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グローバルスタンダード最前線

5Gモバイルネットワーク実現に向けた高精度時刻・周波数同期技術の標準化動向

近年、将来の5Gモバイルネットワークを実現するための重要技術の1つとして、高精度時刻・周波数同期技術が世界的に注目されており、ITU-T(International Telecommuni-ca-tion Union-Telecommunication Standardization Sector) SG (Study Group)15を中心に標準化活動が活発化しています。ここでは、5Gにおける時刻・周波数同期技術の位置付けと同期網アーキテクチャや同期精度等の技術要件に関する標準化動向について紹介します。

PROFILE

新井 薫(あらい かおる)/ 村上 誠(むらかみ まこと)

NTTネットワークサービスシステム研究所

モバイルにおける時刻同期技術の位置付け

同期技術は、主に周波数同期と位相・時刻同期に分類されます。システム間の時計のクロック周波数が一致していることを周波数同期といい、さらに時計間のタイミングが一致していることを位相同期といいます。特にそのタイミングがUTC(Coordinated Uni-versal Time:協定世界時)*1に同期している場合を時刻同期と定義しています。現在、通信サービスにおいて時刻同期技術は、LTEにおける時分割多重通信に利用されており、UTCと携帯基地局間で一定の時刻同期を実現することで、基地局における周波数帯域の利用効率向上に寄与しています。
5G時代には、トラフィックの増加によるさらなる帯域利用の効率化やエンドアプリケーションの多様化に伴う通信品質の向上のための高度な通信方式が必要とされており、基地局間の時間的な連携・制御のための高精度な時刻同期が求められています。例えば、複数の基地局を利用して通信するデュアルコネクティビティや、多数のキャリア周波数を束ねて1つのチャネルとして利用するキャリアアグリゲーションが代表にあげられます。このようなモバイル技術の標準化と合わせて、それを支える同期技術についても検討が進められています。

高精度時刻・周波数同期を実現する技術

ネットワークを介してパケットに打刻したタイムスタンプ情報を基に時刻同期を実現する技術として、PTP(Precision Time Protocol)があります(1)、*2。PTPは、UTCに対してマイクロ秒からナノ秒の精度で時刻同期が可能であるため近年注目が集まっており、将来の5G向けの時刻同期の候補技術として標準化活動が活発化しています。PTPは、GPS(Global Posi-tion-ing System)に代表されるGNSS(Global Navigation Satellite System)から受信するUTCの情報を時刻の基準とすることが一般的であり、GNSSアンテナの設置場所を起点にネットワークにより時刻情報を配信・同期することが可能です。
また、時刻同期のバックアップとして、シンクロナスイーサネット(Sync-E)(2)に代表される周波数同期も併用されることが一般的です。ネットワークの輻輳等によりPTPパケットが欠落し時刻同期ができない場合には、周波数同期により時刻同期を一定期間維持することが可能です。

時刻・周波数同期技術に関する標準化団体の関係性

PTPを含む周波数・位相/時刻同期技術に関する各標準化団体の関係性を図1に示します。ITU-T(International Tele-com-mu-ni-ca-tion Union-Tele-com-mu-ni-ca-tion Standardization Sector)SG(Study Group)15では主にSync-E等の周波数同期技術(ITU-T G.826xシリーズ)に加え、IEEEで産業用途全般向けに標準化されたPTP(IEEE1588-2008)を通信事業者向けに拡張した時刻同期技術(ITU-T G.827xシリーズ)を制定しています。近年では3GPP(3rd Generation Part-ner-ship Project)で議論されているモバイル分野の技術動向や要件を把握しつつ、ITU-Tの議論にフィードバックを行っています。また、IEEEで議論されているEthernetベースのモバイルフロントホールのタイミング要件(IEEE802.1 CM Time-Sensitive Net-work for Fronthaul)のドラフト等も参考にしながら、ITU-Tでは同期装置の標準化を行っています。

*1 UTC:各国の標準機関の時刻基準を基にした国際原子時に対して、うるう秒挿入等により地球自転に基づく世界時との差が常に0.9秒以内になるように管理された時刻。
*2 PTP:専用の時刻同期パケットに打刻したタイムスタンプ情報と往復の遅延情報を基に、マスター(上位装置)に対するスレーブ(下位装置)の時刻ずれを計算し、マスターの時計に時刻同期するプロトコル。

