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挑戦する研究者たち

「今ここだ!」の瞬間を共有できる仲間と社会を支える ──社会生活を大きく変革する光通信技術開発に挑む

通信技術の発展は人々の社会生活を大きく変革してきました.世界的な新型コロナウイルスの感染拡大による未曾有の事態においても,リモートワークやオンライン診断といったICTを活用したサービス・アプリケーションは,人々の生活や経済活動を支えてきました.一方,総務省の情報通信白書によると,世界的に普及が進んだIoTデバイス数は現在,約400億ともいわれています.こうしたサービスやアプリケーションを支えている光通信インフラの研究開発と実用化に至るまでの道程・研究者の心構えについて, NTT未来ねっと研究所,宮本裕フェローに伺いました. 

宮本 裕 フェロー
NTT未来ねっと研究所

キャパシティクランチ克服への挑戦

現在手掛けている研究について教えてください.

NTTはこれまで光通信技術の研究開発において世界をリードしてきました.1981年から時分割多重(TDM)光ファイバ通信方式の実用化が始まり,以来,光増幅中継方式,波長多重(WDM)方式,デジタルコヒーレント方式といった光伝送方式の3つのパラダイムシフトを連続的に起こし続けることで,40年間で約106倍の伝送容量拡大を実現してきました.いまだにデータ通信量は年率1.4倍程度の割合で増加し続けており,5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)の本格導入により,今後も同様に,,指数関数的に増大することが予想されます(1)

最近では,1波長当りのチャネル容量100~400 Gbit/sのデジタルコヒ―レント方式を用いた大容量波長多重システムが研究開発・実用化され,ファイバ1本で8 Tbit/sの大容量長距離伝送が実現しています(2),(3).現在では,デジタルコヒーレント方式のさらなる高度化により,チャネル容量も600 Gbit/s/波長が実用段階にあり,今後も新たな研究開発を進めることで1Tbit/s/波長を超える高速化が進むと期待されています(3),(4)

一方で,今後10年スパンでの光通信インフラの発展を図1の実用システムのトレンドから予測すると,2030年代にはPbit/s級容量の長距離伝送が必要となります.しかしながら,近年の研究において,現在利用している既存の光ファイバを用いた長距離伝送時の物理的な伝送容量限界が100 Tbit/s付近で顕在化すること(キャパシティクランチ)が分かってきてます.このキャパシティクランチの技術課題を克服し,現在の100倍以上のデータトラフィックを低電力かつ経済的に収容可能なペタビット級の光インフラを実現するために私たちが取り組んでいる研究開発が,スケーラブル光通信技術です(1).この実現には,これまで取り組んできた光伝送技術とともに,光ファイバそのものの新たな光媒体技術をセットで考えた技術革新,すなわち,第4のパラダイムシフトが必要であると考えています.

私たちの研究開発の一例として,光媒体研究部門との密な連携をとり,光ファイバ1本当りの伝送容量を現在の既存の光ファイバを用いた実用システムの125倍以上の毎秒1ペタビット以上に拡大可能な空間多重光通信技術があります.NTTでは,2012年に,国内外の研究機関と共同で,1本の光ファイバに12個のコア(光ファイバ内の光信号の通り道)を実装したマルチコアファイバを適用し,デジタコヒーレント技術をさらに高度化した32値の光直交位相変調(QAM)信号を波長多重することで,1コア当り84 Tbit/s容量伝送,すなわち,ファイバ1本当り1.01 Pbit/s(= 84 Tbit/s × 12コア)の信号を52.4 km伝送する実証実験に世界で初めて成功しました.また,その後,2017年には,32コアファイバを用いた新たな実験により,毎秒1ペタビットで1000 km以上の長距離光増幅中継伝送のポテンシャル実証にも成功しています(図1).

また,一波長当りの高速化では,デバイス研究部門との密な連携により,将来的には波長当り10 Tbit/s級容量の光伝送技術開発に取り組んでいます.例えば,既存のシングルモード光ファイバを用いて,それまでのシリコンCMOS半導体回路やデバイス実装技術では実現が困難とされていた1波長当り1Tbit/s容量の長距離波長多重伝送実験に世界で初めて成功しています.2019年には,超高速光送受信回路の新しい光・電子集積化構成方法により, 100 GHz超の帯域を有するアナログ・マルチプレクサ集積回路(AMUX IC)と広帯域InP(インジウム・リン)半導体変調器の一体光モジュール集積を実現することで,世界最高速のチャネル容量1.3 Tbit/sでの波長多重長距離伝送実験に成功しました(図2(a)).また,NTT研究所が長年にわたり開発してきた周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN)による高効率パラメトリック 光増幅技術により,既存の技術では実現が難しい広帯域光増幅・波長変換やデジタル信号処理の飛躍的な低減技術にも取り組んでいます(図2(b)).

