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NTTグループの食農分野の取り組み

NTTデータの食農・農業分野の取り組み

スマート農業の推進は、成長市場の創出、地域活性化、科学技術イノベーションの分野で政府によるSDGs(持続可能な開発目標)を推進するための取り組みに挙げられています。NTTデータではその推進に寄与するべく営農支援プラットフォーム「あい作®」を通した生産現場の情報デジタル化の取り組みや福島県の農業復興支援、地球温暖化に伴う気候の変動により従来の栽培暦や農業者の経験では対応が困難な状況へのデジタル技術の導入支援などを行っています。本稿では、NTTデータの農業分野の取り組みと今後の方向性について紹介します。

伊勢谷 岳志(いせや たけし)

NTTデータ

日本の農業を活性化させる農業ICT

農業は、日本政府の成長戦略にも位置付けられています。農業全体の所得向上をめざし、生産性向上や効率化などさまざまな課題に対してICTを活用したスマート農業の実現が試みられています。しかし現時点では、農業ICTの活用は一部にとどまっており、農業全体への普及に向けた使いやすく効果の大きなソリューションが求められていました。ICTには、従来は活用されていなかったデータをデジタル化し、データ量を増やしていけばいくほど、その力がより大きく発揮される特質があります。農業ではこれまで、生産者の経験や勘などはデータ化されず一子相伝で受け継がれてきた領域が多くあり、そこにICTが加味されることで効率化が図られたり、新規就農者の技量を早く向上させられるなどのメリットが考えられます。

営農支援プラットフォーム「あい作®」を通した生産現場デジタル化の取り組み

NTTデータは、農業協同組合や農事組合法人などの農業社団体での利用に特化した営農支援プラットフォーム(クラウドサービス)「あい作®」*1(図1)の商用提供を2019年4月から開始しました。「あい作®」 は、生産者と組合担当者の営農業務のうち、生産計画作成から栽培記録の確認、承認までの業務を対象にしています。生産者がスマートフォンやタブレットに入力した栽培情報を、農業法人の管理者や組合担当者が把握できるようになることで、産地の栽培情報の見える化を実現するだけでなく、双方のコミュニケーションも促進して営農活動の質の向上と効率化を実現します。また、「あい作®」 は日本GAP協会の推奨農場管理システムの認定を受けており、GAP*2の実践や認証取得にも活用できます。従来、生産者は生産計画や栽培結果を紙面で作成して組合に提出していましたが、「あい作®」を使えばスマートフォンやタブレットなどで簡単に入力するだけで組合に提出できます。また組合の担当者はいつでも、入力された情報を確認することができ、農薬の使用基準の確認や出荷時期・出荷量見込みなどの把握に活用できます。「あい作®」の開発では、ICTがあまり浸透していない営農の現場を対象とするだけに、生産者の使いやすさに徹底的にこだわりました。企画開発の段階から生産者に実際にシステムを利用してもらい、使い勝手について意見を求める一方、行動観察などのフィードバックに基づいた設計見直しを繰り返しました。その結果、日々の営農業務に負担なく続けられるシステムになりました。入力した内容は、生産者自身の営農活動にも活用できます。「あい作®」は、法人または組合単位の定額ライセンス制で提供され、すでに20県を超える地域でご利用いただいています。

豊富な機能を気軽に使える仕組み

「あい作®」は「営農支援プラットフォーム」を標榜しているように、めざすサービス内容は現在提供している生産計画や栽培実績の記録にとどまりません。つまり農業の川上から川下までの、まさに農業を営むすべての領域でのICTプラットフォームになることを目標としています。田畑に設置されたセンサを利用して生育状況を自動的に把握して水やりの時期を決めたり、消費市場での相場情報を基に出荷時期や量を調整して収益を増やすなどの取り組みが可能になります。しかしながらシステムそのものの技術レベルは上がり、生産者が気軽に使えるような仕組みにするのも容易ではありません。こういった課題に対してNTTデータグループがさまざまな業種・業態でのシステム開発で培ったノウハウを提供することで、農業の成長を支援できると考えています。

