすでに持つ日本企業が、データ活用とサービス設計に本格的に取り組めば、後発であっても十分に競争力を確立できる余地は大きいといえます。
ビジネスモデルの変化
■物売りから診断×継続へ
ビューティテックの本質は、美容分野でデジタルを活用するという意味にとどまらず、ビジネスモデルの転換にあります。
従来モデルは、「商品開発→販売→購入」という販売したら終わりというモデルが主流でした。顧客との関係は購入時点で一区切りとなり、その後の利用状況や満足度を企業側が把握することは難しかったのです。これに対して、ビューティテック型のビジネスモデルでは、価値創出のプロセスが大きく変わっています。
「診断→提案→購入・使用→データ取得→再診断→再提案」という循環により、企業と顧客の関係は一度きりの取引から、継続的な関係へと移行します(図3)。AIによる肌診断や利用状況の把握を起点に、顧客1人ひとりに合わせた提案を継続的に行うことで、企業は顧客理解を深めながらLTVを高めることが可能になります。
このモデルの重要な点は、製品そのものよりも「診断」と「継続利用」が価値の中核になることです。商品は、顧客との関係を深めるための1つの接点に位置付けられるようになっています。

■データが価値を生み出す構造
この診断を行って継続性が担保されるモデルを支えているのが、データが価値を生み続ける構造です。顧客データが蓄積されるほど、AIによる診断制度が向上し、提案の的確さが高まります。結果として顧客満足度が向上し、サービスの利用頻度や継続率が高まり、さらに多くのデータが集まるという好循環が生まれます。
この構造は、検索サービスやEC、金融分野などでみられるプラットフォーム型ビジネスと共通する競争特性を持ちます。つまり先行してデータを蓄積した企業ほどサービスの品質が高まり、後発企業が追い付きにくくなるという性質です。ビューティテックにおいても、データは単なる副産物ではなく、次の価値を生み出すためのコアな資産となります。競争力とは、製品単価や広告投資ではなく、データを用いて顧客理解とサービス内容を継続的に良くしていくことです。
まとめ
ビューティテックは、単に新しい技術や市場が登場したという話にとどまりません。そこには、美容という身近なテーマを通じて、企業が顧客とどのように向き合い、どのように価値を届けていくのかという、経営の本質的な変化が表れています。
これまでのように、優れた製品を開発し、広告やブランド力によって売るだけのモデルでは、成長を続けることが難しくなりつつあります。ビューティテックが示しているのは、顧客1人ひとりを理解し、そのデータを基に提案やサービスを磨き続けることで、体験として価値を提供するアプローチです。ここでは、「顧客理解」「データ活用」「UX設計」が切り離されることなく、1つの流れとして機能しています。
言い換えれば、ビューティテックは、こうした新しい経営のあり方を考えるうえで参考になる市場といえます。経営者に求められているのは、最新技術を導入することそのものではなく、どのデータを将来の資産として育てるのか、技術をどうやって顧客価値に変えていくのか、そして商品ではなく体験をどう設計していくのかを考えることです。
後編では、ビューティテックを取り巻く企業やスタートアップの動き、新たな技術の活用動向、競争のルールがどのように変わりつつあるのかなど、今後を展望するうえで役立つ視点を整理していきます。
■参考文献
(1) https://corp.shiseido.com/jp/newsimg/3758_v8e74_jp.pdf
(2) https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2023/06/consumer-vulnerability-in-the-digital-age_85b498eb/4d013cc5-en.pdf
(3) https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/cosme/cosme_vision2021.pdf
(4) https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_03.pdf

(左から) 主席研究員 手嶋彩子/主任研究員 イータンダーウィン