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300GHz帯無線トランシーバの省電力化に成功

東京工業大学とNTTの研究グループは、5G(第5世代移動通信システム)で用いられる28GHz帯の10倍高い周波数である300GHz帯を用いる超高速無線通信トランシーバの開発に成功しました。
この無線トランシーバは、34Gbit/sの高速な無線通信を、送信・受信合わせて、わずか410mWの低消費電力で実現できます。新たに考案した高利得なミキサ回路を採用することで、安価で量産が可能なシリコンCMOSプロセスによる製造を可能としました。
低コスト化・省面積化・低消費電力化が達成できたことにより、スマートフォン等のモバイル端末への搭載が可能となりました。5Gの次の世代の無線通信システムの実用化を加速させる成果です。
研究成果の詳細は、2020年8月4日(米国太平洋時間)にオンライン開催された国際会議IMS 2020「International Microwave Symposium 2020」で発表しました。

■開発の背景

2020年3月に国内で5Gのサービスが開始されました。その一方で、早くも5Gの次の世代の無線通信に関する研究が活発に行われています。より高速・大容量な無線通信を実現するために、5Gにおけるミリ波帯よりもさらに10倍以上高い周波数帯である300GHz帯の利用が期待されています。
5Gでは一般に28GHz帯の周波数を用いることで最大10Gbit/sの通信速度を実現可能です。そこからさらに周波数を上げ300GHz帯を用いることにより、利用できる通信帯域幅を増やし、最大で300Gbit/sを超えるような無線通信も夢ではなくなってきました。300GHz帯無線機の早期実用化に向け、小型・低コスト化、そして将来モバイル端末にも搭載できるような省電力化技術が強く求められています。

■研究成果

本研究では、新たに高利得なミキサ回路を考案することで、シリコンCMOSプロセスにおいても、省面積かつ低消費電力で動作する無線トランシーバの開発に成功しました(図)。送信機、受信機ともに新たに開発したミキサ回路を用いることで、アンテナとミキサの間に増幅器を搭載することなく、無線通信に必要な高い信号対雑音比(SNR:Signal-Noise Ratio)を実現できます。
従来のミキサでは、中間周波数帯の変調信号と周波数変換に用いるローカル信号を同じ端子から入力しているため、トランジスタの電圧電流変換の非線形性を利用する方式で周波数変換を行っており、ミキサ回路の利得(電気回路における入力と出力の比)の向上が困難でした。また両方の信号に対してインピーダンス整合をとる必要があるために中間周波数とローカル信号周波数を同じ周波数帯にする必要があり、変調波信号とローカル信号双方に対して100GHzを超える増幅器が必要でした。
増幅器の消費電力は周波数に応じて増大するため、このことが、従来の無線トランシーバの大きな消費電力の一因となっていました。今回、新たに変調信号とローカル信号を異なる端子から入力するようなミキサ回路構成を考案しました。このような構成により、トランジスタのスイッチングを利用する方式で周波数変換が可能になり、従来よりもミキサ回路の利得を約2倍向上させることに成功しました。また本方式では、中間周波数は100GHz以下に設定することができるため、消費電力を大幅に削減することが可能となります。
開発した300GHz帯無線トランシーバをシリコンCMOS 65 nmプロセスを用いて試作を行い300GHz帯における無線通信特性の測定評価を通して提案技術の有効性を確認しました。トランシーバは、IEEE(米国電子電気学会)802.15.3dの無線規格において規定されるスペクトルマスクを278GHzから304GHzの周波数において満たしており、QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)から16QAM(Quadrature Amplitude Modulation)の変調方式に対応可能です。
最大の通信速度は34Gbit/sであり、そのときの消費電力は、送信機・受信機合わせて410mWとなり、シリコンCMOSの300GHz帯トランシーバの先行研究に対して4分の1以下の省電力化を達成しました。また複数のトランシーバを用いた電力合成を必要とせず、1系統のトランシーバのみで構成できるため、チップ面積はトランシーバ全体で3.8 mm2と省面積で実現できました。

図 開発した300 GHz帯無線トランシーバの全体構成

■今後の展開

今回開発した300GHz帯無線トランシーバは、シリコンCMOSプロセスを用い、省電力化および省面積化を実現しました。省電力化は無線機の小型化、さらにはモバイル端末への搭載を可能にし、CMOSプロセスによる省面積な無線ICは、無線機の低コスト化につながります。本研究成果を基に、さらなる高速化を図り、次世代の100 Gbit/sを超える超高速・大容量な300GHz帯無線通信の実用化をめざして開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2008/200805b.html

