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グローバルトレンド

ブータン王国に生きるNTT東日本の災害対策:経験を通じた国際貢献

NTT東日本は、長年にわたる災害対策に対する経験およびノウハウを活用し、国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクトにジャパンリーコム社と共同で参画し、ブータンテレコム(BT)において事業継続計画(BCP)策定および運用方法等を技術移転しました。ここでは、このプロジェクトでNTT東日本グループの経験とノウハウがどのように活用されたかについて紹介します。

NTT東日本
志鎌 昌宏(しかま まさひろ)/峯村 貴江(みねむら たかえ)/
上野 勇次郎(うえの ゆうじろう)/前川 貴則(まえがわ たかのり)/
張  忠強(ちょう ちゅうきょう)/吉田 直人(よしだ なおと)/
長江 靖行(ながえ やすゆき)

本プロジェクトの背景

ブータン王国では、集中豪雨、土砂災害、洪水、氷河湖決壊等の局地的な自然災害が頻発しており、特定エリアが孤立するなど国民の生活に大きな影響を与えています。また近年、近隣のネパールやインドにおいて大規模な地震が発生しており、平常時、災害時を問わず安定的な通信確保が必要不可欠な状況です(写真1)。
このような状況を踏まえ、国際協力機構(JICA:Japan International Co­op­­era­tion Agency)*1はブータン王国政府と協議を行い、ブータンテレコム(BT)に対しブータン王国初の事業継続計画(BCP:Busi­ness Continuity Plan)*2策定や業務継続マネージメントシステム(BCMS)*3運用等を技術移転する「ブータン国災害対策強化に向けた通信BCP策定プロジェクト」を計画しました。
このプロジェクト(PJ)は、建物や通信ネットワーク等のリスクを分析し、BCP基本方針を策定、各種ドリルの実施、BCMS体制構築、ブータン王国政府関連機関への水平展開などさまざまな要素で構成されています。
NTT東日本は災害対策の経験やノウハウは元より、JICA等を通じての過去50年以上にわたる国際協力活動実績により、JICA派遣のコンサルティング企業として2018年11月から、このPJに従事することとなりました。
本PJは,NTT東日本国際室が中心となり、ブータン王国でJICA専門家として長年従事されたNTT東日本のOBが所属するジャパンリーコム社との共同体制を確立することで、NTT東日本グループが持つ経験とノウハウを最大限に活かせるよう配慮しました。

 

*1 国際協力機構(JICA):日本の政府開発援助(ODA)の技術協力、有償資金協力、無償資金協力を一元的に行う実施機関として、180以上の国々に対し国際協力を行っています。

*2 事業継続計画(BCP):平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画。

*3 業務継続マネージメントシステム(BCMS):組織の業務継続能力を継続的に維持向上するための経営システム。

JICAの開発援助およびPJ評価について

JICAの援助は、技術協力、有償資金協力、無償資金協力という3つの援助手法のほか、青年海外協力隊派遣や国際緊急援助など多岐にわたります。本PJは技術協力型のプロジェクトに該当し、現場の経験やノウハウを持つ専門家を派遣して、相手国の機関や技術者に必要な技術や知識を移転するとともに、現地に適合した仕組みづくり、啓蒙活動や普及等を協働で実施する、特に経験や高い専門性を求められるものです。
JICAでは、図1に示すPDCA(Plan, Do, Check, Action)サイクルを用いて、PJの開発効果向上および成果の透明性確保等に努めています。またコンサルティング企業は、計画工程でJICAが事前に設定した目標基準に対して、OECD(Organization for Economic Cooper­ation and Development)*4開発援助委員会(OECD-DAC*5)の「DAC評価5項目」による評価を満足する必要があります。
また、JICAによるブータン王国の通信セクタに対する援助の歴史は古く、1990年代に無償援助資金協力により全国デジタル無線伝送路網を構築しブータン王国の通信の礎を築き、2001年からは線路系の技術専門家を継続的にBTに派遣し技術移転を行っており、このPJにつながりました.

 

*4 OECD:国際経済全般について協議することを目的とした国際機関。

*5 DAC(Development Assistance Commit­tee):開発途上国への開発援助を奨励と品質改善等を目的とする国際フォーラム。

BTの現状

BTでは、ブータン政府機関から貸与された光ケーブルを用いて、高密度波長分割多重方式の全国中継ネットワークを構築し、携帯電話、固定電話、インターネットサービス等を提供しています。2018年には、従来のPSTN (Public Switched Telephone Network)網からIP(Internet Protocol)網へのマイグレーションを完了しており、第4世代携帯電話サービスの全国展開も同年に終了しています(図2)。BTのネットワークの構成は、コアネットワークとアクセスネットワークを中心とした非常にシンプルな構成であり、既存サービスの更改および新サービスの展開等に必要な高度な技術を必要とする重要な設備はコアネットワークに極力集中し、インターネット、携帯電話等のアクセスネットワークの設備は可能な限り最小限化し配置する事により、保守効率性等を向上しています。
一方で災害対策については、大規模な災害経験が乏しいため、災害対策等の業務自体が存在しておらず、社会的インフラストラクチャである通信確保に対する重要性の認識や、職員の安全確保については意識が希薄な状態でした。

