Focus on the News
科学的なトレーニング支援技術を開発しラグビー選手を対象に有効性を実証
NTTは,早稲田大学ラグビー蹴球部の協力を得て,ラグビー選手のストレングス&コンディショニング(S&C)のコーチングにおいて,機能素材「hitoe®」で培ったウェアラブル生体センサ技術と心理学アプローチを応用したワークショップ(WS)による行動変容介入手法を用いることにより,科学的知見を活かしたS&C強化が可能なことを実証しました.
なお,この実験は実験主体者であるNTT,被験者としての早稲田大学ラグビー蹴球部の協力に加え,株式会社ユーフォリア,株式会社アシックスが参画し,4者の協働で行われました.
目的と背景
近年ラグビーはますますその戦術が高度化,複雑化するとともに,それを遂行するために必要とされる体力的要求も増大しています.早稲田大学ラグビー蹴球部のS&C部門はその要求に対し,かつてより科学的トレーニング手法を導入することでチーム強化の基盤をつくることをめざしていました.そこにユーフォリアがさまざまなデータを一元的に管理できるシステムを,アシックスがウェア設計技術を,NTTが機能素材「hitoe®」*をベースとしたウェアラブル生体センサ,先端的なデータ解析技術と,対話研究で培ったWSの知見を,それぞれ提供することで,選手たちの取り組みを科学的にサポートする実証実験を行いました.その結果,S&Cにおけるアスリートモニタリングとアスリートセンタードコーチングというアプローチに対し,今回新たに開発したNTT技術を適用することで選手育成を支援することに成功しました.
科学的トレーニングをサポートする成果
今回の成果は,選手のトレーニングにおいて選手の客観的な状態を数値化するアスリートモニタリングと,選手のトレーニングに対する主体性を引き出すアスリートセンタードコーチングにより構成されます.
アスリートモニタリングでは大量のデータが必要とされるため,まず選手のデータを安定的に測定する必要があります.アシックスの動作分析から得られた設計技術によりコンプレッションウェアの快適性と運動追従性が向上しました.そこにNTTがラグビー選手の筋肉の付き方を考慮した電極配置を見出し,「hitoe®」を電極として縫製することで,ラグビー選手のトレーニングに対しても格段に信頼性の高い生体データ計測ウェアを実現しました(図).このウェアと計測機を介して取得された選手の生体データはユーフォリアのコンディション管理システム「ONE TAP SPORTS(ワンタップ・スポーツ)」にて一元的に管理されますが,そこにNTTの持つ心拍数解析技術の1つを応用することで,ワークロードを推定できることが実証的に示されました.これはチーム全体のワークロードを効率的に把握しながら練習を行うことに役立てられました.その一部成果は生体医工学分野の国際会議にて発表されました.将来的には傷害・体調不良のリスクを抑えた効果的な練習プランニングなどにも役立つと考えられます.
他方,アスリートセンタードコーチングでは選手のトレーニングに対する主体性を引き出すために,選手が自分自身で意思決定する過程が重要になります.そこで本取り組みでは,選手が自分自身でS&C強化のための目標を設定・遂行する過程に着目し,そこにNTTが対話研究で培ったWSの知見を活用することで,選手どうしが対話をしながら自分自身で具体的な目標を設定するWSを設計・実施しました.その結果,選手の目標が具体化され,目標記述の具体度とストレングスの数値向上との関連(r=0.344,p=0.043)が確認できました.このことから,WSでの目標設定を通じ選手の行動変容が促され,ストレングスの数値向上が実現されたと考えられます.この取り組みは,選手自身が体力的基盤の増強を計画実行する過程を通じて,柔軟かつ迅速に意思決定する選手の人間的育成に役立つ可能性を持っています.
これらの成果は,第56回全国大学ラグビーフットボール選手権大会に優勝した早稲田ラグビー蹴球部において科学的トレーニングをめざすS&C強化に実際に活用されました.
*hitoe® :東レとNTTが開発した機能素材です.最先端繊維素材であるナノファイバ生地に高導電性樹脂を特殊コーティングすることで,衣服や帽子など人の体に密着した形に縫製できます.家庭洗濯などの耐久性にも優れ,非金属素材でありながら心拍数や心電波形などの生体信号を高感度に検出できます.
