from NTTデータ
サイバーフィジカル技術開発の取り組み ―― エッジAI、AR/VR技術の動向と事例
IoT(Internet of Things)デバイスの普及はアクセス可能なデータの拡大という恩恵をもたらした一方、企業はその有効活用をビジネス上の重要課題として突き付けられています。近頃、IoTデバイスを介して現実世界のデータを収集し、クラウドのような多大なリソースを持つコンピュータ上で大規模なデータ分析・活用を行い、そして現実世界へ結果をフィードバックしていき、現実世界の最適な制御を実現する仕組み(サイバーフィジカルシステム)が注目されています。ここでは、 これらの仕組みを実現するNTTデータの技術開発の取り組みを事例とともに紹介します。
サイバーフィジカルシステム
「サイバーフィジカルシステム」とは、現実世界(フィジカル空間)から得られる膨大なデータをコンピュータ(サイバー空間)上で分析し、その結果をフィードバックすることで現実世界の最適な制御を実現するシステムです。その一例として、人が持つモバイル機器の位置情報や車のプローブ情報を収集し、これらの膨大なデータをクラウド上で人流や車の混雑としてシミュレーションして、現実世界のバス等の交通機関の運行最適化を行うといったケースが考えられます。
NTTデータ技術開発本部では、サイバーフィジカルシステムを実現するための技術要素をサイバーフィジカル技術と定義し、デジタルツイン*1、エッジ*2AI(人工知能)、そして先進デバイス〔自律デバイスおよびAR(Augmented Reality)/VR(Virtual Reality)〕の活用をコア技術とし、研究開発に取り組んでいます(図1)。ここではエッジAIとAR/VRにおける当社の取り組みについて紹介します。
*1 デジタルツイン:現実世界をサイバー空間上にツイン(双子)のように再現すること。
*2 エッジ:モバイル機器などのデバイスや、無線基地局、局舎など、ネットワークのユーザ側終端。
図1 サイバーフィジカルシステム実現に向けた取り組み
エッジAI技術活用の取り組み
取り組みの背景
昨今、あらゆる場所であらゆるモノにAIが適用されようとしています。AIが内蔵された機器の例として自動運転車、インテリジェントカメラ、ロボット等があります。
AIが内蔵された機器が一般化する世界を実現するには、アーキテクチャ上の技術課題が存在します。これまでのクラウドコンピューティングのような一極集中管理のアーキテクチャでは、「リアルタイム性」「通信帯域」「セキュリティ」の3つの観点から限界がみえてきています。
自動運転車を例にすると、車はトンネル等の通信圏外となる場所に移動できるため、データ転送の遅延が発生するクラウドコンピューティングの処理方式では、衝突回避のような非常にリアルタイムな応答が要求される場合において、「リアルタイム性」を確保できません。また、車のセンサ等から発生するデータは膨大であり、「通信帯域」が限られるネットワークを介してすべてのデータをクラウドに送信することが難しくなります。さらに、EU一般データ保護規則(GDPR)のように、「セキュリティ」の観点で個人情報等のデータをクラウドに出すことができないケースも出てきています。こうした技術課題がある中で、エッジ側で知的な判断を行う「エッジAI」が期待されています。
エッジAI推論エンジンとモデルライフサイクル管理
当社では、あらゆるモノで知的な判断を行う世界に向けて、エッジで知的な判断を行うエッジAI推論エンジンと、モデルの精度劣化を検知してモデルの再作成・再配信を行うモデルライフサイクル管理の仕組みを開発しています。
システム全体のコストを抑えつつ大量のIoT(Internet of Things)データを分析するためには、省リソースエッジデバイス・ゲートウェイ上での処理実行が重要となります。しかし、省リソースなエッジデバイスでは、クラウドのようなリソースで動作していたディープラーニングモデルがそのまま実行できません。そのため、エッジデバイス上で動作させるために、ディープラーニングモデルを変形し、性能を維持したままで、エッジデバイスのコンピュータリソースに合わせて、計算量の削減を行うモデル圧縮技術を活用し、省リソースのエッジデバイスでリアルタイムなデータのストリーム処理と分析を実現できるエッジAI推論エンジンの開発に取り組んでいます。
一方、大規模なデータ分析や多大なリソースを多く必要とするモデル学習は、省リソースであるエッジデバイスで処理実行することは現実的ではありません。大規模なデータ分析や膨大な教師データを用いて学習にかかる計算量が多いモデル作成は、エッジデバイスではなく潤沢なリソースを持つクラウドで行うことが最適です。エッジとクラウドの特徴に合わせた適材適所の最適な機能配置となるアーキテクチャの確立もめざしています。
さらに、エンタープライズ領域では長期的に運用されるシステムにおいて、業務の変化に伴う入力データの変更や設備劣化に伴うばらつきの変化等のデータ傾向変化に起因してモデルが陳腐化することがあります。モデルの精度をモニタリングして劣化を検知し、必要に応じてモデルを再作成し配信する仕組みも重要であり、エッジとクラウドを連動するモデルのライフサイクル管理にも取り組んでいます。
このような運用時の分析モデルのライフサイクル管理と最適な機能配置を実現するエッジとクラウドの協調分散アーキテクチャの確立をめざしています(図2)。
図2 エッジAI活用技術の取り組み
エッジAI活用技術のユースケース