研究者紹介

ミリ波無線通信による豊かな社会をめざして

岡田 健一
東京工業大学 工学院 電気電子系

日常生活で携帯電話が利用され始めてから30年が経とうとしていますが、5G(第5世代移動通信システム)のサービスが開始され、従来よりも10倍以上高い28GHzのミリ波帯の周波数が無線通信に利用されようとしています。将来の6G、7Gに向けて、これをさらに10倍高くしたテラヘルツ帯での無線通信に関する研究開発が世界中で活発化しています。社会インフラとしての無線通信技術は、コロナ禍でその重要性が再認識されており、スマートフォン等で用いるだけでなく、自動運転・ドローン配送、衛星通信、スマートシティなどの社会インフラシステムの一部として組み込まれることで、その価値の向上が期待されています。また、移動体通信の総トラフィック量自体も年率1.3~1.4倍で増加しており、それを支えるための光通信網の大容量化に合わせ、無線通信にも高速・大容量化が求められています。
ミリ波帯(30~300GHz)やテラヘルツ帯(300GHz~3THz)を無線通信に利用することで、大幅な通信速度の向上が期待できますが、一方で通信距離を伸ばすのが難しいことが弱点として挙げられます。その弱点を補うために必須なのが、フェーズドアレイ技術です。多数のアンテナを制御することで、そのアンテナ数に比例して送信距離を伸ばすことができます。このようなフェーズドアレイの実現には、位相や振幅の高精度な制御が必要であり、デジタル回路との混載が可能なCMOS集積回路による実装が必須となっています。一方で、CMOS技術では300GHz以上での増幅器の実現が難しく、これがテラヘルツ帯での無線通信の実用化を阻害している原因になっています。
本執筆者はこれまでに60 GHz、100 GHz、28 GHz、39 GHz帯等のミリ波フェーズドアレイ無線機をCMOS集積回路として実現する方法について研究開発を行ってきましたが、2014年からはNTT先端集積デバイス研究所との共同研究を行い、500GHz以上の増幅器実現が可能なInP技術と、高集積化が可能なCMOS技術を組み合わせた新たなテラヘルツ帯無線機の実現について研究を行っています。これまでに120 Gbit/sの通信速度を実現しており、最終的には500Gbit/s以上の通信速度を無線で達成することを目標に研究を進めています。

研究者紹介

人々の生活を豊かにする科学技術の進展をめざして

野坂 秀之
NTT先端集積デバイス研究所
光電子融合研究部 高速アナログ回路研究グループ 主幹研究員

5G(第5世代移動通信システム)のサービスが日本でも開始されましたが、すでに5Gの先(Beyond 5G)を見据えた無線通信技術の検討が世界各国で始まっています。より高速・大容量の無線通信を実現するために、5Gで使われる28 GHz帯よりも10倍以上高い周波数である300 GHz帯の利用も期待されています。
NTTは2014年から東京工業大学工学院岡田健一教授の研究グループと共同研究を進め、NTTのInPによる超高速IC技術と、東工大のCMOS集積回路技術をベースに、小型・低消費電力の300GHz帯無線トランシーバの研究開発に取り組んでいます。InPの広帯域・低雑音・高線形性の特長と、CMOSの高機能・高集積・低消費電力の特長を掛け合わせ、さらに高周波帯での低損失な実装技術を創出することにより、これまで人類が使えなかったテラヘルツ帯と呼ばれる周波数帯の開拓と、無線トランシーバの技術確立を進めています。
テラヘルツ帯を利用して高速・大容量無線通信システムを実現するためには、無線伝搬距離の延伸や、多重技術の併用など、さまざまな課題を解いていく必要があります。今後は、ビームフォーミング技術やMIMO(Multiple Input Multiple Output)伝送技術との融合を図り、数100Gbit/s以上の無線通信システムの実用化をめざします。2030年ごろのBeyond 5G時代にIoT、AI、ロボットなどの新しい社会インフラの基盤となっていることを夢に描きつつ、人々の生活を豊かにする科学技術の進展に貢献していきます。