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2026年3月号

特集1 主役登場

ウルトラワイドバンドギャップ半導体材料研究の最前線

ダイヤモンド半導体の新機能開拓への挑戦

河野 慎
NTT物性科学基礎研究所
多元マテリアル創造科学研究部
薄膜材料研究グループ
研究主任

小学生時代の理科の授業で、誰もが磁石を片手に砂場で砂鉄を集める経験をしたのではないでしょうか。当然ながら、磁石は電池を使わずに砂鉄を集めることができますが、この磁石の性質の担い手が、「スピン」です。スピンは「上向き」や「下向き」といった向きの情報(磁石のN極やS極に相当)を持ち、これを古典情報の「0」や「1」に対応させることで、消費電力ゼロでも失われない不揮発性の情報として扱うことができます。例えば、ハードディスクドライブの基本要素であるプラッタには微小な磁石がコーティングされており、その配列によって「00110101…」のような二進数の情報が記録されています。これらの情報は磁気ヘッドによって読み書きされますが、この性能向上に大きく貢献した巨大磁気抵抗効果は、スピントロニクスを代表する現象であり、2007年にはノーベル物理学賞に輝いています。スピントロニクスはあまり聞きなじみのない研究分野かもしれませんが、実は多くの皆さんが、すでにスピントロニクスの恩恵を受けているのです。
現在、実社会で活躍しているスピンデバイスの機能を支える材料は、主に磁石の性質を持つ金属、すなわち強磁性金属です。もし半導体においてもスピンを自在に制御できるようになれば、電荷を情報担体とした従来の半導体デバイス(例えば、メモリや論理回路)では避けられない電力消費問題の解決だけでなく、スピンの量子的性質を活用した新しい量子機能デバイスの実現も期待されます。しかし、これまで約70年間エレクトロニクスを支えてきたシリコン半導体でさえ、スピンの活用は依然として基礎研究段階にとどまっており、新たな基盤材料の探索が求められています。
私は、もともと強磁性金属や半導体から程遠い情報工学を学んでいましたが、古典情報の根源が固体物理学にあることに魅せられて、学生時代に思い切って分野を転向しました。大学院時代の所属研究室では、強磁性金属やゲルマニウム半導体の結晶成長やそのスピンデバイス応用に関する研究に従事し、博士(工学)の学位を取得しました。NTT入社後に配属された研究グループは、ダイヤモンドや窒化物などのウルトラワイドバンドギャップ半導体の結晶成長やそのパワー・高周波デバイス応用に関して豊富な知識と優れた技術を持っていました。ウルトラワイドバンドギャップ半導体の中でも、ダイヤモンド半導体はスピンを長寿命に活用できる基盤材料としての高いポテンシャルを持っていることから、自身のこれまでの経験がグループの強みであるウルトラワイドバンドギャップ半導体研究に新たな応用展開をもたらすと考え、ダイヤモンド半導体スピントロニクスという研究テーマを立ち上げました。本テーマを遂行するにあたって、ダイヤモンド半導体の結晶成長のためのマイクロ波プラズマCVD装置の立ち上げや、磁性材料の評価のための測定装置の導入など、環境構築の段階から泥臭く研究を進めてきました。研究を軌道に乗せるまでには多くの試行錯誤を要しましたが、現在ではパーマロイ合金とダイヤモンド半導体の良質な接合界面に形成されたショットキー障壁を介したトンネル伝導を観測できるまでに至りました。特に、p型ダイヤモンド半導体中の深い準位を介したトンネル伝導はこれまで十分に解明されていなかった現象であり、本成果はスピントロニクスにとどまらず、パワーエレクトロニクスにおけるデバイス設計に対しても重要な指針を提供するものです。これにより、ダイヤモンド半導体研究分野のさらなる発展に寄与できると自負しています。
最後に、「Pressure makes diamonds」という言葉を紹介します。美しい輝きを放つ天然のダイヤモンドは、地中深くの超高圧・超高温という過酷な環境下で生成されます。この言葉は、困難を乗り越えることで人は成長し、輝ける存在になれることを象徴しています。私はこの言葉を座右の銘として、ダイヤモンド半導体の新しいスピン機能の開拓をめざした「Zero to one」の基礎研究に挑むとともに、NTTにおけるダイヤモンド半導体研究の面白さを世界に向けて発信し続けていきたいと考えています。

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