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300 GHz帯で毎秒100ギガビットの無線伝送が可能な超高速ICを開発──未踏のテラヘルツ波周波数の活用を拓く技術として期待

NTTと国立大学法人東京工業大学は、共同で、テラヘルツ波の周波数帯で動作する無線フロントエンド向け超高速ICを開発し、300 GHz帯における世界最高データレートである毎秒100ギガビットの無線伝送に成功しました。
未利用のテラヘルツ波は、周波数帯域を広く確保できることから高速無線への適用が期待されています。今回、独自の高アイソレーション設計技術を適用したミキサ回路を、インジウム燐高電子移動度トランジスタ(InP-HEMT)で実現し、従来の300GHz帯無線フロントエンドで課題となっていた伝送帯域幅の拡大と信号対雑音比(SNR)の向上とを両立させる技術を創出しました。また、これを用いた300GHz帯無線フロントエンドモジュールを実現し、毎秒100ギガビットの無線伝送に成功しました。
今回、1波(1キャリア)で毎秒100ギガビットのメートル級無線伝送を実現しましたので、将来的に、300GHz帯の広い周波数帯域を活かして複数キャリアに拡張したり、MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)やOAM(Orbital Angular Momentum)等の空間多重技術を併用することにより、毎秒400ギガビットの大容量の無線伝送を可能とする超高速IC技術として期待されます。これは、現在のLTEやWi-Fiのおよそ400倍、次世代の移動体通信技術である5Gの40倍に相当する伝送容量です。また、未利用のテラヘルツ波周波数帯の通信分野および非通信分野への活用を切り拓く技術として期待されます。

研究の背景

ブロードバンドネットワークの普及拡大に伴い、毎秒100ギガビット級の大容量無線伝送技術が世界で注目を集めています。無線伝送のさらなる大容量化のためには、伝送帯域幅の拡大、変調多値数の増加、空間多重数の増加の3つの方向性があり、将来の毎秒400ギガビット級~毎秒1テラビット級の大容量無線伝送技術を実現するためには、1波(1キャリア)で伝送帯域幅と変調多値数を両立して拡大すること、およびこれらを複数重ねて伝送する空間多重数の増加が必要になります。
現在研究開発が進んでいるキャリア周波数28~110 GHzでは、伝送帯域幅に限界がありますので、より伝送帯域を拡大しやすい300GHz帯をはじめとするテラヘルツ波の周波数帯の利用が検討されています。300GHz帯は、次世代の移動体通信技術である5Gで検討されている28GHz帯と比較して10倍以上の高い周波数であることから、広い伝送帯域幅を確保しやすい特長を持ちます。一方で、高い周波数であることから、IC内部や実装における各ポート間の不要信号の漏れなどが生じやすく、これまで十分に高いSNR特性を得ることができませんでした。このため、300GHz帯を利用したとしても、広い伝送帯域幅と高い変調多値数とを両立して得ることができず、これまで毎秒数10ギガビット級の無線伝送にとどまっていました。

研究の成果

今回、独自の高アイソレーション設計技術を考案し、この技術を300GHz帯無線フロントエンドにおいて周波数変換を担うキー部品であるミキサ回路に適用し、InP-HEMTでICを実現しました。高アイソレーション設計技術の適用により、IC内部や実装における各ポート間の不要信号の漏れを抑圧することに成功し、従来の300GHz帯無線フロントエンドで課題となっていた伝送帯域幅の拡大とSNRの向上とを両立させることに成功しました。また、これを用いた300GHz帯無線フロントエンドモジュールを実現し(図1)、Back-to-backでの良好な16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)信号の受信を確認するとともに、300GHz帯において毎秒100ギガビットの無線伝送に世界で初めて成功しました(図2)。

