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特集 主役登場

私が夢見るDTC の世界

薮下 浩子
NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

綺麗な景色や美味しそうな料理、びっくりした光景など、感情がゆすぶられるシーンを目にしたとき、スマートフォンを取り出して対象を撮影する。皆さんにもそんな習慣はありませんか。
映画や小説のように、限られた発信者の感動を楽しむサービスは古くからありましたが、SNSの流行によりそれが一般化し、誰でも簡単に感動を共有できるようになり、新たなコミュニケーションとして根付いています。自分がリアル世界で感動した内容について画像やテキストを交えてWebで共有し他者からフィードバックを得たり、その逆に他者の感動に触れたりすることで、リアル世界の時間や空間の制約を受けずに、その人を身近に感じることができます。遠方に住んでいたり、生活スタイルの違いがあったりで、リアル世界で疎遠になっていた友人さえも身近に感じられることは、SNSの魅力の1つだと思います。
一方で、自分の感動を記録することにとらわれ、せっかくリアル世界で感動シーンに対峙しているのにもかかわらず、そのシーンをスマートフォンの画面越しに見つめ、撮影の良し悪しを気にしながらカメラ操作したり、テキスト編集したりしている自分に気が付き、はっと我に返り少し残念な気持ちになることがあります。現時点ではWebでのコミュニケーションのために、少なからずリアル世界での感動体験の質に良くない影響が発生している面もあるのではないでしょうか。
さて、NTTが提唱したDTC(デジタルツインコンピューティング)は、世界中のあらゆるモノやヒトすべてをセンシングして、再現したりシミュレーションに活用したりする新しいコンセプトです。さまざまなユースケースが想定されますが、私はこのコンセプトの最大の魅力は、ヒトの内面理解と他者共有だと考えています。これまでも360度全天球カメラ映像のように、リアル世界をセンシングし、それを写実的に再現する技術はありました。ただし、人間は必ずしもリアル世界をありのまま正確にとらえているとは限りません。周囲に広がるリアル世界の一部を、注目したり見落としたり、また無意識的に誇張したり脚色したりして記憶しています。そしてこの事象のとらえ方は、その人の性格や過去の経験などに基づき異なるものでしょう。例えば子どもの運動会の応援に訪れた親は、会場の様子や他の大勢の子どもたちよりも自身の子どもに注目し、時に過去の思い出も振り返りつつ、さまざまな感情を抱くと思いますが、その感動のベクトルは各々異なると思います。DTCは、リアル世界を写実的にとらえるだけではなく、個人がどのようにその事象をとらえたかを表現し、さらに受け手の感じ方に合わせて表現を調整する可能性を持ったコンセプトであると考えます。そのため同一のシーンにおいても個々の感動のベクトルごとに多様なリアル世界の表現ができ、自身の感動を正しく他者と共有し合うことができるようになるかもしれません。
本コンセプト実現にあたっては、乗り越えなければならない課題がたくさんあります。しかしかつてのように手放しにリアル世界での感動に心から浸りきり、かつWebでの共有と共感も楽しむ、そんな日を夢見て鋭意検討を進めていきたいと思います。