技術協力活動の実際

JICAが策定した本PJの目標は、①BCP基本方針を策定する、②BCMSを実行できる詳細マニュアルを策定する、③BCMSが定着し、職員の意識を醸成する、さらに上位の目標としてPJの成果をブータン王国の政府関係機関等に展開し、ブータン王国全体のBCMS能力向上に貢献することです。

目標1:BCP基本方針を策定する

PJの開始に伴い、2018年12月にBCPを検討するタスクフォースを正式に発足しました。メンバはBT社長および幹部、災害発生時等に実際に復旧活動を行う現場技術者や、安全確保や支援活動を行う事務系職員です(写真2)。52回のワークショップやセミナー、会議等を開催し、ブータン王国の法制度、BTを取り巻く環境、建物、通信設備や保守運用方法、各種業務プロセス等を明確にしたうえでBCP基本方針を策定し、2019年5月17日に情報通信大臣からBCP制定の宣言がなされました。

目標2:BCMSを実行できる詳細マニュアルを策定する

詳細マニュアルを策定するにあたり、1959年の伊勢湾台風からの長年の災害復旧対応等の経験・ノウハウ・知見を参考にしました(図3)。BCMSが業務の一部となって定着・文書化された日本のマニュアル等をそのまま適用することは適切でありません。
また、BTではBCMS活動を体験したことがない、多くの現場職員が緊急時に即時に行動する必要があることから、文書ではなく視認でき迅速な対応が可能な掲示方式のマニュアルを作成しました。このマニュアルは、従来のBTの文書形式のマニュアルと区別し、災害発生時に職員の行動を規範する行動規範(Codes of Conduct)と呼ぶことにしました。

目標3:BCMSを定着し、職員の意識を醸成する

策定した行動規範に従い、BT初の避難訓練、担当単位でのBCMS単体ドリル、関連する担当間の結合ドリル等を合計131回実施し、すべての担当や関係者が参加した最終ドリルを含む11回の大規模ドリルを通じ、行動規範は幾度も改善が加えられ、次第にBCMSの重要性に対する職員の自立性や意識も高まりました(写真3)。
2019年12月12日には、最終ドリルの結果により情報通信大臣からBCMS体制設立が宣言され、JICAからBT社長へ正式にハンドオーバされました。

技術協力活動で留意したこと

(1) 通信事業者の使命の共有について
災害経験が乏しく災害対策等の類似業務を持たないBT職員に対し、災害発生可能性や災害が発生した際に、社会環境がどのように変化し、被災した場合に何が起こるのか、なぜ安全が大切なのか、そしてICT企業が果たすべき使命を幾度も説明し、BT職員の理解を得たうえでPJを開始する必要がありました。
これは災害発生時の難渋さや痛苦を理解いただき、そのうえで通信事業者が「つなぐ使命感」を共有しない限り、このプロジェクトは決して深く進展しないと思い至った結果です。
この工程はPJの稼働を甚だ圧迫しましたが、多くの職員が共感し「つなぐ使命感」を共有することにより、最終的には職員の気持ちのこもった最善のBCMSとなりました。
(2) アジャイル*6方式による行動規範等の品質向上
ブータン王国初のBCPであることからベンチマークがなく、白紙の状態から検討する必要がありました。またPJ開始時、BCP策定に必要不可欠なハザードマップ等が存在しなかったことから、当初は日本やネパール等のさまざまな国々の大規模災害事例(写真やビデオ等)を幾多も活用して被災経験の無い職員に災害時の状況を想起していただき、机上検討や多くの仮説を用いてBCP基本方針や行動規範を策定しました(写真4)。
その後、アジャイル方式により、日本での研修、幾戦のドリルやワークショップでの議論を通じて検証し、机上検討で策定したBCP基本方針や行動規範の有効性を確認しながら、段階的に品質改善を行いました。
(3) 人事評価制度の改正について
BCMSの活動に対し職員のモチベーションを確保し全国に展開するためには、人事評価制度の観点においてBCMS業務実績を評価することが必要です。しかしBTでは災害対策に関する業務が存在しないことから、BCMSは十分に評価される業務ではありませんでした。本PJでは幹部と人事評価の必要性を十分に議論し、BCMS活動を全職員の人事評価の1つとして評価される仕組みを協働で形成しました(図4)。
(4) 組織の新設について
ブータン王国全体のBCMSを主導するBCMS組織の新規設置について、人件費の抑制を図りたいBTに対し、クロスファンクショナルを活用した組織の設立を提案し、副社長(技術系)直下に業務継続室を発足し、専任の業務継続室長を任命することにより、水平展開できる足場固めを行いました。併せてBT内にNTT東日本の知見を活用した、拠点となる業務継続本部室をBTと合同で設置しています。