図1 ミキサICとモジュール

図2  伝送実験の様子

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2018/1806/180611a.html

研究者紹介
ミリ波無線通信による豊かな社会をめざして
岡田 健一

東京工業大学
工学院 電気電子系

現代の社会生活において、無線通信は必要不可欠なインフラ技術になっています。スマートフォンでの利用に加え、今後、自動車やIoT機器への幅広い利用が計画されており、単に情報の伝送のために用いられるのではなく、自動運転・ドローン配送、スマートシティなどの社会インフラシステムの一部として組み込まれることで、その価値の向上が期待されています。そのような無線通信には、高速性、低遅延性、同時接続性、堅牢性、セキュリティ等のより一層の改善が求められています。特に、移動体通信の総トラフィック量は年率1.3~1.4倍で増加しており、そのような通信インフラを支えるための光通信網の大容量化に合わせ、無線通信にも高速・大容量化が求められています。
これまでの無線通信では、主として低マイクロ波帯(300MHz~6GHz)が用いられてきましたが、広帯域利用が可能なミリ波帯(30~300GHz)による無線通信が期待されています。例えば、100Gbit/s以上の通信速度を達成するためには、16QAMの多値変調を用いても25GHz以上の周波数帯域が必要であり、そのような帯域幅を30GHz以下の周波数帯で確保することは不可能です。そのような背景から、広い帯域幅の利用が可能な275~325GHz帯の利用が期待されています。本執筆者はこれまでに60GHz、100GHz、28GHz、39GHz帯等のミリ波無線機をCMOS集積回路として実現する方法について研究開発を行ってきましたが、CMOS集積回路では300GHz以上の周波数で十分なSNDRを確保できる増幅器の実現は難しく、将来の数100Gbit/sの実現のために、2014年よりNTT先端集積デバイス研究所との共同研究を進めさせていただいています。その成果として、世界で初めて300GHz帯で100Gbit/sを超える速度の無線通信をInP回路により実現しています。短距離の無線通信であれば、CMOSでも120Gbit/sが達成できていますので、今後は、NTTのInP技術と東京工業大学のCMOS技術の強みを組み合わせ、500Gbit/s以上の通信速度を無線で達成することを目標に研究を進めています。ミリ波無線通信としては、コンシューマ向けとして初めて準ミリ波帯の28GHzが第5世代移動通信(5G)で利用されようとしていますが、まだまだミリ波やテラヘツル波による無線通信は商用利用が始まったばかりで、今後、無線通信の高速・大容量化を実現するため、一層の研究開発が期待されています。昨今、民間企業では、長期的な視点で技術価値を評価できる企業風土が失われつつありますが、その観点からも、NTTグループでの研究開発活動には大いに期待しています。

 

研究者紹介
テラヘルツ波を用いた超高速無線通信の実現をめざして
濱田 裕史

NTT先端集積デバイス研究所
光電子融合研究部

テラヘルツ波(300GHz~3THz)は、その周波数が、現在のスマートフォンやWi-Fiなどの無線通信で用いられている電磁波よりもずっと高く、電波の割当が完了していないため、広い帯域を利用した高速無線通信への応用が期待されています。特に、300GHz付近の周波数帯は、電磁波の大気減衰も小さく、無線通信に好適であるため、現在世界中で盛んに研究開発が行われています。
NTTではこれまで、テラヘルツ帯で動作可能な高速電子デバイスである内製のInP系トランジスタを用いて300GHz帯のモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC: Monolithic Microwave Integrated Circuit)およびそれらを用いた無線トランシーバの研究を進めてきました。今回、さらなる高データレートを達成するために、多値変調信号を利用する構成のトランシーバを検討し、そのために必要となる高変換利得・高線形ミキサ回路を実現し、300GHz帯では世界最高となる100Gbit/sの無線トランシーバを実現することができました。
今回の成果は、CMOSを用いたミリ波回路・システム設計に大きな強みを持つ東京工業大学岡田健一研究室と、InP系トランジスタのデバイス作製・回路設計を得意とするNTT先端集積デバイス研究所との共同研究によるものです。今後は、さらなる高データレート化に向けて、MIMO等の空間多重技術の活用や、そのためのCMOS、InPチップのハイブリッド実装技術確立など、より一層のCMOS、InPの機能集積を進め、1Tbit/sを超えるような超高速無線通信の実現をめざして研究開発を進めていこうと考えています。