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Focus on the News

テラヘルツセンシングに適用可能な500GHz帯20dB利得の増幅器ICを実現

NTTは、増幅器の周波数を制限する要因となっていたトランジスタの寄生容量成分をインダクタ成分で中和する中和回路を500GHz帯で初めて増幅回路に適用し、500GHz帯での20dBの高利得増幅器ICの実現に成功しました。
500GHz帯は、テラヘルツ波として知られる高い周波数帯の1つであり、センシングなどへの適用が期待されています。マイクロ波やミリ波よりも高いこの周波数帯を利用するためには、高い利得を持つ増幅器ICの実現が期待されていました。
NTTは、独自の中和回路技術を適用した500GHz帯増幅器ICをInP(インジウムリン)-HEMT(High Electron Mobility Transistor)で実現し、20dBの電力増幅率(利得)を確認しました。現在まで報告されている500GHz帯増幅器ICの2.5倍の利得であり、台風や集中豪雨などの気象予報精度の向上につながる技術として期待されます。本技術の詳細は、米国時間2020年8月4日からインターネット上でオンライン開催された国際会議IEEE IMS 2020(IEEE International Microwave Symposium)に新設のLate Newsにて発表しました。

■研究の背景

500GHz帯を含むテラヘルツ波は、他のシステムや他の自然放射波との干渉が少ない周波数帯域であり、水蒸気や酸素の濃度を正確に把握可能な電気的特性を持っているため、既存の気象観測の利用周波数(7GHz-80GHz)に加えて観測に利用することにより、台風や集中豪雨などの気象予報精度の向上が期待されています。

■研究の成果

今回、独自の中和回路技術を適用した500GHz帯増器ICをInP-HEMTで実現し、20dBの高利得の増幅器ICの実現に成功しました(図)。これまでに報告されている500GHz帯増幅器ICの2.5倍の利得であり、台風や集中豪雨などの気象予報精度の向上につながる技術として期待されます。

図 500GHz帯増幅器ICと本成果位置付け

■今後の展開

本増幅器ICは、これまで世の中で実現が困難であった、500GHz帯での信号増幅を20dBの高利得で実現できるので、センシングだけでなく、イメージングや大容量無線通信等さまざまな分野での活用が期待されます。本技術を深化していくことにより、人々の生活の安心・安全、豊かさ、便利さを向上させ、人類の未来に希望を与える科学技術の進展に貢献していきます。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2008/200805a.html

研究者紹介

困難な課題へのチャレンジによる技術力向上をめざして

濱田 裕史
NTT先端集積デバイス研究所
光電子融合研究部 高速アナログ回路研究グループ

電磁波は、携帯電話やWi-Fi等の無線通信への応用だけでなく、車載レーダや空港で使われているミリ波スキャナーなどの、物体を検知する“センシング”への応用が可能です。今回実現した500GHz増幅器は、水蒸気や分子のセンシング機器への適用を想定したものです。500GHz帯は、その周波数の高さから、センシング応用時の空間分解能を高くできること、水分子と酸素分子を同時に検知可能であることが知られています。これらの性質を利用して、気象観測における台風・集中豪雨の予報精度向上や、宇宙空間における水資源探索などへの応用が考えられています。500GHz増幅器は、これらを実現するためのセンシング機器の、基本構成要素の1つです。
500GHzという超高周波帯は、これまで私たちが扱ったことがない周波数帯だったこともあり、増幅器実現にあたり、いくつも課題がありました。特に大きな課題は、私たちの持つトランジスタ(InP-HEMT)の通常の設計では、500GHzは信号増幅率(利得)を大きくすることが困難である、というものでした。そこで、“中和回路”という、トランジスタの高周波性能を大きく引出すための回路を新たに取入れることで、何とか20dB(100倍)の大きな利得を実現できました。
研究開発に限らず、どのような仕事でも同じかと思いますが、これまでに実現されていないこと、まだ試したことがないことにチャレンジすることは、うまくいくかどうか分からないところがあり、不安である反面、そこに大きな面白さ・やりがいがあります。また、手探りで試行錯誤を進めることで、多くの新たな知見を得ることができます。これらの知見を積み上げていくと、いつしか、他者にはなかなか追随できない“技術”という大きな競争力の源泉ができあがります。今後も、困難にチャレンジし続け、NTTの、ひいては日本の技術力向上に貢献していきたいと考えています。