「hitoe」は東レ株式会社および日本電信電話株式会社の登録商標です.
今後の展開
本実験の成果を踏まえ,NTTは引き続き選手たちの取り組みを科学的に支援する技術の研究活用を進めます.データを測定する最新の装置や快適性の高いウェア,測定データを解析するシステム,人の行動や心理を加味したコーチング方法など多岐わたるNTT技術を組み合わせることにより,総合的にヒトとしての選手の成長をサポートする世界をめざします.
問い合わせ先
NTT研究企画部門
プロデュース担当
TEL 03-6838-5650
E-mail takashi.sato.va@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2003/200313a.html
研究者紹介
hitoe®️を利用したワークロード推定と傷害・体調不良リスク管理への応用に向けた取り組み
樋口 雄一
NTTデバイスイノベーションセンタ ライフアシストプロジェクト
(現,NTTテクノクロス IoTイノベーション事業部 第一ビジネスユニット))
NTTデバイスイノベーションセンタでは機能性素材「hitoe®️」をベースとしたウェアラブル生体センサの研究開発とその応用に取り組んできました.
今回の共同実験は研究企画部門からの要請で始まりました.連携先の早稲田大学ラグビー蹴球部の村上,臼井両コーチと議論や実験を重ねていく中で,hitoe®️を用いて傷害・体調不良リスクとの関連があるワークロードを推定することにテーマが定まっていきました.ラグビー選手は体型が特殊で,一般人向けのデータ計測ウェアの電極位置ではノイズが発生しデータ取得が難しいため,専用のデータ計測用ウェアの検討から進めていきました.データ計測ウェアの仕様を定めていく初期段階では,詳細なデータ取得のために,サンプル品を着た練習中の選手と一緒に走るという実験をしたこともありました.データ計測用ウェアが完成し,計測システムが決定した後,早稲田大学ラグビー蹴球部のコーチ,選手のご尽力の末,複数年に渡ってデータを計測でき,ワークロードの推定を示すことができました.今回の発表には結果を載せていませんが,hitoe®️による傷害・体調不良リスクの推定にも取り組んでおり,学会発表を予定しています.
ワークロード推定に限らず生体情報は適切に利用すればより良い意思決定のためのツールとなり得ます.今後も意思決定をアシストするための生体情報の可視化とその応用に取り組んでいきたいと思います.
研究者紹介
人と人とのインタラクションによる行動変容をめざして
赤堀 渉
NTTサービスエボリューション研究所 ユニバーサルUXデザインプロジェクト
(2020年7月1日より,NTTサービスエボリューション研究所 イノベーティブサービス研究プロジェクト所属)
私たちは,心理学,データサイエンス,デザインなどの知見を活用しながら,人の価値観や行動を理解し,人をより良い状態に変容させるための研究開発を進めています.その中でも私は,人と人とのインタラクションをデザインすることで,自主的な行動変容を促進することをめざした研究開発に取り組んでいます.
本共同実験では,早稲田大学ラグビー蹴球部の協力を得ながら,参加者間の情報共有を通じて多様な視点が得られるという特性を持つ体験型講座(ワークショップ)をデザインし,その特性が選手の自主的な行動変容の促進,および体力的基盤強化に与える効果検証を実施しました.早稲田大学ラグビー蹴球部は,選手の自主性を重んじる風土が根付いており,選手の自主的な行動変容の促進,および体力的基盤強化で一定の成果を見出すことができました.さらに本成果は,選手自身が迅速かつ柔軟に意思決定するような人間的育成にも役立つ可能性があると考えています.
今後は,行動変容を促進するワークショップ等のインタラクションの場のデザインにおいて,情報通信技術を用いた支援の可能性を検討する予定です.インタラクションおよび行動変容は複雑な過程を含むため,デザインとその評価が難しい領域と言えます.そのため,私たちは,人をより良い状態に変容させるために本質的に重要な支援とは何かを解き明かすことをめざし,着実に研究を進めていきます.