世界初の成果を連発されているのですね.トレンド,しかも最先端を走っている実感はおありですか.

時代に何とか追いついているという感覚です.これまで携わってきたNTTにおける光通信インフラの研究開発においては,図1に示したとおり,研究開発段階での実験実証で目標性能に初めて到達したとき(黄色のライン)から,システム実用化(緑のライン)に至るまでに約10年程度を要してきました.その理由は,光通信インフラは一度導入すると,10年以上のシステム寿命の間,保守,運用をし続ける必要があり,すぐ撤収するわけにいかないため注意深い検討が必要なためです.先端研究フェーズのグローバルな競争の中で,目標性能を初めて実験実証するといった成果は,目指している性能を実現する方法が,初めて1つ見つかったときにあたります. 通信システムは1つの要素技術では実現できないので,10年間のうちの前半は,研究者はさまざまな要素技術を発案し,それらを多様に組み合わせたシステム性能を幾度も試験します.後半の実用化フェーズでは,どの要素技術の組合せが経済性や信頼性の要求条件に耐えられるか,あるいは,開発パートナーを見つけつつ提案技術の必要な部分は国際標準化が可能か,といったさまざまな取り組みを通し,技術の候補を冷徹に絞り込んでいきます.こうした中で選び抜かれた技術がこれまで実用化されてきました.最初の発想がそのまま生き残って実用化に至る技術は経験的に全体の2割から3割ぐらいで,自分自身の提案技術がお蔵入りになるときも多々あります.ですから,最終ゴールの実用化にたどり着くためには,システムの研究開発では,複数の技術ポートフォリオを用意しておくことが常に大切なことと考えています.ちなみに,最近ではGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)等のデータセンタ内にも,これまでテレコム用に開発してきたさまざまな光通信技術が導入され始めていますが,テレコム用途とはまた別の観点での性能が求められています.技術のライフサイクルも早く,保守・運用の考え方も大きく違うため研究開発に求められる性能や研究開発スピードも大きく変化しつつあり,時代の変化に合わせた研究開発が必要になってきています.

一方で,不思議なことに光通信インフラと新しい情報サービスは,鶏と卵のような関係でバランスを取りながら発展しているように感じています.私がNTTに入社したのは1988年で,当時の通信インフラの主体は電話トラフィックでした.入社当時,光増幅中継技術を用いた光通信システムのパラダイムシフトが始まり,幸いにも,1本の光ファイバで1波長を用いて10 Gbit/s容量を長距離光増幅中継伝送する研究開発・実用化に携わることができ,多くの貴重な経験をさせていただきました.1996年に実用化した当初は,電話トラフィックのみであれば十分すぎる大容量化が実現され,しばらく大容量化は必要ないかも?といった声もありました.ところが,90年代後半にかけて,日本国内においても商用インターネットの普及が加速すると,各地にインターネットプロバイダが次々に出現し,地域網でも伝送容量が足りないという時代となり,10 Gbit/s光通信インフラが日本全国にあっという間に導入され,グローバルにも普及しました.同じようなことは,これまで幾度も経験してきましたが,つい最近ではスマートフォンを当たり前に使う時代が到来し,モバイルインターネットによるデータトラフィック需要を十分に収容するのに,冒頭にご紹介した1波長100 Gbit/sのデジタルコヒーレント技術を用いた光通信インフラがタイムリーに導入されました.今年,商用サービスが始まった5Gサービスの普及等により,さらに,新たなサービスや産業が生まれれば,容量が再び足りなくなることが想定され,その時々で社会が求める通信インフラをいち早くタイムリーに提供するために,今後も持続的な研究開発を進めることが必要だと考えています. 

私自身,上述した技術の潮流をすべて見通して仕事をしてきたわけではなく,その時々の時代の通信性能を満たすシステムの研究開発・実用化のサイクルを不断なく回すことで,ようやく時代の求める性能に追いついてきたというのが正直な実感です.このような研究開発・実用化のサイクルを回し続ける仕事のやりがいは,実用化した技術が人間社会に与える大きなインパクトを自分自身も肌で感じることができる点だと思っています.例えば,今回の新型コロナウイルスのパンデミックにより,今回のインタビューもWeb会議を通して行われていますが,今では多くの人が当たり前のように使っているリアルタイムビデオ通信は,少し前では考えられなかったことでした.通信インフラの重要性はこうした突発的なパンデミックや自然災害のときは大きくクローズアップされますが,その進化は一朝一夕にはできず,今後の社会基盤の発展やニーズに対応していくために,普段から地道に取り組んでいく必要があります.地道な研究開発の積み重ねを経て,初めてタイムリーに期待にこたえる技術を提供できると思っています.  