農業×アジャイル開発

「あい作®」の開発においては農業ICTの普及障壁である「使ってもらえない」という課題に真正面から向き合いました。デザイン思考・UX・アジャイル開発の要素を組み込んだ、NTTデータの新サービス創出方法論「Altemista Project Now!」(図2)をプロジェクトに適用し、徹底的な利用者目線、クイックな検証に拘ることで使いやすさを追求しました。
現在も生産者の“より使い易く”の声におこたえするため、2週間~1カ月単位で改良版のリリースを重ねています。これらの改善の結果、若手生産者だけでなく、高齢のベテランの生産者などにも利用が進んでいると考えています。
さらに「あい作®」を導入したJAなどの職員からは「生産者が入力した内容を職員もリアルタイムで共有できるようになっており、記録内容が基準に適合しているかどうかを自動で判断する機能も備えているため、職員の作業も効率化された」、「営農指導員が生産者からの技術相談を受信し返信する機能もあるので、取引先との商談や出張先などのため相談を受けた時点で対応できない場合にも受信して、用件終了後すぐに対応できる」などJA職員の業務効率化にも効果的との評価を得ています。

*1 あい作®:Agriculture Information Share and Communicationの頭文字「AISAC」の日本語表記。農業情報に関する拡張性を備えるプラットフォームにする気概と農業現場での親しみやすさを込めて「あい作®」という日本語の名前を付けました
*2 GAP:Good Agricultural Practice(農業生産工程管理)のこと。農業における食品安全、環境保全、労働安全などの持続可能性を確保するための取り組みです。取り組みの状況を記録して改善を進め、その取り組み内容が認証されると国内外で「安全・安心な農作物」として政府調達の対象などになります。

図1 営農支援プラットフォーム「あい作®」の概要

図2 NTTデータにおけるサービス開発の方法論「Altemista Project Now!」

NTTデータグループの雑草・病害虫診断、生育診断への取り組み

農業は自然とともに営む産業であるがゆえに自然界特有の被害に見舞われることがあり病害虫被害もその1つです。世界規模でみると農業生産可能量の2、3割程度が病虫害・雑草害で失われ、世界の飢餓人口に相当する数億人分の食料に値するともいわれています。一方で、気候変動や栽培作物の多様化、農産物流通の国際化に伴う海外からの侵入病害虫等、その対策への農家の負担はますます大きくなってきています。NTTデータCCS(データCCS)は水稲の雑草、病害虫の診断システムの構築に取り組んでいます。データCCSの持つAI(人工知能)技術を活用した画像解析技術を活かし、例えば、農家や営農指導員がスマートフォンで撮影した病害虫の画像を病害虫データベースと突合させ、リアルタイムで病害虫の候補やそれぞれの対処方法、推奨農薬等の情報をフィードバックする仕組みの構築、面的展開をめざしています。合わせて、水稲の生育ステージを判別する仕組みを、水稲の形状の変化に着目した画像深層学習を用いて開発を進めてもいます。稲の生育ステージは分げつ期、幼穂分化期、減数分裂期、出穂期、登熟期等がありますが、収量や食味、品質を上げるには、特に幼穂分化開始のタイミングを正確に把握し、適切な時期に追肥することが必要となります。しかし現状では、匿農家といわれているベテラン農家の長年の経験と勘に基づいて行うか、顕微鏡検査等による分解検査が必要で、後継者不足の問題や多大な労力と困難を伴なっています。データCCSはこの課題に取り組み、固定カメラやスマートフォンで撮影した画像から各生育ステージを分類し、撮影時の稲の形状把握を行うことで、特に重要な幼穂分化開始を深層学習により決定する仕組みを構築するとともに、対象作物拡大、面的展開を進めています(日本国特許取得済み)。
なお、この「雑草・病害虫AI診断」「生育AI診断」の機能は現在、「あい作®」に試行版として提供されています(図3)。

