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特集

IOWN構想特集-デジタルツインコンピューティング-

デジタルツインコンピューティングの社会的課題

本稿では、デジタルツインコンピューティングがリアルとバーチャルが融合した新しいデジタル社会を実現していくための社会的課題を、データ、自律エージェント、仮想社会と、セキュリティ・プライバシ、倫理・制度の3×2のマトリックスに分類して説明します。社会的課題の本質は、人が新たな豊かな生活の実現のためリアルとバーチャルの両方で不都合なく活動が行えることの探求にあります。

高橋 克巳(たかはし かつみ)
NTTセキュアプラットフォーム研究所

デジタルツインコンピューティングの社会的課題とは

NTT研究所では、リアルとバーチャルが融合した新しいデジタル社会の実現に向けて、デジタルツインコンピューティング(DTC)の研究開発を行っています。DTCの社会的課題は、人がリアルとバーチャルの両方で活動を行ったときに生じる不都合を起こさせない、あるいはそれをあらかじめ発見することです。現代人はリアル社会とバーチャル社会の両方で生活をしています。その両者の活動をストレスなくつなげることで、人の活動は拡張され、豊かな生活がもたらされると私たちは考えています。逆に1人の活動の中で、リアルとバーチャルの間になんらかのギャップ、例えば、バーチャルで活躍してもリアルで認められない、あるいはバーチャル活動が暴走してリアル活動が破壊される等、が存在するようであれば、個や社会にとってストレスや不安の元となる可能性があります。このようなギャップ(これを断絶したパラレルワールドと呼ぶことにします)の存在をどうやったら予見できるのかが社会的課題の本質です。さらに、それを防ぐ、あるいは被害を小さくする技術的手段を準備していくことで、私たちが掲げたDTC構想が社会的に安定した存在になると考えています。

DTCの構成要素

DTCでは新しいデジタル社会を実現していくために、私たちはデジタルツインの考え方を取り入れました。デジタルツインとは「実世界の対象について形状、状態、機能などをサイバー空間上に写像し、正確に表現したもの」です。デジタルツインが集まることで、仮想社会がつくられます。社会的課題を詳細化する準備として、DTC全体を次の3つの構成要素でとらえてみます(図1)。
・データ
・データに相互作用機能がついた自律エージェント
・自律エージェントの集合で構成される仮想社会
データはモノ・ヒトを表現したものです。従来デジタルツインはモノに対して発展してきましたが、DTCが扱うデジタルツインはヒトに軸足があります。デジタルツインを単一の問題解決ではなく、社会の広さで考えようとしているため、それが汎用的で、複雑な内容を表現できる必要があると私たちは考えています。この考えで「ヒトの内面まで表現する」という目標が立てられています。
デジタルツインは自律エージェント、すなわち自律動作するシステムを想定しています。これはデジタルツインが仮想社会での活動を強化・代行することを想定しているためです。デジタルツインはツイン間でやり取りでき(演算と呼ばれる機能を用いた相互作用として実現する)、その少なくとも一部は自律的に行われる必然性があると考えています。さらに実在しない性質を持つデジタルツインをデジタルツインが生成する(派生デジタルツイン)ことも検討しています。これは私たちのチャレンジです。また、デジタルツインはシミュレーションやその他の計算をして、その結果をリアルの対象に積極的にフィードバックさせようとしています。これはリアルとバーチャルのギャップを埋めるための役割を果たします。デジタルツインは自律エージェントであるだけでなく、フィードバックを受けたリアルのヒト・モノと一体でみると、サイバーフィジカルシステムでもあります。
デジタルツインの集合とその活動を仮想社会と呼んでいます。DTCはデジタルツインを配置し動作できる環境を提供します。デジタルツインはヒトやモノのデータを内部に持つ自律エージェントですので、なんらかの社会が構成できます。前述のデジタルツインの相互作用だけでなく、ツインの動作環境や派生デジタルツインにも高度な機能を持たせること、あるいはさらに外部アプリケーションと連携することで、さまざまなタイプの仮想社会が構成できると私たちは考えています。

