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特集

NTTのグローバルビジネスの取り組み

NTTプロ・サイクリング:データドリブンイノベーションの活用

NTTプロ・サイクリングチームは、チームパフォーマンスを最適化するため、データと先進的な分析技術を用いて、毎年、何千人という競輪選手と何百というレースの中から、チーム予算と選定したレースにふさわしい選手を採用しています。各選手がピーク状態で目標のレースに臨み、UCI(Union Cycliste Internationale)ポイントを最大限獲得できるようにトレーニングを最適化し、NTT Ltd.は選手のパフォーマンスをモニタリング・管理する革新的技術を提供することでチームをサポートしています。また、チームが重要な意思決定をする際に助けとなる先進的なデータ分析を活用し、自転車に乗っているときも乗っていないときも、高パフォーマンスを発揮できる優位性をチームに提供しています。

Nadeem Ahmad
NTT Ltd. Group Senior Vice President

NTTプロ・サイクリングチームとそのミッション

NTTプロ・サイクリングチームは、プロ自転車競技の世界でユニークな存在です。なぜなら、 アフリカにルーツを持ち、世界の舞台で競争している最初のチームであるばかりでなく、ある信念のために競技することがチームのDNAに組み込まれているからです。その信念とはクベカ(Qhubeka)慈善事業の支援を通してアフリカの地域社会の生活を向上することです。クベカはアフリカの非営利団体で、世界自転車救済事業の一環として自転車を寄付しています。これまで寄付金を募り、アフリカ農村地域の子どもたちが容易に学校に通えるようにし、出席率と学業を上げられるようにするため、7万5000台以上の自転車を寄贈しています。
チームは、クベカ慈善事業を支援するというユニークな目的意識を持ち、パフォーマンスを重視し、技術に裏打ちされた、自転車競技界のベンチマークとなることを目標としています。クベカと協力して地域社会の生活を変えたいという思いは今も強く、その熱意は今後も高まっていくでしょう。この信念は、スタッフ、選手、バリューパートナーと共有しており、チームの根幹であり続けています。アフリカで生まれましたが、世界のためにつくられたチームです。
NTTプロ・サイクリングチームの技術イノベーション・パートナーであるNTT Ltd.は、目的指向で、パフォーマンス重視のテクノロジに裏打ちされたチームとなるように支援しています。チームが自転車競技世界トップ10に入るという目標をかなえるべく、チームと共同作業をしています。中でも、男子ロードサイクルツアーであるUCI(Union Cycliste Internationale)ワールドツアーに参加するということは、もっとも象徴的なレースでもっとも資金力のあるチームと戦うということを意味します。チームは先進的データ分析とデータプラットフォームの力を利用することで、実データを基にチームのリソースを最良なかたちで活用でき、最高のパフォーマンスを発揮できるようになります。これにより、多くのポイントを獲得し、ワールドツアー参加資格を維持し、スポンサーに価値を提供することができます。

テクノロジを活用したデータドリブンなプロ・サイクリングチームをつくる

2020年に、チームは選手のパフォーマンス管理ソリューションを採用しました。このソリューションは、トレーニング分析、健康追跡、レース中の水分と栄養の補給、負傷報告、選手の全体的状態(身体および精神の健康状態)のモニタリングを行います。さらに、データ分析を用いて、選手の発掘と維持を支援することで、UCIポイント獲得を最大にし、レースで好成績を収めるためのレーススケジュール作成とチーム編成を支援します(図1)。
チームは、パフォーマンスに関連する以下の3分野で、重要な意思決定にデータサイエンスを活用しています。
・限られた予算の中で最良なチームをつくるための選手の獲得と維持
・選手が最高の力を発揮できるようなパフォーマンスの最適化
・UCIポイント獲得とレース成績を最大化するための効果的なレーススケジュールの作成とチーム編成
NTT Ltd.は、NTTプロ・サイクリングが上記のビジネス目標を達成することを支援するため、以下のテクノロジを提供しています。
・先進的データ分析
・データプラットフォーム
・ハイブリッドクラウド
・AIと機械学習
また、チームが目標達成のためにこれらの技術を活用できるように、以下のサービスを提供しています。
・デジタルおよび分析のコンサルティング
・データプラットフォームおよびデータアーキテクチャの定義
・データサイエンスサービス
・システム構築
・アプリケーションマネージドサービス
・プログラム管理
過去1年半、NTTプロ・サイクリングはNTT Ltd.と連携して、UCIランキングを上げるための総合的データプラットフォームの構築に取り組んでおり、主要な意思決定を迅速に行えるようにするための先進的なデータサイエンスを主体とするテクノロジでチームを支えています。これらのテクノロジは、NTTプロ・サイクリングのパフォーマンスのみだけでなく、そのビジネスプロセスもサポートしています。また、データ分析は、採用する選手の選定、レーススケジュールの準備、適切なレースへの適切な選手の割り当てや、生理学的データを追跡することで、選手の健康モニタリングにも役立っています。
また、ワールドツアーのトップで競争できるように、チームはワールドツアートップ10への仲間入りをめざしています。そのため、チームはパフォーマンスを毎日向上し、迅速で良い意思決定を行うために、イノベーション、テクノロジ、データを新しい方法で活用しています。他の組織と同じように、多くのプロスポーツチームは、その存在価値と競争力を保つためにデジタルトランスフォーメーションに乗り出しており、NTTプロ・サイクリングも例外ではありません。

