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大規模住民コホートデータを活用した国立大学法人東京大学との介護予防に資する共同研究の開始
NTTと東京大学医学部附属病院(東大病院)は,2020年4月1日から3年間にわたり東大病院22世紀医療センターに設置する社会連携講座「ロコモ予防学」において,東大病院の保持する大規模コホートデータとNTTのデータ分析技術を基に,ロコモティブシンドロームの予防のための影響因子の解明,および生活習慣病・認知症などの介護原因疾患との関係性の解明,介護につながる影響因子の特定,効果的な介護予防・介入方法の検討,およびその社会実装に向けた共同研究を開始しました.
背景
超高齢化社会に突入した日本において,社会保障制度の持続可能性を確保するための給付と負担の見直し等と併せて,「健康寿命の延伸」や「医療・介護サービスの生産性の向上」など,患者・高齢者,そしてサポートする方々に寄り添った対策が求められています.特に,介護を必要とする高齢者は年々増加しており,要介護者およびその家族のQOL向上は大きな社会課題となっています.これらの課題に対してさまざまな対処が検討・実施されていますが,介護に至る原因・過程はさまざまであり,画一的な対処によって介護を予防することは難しいと考えられています.このような背景から,東大病院では介護予防の方策を検討するため,2005年から運動器(骨,関節,筋肉など)をターゲットとした世界最大規模となる住民コホート研究ROAD(Research on Osteoarthritis/osteoporosis Against Disability)を開始しています.
本共同研究では,東大病院がこれまでROADプロジェクトで蓄積してきた一般住民の方々の各種検査データや生活習慣等の問診データと,NTTの情報解析技術をかけ合わせることによって,疾患の変遷や生活習慣から介護に至るリスク因子を明らかにし,個人に適した介護の予防法を提供することを目的とします.また,それらを個人にフィードバックし介入することで行動変容を促し,介護リスクの低下につなげ,高齢者がいつまでも自分の足で歩ける幸せな生活の実現に貢献したいと考えています.
共同研究における役割
本共同研究の中心である東大病院所属の吉村典子特任教授は,高齢者が運動器疾患により要介護状態となる要因やリスクを把握するためには分野横断的に疫学データを収集することが重要であると考え,2005年より世界最大規模の住民コホート研究ROADを開始しています(図).ROADプロジェクトでは,分析したコホートデータから得た知見を一般化して将来的に日本全体の介護リスク低減に寄与することを目的に,山間・漁村・都市という環境の異なる地域に在住している約4400名を対象に追跡調査を実施しています.このプロジェクトでは個人の運動・食事等の生活習慣項目はもとより,現病歴・既往歴・職業歴等の情報,並びに骨や関節のレントゲン画像,骨密度,MRIによる脳・脊椎画像,血液尿検査,認知機能検査等の検査データを収集しています.研究を通じて,これまでに要介護の発生率や,ロコモティブシンドローム(ロコモ)の頻度,変形性関節症・骨粗鬆症の発生率,およびこれらの疾患とMCI(軽度認知障害)やメタボリックシンドロームとの発生の相互関係について報告してきました.このような研究実績を活かし,東大病院は匿名化された大量の疫学データと疾病の状態・変遷に関する医学的知見を提供します.
NTTは,これまで健診データや診療データを用いて生活習慣病の発症リスクや重症化の予測を実現するなど,医療・健康分野におけるデータ分析技術を蓄積してきました.健診や診療においては定期的なデータ取得が困難な場合が存在し,分析を阻害する要因の1つとなっていましたが,そのような欠損のあるデータにおいても,高精度な分析・予測を実施可能な技術をNTTは保持しています.ROADプロジェクトにおいては,一度の検査で大量の情報を取得しますが,長年にわたり個人のデータを取得するコホート研究の性質上,途中でプロジェクトから離脱される方や検査を毎回受けることができずに間隔をあけて参加される方も一定数いらっしゃいます.本共同研究においては,プロジェクトで取得した匿名化された大量の個人の検査・生活習慣データの分析を実施することはもちろん,連続して検査を受診できなかった方々の貴重なデータもNTTの分析技術によって活用します.
このように,疫学データや医学的な知見を持つ東大病院とデータ分析技術を保有するNTTが共同研究を通じて,これまで知られていなかった疾患の関係性を解明するとともに,介護に至るリスク因子の特定,さらには介護予防・介入方法を確立し,日本全体の介護リスクの低減に向けて貢献したいと考えています.
問い合わせ先
NTT広報室
TEL 03-5205-5550
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2003/200325a.html
研究者紹介
要介護予防実現に向けた大規模コホートROADスタディ
吉村典子
東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター ロコモ予防学講座 特任教授
このたび,NTT様と共同研究「要介護予防実現に向けた大規模コホートデータの分析」を実施させていただくことになりました.私は和歌山医科大学を卒業し,内科で5年ほど勉強した後,予防医学の道を志しました.昔から高齢者が大好きでしたので,今,高齢者の幸せな老後の形成に貢献できる機会をいただいたことを大変幸甚に存じております.
私どもロコモ予防学講座では,要介護予防および高齢者のQOLの維持増進資することを主たる目的として,2005年より3000人以上の地域住民が参加する大規模住民コホートROAD(Research on Osteoarthritis /osteoporosis Against Disability)スタディを開始し,すでに13年目の追跡調査を終了しています.私どものROADスタディは高齢者疾患につながる情報を高い参加率で追跡しているコホートであり,私どもの講座から発表された解析結果は高齢者疾患,特に運動器疾患やロコモティブシンドロームの予防のための基本資料として活用していただいております.しかしながら多くの参加者の長期追跡データを蓄積しているため,膨大なデータの海に溺れそうになっていました.今回,共同研究でNTT様にデータハンドリングをご指導いただくことになり,お互いに協力して最終目的である高齢者の幸せの実現に向けてWin-Winの研究成果が出せるように努力していきます.
研究者紹介
高齢者がいきいきと暮らせる社会の実現に向けて
千葉昭宏
NTT 物性科学基礎研究所 バイオメディカル情報科学研究センタ/スマートデータサイエンスセンタ
高齢化率の高い日本では,高齢者の健康維持・増進が重要な社会課題となっています.高齢になっても活動的であるためには,運動の習慣化や食習慣の改善など,早期の対策が必要ですが,若いうちから意識するのは難しいものです.それは,高齢になったときの健康上のリスクを自覚しづらいことが一因となっていると思われます.もし将来の要介護になるリスクが予測され,その要因を見つけることができれば,日々の行動の見直しに役立つと思われます.
私たちは,ICTで医療の未来を創造することをミッションに,健康診断の結果や病院の電子カルテシステムの診療情報のような医療健康に関するデータの分析に取り組んできました.今回,東京大学医学部附属病院の医学的知識とNTTの分析ノウハウが融合した相乗効果によって,長期にわたって収集された膨大なデータから要介護予防のヒントが見つかることが期待されます.研究は開始されたばかりですが,ロコモティブシンドロームをはじめとした要介護に至るまでの状態の予測と要因の分析に取り組んでいきます.
データの先には実在する人がいます.分析者は,そのことを忘れてはいけません.私たちは,これまでデータ収集の現場を体感し,医師との議論を重ねてきました.そして,人々の健康を守りたいと心から強く思うようになってきました.ゆりかごから墓場まで,ICTでその人の健康を見守っていく.そのような世界の実現に向けて,これからも研究を推進していきます.