NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード
最先端技術を活かした価値創造の取り組み

消防士と地域社会の安全確保に向けて―― FLAIM TrainerTMとhitoe®の統合

FLAIM TrainerTMは、バイオセンシング技術とリアルタイムシナリオアナリティクスを備えた、没入型(イマーシブ)の仮想現実(VR:Virtual Reality)消防士訓練シミュレータです。これはオーストラリアのDeakin大学が開発したものです。このたびNTTの心電、心拍情報を取得可能なhitoe®を組み合わせた、新たなFLAIM TrainerTMをDeakin大学、Deakin大学のベンチャー企業であるFLAIM Systems、Dimension Data、NTTが協力して開発しました。私たちは、消防という緊急サービスの訓練方法と火災対策の準備に革命を起こすことができると考えています。

Tamir Levin†1/ Simon Chessum†1/ James Mullins†2/ 吉橋 伸知(よしはし のぶとも)†3/ 林 勝義(はやし かつよし)†3

Dimension Data†1
FLAIM Systems Pty Ltd†2
NTT研究企画部門†3

イントロダクション

FLAIM TrainerTMには、VR(Virtual Reality)ヘッドセット、発熱用部品を備えた個人用保護衣、呼吸装置シミュレータ、独自のトレーニング体験を提供する触覚に基づくフィードバックホースシステムが含まれています。FLAIM TrainerTMにhitoe® (図1)を統合することにより、訓練中の消防士の心拍データからストレスを分析することが可能となりました。これによりインストラクターは消防士の訓練中のバイタルサインおよびパフォーマンスを監視することができます。また、学習管理システムに統合してインストラクターは経時的なパフォーマンスを確認、追跡することができます。

図1 hitoe®シャツとトランスミッタ

FLAIM TrainerTM

FLAIM TrainerTMは、VRを活用した高度にさまざまな設定が可能なモバイル・トレーニング・システムです。hitoe®を含むセンサ、デバイスからのライブフィードバックを捕捉(キャプチャ)、統合、表示することに加え、訓練者とインストラクターは一連の動作や活動(放水、放水時の水または泡の選択、酸素消費、訓練シナリオに関連した動作)がどのように訓練者のパフォーマンスと相関し、影響を与えているのかを心拍数やストレス度から知ることができます(図2)。FLAIM TrainerTMは次のコンポーネントで構成されています(図3)。

・業界標準の個人用保護ヘルメットおよび発熱部品を備えた保護衣
・頭部に装着されたVRディスプレイ(HTC VIVE)
・フルフェイスマスクと実際に消防士が使用するものを再現した呼吸装置と酸素タンク
・触覚フィードバックが可能で、最大300 Nの力を発生する可動式リールユニットとノズル(HTC VIVE)
・心電、心拍数を追跡し、Bluetoothを介してデータを送信するhitoe®ウェアと送信機
・オペレータ制御タブレット、充電システム、格納・輸送ケースを含むサポート機器類

図2 インストラクター・訓練者用画面

図3 FLAIM TrainerTMの構成要素

FLAIM TrainerTMのVRシミュレーションでは、煙、炎、水、泡の効果をリアルに表示します。また、インストラクター、訓練者の画面やヘッドセットに表示されるノズルの設定やパフォーマンス、放水の状況は同期しています。ノズルの設定は100、200、300、400、500 l/min@500kPaの5段階での水圧制御が可能です。水圧は触覚システムによって訓練者に物理的にフィードバックされます。呼吸装置システムには、訓練者が背負う酸素タンクや訓練者の呼吸速度、酸素消費量、および運動中にそれらが効果的に通信しているかどうかを捕捉し、評価するためのすべての電子機器を含んでいます。また、訓練者は熱を生成する部品を組み込んだ保護衣を着ることによって、あたかも火災現場にいるかのように炎からの熱を感じることができます。ソフトウェアによって温度のほか、火元からの距離や方向を制御することが可能です。
訓練者は、5つの標準的な訓練シナリオを利用することができます(図4)。また、訓練者用にカスタマイズされたシナリオの提供を受けることも可能です。標準シナリオは、キッチン、航空機、車両の火災、ガス火災(沸騰液膨張蒸気爆発)、AR(Augmented reality)を活用した現実のシーンに重ねた仮想的な火災をカバーしています。測定データはDimension DataのCloud Analytics Platformに取り込まれて保存・分析され、ベンチマークに対する評価、およびトレーニングの結果が各訓練者のトレーニングレポートとして生成されます(図5)。インストラクターは、生成されたレポートに基づき、フィードバックと推奨事項を各訓練者およびグループに提供することができます。図5(b)には、訓練者が感じている温度や炎の強さ、訓練者が使用した仮想的な水の量(ENVIRON-MENT)と訓練者の心拍、酸素消費量、ストレスレベル(PARTICIPANT)のグラフを示しています。ストレスレベルは心拍データから推定しています。ストレスは心拍の揺らぎとして現れることが知られており、ストレスは低周波振動と高周波振動との比から計算しています。この場合、比が大きくなると交感神経が活性化されることを意味し、訓練者のストレスが高まっていることを示しています。FLAIM TrainerTMでは6段階にストレスを評価して、インストラクター用画面に表示できるようになっています。

