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R&D ホットコーナー ソリューション

離島衛星通信システムおよび災害対策衛星通信システムにおいて、高い保守性と可用性を実現する無線信号処理装置

NTTグループでは、光ファイバなど通信インフラ設備の敷設が困難な離島地域や自然災害などで一時的に避難を余儀なくされる被災地域の通信手段として、衛星通信を利用した通信サービスを提供しています。NTTアクセスサービスシステム研究所は、設備利用の効率化や運用性向上をめざし、衛星通信システムの研究開発を推進しています。ここでは、離島衛星通信および災害対策衛星通信において、高い保守性および可用性の実現を目的として開発した無線信号処理装置(RF装置)について紹介します。

松井 宗大(まつい むねひろ)/ 松下 章(まつした あきら)/ 西野 満(にしの みつる)/ 山下 史洋(やました ふみひろ)

NTTアクセスサービスシステム研究所

高効率衛星通信システム

現在、NTTグループでは、光ファイバなどの通信インフラ設備の敷設が困難な離島地域や自然災害などで一時的に避難を余儀なくされる被災地域の通信手段として、通信エリアの広域性や通信ネットワーク構築の容易性等の特徴を有した衛星通信を利用しています。NTTアクセスサービスシステム研究所は、一層の設備利用の効率化や運用性向上をめざした「高効率衛星通信システム」の研究開発を推進しています。本システムを使って、NTTグループは「離島衛星通信」「災害対策衛星通信」のサービスを提供しています。高効率衛星通信システムによるサービス提供のイメージを図1に示します。離島衛星通信では、本土局および離島局間で通信が行われ、離島に対して海底光ケーブルの敷設が困難な場合や海底光ケーブルのバックアップ回線として通信サービスを提供します。災害対策衛星通信では、被災地に設置される端末局と基地局の間で通信が行われ、災害発生時に被災地の避難所等において臨時回線を迅速に確保し、特設公衆電話やインターネット接続のサービスを提供します。
離島衛星通信用および災害対策衛星通信用の高効率衛星通信システムの構成を図2に示します。高効率衛星通信システムは、高効率グループモデムモジュール(GMM)を搭載した衛星回線終端装置COM-U(Common Unit)、伝送装置とCOM-Uを接続する衛星回線終端装置SYS-U(System Unit)、それらを監視制御するSAT-EMS (Satellite-Element Management System) および、ここで述べる無線信号処理装置(RF装置)から構成されています。COM-Uは、高効率GMM搭載によって衛星中継器(トランスポンダ)の有効利用を行うことが可能な衛星通信モデムです(1)。SYS-Uは、離島衛星通信システムにおいて、本土側と離島側の伝送装置と接続し、回線を衛星回線経由で接続する装置です(2)。RF装置は、COM-Uが出力した中間周波数信号(IF信号)を高周波の無線信号(RF信号)に変換し、アンテナ装置に出力します。また、アンテナ装置で受信したRF信号をIF信号に変換し、COM-Uに出力します。監視制御装置SAT-EMSはSYS-U、COM-UおよびRF装置など衛星通信システムを構成する装置類の監視制御を行う装置です。

