NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード
IOWN構想特集 ―― コグニティブ・ファウンデーション® ――

複数無線アクセス最適利用のための品質予測技術

デジタル化による変革が叫ばれる中、人や物をつなぐ無線通信の重要性は拡大しており、使用される周波数帯や無線アクセス規格も多様化しています。一方で無線品質は状況に応じて刻々と変化するため、適切な無線アクセスを使い分けるにはユーザが意識して選択する必要もあります。そこで、人やモノが無線アクセスの選択・接続などをせず、無意識かつ快適に使えている世界をめざし、機械学習技術を活用した無線品質予測技術によりプロアクティブに無線環境を制御する技術の開発を推進しています。

若尾 佳佑(わかお けいすけ)/ 河村 憲一(かわむら けんいち)/ 守山 貴庸(もりやま たかつね)

NTTアクセスサービスシステム研究所

背 景

デジタル化による社会変革が重要性を増している中で、スマートフォンの通信量は増加し、IoT(Internet of Things)の発展によりさまざまなモノが接続されるなど、無線通信の果たす役割は生活のあらゆる場面で格段に高まっています。一方で、多様化する無線通信の用途に合わせて、さまざまな無線通信規格が登場してきています。さらに、利用する無線の周波数帯も数100 MHzから数10 GHzといった高い周波数帯まで拡大しており、特性の異なる周波数帯の電波と、さまざまな無線規格を状況に応じて使い分けることが必要になってきています。このような複雑なヘテロジニアスな無線環境の中で、ユーザが意識することなく、ナチュラルな使用感でいつも適切な無線規格が利用できている世界が理想といえます。
無線通信の品質は状況に応じて刻々と変化し、周囲のシステムからの干渉等により品質が安定しない場合があります。このような無線アクセスを、利用目的に応じて最適に利用できるようにするためには、無線通信の品質を制御する技術が重要になります。そこでNTTでは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の1つとして、利用者の状況に合わせたプロアクティブな通信エリア形成の実現や複数の無線アクセスの連携技術などにより、無線品質を制御し、無線ネットワークを意識しない通信環境の実現に取り組んでおり、特にその無線制御技術群を「Cradio」(クレイディオ)(1)と名付け、研究開発を加速させています。

無線品質予測技術

Cradioの無線制御技術の1つとして、近年無線通信への適用が活発に研究されている機械学習技術(2)を活用して無線品質の変化をプロアクティブに予測する無線品質予測技術に取り組んでいます。無線品質予測技術により、品質が劣化する前に無線エリア形成を柔軟に変更し、端末が接続する無線基地局やほかの無線アクセスに切り替えることにより品質向上を実現します(図1)。
これまでの無線端末が利用する基地局の選択では、主に基地局からの受信信号の強度を元にしていましたが、近年の無線通信利用者が爆発的に増加した環境では、通信の混雑度合いや機種ごとの特性、アプリケーションの特性などの条件が多様化するため合理的でなくなっています。そこで本技術では、端末で常時測定されている詳細な情報をサーバで収集し、機械学習*によって分析することで、各端末の無線通信のスループット、遅延、ジッタ、パケットロスの予測値を算出し、端末側へ通知します。これにより端末やアプリケーションごとに最適な無線基地局への切替、利用する無線アクセス方式の選択を実現します。本技術の概要を図2に示します。無線品質予測エンジンは、クラウド上あるいは管理ネットワーク内に設置されたネットワーク上のサーバ装置です。端末から無線品質予測エンジンに対して、位置情報や端末種別、無線アクセス種別、および無線環境のスキャンデータ、通信品質の実績値など、端末で測定される詳細な情報を定期的にアップロードし、履歴情報をデータベース上に蓄積します。このデータベースを基に、無線品質予測エンジンでは機械学習アルゴリズムの学習処理を行います。無線アクセスを利用する端末は、位置情報や無線環境情報を付加して無線品質予測エンジンに対して問合せを行うことで、周囲に見えている基地局に接続時に得られる品質(スループット、遅延、ジッタ、パケットロス)の将来の予測値を取得します。その予測値に基づきアプリケーションの特性を考慮して、接続する基地局を選択します。このようにして、過去の実績に基づいた品質予測値から利用する無線アクセスを最適に選択できる手段を実現します。
無線品質予測エンジンを用いることの良いところの1つは、データを効率的に収集し機械学習の学習処理時間を短縮できることです。先述のように、機械学習を用いてある入力情報から品質予測を行うには、あらかじめ入力情報および品質値の実績データを収集する必要がありますが、その収集を予測対象の端末1台で実施すると多くの時間を要します。これに対して、無線品質予測エンジンを配備し予測対象端末だけでなく他の多くの端末からもデータを収集することで、十分な数のデータを効率的に収集し学習処理を速やかに実施することができます。一方、このような手法をとることで別の課題が生まれます。例えば、むやみに全端末の収集データを統合し機械学習を適用しても、端末の性能が機種ごとに異なるため有益な学習ができません。さらにいえば、機種やエリアに応じて端末が収集できる情報の種類や定義が異なるので、そのままでは共通の機械学習アルゴリズムへの入力もできない、といった課題も出てきます。Cradioの無線品質予測エンジンの研究開発では、こういった課題を克服できる機械学習アルゴリズムの検討を進め、多数・多種類の端末が収集データを共用し合うことで、無線アクセスを無意識に最適に利用できることを実現する無線品質予測技術の実現をめざします。
本技術の活用例としては、無線通信の妨げになりやすい障害物が多く、OA機器などの影響によって無線通信の混雑度合いが大きく変化する大型倉庫で用いられる自動搬送ロボットが、安定した無線通信を維持するための通信制御への利用などが想定されます。

* 機械学習:サンプルデータから統計処理により、有用な判断基準をコンピュータに学習させる枠組み。

図1 複数無線アクセス最適利用のための「品質予測技術」

図2 無線品質予測エンジンの概要

今後の展望

今後は、さまざまな環境情報の利用と機械学習アルゴリズムの改善による無線品質予測技術の向上を行い、より自然な使用感をめざして技術を発展させます。

■参考文献
(1) 澤田・井伊・川添:“IOWN構想 ―インターネットの先へ,”NTT出版,pp.41-42,2019.
(2) C. Jiang, H. Zhang, Y. Ren, Z. Han, K. C. Chen, and L. Hanzo:“Machine Learning Paradigms for Next-Generation Wireless Networks,”IEEE Wireless Communications, Vol.24, No.2, pp.98-105, April 2017.

(左から)守山 貴庸/若尾 佳佑/河村 憲一

さまざまな無線アクセスを使いつつも、ユーザがその違いを意識することなく自然に使い分けられ、いつでもどこでも安定的に通信できる世界の実現に向け、これからも研究開発に取り組んでいきます。

問い合わせ先

◆問い合わせ先
NTTアクセスサービスシステム研究所
無線アクセスプロジェクト
TEL 046-859-3290
E-mail keisuke.wakao.gmhco.ntt.co.jp