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特集

IOWN構想特集-デジタルツインコンピューティング-

新たな社会を切り拓くモノのデジタルツインコンピューティング

デジタルツインコンピューティング構想では、ヒトに加え、モノも高精度にデジタル化し、デジタル化されたモノを実在するヒトが活用することで、ヒトの生活をより良いものにすることをめざしています。そのため私たちは、ヒトとデジタル化されたモノとをインタラクション可能にする技術と、デジタル化されたモノやヒトの動きを大規模・高解像・高精度にシミュレーションする技術に取り組んでいます。本稿では、これらの技術への取り組みについて解説します。

丸吉 政博(まるよし まさひろ) /川谷 宗之(かわたに むねゆき) /森 航哉(もり こうや)
NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

はじめに

NTTデジタルツインコンピューティング研究センタでは、デジタルツインコンピューティングにおける「実空間のデジタルツイン化技術」、および「大規模リアルタイムシミュレーション技術」に取り組んでいます。「実空間のデジタルツイン化技術」では、物理的に存在するモノの形状・状態等をデジタル化し、実在するヒトがこれらデジタル化されたモノを実空間内で共有・操作できる空間(デジタルツイン空間)の実現をめざしています。モノをデジタル化する技術として、すでに物体を3次元データ化する3Dモデリング技術等が提案されており、これらの既存技術を要素技術として統合することによりデジタルツイン空間の実現を進めていきます。「大規模リアルタイムシミュレーション技術」では、都市や国全体等の広域な空間上で、精緻にデジタル再現された人流、交通流、気象条件、エネルギー流等を、ダイナミック、リアルタイムかつ高精度に予測することで、都市機能のリアルタイム制御や、都市機能の改善による都市生活への影響評価に役立てることなどをめざしています。本稿では、「実空間のデジタルツイン化技術」における、現状の技術動向と課題、および「大規模リアルタイムシミュレーション技術」における現状の取り組みを述べます。

実空間のデジタルツイン化技術

ヒトがデジタル化されたモノを利用する場合、これまではマウス、キーボード、タッチパネル等のさまざまなインタラクション手段が用いられてきました。今後は、ヒトの視覚・聴覚・触覚を用いた、より直観的かつ直接的にデジタル化されたモノを利用することが、さらに重要になると考えています。このためには、すでに提案されているヘッドマウントディスプレイやVRグラス等のウェアラブルデバイス等のハードウェア技術に加えて、物理的なモノを3次元デジタル化する「3Dモデリング技術」も重要となります。「3Dモデリング技術」は、モノの「大きさ」と「移動できるか(可搬性)」に依存して以下の3つに分類できます。
① 無限に広がり可搬性のない「地理空間のデジタル化技術」
② 巨大かつ可搬性のない「建造物のデジタル化技術」
③ 大小さまざまな大きさで可搬性のある「モノのデジタル化技術」
以降では、これらの分類に沿った技術の動向を説明します。
■無限に広がり可搬性のない「地理空間のデジタル化技術」
都市等の地理空間的な情報(地形情報)のデジタル化と、そこに付随する情報を付加し、地形情報と付加情報を統合的に活用するシステムとしてGIS(Geographic Information System)が用いられてきました。地形情報をデジタル化するために、航空機からのレーダー測位や衛星画像からの形状抽出が行われます。また、緯度・経度・標高の座標系を基準に、これらの地形情報に加え、平面地図とその地形情報、国境・地物といった分析対象ごとにレイヤを用意し、重ね合わせられます。これらの情報は、広範囲な情報を実用的な速度で描画できる特徴点数や位置精度となっているため、マクロな表現に優れている特徴があります。
■巨大かつ可搬性のない「建造物のデジタル化技術」
建物や道路・橋などの建造物では、建造物で利用される材質、強度などの属性管理と合わせて、建物の構造を3Dモデルとして設計するBIM(Building Information Modeling)/CIM(Construction Information Modeling)が用いられてきました。実物を建築する目的から、精度が高いためミクロな表現に優れています。また、その3DモデルをGIS上に配置することで都市の表現が可能(図1)であり、近年はGISとともにオープンな都市モデルとして公開する動きが出ています(1)、(2)。

■大小さまざまな大きさで可搬性のある「モノのデジタル化技術」
私たちの身の回りのさまざまな工業製品の構造を3Dモデルとして設計するために、CAD(Computer Aided Design)が利用されています。CADを用いることにより、実物を製造する前に、モノどうしの衝突判定や、物理シミュレーションを用いた歪み計測なども可能となります。実物を製造する目的から、精度が高いためミクロな表現に優れています。一方で、さまざまな産業分野ごとにデータ形式が異なっており、データ形式の共通化が図られている状況ではありません。
また、近年、実在するモノの動画像から特徴点を推定し3Dモデル化する「フォトグラメトリ技術」(3)(図2)や、レーダー測定による形状抽出の技術も提案されています(4)。あらゆるモノを画像から3Dモデル化できるという利点がある一方、その抽出精度は光などの環境に依存しますし、動きのあるモノのリアルタイムな抽出は残像処理などの課題が多いです。