社会的課題の考察

DTCの目的はリアルとバーチャルが融合した新しいデジタル社会の実現で、リアルとバーチャルの間のギャップをつくらないこと、すなわち「パラレルワールド問題の解決」が社会的課題であると説明しました。
パラレルワールド問題の解決には、どのような方法があるでしょうか。例えば、DTCが提供するデジタルツインの環境がデジタルツインの活動すべてをモニターして、統制するという方法があり得ます。専用の閉じたサービスでデジタルツインが使われる場合には否定はしませんが、私たちは一般にはこのようなアプローチを用いません。その代わりに、DTCのそれぞれの要素が従来のデータ処理やコンピューティングの規律に従い、さらにその全体調和を図ることで、断絶したパラレルワールドを起こさせないと考えています。
この考えに従って、DTCの要素、データ、自律エージェント、仮想社会ごとに課題を論点として考察していきます。分析は技術の視点(セキュリティ・プライバシ)ルールの視点(倫理・制度)から試みます。技術は情報セキュリティ(1)とプライバシ・フレームワーク(2)を軸としますがより広い概念を扱います。ルールは現行法に従うことはいうまでもありませんが、法の有無を問わず倫理から制度までを強くは区別せずに扱います。

データに関する論点

DTCが想定するデジタルツインのデータは以下のような性質を持ちます(図2)。
・データはモノ・ヒトを表現したもの
・パーソナルデータを含む
・汎用的な問題に対応するため広い範囲を記述
・複雑な問題に対応するために詳細に記述
・センサの積極的な活用
・さまざまなデータソースからのデータを統合
・他のデジタルツインにから生成されることもある
デジタルツインはデータの「かたまり」です。DTCはヒトに対して積極的に考えていますのでパーソナルデータを多く含みます。さらにDTCではデジタルツインにより高度なコンピューティングを行わせたいために、汎用的であり、複雑な内容が表現できることをめざしています。「ヒトの内面まで再現」すると、パーソナルデータとして強力かつ慎重な取り扱いが必要なものとなります。
DTCはデータ生成方法にも積極的な考え方を持っています。リアル世界のセンサ・キャプチャデータやウェアリングデバイスによる計測データや、ネット上での行動データを統合して使えるようにすることを検討しています。また、単なる蓄積だけではなく他のデジタルツインによるデータ生成(派生デジタルツイン)も検討しています。
上記から想定される論点には次のようなものがあります。

■セキュリティ・プライバシからの論点
デジタルツインはデータのかたまりですので、情報セキュリティの確保は必要です。安全の基本の機密性(漏れない)と可用性(必要なときに使える)の議論はいうまでもありません。ではデジタルツインの完全性をどうとらえるか。単純にデータの完全性(正確で欠けがない)と割り切れば料理は簡単ですが、少し情報セキュリティの範囲を超えて、モノやヒトのデジタル空間における完全性と考えると興味深い論点となります。この完全性は極論すると、任意の問題解決に対して「あるデジタルツインが必要なデータをすべて記述しているか」となります。また、データプライバシの文脈で推奨されている考え方にデータ最小化というものがあります。これはデータの取り扱いに節度を求めるものです。データを緻密に集めながら節度も同時に追求することが目標になります。

■倫理・制度からの論点
デジタルツインデータはパーソナルデータでもあるので、個人情報保護制度に合っていることが必要で、規制対象の個人データに該当しないとしても整合性が問われます。特に、デジタルツインの本人(主体)が、デジタルツインが生成されることやその利用目的を、どのように、どの程度理解できるように設計するのかがこの論点の中心になります。
また、このデジタルツインデータは他者設置のセンサや、他のデジタルツインからのデータも取り込んで生成される、いわば共同著作物のようなものになる可能性があります。これは「データは誰のものか」という論点になります。

自律エージェントに関する論点

DTCが想定するデジタルツインの自律エージェントは以下のような性質を持ちます(図3)。
・デジタルツインは自律動作するシステム
・演算と呼ばれる機能を持ち、他のツインと相互作用する
・演算機能で、新しいデジタルツイン(派生デジタルツイン)を生成する
・仮想社会を構成する
・リアルと一体でサイバーフィジカルシステムを構成する
デジタルツインは対象であるヒト・モノをデータとして表現しているソフトウェアシステムです。このソフトウェアは演算と呼ばれる機能を持ち、他のツインと相互作用することで自律動作します。何をどこまでさせるか、すなわち自律の範囲はこれから順次実現されていきますが、現時点で計画されている能力の1つが、派生デジタルツインとよばれる実在しない性質を持つデジタルツインの生成です。デジタルツインは仮想社会を構成し、またリアルの実体にデータをフィードバックして、リアルと一体でサイバーフィジカルシステムを構成します。
上記から想定される論点には次のようなものがあります。