 

*6 アジャイル(Agile)方式:チーム全体で密接に議論を交わし、変更する個所や追加する機能を決め、検証しながら改善するサイクルを短い周期で何度も反復することにより段階的に成果物の完成度を高めていく手法。

技術協力活動に対する 評価

PJ活動中の2020年3月に、ブータン王国内で新型コロナウイルスの感染が確認されました。本PJはBTと協働で、今回策定したBCP基本方針および行動規範をベースに、パンデミックに対応した行動規範を即時策定しました(1)。
現在、BTではこの行動規範を自立的に改善し、日々の全職員安否確認や業務継続室による社内広報および、さまざまな防備・予防処置,自宅勤務等の業務継続処置等が円滑に運用されており、このBTのノウハウは、ブータン王国内の他の省庁や機関へ水平展開され、パンデミック対策の模範となっています。
また、2020年6月にインドを直撃したAmphanサイクロンで、BCMSを実際に立ち上げた際には、活動を振り返るアクション会議を実施し、行動規範の修正を行い、その後のドリルにより修正点の有効性を確認するなど、PDCAサイクルに基づきBTが改善を行っています。

今後の活動について

本PJではこれまでに、BCP基本方針や行動規範の策定およびBCMS運用開始までの技術移転を完了しました。今後はBCMS体制確立の1年後を目途にBCMSの業務監査等を通じて、BTが自立的にBCMSの品質維持向上ができるように引き続き技術支援を継続していく計画です。
また、BTがBCMSを確立しパンデミックで運用していることで、他の省庁や関連機関もBCP策定に向けた機運が高まっており、今回の成果をベストプラクティスとして、積極的にブータン王国の政府機関等に水平展開を行う予定です。

ま と め

本PJでは、東日本大震災や近年の台風等の、実際の復旧活動経験や使命感等をBT職員と共有することにより、ブータン王国初のBCMSが構築され、パンデミックにおいて実際に運用され、Amphanサイクロンにおいては実際の災害で活用されております。ブータン王国初のBCMSがBTにより構築され、実際に運用されていることを目の当たりにした際は大変感慨深いものがありました。
一方でBCMSは1つの組織内において限定的に運用するだけでなく、政府、地方自治体、関連会社やSupply Chain Managementにかかわる取引先企業、お客さままで範囲を拡大し連携しながら、一体となり品質を維持向上する必要があります。
引き続き、ブータン王国内の他組織への水平展開活動を実施し、ブータン王国全体でさまざまな機関が自立的にBCMSを構築、運用できるよう継続的に技術支援を実施します。
これらの活動が今後のブータン王国の継続的な発展につながることを期待します。
■参考文献
(1) https://www.jica.go.jp/bhutan/office/information/20200414.htm

 

 

派遣者からのコメント

NTT-ME 関信越事業所 山田 青治 課長
言葉や文化が違えども「つなぐ使命」の気持ち同じくした仲間達に出会えました。日本で培われたNTTグループの危機管理ノウハウは、きっと彼らの中で今後また違った花を見事に咲かせてくれると確信しています。

NTT東日本-東北 災害対策室 伊藤浩治 災害対策室長
台風19号対応さなかの派遣で心掛けたことは「お客さまに寄り添うこと」。本部態勢で必要な機能や有機的に動けるための班構成、そしてそれらを司る行動規範、すべてが彼らとの議論の集積です。本ノウハウの広がりがさらなるブータン国内への貢献へつながれば幸いです。

NTT-ME 仙台運営部門 小川 和一 主査
東日本大震災での復旧経験とノウハウで、BTの中継ネットワークの脆弱性を分析しました。ルートの二重化やノード変更等複数の信頼性対策により、災害に強いネットワークができることを期待しています。

NTT東日本-東北 災害対策室 鈴木 朝隆 社員
アクセス区間復旧に必要な資機材の具体的な数量を把握し提言しました。また行動規範策定では、NTTの手法を当てはめるのではなく、BT側から出た斬新なアイデアを盛り込むなど、現地に適したものをつくり上げました。

(後列左から) 前川  貴則/張   忠強/吉田  直人/峯村  貴江/上野  勇次郎
(前列左から) 志鎌  昌宏/長江  靖行

NTT東日本国際室は、今後とも国際協力と海外ビジネス展開の両輪で、積極的な国際業務の推進を通じて、NTT東日本の発展に貢献していきます。

問い合わせ先

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