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特集

NTTのグローバルビジネスの取り組み

VRを利用した新しいトレーニングシステムで野球業界にこれまでにない風を吹かす!

野球シミュレーションシステムは、仮想空間で実投手のさまざまな投球を精度高く再現すること、また、センシング機能を用いて選手の動きを「見える化」することで、選手向けにより効率的で効果的なトレーニングを実現します。また、ファン向けには仮想空間にてスタジアムの打席に立って、実投手の投球と対戦するという新しい野球の楽しみ方を提供します。これまでにない新しい取り組みとなり、業界内でもさまざまな期待が寄せられています。

荒 智子(あら ともこ) / 中村 仁美(なかむら ひとみ)
NTTデータ

VRを利用した野球シミュレーションシステムとは

野球シミュレーションシステムは、VR(Virtual Reality)技術を利用し、360度の仮想空間で、実際の野球グラウンドおよび実投手の投球を軌跡、スピードを合わせて高精度に再現するものです。
元々、NTTメディアインテリジェンス研究所およびNTTコミュニケーション科学基礎研究所(スポーツ脳科学プロジェクト)にて取り組んでいた研究成果をさまざまな検証を通じて事業化しました。
ポイントは、再現性の高さです。例えば、投手映像はCG等で再現することも技術的には可能です。ただし、実際に打席に立っている選手は、投手の構え方や間合いまで重視し、スイング判断、球種等の見極めを行っていることからも、実際の投球映像を活用し、投球のリリース位置からタイミングまで細部までこだわって再現しています。投球についても実データを参照することで、その投手がその試合のそのイニングで投げた投球の軌跡、スピードをリアルに再現します。背景の野球グラウンドについても同様です。360度カメラを用いて現場撮影したデータを組み込むことで、あたかもそのグラウンドの打席に立った視点で投球を受けることができます。実際のグラウンドでは、ナイトゲームとデイゲームで球場の雰囲気、投球の見え方が異なりますが、VR空間でも同様に再現することが可能であり、目的に合わせて背景を変えることで、より実戦的な空間を体感できます(図1、2)。

スポーツ×VR?!

スポーツ業界でVRというと一見想像がつかないかもしれませんが、VRだからこその利点が多くあります。現在、スポーツのあらゆる種目において、映像分析やデータの活用が少しずつ広まっています。しかし、多くの場合は2次元情報であるため、頭で理解することとなります。VRの場合、没入感が高い3次元空間において身体で「体感」することが可能です。身体で理解できるからこそ、より効果的なトレーニングにつながります。また、リアルでは再現が難しい球種やスピードに対して繰り返し練習することも可能です。必要機材もコンパクトであることから、時間や場所、天候を問わず、本格的なトレーニングが展開できます。

日米プロチームへの展開

現在、システムとしては、選手のパフォーマンス向上を目的としたトレーニング用途とファンエンゲージメントを目的としたエンタテインメント用途で展開しています。
トレーニング用途としては、大きく2つのユースケースがあります。1つは試合前のイメージトレーニングです。対戦チームの先発投手等が直近の試合で投げた球をVRで再現することで、打者は試合に向けて投手の傾向をつかむことができ、より具体的なスイングイメージを持つことができます。前述のとおり、すでにチームでは試合前にタブレットなどで、相手チームの試合映像や投球データを確認することも増えていますが、あくまで頭での理解であることに対して、身体で体感できることは試合直前には非常に有効といえます。基本、打者向けのトレーニングとなりますが、実際は投手からの要望も多くいただきます。リアルでは投手が自分の投球を確認する方法は限られますが、VRの場合、実際に打席に立って、打者目線で自分の投球がどう見えるのか確認することが可能です。
もう1つは選手のパフォーマンスの「見える化」です。VRで投球を視聴している際の選手の動きをセンサでモニタリングすることで、スイングの動き、タイミングのとらえ方を可視化することが可能です。頭に装着するヘッドマウントディスプレイに加えて、腰やバットにセンサを付けることで、3軸方向(X、Y、Z)での動きをモニタリングします。例えば、VR空間での投球タイミングとスイングの動きを照らし合わせることで、スイングにおける振り遅れ、迷いなどを客観的データで確認することができます。これにより、これまで言語化が難しい感覚で得意、不得意と認識していたものを、客観的データで可視化することが可能となり、選手やコーチが弱点克服のために必要なトレーニングをより具体化することができます。また、定点観測的にVRを使ってモニタリングすることで、トレーニング効果や変化を確認できるようになります(図3、4)。

