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NTTグループの食農分野の取り組み

次世代の農業を支える新しい農業ICTの創出

人手不足や後継者不足が課題である農業現場にはさまざまな形態の農業ICTや作業自動化技術の導入が進んでいます。最近では栽培種や栽培方法の多様化、圃場分散化、営農マネジメントの効率化など農業にも新しい変化が出始めて農業ICTで扱うセンシング機能や情報を蓄積するプラットフォームの役割も変化しつつあります。本稿では、このような次世代の農業を支える新しい営農プラットフォーム「畑アシストTM」を紹介します。

大関 優(おおぜき まさる)

NTTドコモ

これまでの農業ICT

本州以南や小中規模経営の農業では数a(アール)から数ha(ヘクタール)の農地や施設園芸などが多く、農作業の一部を効率化し人出不足を補うには、例えば田畑の環境データ(気温や水温など)を可視化し見回りの手間を省くような農業ソリューションが導入されてきました。圃場の環境を測るフィールドセンサなどの農業ICTがその一例です。
これらの導入で作業の一部が効率化されるのは間違いありませんが、家族や数人で行われる農作業が抜本的に省力化され、費用対効果を生み、後継者の育成にも寄与するには高価であり機能も限られているので広く普及しないのが実情でした。多くの場合、農家は代々受け継がれた農法に従って手作業中心で栽培し、後継者には栽培のノウハウを実地で体得させているのが実情です。
このようなフィールドセンサは価格の低廉化やこれらのIoT(Internet of Things)向け通信サービスの充実化に加え、海外などの製品も流入し始めており、現在では多機能なものが開発されています。国内で販売されるフィールドセンサだけでも数十種類にのぼるでしょう。先進的な農家や農業法人にはこれらを導入する動きが徐々に広がりつつあります。
一方で農業現場では新しい変化も出始めています。付加価値の高い生産物に栽培を切り替える、省力化された新しい農法を導入する、栽培環境や栽培方法を「型紙化」したフランチャイズ型の農業など、これまでにない新しい様態で次世代の農業が現出しています。

次世代の農業を支える新しい農業ICTの必要性

従来型の農業と次世代の農業の現出により農業現場に適用させる農業ICTの機能や仕様、扱うデータの種類や内容も多様化します。栽培種や栽培方法の違いにより異なる製品の導入が必要なケース、これらと農作業の記録とは別のシステムになっているなど管理が煩雑になるケースも少なくありません。前述したようなフランチャイズ型農業は栽培方法を「型紙化」するため多種・多数のフィールドセンサを活用してデータの蓄積・分析する必要がありますが、システムの一元化や導入コスト、メンテナンスなども課題となっています。また休耕地や耕作放棄地が増える中、その農地を新たに担う農家や農業法人が広域・分散化された農地の管理をどう効率的に行うかも新たな課題です。このように従来型の農業のみならず新しい生産方法や営農形態をベースとした次世代の農業の課題にも適用できる新しい農業ICTが必要になっています。

新しい営農支援プラットフォーム「畑アシストTM」

NTTドコモは従来型の農業から次世代の農業にも柔軟に対応できる営農支援プラットフォーム「畑アシストTM」*を開発しました(図1、2)。
圃場の環境センシングと作業計画や実績管理を記録する圃場日誌を一体化した「畑アシストTM」の特徴を以下に示します。

* 「畑アシストTM」は株式会社NTTドコモの商標です

図1 畑アシストTMの概要

図2 畑アシストTMの画面

小型軽量化、多種のセンサ種をサポート

最近では気温や湿度、雨量といった気象計で計測するような基本的なパラメータ以外に土耕栽培であればPH(ペーハー)や電気伝導度(EC)、地温、水耕栽培であれば溶存酸素量(DO)、電気伝導度、PHといった、詳細な環境データの把握を前提とした新しい栽培技術が導入されています。これまでは栽培種や栽培方法によって異なるメーカーのセンサや気象計を用意し使い分ける必要もありました。「畑アシストTM」は計15種類のセンシングに対応し土耕や水耕のほか、水産にも適用できます。小型軽量化された本体は気象計を兼ねており、必要なセンサヘッドを選択して取り付けるハブの役割を果たします。さまざまな環境データを1つの機器で計測できるようになっています。

LPWA-ZETAの採用

これまでの農業用フィールドセンサは本体にSIMを挿入し、収取したデータを携帯電話網経由で直接クラウドに伝送するものが多く、センサごとにデータ送受信用の通信モジュールや回線の契約を必要としていました。最近ではLPWA(Low Power Wide Area:省電力広域無線通信)が普及し農業ICTのキーテクノロジの1つになっています。
まずUNB(Ultra Narrow Band:超狭域)を最大限に活用した長距離(~10 km)の通信や低電力の運用はLPWAにおける大きな特徴です。加えて今回LPWAとして採用した「ZETA」は複数のフィールドセンサとそのデータを集約するアクセスポイント装置間でLPWAによる通信を直接行うだけでなく、間に電池式の中継器を介在させて伝送距離を延伸できます(図3)。
複数の中継器を設置すればメッシュ型ネットワークとして冗長を担保することも可能です。農業は広域、分散型の農地や移動体通信用の電波の届かない、無波地帯が入り混じる中山間地で行われる場合も少なくなく、通信距離の延伸やメッシュ型のネットワークはこのようなケースにおいて便利です。

図3 離れた圃場でもセンシング(中継器利用による通信距離の延伸)

