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光のトポロジカル特異点の生成手法を発見

NTTは、東京工業大学(東工大)と共同で、フォトニック結晶を変形させるという簡単な手法により、光のトポロジカルな特異点を自在に生成・制御できる手法を世界で初めて理論的に明らかにしました。本成果はレーザの偏光状態や出射方向の制御に利用可能で、光のトポロジカルな性質を利用した新しい光制御の可能性を示すものと期待されます。
本成果は2020年7月30日(米国時間)に米国科学雑誌「フィジカル・レビュー・レターズ」のオンライン版に公開されました。
なお、本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成金の助成を受けて行われました。

■研究の背景

トポロジーとは、物体に開いた穴の数のように、伸長や縮小などの連続変形では変わらない幾何学的な性質を扱う概念です。この性質は構造が持つトポロジカル数と呼ばれる数で規定され、穴の数はその一例です。この数で決定される性質があれば、形状の連続変形に影響を受けない強固な性質となります。この概念を固体中でバンド構造を組む電子に対して適用し、波数空間における電子の波動関数のトポロジーがさまざまな新しい物理現象を導くことを示した業績に対して2016年にノーベル物理学賞が与えられ、トポロジカル絶縁体をはじめとする新しい物質相や新奇な物理現象が発見されています。最近になり、このトポロジカル物性は固体中の電子だけでなく、フォトニック結晶と呼ばれる誘電体周期構造中の光においても発現することが判明し、光のトポロジカルな物性が次々に見つかっています。この分野はトポロジカルフォトニクスと呼ばれ世界的に活発に研究されています。
光のトポロジカルな現象の1つとして、光トポロジカル特異点と呼ばれるものがあります。これは光の偏光状態が決めるトポロジカル数によって発現する状態で、特にトポロジカル数が整数の時にはBound state in the continuum (BIC)と呼ばれる特殊な状態が実現します。BICとは、本来閉じ込められないエネルギー領域にある波動が空間的に束縛されて閉じ込められる状態のことで、1929年からその存在が予言されていましたが、近年BICがフォトニック結晶中の光トポロジカル特異点として現れることが分かっています。光のBICは、普通ならフォトニック結晶の外に光が漏れ出てしまうはずの周波数領域で、結晶の中に閉じ込められたモードとして出現します。
フォトニック結晶において、面に垂直方向に光が出てこられない自明なBIC(垂直方向BIC)が存在することは以前より知られていましたが、最近になり斜め方向に光が出てこられない非自明なBIC(斜め方向BIC)が存在することが分かり、新奇な光閉じ込め方法として注目されています。このBICモードに利得を与えるとレーザ発振が可能であり、閉じ込め方向にレーザ光が出射されることが知られています。これまでに、垂直方向の自明なBICを用いたレーザ発振が実現されています。また、斜め方向の非自明なBICでは斜め方向にレーザ発振可能であり、かつ発振する角度を変更可能であると考えられています。さらに、斜め方向のBICは、閉じ込めモードであるにもかかわらず面内に有限な群速度を持つなどの新奇な性質を持っており、広く興味を持たれて活発な研究が行われています。
ところが、これまで発見された非自明な斜め方向BICは、ある構造条件で偶然発現するものしか知られておらず、その生成メカニズムは不明で、計画的に生成できる手法は知られていませんでした。つまり、実際に数値計算を行ってみないと非自明BICが存在するかどうか分からず、またフォトニック結晶の穴の大きさ・厚さ・屈折率などの構造パラメータをどのように調節すれば非自明 BICが生成できるか明らかにされておらず、非自明なBICを実現する決定論的な手法が存在しませんでした。

■研究の成果

今回NTTと東工大は、フォトニック結晶を変形して対称性を変化するという非常に簡単な方法で、非自明なBICとなる光トポロジカル特異点を必ず生成できる方法を、世界で初めて見出しました。本成果では、誘電体薄膜に丸い穴が三角格子状に周期的に開けられたフォトニック結晶を用いますが、この構造はトポロジカル数が-2の自明なBIC(垂直方向BIC)を持つことが知られています(図中央)。この構造を図のように横方向または縦方向に引き延ばすことによって、トポロジカル数が-2の自明な垂直方向BICが2つに分裂して、トポロジカル数が-1の非自明な斜め方向BICが対で生成されることを理論的に示しました(図左右)。また、フォトニック結晶の穴の形状を丸から三角形に変形することによって、トポロジカル数が半整数となり円偏光モードとなる別種のトポロジカル特異点を生成することも発見しました。これらの操作は、元々6回回転対称性を持っていた三角格子結晶の対称性を壊すことに相当し、2回回転対称性にすると斜め方向BICが発現し、3回回転対称性にすると円偏光モードが発現します。またこれらトポロジカル特異点をレーザ等の光デバイスに応用した場合、光出力の方向は変形の度合いによって可変となります。つまり構造の対称性の簡単な操作により、さまざまなトポロジカル特異点を自由に生成・消滅でき、その方向や偏光の特性を制御できることを示しています。
従来の手法では、非自明な斜め方向BICは、フォトニック結晶を構成する材料の屈折率に応じて構造パラメータが特定の領域にある場合のみしか存在せず、フォトニック結晶の構造を調節する必要がありました。それに対し、今回の手法では材料の屈折率や構造パラメータの値によらず、6回回転対称性を持つ構造に変形を加えることで必ず非自明なBICが生成可能となるため、幅広い材料に対して自在に光トポロジカル特異点を形成することが可能となります。

■今後の展開

本手法を用いることで、非自明な斜め方向BICを幅広い材料や構造に対して容易に生成できることになるため、非自明なBICに基づく物理現象探索やデバイス応用に貢献できると考えています。特に、化合物半導体等の光利得を持った材料に対して本手法を適用することによって、出射方向やトポロジカルな性質に起因する特殊な偏光状態を自在に制御できるレーザなどの発光デバイスが実現できると考えられ、フォトニック結晶のトポロジカルな性質を反映した光出力を自在に制御できる新しい光制御デバイスの可能性も期待できます。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2007/200731a.html

研究者紹介

光の新たな性質の利用に向けて

養田 大騎
NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部 フォトニックナノ構造研究グループ

「トポロジカルフォトニクス」と呼ばれる研究分野は、現在世界中で活発に研究されている新しくホットなトピックです。バンド構造のトポロジカルな性質は物性物理学の分野で端を発し、2016年のノーベル物理学賞の対象の1つにもなっていますが、トポロジカルフォトニクスはそのトポロジカルバンド理論をフォトニック結晶に応用した分野です。本研究の面白さの1つは、単なる物性物理の光学系への拡張ではなく、バンド構造と光の偏光(ベクトル性)に関する2つのトポロジカルな性質が融合している点にあると思います。光の偏光という電子にはない性質とバンドトポロジーの関係に特に興味を持ち研究を始めました。本研究ではそういった光のトポロジカル特異点をフォトニック結晶の対称性を操作することにより簡単かつ確実に制御する方法を新たに提案しました。
今回の成果は理論予測ですが、今後は実際にフォトニック結晶を作製し、本成果の実験的な実証に取り組んでいく予定です。トポロジカルフォトニクスの分野にはまだまだ理論的に分からないことが多く存在し、かつそれらの応用に関してはまだあまり提案されておりません。抽象的で取っ付きにくい分野だと思いますが、基礎的な理論研究から光デバイスへの応用など幅広く研究を行い、新たなアイデアを提案することでこの分野の発展に貢献できれば幸いです。