図3 画像解析とAIを用いた生育診断・病害虫診断のサービス概要

福島県南相馬市での取り組み

東日本大震災により、岩手・宮城・福島の東北3県においては約2万530 haの農地が津波により浸水しました。営農再開に向けた農地の復旧・整備が進められ、福島県では津波被災農地5460 ha(転用見込み含む)のうち、平成30年度までに2670 haが営農再開可能面積となっています(1)。また原発事故による避難指示がなされていた地域についても、順次解除が進められており、営農の再開も取り組まれています。しかしながら営農再開済みの農業者は、労働力の確保を大きな課題と考えており、営農再開意向がない農業者の主な理由も「高齢化や地域の労働力不足」となっています(2)。今後、1人当り農業者の耕作面積は増加していくと考えられますが、旧来の農業技術体系のままでは耕作可能な面積に物理的な限界が訪れ、復旧・整備された農地がそのまま耕作放棄地となってしまうことも考えられます。特に中山間地では、治水や土砂崩れの防止といった水田の多面的機能が果たす役割も重要となっており、限られた就農人口でも大規模面積での営農を継続できる低負荷低コストであるスマート農業技術体系が求められています。
そこでNTTグループを中心に、2019年4月に「みちびき」活用による新たなスマート営農ソリューションコンソーシアムを立ち上げ「あい作®」だけでなく、準天頂衛星みちびきの高精度なGNSS(Global Navigation Satelite System) 信号を受信するドローンを、NTTデータのドローン運航管理ソフトウェアパッケージ「airpalette® UTM」を利用して複数台同時に自動運行し、生育状況を把握したり、肥料や農薬散布を適所に適量行うなど、農家経営に貢献するスマート農業の実証実験を、福島県南相馬市で始めています(図4、5)。一連の取り組みから得られた知見は、福島県内だけでなく全国の中山間地を中心に展開可能で、将来的には発展途上国の農業生産の効率化にも転用できるものであり、世界の食糧確保にも貢献できる技術だと考えています。

図4 スマート生育診断・追肥の実証

図5 スマート病害虫診断・対処の実証

今後の展開

農業ICTは検証・実証フェーズから、社会実装のフェーズに移りつつあります。このような状況の中、NTTグループはこれまで各社が個別にプロダクト開発や展開を進めてきましたが、今後は各プロダクトや蓄積されたデータの連携させる仕組みの構築を加速させ、競争力を強化していきたいと考えています。例えば稲作については、前述の病害虫・病害雑草診断、生育診断、およびグループの持つセンシング技術、気象、地図情報、さらには収量予測や病害虫予測までを連携させ、稲作のトータル診断・予測サービスの実現をめざします。また、農と食をつなぐデジタル食農バリューチェーンの仕組みとも連携させ、生産のみならず、販売面でも農業関係者を支援する仕組みを構築し、省力化と収益増の両面から儲かる農業の実現を後押ししたいと考えています。
今後も、NTTグループが選ばれるバリューパートナーになることをめざし、1次産業をはじめとする食農分野の発展に貢献していきます。

■参考文献
(1) http://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/higai_taio/attach/pdf/master_plan-7.pdf
(2) https://www.maff.go.jp/j/kanbo/joho/saigai/attach/pdf/12town_jisseki1812.pdf

伊勢谷 岳志

「食」と「農」は切り離せず、農業は人が生きるうえでもっとも基本的な産業の1つです。しかしながら日本の基幹的農業従事者数は減少の一途をたどり、2019年には30年前の約半数である140万人となっています。日本の豊かな食を守るためにも農業を支える農業ICTの社会実装が急がれています。

問い合わせ先

◆問い合わせ先
NTTデータ
戦略ビジネス本部 食農ビジネス企画担当
TEL 050-5546-9784
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