タイムリーな研究開発と実用化,非常識の常識化が求められている

社会のニーズや発想に耐え得る盤石な技術を生み出すことに注力されてこられたのですね.フェローとなられたご実感は湧きましたか. 研究をする際に大切にしてこられたことを教えていただけますか.

新型コロナウイルスの感染拡大防止のための在宅勤務が続き,皆さんと同じく在宅勤務下での研究開発を模索していることもあり,まだ,あまり実感は湧いていません.一方で,NTT研究所が,私の入社する前からこれまで世界のトップランナーとして走り続けてきたのは,電気通信研究所初代所長・吉田五郎氏の「知の泉を汲んで研究し,実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」という言葉に凝縮されていると思います.すなわち,研究所のさまざまな“知の泉”を総動員して,これまでお話してきた研究開発と実用化のサイクルを同時に回し続けることが世代を超えて受け継がれているからだと思います.私のフェローの役目としては,今後も普段の研究開発を通して次の世代に“知の泉”を回すバトンを受け継いでいくことも大切な事項と思っています.

研究開発と実用化のサイクルで,最初の研究開発のプロセスでは,常識の問題点を洗い出し,非常識なアイデアをたくさん紡ぎ出します.そして,次の実用化プロセスではその中から実用性に勝るものを選び出し,非常識だったアイデアから生まれたものを常識に変える行為です.これを絶え間なく繰り返すことで,知見やアイデアが蓄積され,それが次のアイデアや知見を生み出す,つまりアイデアや知見が泉のように湧いてくる,いわゆる「知の泉」となります.これを枯らさないように発展・蓄積していくことが大切なことだと思います.前述の吉田五郎氏の言葉は,研究者としての私にとって,ある種,座右の銘のようなものであり,フェローとして周囲をリードし,実行していく道しるべと考えています.

この“知”にも2つの意味があるとNTT入社当時に先輩から教えていただいた記憶があります.1つは知識,もう1つは知恵です.当時はよく分からなかったのですが,経験を積み重ねていく中で,知識はさまざまな分野の見識で,見識をどう役立てるかが知恵であるということがようやく理解できるようになりました.新しい人がチームに入ってくればどんどん新しい知識が流入してきます.その知識を,時代の求めに応じていかにタイムリーに応用して,形あるものにしていくか,というのが知恵によるものかと思っています.そして,時代や技術の流れに対峙して研究開発・実用化に取り組んでいると,時として「今ここだ!」と,知恵のひらめきを実感する瞬間があります.この感覚を言葉で表現するのは非常に難しいのですが,この瞬間を逃さないこと,見据えることが研究開発・実用化を進める際には非常に重要だと考えています.私の場合は,これまでに研究開発から実用化に至るプロセスを3度ほど経験する中で,同じ課題に共に向き合う仲間とともに不思議と共鳴する「今ここだ!」という感覚を幾度か経験しました.この感覚は同じ研究開発に携わる仲間とともに,普段の実験や実用化等を通じて試行錯誤を繰り返すことで,初めて,目標や価値観が共有でき,「今ここだ!」「そうだよね!」と智恵が共鳴し合う瞬間が生まれるように思い,まさに「知の泉」が湧くような状態です.この「知の泉」が湧く瞬間をできるだけ多くの仲間や開発パートナとと共有しながら,今後の研究開発を進めていきたいと思っています.  

たまたま,5年ほど前に海外の研究開発パートナーと共同研究する機会があり,これまで日本人どうしなら通じ合っていたことが全く通用しないという経験をしました.そのときにどうしたらこの状況を打破できるかと思案したのですが,パートナーがどこの国の人であっても,大切にしなくてはいけないことは同じだと気付きました.普遍的な成功のカギは,ゴールを共有し,それを言葉にしてはっきり伝えることです.意見が対立することあっても,ゴールや価値観を「そうだよね!」というかたちで共有できていれば,その原点に戻って対立を乗り越えられるからです.