図1  NTT プロ・サイクリングにおけるデータ分析の適用

選手獲得

世界中のどのプロ・サイクリングチームも、重要なリソースは選手であるということを認識しています。さまざまな技能を持った適切な選手を保有することは、勝つチームをつくり、主要なレースで勝利を収めるための重要な戦略です。NTTプロ・サイクリングは、世界中のほぼすべてのプロ自転車競技選手のデータを分析しており、過去データとパフォーマンス評価値を組み合わせて、獲得すべき選手を見つけます。データ分析を活用することにより、より情報に基づいた意思決定を行え、限られた予算内で最善のチームをつくることができます。
過去18カ月の間、NTTプロ・サイクリングとNTT Ltd. Advanced Technology Groupは、各選手の経歴とフォームを基に選手を分類する統計・分析モデルをいくつか共同開発しました。この分析パッケージは、ProCyclingStats.comから得られたデータを基に、個々の選手の強みと弱みのマトリックスを作成します。このプロセスはNTT Ltd.のクラウドプラットフォーム上で毎日実行されます。それにより、必要データを取得し、主要評価値を計算し、最後に要点をチーム管理者が利用できるダッシュボードに表示します。これを基に、さまざまなグループの選手を分析し、各選手のプロファイルを調べ、各選手の今後予想される軌跡を計算することができます(図2)。

図2  選手獲得データ

■チームづくり

NTT Ltd.は、チームが必要とする情報を提供するため、過去8年分のレース結果とチームのパフォーマンスを分析しました。Pro Cycling Statsプラットフォームが提供するAPIを利用して、現在のチーム構成員のデータを可視化しています(図3)。これを利用して、総合、スプリント、チームの厚み、安定性、登坂の5分類でチームの強みと弱みを判定します(図4)。
チーム管理者は、チームのパフォーマンスデータと評価値の全体像を把握し、どの選手どうしが組むと上手く力を出せるかを判断します。そして、これに基づいて「チーム安定性」スコアを算出します。

図3  NTT プロサイクリング選手ダッシュボードの例

図4  チームの強み,弱み,安定性

■ギャップ分析

チームの現状が分かると、チームのどこに不足があるか判断でき、それを埋める選手を見つけることができます(図5)。世界中のプロ選手の分析を活用し、どの選手がもっともチームに見合う能力を持っているか判断することができます。
チームのニーズに対する各選手の強みを調べるほかに、データ分析ソリューションには、各レースで獲得可能なポイントや過去の戦績など、プロ・サイクリングの全スケジュールが組み込まれています。これにより、最大のポイント数を獲得する機会を特定し、どの選手の組合せがもっとも成功する可能性が高いかを特定することが可能になります。

図 5  選手ランキングとギャップ分析 非常に重要です.そのためNTTプロ・サイク

■パフォーマンス分析

NTTプロ・サイクリングチームは、アナリティクスを活用して、どの選手が各レースに対して最適化判断するだけでなく、世界中の選手を評価するのにも活用しています。チームは、適切なタイミングで適切なリソースを発見することが、ビジネスでもレースでも成功するためには重要であることを理解しています。
チーム管理者とコーチは、チームが何を必要としているかを理解したうえで、何千人もの選手を絞り込み、最終候補者リストを作成します。この際に考慮される要素には、選手のタイプ、レース成績、年齢、最近のパフォーマンスなどがあります。そして、そこからアルゴリズムを用いて、今後のレースで選手がワールドツアーで重要なポイントを獲得する可能性、つまり「勝率」を算出します。チーム管理者は、選手プロファイルを見て各選手の強みと弱みを把握し、チームのギャップを埋める能力を持つ選手を見つけ出すことができます。