図1  同期技術に関する標準化団体の関係

5Gモバイルに向けた時刻・周波数同期要件

018年2月のITU-T SG15会合において、5Gにおけるトランスポートネットワークの技術レポート(GSTR-TN5G)がコンセントされました。その中に時刻・周波数同期技術に関するネットワークアーキテクチャと精度要件も含まれています。
時刻・周波数同期のネットワーク構成の一例および標準化の議論トピックを図2に示します。時刻同期網は、GNSSから時刻を受信する時刻基準装置であるPRTC(Primary Reference Time Clock)とPRTCから時刻情報を受信し、同期・配信するT-BC(Tele--com-Boundary Clock)*3、T-BCからの時刻をエンドアプリケーションに供給するT-TSC(Telecom-Time Slave Clock)*4で構成されます。一方、時刻同期を支える周波数同期網は、周波数基準装置であるPRC(Primary Reference Clock)と、Sync-Eによって周波数を同期・配信するEEC(syn-chro-nous Ethernet Equipment Clock)で構成されます。また、同期網マネジメントシステムにより、これら時刻・周波数同期装置の監視・制御が行われます。
時刻同期の主な要件として、時刻同期精度があります(3)。時刻同期の精度はUTCに対する誤差で定義される絶対時刻誤差に加えて、近年では5Gアプリケーションを想定して、基地局間の相対時刻誤差も検討対象となっています。3GPPやIEEEで議論されている主なモバイルアプリケーションの時刻同期精度を表1に示します。これまでTD-LTE(4)の3μsの絶対時刻同期精度を目標に標準化が進められてきましたが、近年、基地局間の相対時刻誤差として最小で65 nsの高精度な要件・用途も登場してきています。したがって、基地局に時刻情報を提供するための各種同期装置の高精度化や安定運用のための高信頼性、マネジメント機能が要求されています。次にこれらのトピックについて標準化動向を紹介します。

*3 T-BC:PTPパケットから時刻情報を算出し、時刻同期を実現する装置。時刻ソースからの時刻情報を中継することが可能。
*4 T-TSC:PTPパケットを終端し、エンドアプリケーションに時刻情報を供給する装置。

図2  同期ネットワーク構成と主な標準化トピック

表1  モバイルアプリケーションと時刻同期精度要件

時刻同期装置の高品質化

時刻基準装置(PRTC)

GNSSから時刻を受信する装置であるPRTCについて、現在、ITU-Tでは表2に示すように精度や信頼性のレベルに応じて複数の種別を標準化しています。
UTCに対する最大時刻誤差100 nsを制定しているPRTC-A(G.8272)に対して、高精度なレシーバを搭載し、40 nsに誤差を低減したPRTC-B(G.8272)があります。
また、GNSS信号が受信できなくなった際、周波数基準装置(PRC)により高精度に時刻同期を維持(ホールドオーバ)する機能を具備したePRTC(enhanced PRTC、G.8272.1)があります。現在、2週間で100 ns以内に時刻同期を維持するホールドオーバ要件が制定されています。さらに最近では、GNSS信号が受信できない場合の影響を最小化するため、ネットワークを利用したソリューションとしてcnPRTC(coherent network PRTC)という装置コンセプトの議論が開始されています。cnPRTCとは、自局で受信したGNSSの時刻情報と隣接装置からの情報を比較・同期して、GNSSの受信異常を検出するとともに誤差の最適化を図る装置です(図3)。今後、監視網アーキテクチャや相互比較方式について詳細が議論される予定であり、NTTとしても、将来の同期網の高信頼化・高品質化のために、賛同する海外通信事業者と連携し装置のコンセプト等の提案を行っています。
PRTCは時刻同期網内の重要装置であり、特にその基準となるGNSS信号の受信においては環境外乱やアンテナの設置条件によっては所望の品質を担保できない可能性もあるため、安定的なGNSS信号の受信方法についてはITU-T参加者の間でも大きな課題となっています。そこでITU-Tでは、GNSSの基本的なノウハウや誤差要因の一般的な対策についての技術レポート(GNSS-TR)作成に取り組んでおり、今後発行予定です。

表2  PRTCの種別

図3  cnPRTCのコンセプト

時刻同期装置(T-BC)