図4 標準的な訓練シナリオ画面

図5 トレーニングレポート

FLAIM TrainerTMの提供価値

さまざまな消火の訓練シーンの実現と訓練コストの削減

FLAIM TrainerTMが取り組む重要な課題は、訓練の難しさとコストの両立です。これが消火訓練の規模と頻度を制限しています。訓練の費用には、目的に合った訓練施設の設置と維持、人員の稼働と移動時間、訓練に参加するための費用が含まれます。例えば航空機火災のような、より複雑で危険をはらんだシナリオで実際に訓練をしようとした場合、そもそも訓練施設に炎上している航空機を設置することは困難であり、多額の費用がかかります。FLAIM TrainerTMを使用すると、これらの制約が解消され、ユーザはより良い、より多くのトレーニングをどこでも実施できるようになります。このため私たちは、オーストラリアにおいて消防ボランティアにも使っていただけるよう働きかけを行っています。ボランティアからも実際に「FLAIM TrainerTMは、ボランティアが日常目にすることのない事象について訓練することができる」との評価をいただいています(1)。しかも、これは消防士の訓練に限った話ではありません。オーストラリアのGraeme Bacon海軍司令官は次のように語っています。「将来へのお薦めは、 FLAIM TrainerTMを海に連れて行くことです。海軍の隊員は、船の中でより現実的なレベルで訓練をする機会を得ることができます」(2)。

環境への負荷低減

FLAIM TrainerTMは、「現実の」トレーニングによって引き起こされる環境へのダメージを減らすことができます。また、地域社会、規制上の制約により実行できないシナリオでのトレーニングも可能になります。伝統的な消防士の訓練は広範囲な環境被害を引き起こす可能性があります。例えば、多くの地域が水不足と干ばつに苦しんでいるオーストラリアのような国では、訓練目的で大量の水を使用することは、貴重で限られた水資源をより他の重要なニーズから遠ざけてしまうという可能性があります。水以外にも、 従来の訓練活動で発生する煙などの副生成物は、周囲の環境や大気に悪影響を与えます。
また、消火用フォーム(泡状物質)に使用されるパーフルオロアルキル(PFAS)およびポリフルオロアルキル(PFOS)のような物質は、周辺地域の汚染および世界中の人々の健康への副作用を引き起こしています。この問題の深刻さは、オーストラリア政府がPFAS汚染に関するより多くの情報をコミュニティに提供するための専用Webサイトを立ち上げ、オーストラリア各地には、PFASを含む消火用発泡体の歴史的な使用からの流出により、周辺の土壌および水中のPFASレベルが増加した多くの特定の場所があることを公表していることからも分かります(3)。

訓練者の安全と健康

訓練における消火用フォームの使用は訓練者自身にも直接的な影響を与えます。訓練を仮想的なシナリオに置き換えることにより、消防士が消火用フォームを使用する必要がなくなり、有害な影響に長期間さらされることが少なくなります。例えば、2013年にオーストラリアのAirservicesが150人の消防士を対象に毒性化学物質への暴露試験を実施したところ、一部の消防士はPFOSの濃度が一般集団の10倍から20倍近く高かったことが分かっています(4)。
また、消防訓練自体が訓練者に危険を与えます。例えば、2001年から2013年にかけて、米国消防局は、「職務上の死亡の約11%(1305人中141人)は訓練関連であった。訓練関連死の主な原因は、心臓発作(50%)とそれに続く外傷(31%)であった。残りの19%は他のタイプの心血管疾患および他の多様な状況であった」と報告しています。私たちは、hitoe®をFLAIM TrainerTMと組み合わせることで、インストラクターがトレーニング中の訓練者の健康と安全を監視し、訓練者の福利や潜在的な健康問題に対する差し迫ったリスクを警告することができると期待しています。

社会的な利益

FLAIM TrainerTMとhitoe®を組み合わせることで、さまざまな火災や状況を想定し、消防士がより簡単に、より頻繁に訓練できる安全で低コストのモバイルソリューションであることが実証されています。これにより、消防士は、より多くの緊急事態や、現実世界で直面する可能性のある火災シナリオに対処するための準備と能力を向上させることができ、最終的には地域社会の安全を高めることができます。
同時に、消防士の健康と安全の成果が向上し、環境と地域社会の健康と福祉への影響が軽減されます。

今後の展開

FLAIM TrainerTMは現在、オーストラリアと米国で市販されており、他の世界市場にも展開していきたいと考えています。FLAIM TrainerTMは、消防署、防衛隊、消防訓練学校、その他の緊急サービスの訓練に使用できる能力を備えています。hitoe®ウェアを組み合わせた新たなFLAIM TrainerTMも商用化していきたいと考えています。そして、“Fit to Fight: 戦いに適した”消防士を訓練するという挑戦に対するこのようなテクノロジの活用は、現在のVRシミュレーションの継続的強化と将来の訓練シナリオの開発のためのプラットフォームを創り出していくことでしょう。

■参考文献
(1) https://news.cfa.vic.gov.au/-/virtual-reality-touring-the-state
(2)http://news.navy.gov.au/en/Aug2017/Fleet/3978/Simulation-enhances-training-safety.htm
(3) https://www.pfas.gov.au/about
(4) http://www.abc.net.au/news/2018-07-31/pfas-levels-high-in-aviation-firefighters-documents-reveal/10052660

(上段左から)Tamir Levin/Simon Chessum/James Mullins
(下段左から)吉橋 伸知/林 勝義

社会や顧客の課題を発見し、NTTの研究成果を活用して、ビジネスの創出と社会貢献をめざして引き続き取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTT研究企画部門
TEL 03-6838-5365
FAX 03-6838-5349
E-mail med-ml@hco.ntt.co.jp