従来のクラウドサイドでの一極集中管理からエッジサイドでの分析・処理・判断、行動へユースケースもシフトしています。例えば、近い将来に目視外飛行が可能となるドローン活用において、広域なエリアでかつ通信が届きにくい場所で行うようなインフラ点検や、製造業において工場の設備監視による迅速な故障検知、故障予測への活用や、製造における不良部品の検知等に適用が見込まれています。
エッジAI技術は、リアルタイム機器制御やドローン等移動デバイスでの活用や、ネットワークが制限された環境下での動画監視等のエッジ側でのリアルタイムな判断・行動によって業務の自動化が見込まれるさまざまな分野業務での活用をめざしています。
AR/VR技術活用の取り組み
取り組みの背景
現実に仮想的な情報を重ね合わせるAR、人工的な仮想世界に人が入るVRは、サイバー世界を表現し直感的に体感することができる技術であり、エンタテインメント領域では先行して普及が進んでいます。2016年はVR元年とも呼ばれ、Oculus Rift、HTC Vive、PlayStation VRといったVR向けHMD(Head Mounted Display)*3が登場し、アミューズメント施設への導入が進むなど、一般ユーザの目に触れる機会が増加しました。
一方でエンタープライズ領域でも、製造業、建設業等における設計段階の製品レビュー、不動産業における遠隔からの内見など、活用への期待が高まっています。当社では、エンタープライズ領域を中心にAR/VRを活用する技術の開発を進めています。ここでは新しい2つの取り組み事例を紹介します。
ARによる遠隔作業支援
設備の保守・点検等、高度なスキルを要する現場作業では熟練技術者が不足傾向にあり、その活躍機会の最大化および後継人材の育成が課題となっています。そこで当社では、ARを活用して1人の熟練技術者が遠隔から複数の現場作業員の作業を支援可能な技術を開発しました。
本技術により、現場作業員が着用したスマートグラス(メガネ型のARデバイス)上にマニュアルが表示され、ハンズフリーで効率的に作業が行えることに加え、現場のカメラ映像をリアルタイムで遠隔の熟練技術者と共有し助言を得ることができます。
現在は、作業指示や手順を対象物の該当個所に3次元的に重ね合わせることで、デバイス越しに見える作業指示のとおりに操作をそのままトレースするだけで作業が可能となるような技術の取り組みを進めています。これは透過型HMDであるMicrosoft HoloLens*4のSpatial Mapping(3次元空間を認識する技術)を活用することで実現しています(図3)。
この技術の延長として、さらに物体認識やAI技術の活用により、物体をデバイス越しに見るだけで、対象物の判別、品質評価、故障の発見などが可能になり、建設業、製造業等などにおいてAR技術の適用範囲が広がると予測しています。
フルデジタルオフィス
少子高齢化が進み労働力が減少していく中、デジタル技術や多様な人材を活用して生産性の高い働き方を実現することが重要となっています。この究極の姿として、当社ではオフィス業務がすべてデジタル化された状態である「フルデジタルオフィス」を具現化する取り組みを行っています。その第一弾として、当社が重点的に取り組んでいるテレワーク施策と連動するかたちで「VR遠隔会議」を開発しています。
現在のテレワーク環境は、緊密なコミュニケーションをとる作業には向いていません。電話会議、Web会議などの仕組みはありますが、特に複数人同時のコミュニケーションを行うとき、「誰が誰に話しているのか」「聞き手が資料を見ているのか話を聞こうとしているのか」など双方の雰囲気を把握しづらく、対面に比べて非効率と感じる場面も少なくありません。この課題を解決するために、筑波大学との共同研究により、アバター(仮想空間内にCGで表現された参加者)を用いた対面のような臨場感の高い会議を実現する技術を開発しました(図4)。
高い臨場感を出すために、ボディーランゲージや参加者の位置関係をリアルに再現しています。ボディーランゲージについては、現実世界で本人が装着しているHMDとハンドコントローラーの動きを検知しVR内のアバターの顔・体の向き、および両手の位置を連動させることによって、参加者どうしが目線を合わせながら、身振り手振りを交えての会話が可能です。またVR内のアバターの位置関係に応じて、話している参加者の方向から声が聞こえるように再現しています。
さらにサイバー空間ならではの機能として、音声認識・翻訳により、海外との会話においてもアバターの上に自国語のテキストを吹き出し表示する機能や、議事内容の自動記録など、AIと先進デバイスを融合して、人間がコンピュータを自然に利用できる「ナチュラルインタラクション」を具現化するさまざまな機能を追加しています。
今後は、発言内容や声のトーンから参加者の感情を推定し、アバターの表情へ反映させることで表情やニュアンスを伝達する技術など、より自然なコミュニケーションの実現に向けて技術開発を進めていきます。また、会議以外の対象業務に適用を広げ、先進デバイスとAIを組み合わせることで、さらにシームレスに現実世界のモノとサイバー空間内の情報を連携させて、オフィスワーク全体の生産性を向上させる革新的な働き方を実現していきたいと考えています。
*3 HMD:頭部に装着し、メガネのレンズ部分に映像を映し出す表示デバイス。
*4 Microsoft HoloLensは、米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標です。
図3 ARによる遠隔作業支援
図4 VR遠隔会議
問い合わせ先
NTTデータ
技術革新統括本部 技術開発本部
エボリューショナルITセンタ サイバーフィジカル技術担当
TEL 050-5546-9863
FAX 03-3532-0488
E-mail iot-madoguti@kits.nttdata.co.jp