次に、PRTCから時刻情報を受け取り配信・同期するT-BC (G.8273.2)についても一装置当りの時刻誤差を低減するための議論がされています。T-BCの性能指標として、ITU-Tでは一装置当りの最大絶対時刻誤差を制定しており、表3に示すように装置の精度クラスによって分類がされています。現在、Class Bまでを制定していますが、5Gの高精度要件に対応するため新たなクラスが必要となっています。2018年2月のITU-T SG15会合において、新たにClass C、Dを制定することが合意されました。特にClass Dは一装置当り10 nsにするような意見も出ており、今後、通信事業者のユースケースと装置の性能の両観点から数値を制定する予定です。NTTも開発した高精度時刻同期を実現する新クロック供給装置(5)の機能や性能を踏まえ、海外通信事業者と具体的な要件のすり合せを行っています。
また、高精度化のためには、T-BC内のPTPの動作自体についても検討が進められています。T-BCにおけるPTPの誤差要因としては、図4に示すように主に装置内クロック周波数に起因したタイムスタンプ打刻誤差と上り下りの遅延非対称性があります。
タイムスタンプ打刻誤差として、例えば、装置内クロック周波数が125 MHzの場合、タイムスタンプ1回の誤差は最大8nsとなります。したがって、数nsのレベルまで要求されるT-BC Class CやD相当では、装置内のタイムスタンプ性能についても高精度化が必要です。
次に、上り下りの遅延非対称性については、装置内遅延およびファイバ伝送遅延の観点で高精度化に向けた検討がされています。装置内遅延について、PTPはハードウェアタイムスタンプ機能により、装置内の遅延変動を除去する機能を具備していますが、さらなる高精度化のためにデバイスレベルの遅延変動要因まで踏み込んだ議論がされています。しかし現状、装置内遅延は実装依存の部分が多く、標準としての制定の仕方についてはITU-Tの中でも重要な課題となっています。ファイバ伝送遅延に関しては、ITU-T SG15の中で光ファイバに関連する課題の検討メンバと連携して、波長分散等の光ファイバのパラメータに関する議論がされており、同期系担当者との間で理解促進が図られています。

表3   T-BC一装置当りの最大絶対時刻誤差

図4  T-BCの機能

周波数同期装置の高品質化

周波数基準装置(PRC)

時刻同期の信号が途切れた際には、周波数同期信号や装置内クロックによって時刻をカウントする必要があります。周波数同期精度は、図2に示すPRCの性能で決定されます。従来のPRC(G.811)の勧告は、電話や専用線等の同期系ネットワークサービスへの利用を目的としており、1997年を最後に更新がありませんでした。しかしこのたび、モバイル分野への周波数同期の利用を見込んで、原子時計等のクロックデバイスの最新技術を踏まえて、新勧告(G.811.1)としてePRC(en-hanced PRC)を2017年6月にコンセントしました。ePRCは従来のPRCに対して周波数精度が10倍向上された勧告となっています。例えば、PRCからePRCへ周波数精度が10倍向上されると、時刻信号不通時の時刻保持時間も10倍延長されるため復旧までに十分な時間をかけることができます。

周波数同期装置(EEC)

Sync-E対応の周波数同期装置であるEEC(G.8262)についても高品質化されたeEEC(enhanced EEC)が議論されており、2018年内に新勧告(G.8262.1)としてコンセントをめざしています。eEECについては装置内部に組み込まれる発振器等のタイミングデバイスの安定性について主に議論がされており、実際のデバイスの温度特性結果等を参照しながら検討が進められています。

同期網マネジメントの高度化

前述の同期装置に加えて、最近では同期網のマネジメントについても議論がされています。これまでITU-TではEthernet等の主信号系のOAM(Operations、Administration、Main-te-nance)の標準化がされてきました。しかし、最近の時刻同期技術の重要性の高まりとともに同期系装置に関しても迅速かつ安定的な保守・運用の必要性が高まっています。ITU-Tでは、通信事業者からの保守要件を基に、同期系装置の具体的な品質監視項目・測定項目や警報・イベントについて議論しています。NTTとしても新クロック供給装置(5)をはじめとする開発装置に具備されている品質監視技術や警報項目等を提案し、文書への反映を行ってきました。この文書は、既存の同期技術の勧告に対する補助文書(G.Suppl.SyncOAM)として制定予定です。

今後の展開

時刻同期技術は5Gにおける重要技術として、今後も標準化動向のタイムリーな把握が求められます。NTTとしても高精度同期技術の研究開発と合わせて標準化活動に積極的に寄与していきます。

■参考文献
(1) IEEE Std 1588-2008:“IEEE Standard for a Precision Clock Synchronization Protocol for Networked Measurement and Control Systems、”2008。
(2) 小池・村上:“ITU-Tにおけるパケットトランスポートの標準化動向、”NTT技術ジャーナル、Vol.21、 No.5、 pp.43-46、 2009。
(3) 新井・村上:“ITU-Tにおける網同期技術の標準化動向、”NTT技術ジャーナル、Vol.27、 No.12、 pp.63-67、 2015。
(4) 横手・西村・杉本:“3.5GHz帯TD-LTE導入に向けた高精度時刻同期ネットワーク装置の開発、”NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル、Vol.24、 No.2、 pp.18-26、 2016。
(5) 久島・坂入・新井・村山・黒川・行田:“電話系通信や法人向け専用線通信等を支える新クロック供給装置の実用化、”NTT技術ジャーナル、Vol.29、 No.7、 pp.44-47、 2017。