作業記録、作業者間のコミュニケーション機能の一体化

従来のフィールドセンサは収集したデータを可視化する点は便利でしたが、作業計画や作業実績を管理する圃場日誌などとは別システムであることが少なくありませんでした。「畑アシストTM」ではこれらを統合して圃場の管理や作業記録、現場への作業指示、作業報告など作業者のコミュニケーションも同一のシステムの中で行います(図4)。
また、最近では海外からの留学生が就農するケースも多く日本語のほか、英語、中国語の3カ国語をサポートしています。
このように単に圃場の環境を「見える化」するだけではなく圃場のオペレーション全体を一元的にプラットフォームで可視化して作業者間のコミュニケーションをしやすくすることも効率的な営農には必要となっています。

図4 作業記録

収取したデータの活用やデータの保護

「畑アシストTM」に格納されるデータは貴重な営農のノウハウにほかなりません。環境データはその相関を分析することでその土地に合わせた環境の調節や収穫時期、収量の予測にも応用できます。作業記録は作業品質や現場マネジメントの向上にも役立ちます。最近ではAI(人工知能)技術の高度化、営農分析アプリケーションの充実化もめざましくこれらの農業データの解析も効率かつ効果的に行われるようになりました。「畑アシストTM」は利用者のニーズに応じ、これらのデータ分析が容易にできるよう、他のベンダのAIプラットフォームや解析アプリケーションとの連携を容易にできるサービス仕様にしています。

「畑アシストTM」の活用

「畑アシストTM」は従来型の土耕を中心とした農業のほか、多種、多様な農業や水産業にも適用できます。ここでは「畑アシストTM」を活用した次世代型の栽培の事例を紹介します(図5)。

オリーブ畑

乾燥した土壌を好むオリーブの栽培は最近では関東から九州に至るまで広く行われています。食用をはじめ、美容や化粧品にも加工されるオリーブは特産品化されるなどしてその需要が増しています。
オリーブの生育には日照条件や気温、土の水はけの状況などが大きく影響しますが、福岡県のオリーブ園ではこれらを「畑アシストTM」で計測し、生育の良し悪しと紐付けて分析する試みが始まっています。これまで数値的に見えていなかったオリーブの生育条件が可視化され、水やりの量やタイミングの最適化に活用されています(図5(a))。

次世代水耕栽培

休耕田や耕作放棄地、空いたビニールハウスなどを活用した次世代型の水耕栽培も現出しています。液肥(液体肥料)は使用せず専用の循環装置も不要、専用の苗ポットにゆっくりと溶け出す特殊な肥料を注入し、水耕パネル上で主に葉物野菜を栽培するシンプルなものです。生産者の農作業自体は省力化された軽微な作業のみとなりますが、一方で土耕栽培にはない水の管理が課題となります。
これまでは作業者はハンディタイプの機器で水の状態を手動で計測し、その結果を開発元である農業ベンダのフランチャイズ本部から営農指導を受けていましたが、「畑アシストTM」の導入により水管理は自動化され、本部と現場とのコミュニケーションも一元的に行えるようになりました(図5(b))。
生産者は現場作業に注力し、フランチャイズ本部は正確なデータに基づいた支援が可能になります。

海ブドウの養殖

沖縄県では海ブドウの養殖が盛んです。専用の養殖池に水を張り、精密な水管理をしながら養殖が行われています。この水管理には照度や水温のほか、溶存酸素計やPHなどの計測が欠かせませんが、この養殖にも「畑アシストTM」の活用を試みています(図5(c))。
養殖池で収集された水管理データは定期的に収集され生産者の手元で閲覧できるようになっており、生産者はこのデータを基に水の水温や濃度管理、養殖場の照度調節を行いますが、この制御も自動化される見込みです。
養殖に最適な環境のデータが蓄積されることで、同様の環境を他の場所でも容易に再現できるようにもなり新しいビジネスへの応用が期待されます。

図5 畑アシストTMの活用

今後の展開

農業現場では今後もさらに目覚ましい技術革新が進むと思われます。前述のような農業ICTが高度に発達する一方でこれまで見たこともないロボティックスの開発や導入もこれまで以上に加速するでしょう。収穫時期や生産量の予測技術も向上し、野菜の味を自動調節、販売者(小売、ECなど)の需要に基づいた生産技術の開発もすでに始まっています。次世代の農業を支える農業ICTは単に生産現場を効率化するものではなく、消費者のニーズに基づいたマーケットイン型の農業へのシフトとそれを担う新しいフードチェーンにも柔軟に連携できるプラットフォームを有することが今後は必要と容易に考えられます。またこれらのプラットフォーム連携は生産者をはじめ、農業ICTの提供事業者、運送業者、販売者、飲食店なども巻き込みながら今後、一層、活発になるでしょうし、この連携こそが日本の農業と食文化の維持発展に寄与するに違いないと私たちは考えます。

(後列左から)谷 友美/鈴木 順也
(前列左から)矢野 稔/大関 優(著者)

私たちは、「食」を中心とした豊かな生活を維持・発展させるべく日本の食文化を担う大切な生産現場の課題や変化を敏感にとらえながら、これに資する農業ICTを持続的に創出していきます。我が国はもとより世界レベルの食文化の維持発展に貢献していきます。

インタビューを終えて

◆問い合わせ先
NTTドコモ
スマートライフ推進部 食文化事業
フードテックビジネス担当
TEL 03-5156-3588
FAX 03-3509-6255
E-mail agri-lsb-ml@nttdocomo.com