図1 高効率衛星通信システムによるサービス提供

図2 高効率衛星通信システムの構成

RF装置の開発

開発したRF装置の構成を図3に示します。RF装置は、送信周波数変換部、大電力増幅部、受信周波数変換部、ビーコン受信部より構成されます。送信周波数変換部は、COM-Uから出力されたIF信号をRF信号に変換します。大電力増幅部は、RF信号の電力を増幅し、アンテナ装置に出力します。受信周波数変換部は、アンテナ装置で受信したRF信号をIF信号に変換します。ビーコン受信部は、受信したビーコン信号を基に、送信電力の制御やアンテナの方向制御を行います。この中で、大電力増幅部は、大電力を使うことから故障を予防するための定期メンテナンスが必要となり、高い保守性が要求されます。また、接続している端末局の数など状況に応じた送信電力制御により、安定した通信品質を常に提供することが求められるため、大電力増幅部には高い可用性が要求されます。そこで、研究所では、離島衛星通信システム用に保守性を向上した大電力増幅部および、災害対策衛星通信システム用に可用性を向上した大電力増幅部を開発しました。
(1) 保守性を向上した大電力増幅部
離島衛星通信システムでは、静止軌道上(高度約3万6000 km)の衛星を介して、本土局と離島局間で通信を行います。現在、衛星通信システムにおいてよく使用されている大電力増幅器として、進行波管増幅器(TWTA:Traveling Wave Tube Amplifier) があります。TWTAは、低コストで高出力な増幅器を実現することが可能ですが、進行波管を定期的に交換する必要があり、保守コストが大きくなります。特に、離島局設備のメンテナンスは、作業員の渡航費や部材の運送費等で保守コストがさらに増加します。一方、最近では、定期交換が不要である固体電力増幅器(SSPA:Solid State Power Amplifier)の技術が発展し、高出力化が進んでいます。
そこで、研究所では、離島衛星通信システム用に、最大200 W出力可能なSSPAを開発しました。開発したSSPA内部の外観を図4に示します。開発したSSPAは、4つの窒化ガリウム電界効果トランジスタ(GaN-FET:Gallium Nitride-Field Effect Transistor)を備えることにより、最大200 Wまでの高出力を行うことができます。また、電力増幅器において非線形領域で信号増幅された際に発生する自帯域外への干渉を抑圧するために、SSPAの前段にリニアライザを実装しています。リニアライザによりSSPAに入力される前の信号に対して信号処理を行うことで、SSPAから出力後に発生する干渉を抑圧します。リニアライザのパラメータは、自信号と自帯域外干渉の電力比が所要値を達成するように、研究所が開発した手法を用いて調整を行っています(3)。本来は、サービス運用時に使用する最大約30キャリアのマルチキャリア信号を使ってパラメータ調整をする必要がありますが、開発した手法を使うことによって2キャリアの信号のみでパラメータを調整することが可能です。
(2) 可用性を向上した大電力増幅部
災害対策衛星通信システムでは、静止軌道上の衛星を介して、地上の基地局と端末局間で通信を行います。マルチキャリア信号の1キャリアで収容する接続端末局数および、1キャリア当りの所要送信電力値は決まっており、端末局の接続数が多い場合は運用するキャリア数が増加するため、基地局は高い送信電力が必要になります。基地局は、災害発生時においても常時通信サービスを提供できるように、冗長構成になっています。基地局は東日本および西日本に1台ずつ設置されており、通常時はそれぞれの基地局が日本全体をカバーし、日本のあらゆる場所で端末局の接続を可能にしています。基地局は互いにバックアップとして機能し、激甚災害等によってどちらかの基地局が運用停止になった場合でも、もう一方の基地局が日本全体をカバーし、端末局との通信を可能にします。上記のような基地局1台での運用においては、基地局1台に接続する端末局の数は多くなるため、通常時に比べて高い送信電力が必要となり、1台の大電力増幅器だけでは送信電力が不足する可能性があります。送信電力が不足すると通信品質が低下し、通信サービスに支障を来すおそれがあります。
そこで研究所では、2台の大電力増幅器を備えた大電力増幅部を開発しました。装置の構成および外観を図5、6に示します。大電力増幅器としてTWTAを用いており、2台のTWTA、スイッチ・電力分配器、電力合成器・位相合成器より構成されます。コントローラは、2台のTWTAおよびスイッチ・電力分配器の動作制御を行うことで、2つのモードを制御します。1つは単体出力モードで、基地局が2台平常運用しているときに用いられます。このとき、大電力増幅部では1台のTWTAのみが動作し、もう1台のTWTAは故障時のバックアップとして動作します。もう1つのモードは合成出力モードで、基地局が1台のみ運用しているときに用いられます。このとき、大電力増幅部ではTWTAが2台ともに動作し、各TWTAの出力が合成されて出力されます。基地局1台での運用時において多くの端末局が接続しても送信電力が不足することはなくなり、通信品質を保つことができます。

図3 RF装置の構成

図4 SSPA内部の外観

図5 災害対策衛星通信システム用大電力増幅部の構成

図6 災害対策衛星通信システム用大電力増幅部の外観

今後の予定

今回は、高効率衛星通信システムの一環として開発した、保守性と可用性を向上することが可能なRF装置を紹介しました。今後は、コスト削減や利便性向上をめざした端末局の開発など、衛星通信システムの研究開発を推進します。

■参考文献
(1) 柴山・矢野・浦田・阿部・松下・山下:“離島衛星通信および災害対策衛星通信において衛星中継器利用効率向上と保守運用性向上を実現する「衛星回線終端装置COM-U」,”NTT技術ジャーナル,Vol.30, No.2, pp.53-56, 2018.
(2) 志鎌・大坂・浦田・佐川・廣瀬・小林:“離島衛星通信においてネットワークシンプル化を実現する「衛星回線終端装置SYS-U」,”NTT技術ジャーナル,Vol.26, No.10, pp.42-46, 2014.
(3) 鈴木・須崎・松井・松下・山下:“マルチキャリア増幅時の相互変調歪を低減するリニアライザ調整法の提案,”2018信学総,B-3-8, 2018.

(後列左から)松下 章/西野 満
(前列左から)山下 史洋/松井 宗大

災害対策通信を中心に衛星通信の重要性が再認識されている中、NTT研究所では引き続き設備利用の効率化や運用性向上、機能の高度化をめざした研究開発に取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
無線エントランスプロジェクト
衛星通信グループ
TEL 046-859-4207
FAX 046-859-4311
E-mail eeig-p-ml@hco.ntt.co.jp