■セキュリティ・プライバシからの論点
この自律エージェントへの期待は、他の多くのシステムと同様に信頼性だと考えています。いつでも期待の動作をしてくれる(ことを信じるに足りる)性質です。信頼性は多くの要件を含む概念で、ここで詳細に述べませんが、このケースに特徴的なものに、認証・認可(情報セキュリティ)、AI(人工知能)の誤動作(AIの立場)、物理的安全さ・セーフティ(サイバーフィジカルシステムの立場)などがあります。

■倫理・制度からの論点
第1の論点は、このツインに「仕事を委ねて大丈夫か」という点です。委ねるかどうかの判断が客観的にできるかどうかということが技術課題解決の糸口となります。これはAI倫理の文脈でよく語られる、透明性や説明可能性といった概念が関係すると考えられます。第2に、委ねて良いと判断できるのであれば、その委託の社会的位置付けです。この自律エージェントは道具なのか、代理人なのか、分身なのか、といったことを検討し制度との関係を落とし込んでいきます。この論点の派生論点として、ツインを使って良いのか、というものがあります。家で勉強するときはスマートフォンを使って良いが、試験会場には持ち込めない、といった問題です。第3に、ツインにさせていけない仕事があるかという論点があります。法律に反することはいけませんが、それ以外はどうか。例えば、派生デジタルツインを例にとってみると、他人が誰かのデジタルツインをつくるとはどのように解釈されるのか、つくって良いものと悪いものがあるのか、などが論点となります(ちなみに、つくったデータは誰のものかというデータに関する論点も存在します)。

仮想社会に関する論点

DTCの考える仮想社会は、前述のとおりデジタルツインの集合とその活動によってつくられるものです。仮想社会は外部アプリケーションとの連携で実現されることもありますし、デジタルツインの本人(主体)との連携によるサイバーフィジカルシステムを含んだものも考えられます。仮想社会のバリエーションは多く、さらにその責任主体もさまざまなケースが考えられますが、今回は一般的な論点を上げることとします(図4)。

■セキュリティ・プライバシからの論点
仮想社会への一般的かつ代表的な期待は、自律エージェントと同様に信頼性で、サイバーセキュリティ対策がより重要です。さらに加えて一貫性の担保が大事な論点となります。一貫性とはデジタルツインの「状態」とその主体の「状態」に矛盾がないことです。ツインは1つとは限りませんのでツイン間の矛盾も含みます。例えば、ある主体の持ち物をツインAが売却し、同時にツインBが廃棄してしまうようなことが起こると一貫性がなくなります(トランザクション管理)。仮想社会では、「どこまでトランザクション管理が必要か」が最初の問いになり、これがパラレルワールド問題への1つの鍵となります。

■倫理・制度からの論点
自律エージェントが構成する仮想社会の論点で大事なものが、その社会のルール設計です。各エージェントが勝手に振る舞い出すことをどう制約するかという問題です。例えば、有限リソースの分配(公平性の担保)や、基本的な禁止事項の有無(例えば、差別の排除)が挙げられます。加えて、公共の利益のための対応、例えば災害やパンデミック対応のために、個の保護を上書きするルールを許すのか、という論点もあると考えています。

今後の展開

本稿ではDTCのねらいを説明し、そのための解決すべき社会的課題を、データ、自律エージェント、仮想社会の3要素に分解し、セキュリティ・プライバシおよび倫理・制度の視点から論点として説明しました。これらを謙虚に考え続けることで、リアルとバーチャルが融合した新しいデジタル社会の実現が達成できると考えています。

■参考文献
(1) ISO/IEC 27000:2018:“Information technology — Security techniques —Information security management systems — Overview and vocabulary,”2018.
(2) ISO/IEC 29100:2011:“Information technology — Security techniques —Privacy framework,”2011.

高橋 克巳

未来のパラレルワールドをDTCで気持ちよく歩きましょう.

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