プロジェクトとしては、検証を通じて2017年より国内のプロ野球チームである楽天イーグルスに導入を開始しました。当時は試合前に対戦チームの投手を攻略するためのイメージトレーニングが利用目的でしたが、導入を通じて投球を視聴するだけではなく、「視聴することによる何かしらのフィードバックが欲しい」という意見が出てきたことから、視聴するだけでなく、「視聴時のパフォーマンスを見える化」するセンシング機能を新たに開発しました。その後は、市場規模や環境条件から、MLB(Major League Baseball:メジャーリーグベースボール)への導入を重点的に進めました。
エンタメ用途も、システムの根本はトレーニング用途と同様でポイントは実投手が実試合で投球した球を高精度で再現するところにあります。リアルの世界では、プロチームの野球グラウンドの打席に立って、プロが実試合で投げた球を受けるという経験はなかなかありませんが、VR空間であれば可能です。バッティングセンターでもゲームでもない、新たな野球の楽しみ方の1つになると考えています。実際、2018年のシーズンから楽天イーグルスで、2019年には広島東洋カープでファン向けにサービス展開しました。シーズンオフや、今期のような新型コロナウイルス等により、ファンと直接的な接点を企画しにくい状況下ではチームとファンの関係を維持する効果的なツールとして注目を集めています(図5、6)。

日米のスポーツ市場の違い

野球だけでみても、日米での市場規模は5倍以上の差があり、チーム数もNPB(Nippon Professional Baseball:日本野球機構)所属のチームは12チームであるのに対し、MLBは30チームとなります。それだけでもアプローチ先としての価値はあるのですが、導入に向けて大きく影響するのが環境条件です。MLBチームの場合、データアナリスト等専門スタッフがそろっていること、および少しでもチームが強くなる可能性があるなら、まずは試してみるというマインドから、これまで業界にない新たなツールであったとしても、積極的にトライし、自チームでの活用方法を模索します。そのため、彼らとの取り組みを通じて、私たちにも効果的なユースケースやノウハウ取得、課題抽出を行うことができました。ここでの利用実績を基に、NPBチーム等他チーム向けに逆輸入していくことを検討しています。

今後の展開:野球業界に変革をもたらす!

これまでの取り組みから、現在、システム価値の再定義を行うとともに、対N展開を実現するためのシステムの簡易化、新たなサービスモデルの構築、検証を行っています。そもそもVR機器自体、スポーツ選手が利用することを想定して製造されているわけではないので、VR機器メーカーの進化とともに、最適化を図っていきたいと考えています。
アマチュア展開の模索についてもその1つです。アマチュア球界はプロと比較して、トレーニング環境や時間に限りがありますし、実際の試合で経験できる投球の種類やスピードにも上限があります。その点、VRを使ったトレーニングの場合、隙間時間等でリアルではなかなかトレーニングできない球種やスピードに対する反復練習が可能です。実際の検証でも、VR空間で時速150キロの球速でトレーニングした選手が、リアルでの練習において、130キロ、140キロの球速が遅く感じるようになった、容易にタイミングを合わせられるようになったといった声も出ています。
このプロジェクトが最終的にめざすのは、「選手のパフォーマンスを可視化、管理できるプラットフォーム」の確立です。選手のパフォーマンスの定義はこれまで、不透明性が高いものでした。打者の評価軸の1つに「打率」という考え方がありますが、対戦投手、時期、天候等、異なる条件下での比較となります。一方、VR空間での投球に対するリアクションデータは、球種、球速含め、同条件下での計測となるため、選手間の比較が可能となります。アマチュアからNPB、MLBまでプレイヤーの選手のパフォーマンスデータを各ユーザが求めるかたちで管理することで、チーム内での若手の育成や戦略策定をサポートするとともに、これまで「人」依存での判断が大きかったドラフトやスカウト時の新たな参考データとしての活用可否も今後、関係者とディスカッションを重ねていきたいと思います。今年は特に新型コロナウイルスの影響により春・夏の甲子園が中止となりました。それによりプロ選手への道のりについても新たなドラフトのかたちが求められてきています。球数制限問題からもみられるとおり、「選手寿命」という観点にも注目が集まってきています。選手のパフォーマンスを可視化し、効果的なトレーニングを効率的に行うことは今後もさらに重要視されていくと考えます。野球業界は歴史が非常に長く、これまでさまざまなノウハウが蓄積されてきていますが、VRという世の中でも新しい技術、アイデアを活用することで、業界の発展に貢献していきます。

(左から)
荒  智子/中村 仁美

スポーツ×ITの分野はまさにニーズが高まってきています。日々トライアンドエラーではありますが、新しい仕組みをつくるべく邁進してまいります。ご興味・関心がある方、連携できそうな方、ぜひご一緒させてください!

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