■統合、モニタリング、レポート

最後に行うべきことは実際の選手の採用です。チーム管理者は、現在のチーム、埋める必要のあるギャップ、そしてデータと分析ソリューションから得られる潜在的な人材の全体像を把握することで、プロセスの一部を推測に頼らず、より迅速に、より多くの情報に基づいた意思決定を行うことができます。これらのツールにより、客観的な意思決定を行い、目標達成に貢献することができます。これらすべての情報により、チーム管理者はライダーとの契約を行うことができ、彼らの豊富な業界知識と経験に加えて、テクノロジが選手のパフォーマンスを向上させることを可能にしています。チーム管理者がパフォーマンスを監視、評価し、パフォーマンスの詳細分析と全体像の両方を得られるようにするため、NTT Ltd.は複数のテクノロジ、ウェアラブル端末、IoT機器、プラットフォーム、ツールを提供しています。
NTT Ltd.のソリューションは、有名選手だけでなく、これまで見落とされていたがユニークな価値のある選手、いわゆる「Moneyball」を見つけることができます。過去のデータとパフォーマンス評価点を組み合わせることにより、チームのギャップを埋める特別な役割にふさわしい選手があぶり出されるので、経験豊かなチーム管理者が選手獲得をする際に参考にすることができます。

データドリブンのスケジュール最適化

参加が必須のワールドツアーイベントに加えて、何百というレースの中から参加すべきレースを選ぶ必要があります。どのレースに参加するか、どの選手を起用するかの判断は非常に重要です。そのためNTTプロ・サイクリングは、レーススケジュールを最適化し、持てるリソースをもっとも有効に利用するためにデータ分析を活用しています。チームは毎年、5大陸で256日間、82のレースに参加しており、1日に3レースに参加することもあります。
そのため、ロジスティクスが難しいだけでなく、チームパフォーマンスを最適に保つことも課題です。最高の結果を得るためには、適切な選手を適切なレースで適切なタイミングで起用する必要があります。ロジスティクスの課題は、29人の選手、54人の管理・サポート要員がおり、200台以上の自転車、250本のカーボン車輪、22台の車両を保有し、900枚以上の航空券、3。5トンの栄養剤を扱い、世界中に数十のパートナーや資産があることです。これが、NTTプロ・サイクリングの複雑なチームインフラストラクチャを構成しています。
チームがワールドツアー・ポイントを稼ぐためには、どのレースに参加すべきかという難しい決定をしなければなりません。レーススケジュールは、ロジスティクスの実現可能性、ポイント獲得の可能性、選手のスケジュール、選手の強み、選手のトレーニング時とレース時の負荷のバランスを取ります(図6)。
トップレベルであるUCIワールドツアーで十分なポイントを獲得することは、チームの存続に極めて重要です。さまざまなレベルのレースがあり、レベルにより与えられるポイントも異なるので、どこにポイント獲得のチャンスがあるかを見つけることが不可欠です。チームは、データと分析ツールによりこの意思決定プロセスを助け、レーススケジュールの作成を支援します。
レースごとに与えられるポイント数、過去に参加した選手たちの力量に基づき算出された強みを考慮するアルゴリズムを用いて、強み指標で重み付けしたレースごと、1日ごとのポイント数を計算します。その結果、もっとも価値の高いレースはどれか、すなわち、もっともポイントを稼げそうなレースはどれかを提示します。
この結果と、時間と距離に関するロジスティクス上の制約を加味して、レーススケジュールをつくります。チームの選手構成も考え合わせることにより、どの選手がどのレースに参加すべきかをピンポイントで決めることができます。システムは複数のダッシュボード(図7)を出力します。チーム管理者は、それらのダッシュボードと、選手プログラムやチームロジスティクスなどの主要情報の両方を見て、どのレースに参加すべきかを決定します。
この分析から分かる重要なことの1つは、アジアツアー。 HCでポイントを獲得することはヨーロッパのワールドツアーレースよりも4倍も容易だということです。もう1つ分かることは、1日レースで、ステージレースよりも多くのポイントを獲得できるということです。ワールドツアーレースで与えられるポイント数は多いが、ワールドツアーで勝つのは難しいことが統計的に示されています。
この分析が有効であったことは、以下のとおり、すでに世界中のレースで好成績を収めたことから明らかです。
・3大陸で、6人の異なる選手が8回、トップ2位までに入った
・Étoile de BessègesとTour de Langkawiの両方のステージで勝利(Ben O’ConnorとMax Walscheid)
・Tour of Langkawiのポイント・クラシフィケーションにおいてトップに立つ(Max Walscheid)
・南アフリカのNational Championships(Ryan Gibbons)