私は2000年代のはじめに,光の波の性質を利用した通信方式(誤り訂正符号・差動位相変調など)を適用し,波長当り43 Gbit/s容量での長距離波長多重伝送を世界で初めて実験実証したのですが,その後の実用化検討段階でフィールド調査を進めるうちに,当初に用意した要素技術の組合せでは性能が十分確保できないことが分かり,実用システムの性能を満たすために技術要素のさらなる追加開発を余儀なくされました.当時,信号処理LSIの自主開発プロジェクトリーダーを務めていた私は,この事態にだいぶ追い詰められましたが,将来技術として用意していた要素技術を前倒して投入して何とか実用化に至りました.現実の世界は何が起きるかをすべてを予見できませんし,実際に実環境での測定等をしてみないと分からないことも多々あります. 1人の力ではどうにもできないことも頻繁に起こりますが,そのときに,技術のポートフォリオが準備できていれば,なんとかゴールに到達することができることを身をもって経験しました.切羽詰まった局面で次に踏み出す勇気を出して,これまでさまざまな困難を乗り越えてこられたのは,目的を共有する諸先輩,多くの優秀な仲間や開発パートナーと「今ここだ!」「そうだよね!」という智恵の共鳴によって適切な判断ができたことによると思っています.一方で,時として,そういうピンチにも冷静な判断をするためには,時として脳と体を休ませて気持ちを若々しく保つことが重要だと考えています.前述のように思うような成果が得られないとき等,気持ちが追いつめられるようなことは頻繁に起きますから,気持ちをリセットしないと次へ進めないこともあります.そのためにも趣味や瞑想,などの自分なりのリセット方法を持っていると良いと思います.私は美術や美しいものが好きで,芸術鑑賞等を楽しんでいます.中でもルネ・マグリットの『大家族』という作品が好きです.また,サミュエル・ウルマンの不朽の名作といわれる『Youth(青春の詩)』も勇気を与えてくれます.ある友人に教えてもらった彼の詩に“In the center of your heart and my heart there is wireless station, so long as it receives message of beauty, courage and power from men and from the Infinite, so long are you young.(あなたや私の心の中に心の無線局があり,人類や神から美しさ,勇気,力を受信しつづける限り,人として若いままでいられる)”という一文があります.心の“wireless station” という無線通信に紐付く表現が使われているところに通信技術の研究者としては非常に心を動かされます.この詩がつくられた約100年前は,ちょうど大洋横断通信を可能とする無線通信が初めて実用化されたころで,遠く離れた大西洋上のタイタニック号の事故を検知するのに初めて無線通信が使われたことで人命救助がなされそうです.グローバルなリアルタイム通信を初めて実現する無線通信のインパクトが世界中に認識され,芸術作品の比喩としても使われるような通信技術は,いつの時代にも社会や人の心にも大きなインパクトを与えるのだと思うと,この詩を眺めるたびに勇気をもらいます. 

若い研究者の皆さんへの一言をお願いいます.

研究所において,一研究者として1つの研究テーマに没頭できる時間は長いようで短いと感じます.うまく時間を使いながら,NTT研究所ならではのさまざまな知の泉を活用することで,自分しかできないテーマにめぐり合う努力を是非していただきたいです.それを続けていると,きっと「今ここだ!」という瞬間に出会えると信じています.私自身,NTT研究所に配属されていから,学生時代の専門分野とは全く違う光通信システムという研究テーマに飛び込みました.最初は,全く議論に参加できずに落ち込むことがありましたが,続けていくうちにやりがいのあるテーマとの出会いがありました.そういうチャンスが来たら,全力で技術課題に挑んでほしいと思います.

企業におけるシステム研究開発分野の研究者のミッションの1つには,研究開発と実用化のバランスを取りながら世の中に役立つモノを紡ぎだすことだと考えています.特に,通信システムの研究開発は要素技術が多岐にわたるので1人ではできません.研究者にとって目標を達成した瞬間がもっとも幸福な時間ですが,良いパートナー,研究所の仲間とこうした時間を多く実感したいと思いますし,これから新しい分野にチャレンジされる研究者の皆さんにも是非それを何度も実感してもらいたいと思います. 繰り返しになりますが,インフラ技術というのは重要な技術で,有事の際にはその重要性がクローズアップされますが,通常は目立ちにくい存在です.時代に合わせた技術開発も実用化までには10年を要し,ある意味地味でもありますが,この営みを続けていくことが重要であり,今後とも尽力したいと思います.  

 

■参考文献 

(1) https://www.ntt.co.jp/journal/1703/files/jn20170308.pdf

(2) https://www.ntt.co.jp/journal/1103/files/jn201103013.pdf

(3) https://www.ntt.co.jp/journal/1607/files/jn20160710.pdf

(4) https://www.ntt.co.jp/journal/1903/files/pdf/JN20190316.pdf