実空間のデジタルツイン化技術の課題

DTCでは、実在のヒトが実空間に存在するさまざまなモノとインタラクション可能とするために、実在するモノをデジタル化します。ここで、「インタラクション可能」とは、例えば「モノに触れたときに肌触りを感じる」といった感覚へのフィードバックから、「モノに触れるとその利用履歴が分かる」といった情報のフィードバックまでさまざまなことが考えられます。
前述した3Dモデリング技術では、産業分野ごとの用途に合わせて属性が定義されていますが、デジタル化されたモノが実在のヒトとインタラクションすることを前提とした属性は考慮されていません。また、第三者によってデジタル化されたモノを、都市のように地理的広がりを持ち、建物が並ぶ実空間上に配置し、複数のヒトどうしが同時に触る等、リアルタイムかつダイナミックにデジタル化されたモノを動かせるデジタルツイン空間を構成するには、さまざまな産業分野でつくられてきた異なる属性(3次元座標系、精度、データ形式等)を共通化するなど、統合的な管理が必要となります。
私たちは、モノのデジタルツインが、インタラクション可能とするために備えるべき属性、および異なる産業分野で生成されているデジタル化されたモノを1つの実空間上で統合的に扱うことができるようにするためのインタフェース条件等を、1つのフレームワークとして形成することをめざします。

大規模リアルタイムシミュレーション技術

大規模リアルタイムシミュレーション技術では、デジタル化された都市空間を構成するデジタルツインを用いたシミュレーションにより、人流、交通流、物流、エネルギー流等の都市全体の営みのリアルタイム最適制御や、都市や行政の中長期的な計画立案、意思決定を可能とすることをめざしています。このDTCにおけるシミュレーションは、「広域」「高精度」を特徴としています。以降では、それぞれについて課題と取り組みを説明します。
(1) 広域シミュレーション
都市のシミュレーションには、都市に暮らす人々とその営み、自動車などの交通機関、気象などの環境のシミュレーションが含まれます。東京を例にとると、人口は1300万人以上、350万台を超える自動車が保有されています(5)、(6)。これらのシミュレーションを単一の計算機で行うことは現実的ではなく、例えば東京をいくつかの領域に分割し、それぞれの領域を並列分散処理する方法が考えられます。ただ、この場合、分割した領域をまたいで移動する人や自動車を考慮しなければなりません(図3)。私たちは、このような領域をまたいだ移動も想定した広域シミュレーションの研究を行っています。

(2) 高精度シミュレーション
都市全体の営みのリアルタイムな最適制御や都市や行政の計画立案・意思決定に、シミュレーションを用いる場合、シミュレーションの結果の精度を高めることは必要不可欠です。
そのために、例えば、1人ひとりの住民から、車1台1台、建物の間を通り抜ける風の流れや陽当たりなど、これまではあまり考慮されてこなかった計算要素をシミュレーションに含めることで精度を向上する方法が考えられます。しかし、これらの計算要素を単純に増やした場合、計算量が膨大になってしまうため、どの計算要素がシミュレーション結果に強く影響を与えるかを明らかにし、シミュレーションに取り込む方法を研究しています。
また、例えば、交通事故やゲリラ豪雨など、過去の事象からは簡単には予測できない不確実な現象により生じるシミュレーション結果の変動も考慮する必要があります。それら不確実な事象の発生も考慮しシミュレーションを行うには、計算機上での数値解析だけでなく、現実世界で発生した事象をリアルタイムにシミュレーション計算に反映させ、現実世界の事象に近づけていく必要があり、私たちはその技術の研究を行っています(図4)。
私たちは、これらの取り組みにより大規模、高解像、高精度な都市シミュレーションを実現し、都市の営みの最適化や人間の意思決定に役立てていくことをめざしています。

今後の展望

私たちは、モノと空間をインタラクション可能なものとして高精度かつリアルタイムにデジタル化する技術と、そのデジタル空間で未来を予測しその予測結果を現実にフィードバックする技術の研究開発に取り組んでいきます。その中で、4Dデジタル基盤(7)の実現も推進していきます。また、DTC構想の実現のために企業・業界を超えたパートナーリング戦略を推進していきます。

■参考文献
(1) https://knowledge.autodesk.com/ja/support/revit-products/getting-started/caas/CloudHelp/cloudhelp/2018/JPN/Revit-GetStarted/files/GUID-7B9C7A69-1083-406D-A01F-53D405C167F3-htm.html
(2) https://www.esrij.com/products/arcgis/
(3) https://alicevision.org/
(4) D.Zou, P.Tan, and W.Yu: “Collaborative visual SLAM for multiple agents:A brief survey,” Virtual Reality & Intelligent Hardware, Vol.1,No.5, pp.461-482, 2019.
(5) https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/jsuikei/js-index.htm
(6) https://www.airia.or.jp/publish/statistics/ub83el00000000wo-att/01_2.pdf
(7) https://www.ntt.co.jp/news2020/2003/200326c.html

(左から)丸吉 政博/川谷 宗之/森 航哉

NTTデジタルツインコンピューティング研究センタでは、DTC構想の実現に向けて、企業間連携も積極的に推進しながら研究開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ
E-mail:dtc-office-ml@hco.ntt.co.jp