図6  スケジュール最適化のためのポイントデータ

図7  レーススケジュール上のランキングと支出に見合うレース

トレーニングと健康

トレーニング、準備、栄養、健康は、成功するプロ自転車競技選手にとって重要な要素です。NTTプロ・サイクリングはこのことを理解しており、 NTT Ltd.、Alcatel Lucent Enterprise、Lumin Sports、Today’s Plan、Garmin、Rotorなどのパートナーからのテクノロジソリューションを組み合わせて、 選手のトレーニングとレース準備をモニターし、最適化しています。
Phila(「生きる」を意味するNguniの言葉)は健康管理用モバイルアプリケーションです。選手の居場所、睡眠、疲労、気分、痛み、病気、負傷、トレーニング、レースのフィードバックをチェックするために朝夕に質問表を選手に送付します。コーチはその結果を毎日のトレーニング計画にすみやかに反映することができます(図8)。
チームは、疲労回復を助けるために水分と栄養補給を最適化するため、レース中に使用できる「水分・栄養補給指導」(HANG: Hydration and Nutrition Guidance )と呼ばれる自動アプリケーションを使用しています。このアプリはBluetooth・スマート体重計と接続されており、朝、レース前、レース後に体重を測定して、水分レベルを追跡します。そして、レース後に選手それぞれにアドバイスをします。
チームは、ARCと呼ばれる一元的な選手データ報告ツールを使用しています。これはすべてのトレーニングデータ、健康データ、HANGデータ、レース報告を統合するもので、コーチとチーム管理者用に、各選手の最適トレーニング負荷、レース分析などの主要評価点を示すパフォーマンスダッシュボードを出力します。さらに、選手のレーススケジュールに基づいてトレーニング負荷モデルを作成します。

図8  選手の健康,栄養データ

まとめ

NTTプロ・サイクリングチームにとって、革新的で高度なデータサイエンスは、重要な意思決定を迅速に行うために利用されており、テクノロジはチームのパフォーマンスだけでなく、そのビジネスプロセスもサポートしています。データ分析は、選手の選択、レーススケジュールの作成、適切なレースへの適切な選手の割り当てに役立っています。革新的なエコシステム技術は、健康とウェルネスアプリケーションを通じて選手の生理学的データを追跡することで、選手の健康状態をモニタリングするのにも役立っています。
チームの選手層の中のギャップを発見し、それを埋める選手を獲得しようとしているのはNTTプロ・サイクリングチームだけではありません。また、何らかのデータ分析ソリューションを使っているのもNTTプロ・サイクリングチームだけではありません。しかし、NTTプロ・サイクリングチームは、パフォーマンスモニタリング・管理ソリューションの精巧さと精緻さの点で、チームははるかに先を行っています。現在のチーム、 埋める必要のあるギャップ、 データと分析ソリューションから得られる潜在的な才能を全体的に見ることで、チーム管理者はより迅速に、より多くの情報に基づいた意思決定を行うことができ、プロセスの一部を推測の域から出ないものにすることができます。チームパフォーマンスを基にデータドリブンの選手獲得を行ったことにより、2020年NTTプロ・サイクリングチームは、2019年チームと比較して25%多いUCIポイントを獲得すると期待されます。そうなれば、UCI世界ランキングの順位を7つ上げることになります。世界のサイクリングチームのトップ15に入るには、チーム内のトップ10の選手が2019年よりも25%多いポイントを獲得する必要があります。世界トップ10に入るためには、2019年の倍のポイントを獲得する必要があります。レーススケジュールを最適化するだけでも、獲得ポイントを20-30%増やせる可能性があります。

今後の展開

本稿を書いている時点で(8月に始まるツール・ド・フランスの前)、NTTプロ・サイクリングチームの2020年レースシーズンの滑り出しは順調で、テクノロジとデータの活用の恩恵を享受しています。昨年と比べ、UCIポイントは18%増え、勝利回数はなんと200%も増え、表彰台に上った回数も114%増えており、チームが使用しているソリューションはすでに、チームとチーム管理者にとってかけがえのないものであることが立証されています。
NTT Ltd.がデータ分析プラットフォームを構築したとき、NTTプロ・サイクリングチームは、そのデータ、アプリケーション、およびデータを集めるためのプラットフォームの活用を決め、データ分析アルゴリズムを用いて正確なデータに基づき意思決定することが可能になりました。今後、チームがデータを信頼し、結果をモニタリングし、時間をかけてソリューションを洗練させ、世界トップ10のサイクリングチームになるという目標を達成することをめざします。

Nadeem Ahmad

問い合わせ先

NTT Ltd.
E-mail nadeem.ahmad@global.ntt