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特別連載

ムーンショット・エフェクト──NTT研究所の技術レガシー

第3回 オールフォトニクスに向けた光通信技術の進歩

ノンフィクション作家の野地 秩嘉(のじ つねよし)氏より「ムーンショット・エフェクト──NTT研究所の技術レガシー」と題するNTT研究所の技術をテーマとした原稿をいただきました。連載第3回目は「オールフォトニクスに向けた光通信技術の進歩」です。本連載に掲載された記事は、中学生向けに新書として出版予定です(NTT技術ジャーナル事務局)。

■オールフォトニクス・ネットワーク

NTTが完成を目指しているのがオールフォトニクス・ネットワーク(APN)だ。長距離と短距離の伝送に光ファイバを使うだけではない。集積回路にも光の技術を導入する研究を進めていて、これが実現すれば伝送に加えて演算処理にも光を使うことができる。
今よりも数段進んだ低消費電力、大容量・高品質、低遅延の通信環境が整い、かつ、デバイスが演算処理するスピードも上がる。
そうなると…。
これまでデジタル変換する段階で取りこぼしてしまった情報を原信号に近い形で送受信することができる。さらに高品質化された動画は現実の世界とほぼ同じようなものになる。たとえば動画で美術館の絵画を見るとする。これまでだと絵画の色や形はまあまあ細部まで再現できた。しかし、表面のマチエール(絵の具の凹凸、線のかすれのような微妙なタッチ)はわからなかった。APNが当たり前になれば、微妙なマチエールも見て感じることができる。
また、APNが実現すれば医療の世界も変わる。光ファイバの伝送で情報ごとに異なる波長を割り当てれば、複数の情報を同時に超低遅延で送ることができる。
そうすれば多チャネルで高精細な画像を送りながら、遅延のないインタラクティブなやり取りができる。
たとえば、遠隔手術の様子をリアルタイムで共有しながら、遠隔地にいる熟練の医師が手術現場にアドバイスすることだってできるだろう。
それだけではない。製造工場の機械が故障した時も、高精細な画像を見ながら、遠隔地から修理の指示を送ることができる。
こうしたオールフォトニクス・ネットワーク社会が実現するのは遠い未来の話ではない。NTTは2030年を完成の目途にしている。
では、光ファイバとそれを取り巻く技術の進歩について、NTT未来ねっと研究所のフェロー、宮本裕に語ってもらう。
宮本は入社以来、光ネットワークの大容量伝送方式の研究開発に努めてきた。業績は「光の波としての特性を積極的に活用したコヒーレントマルチキャリア変調方式により、世界に先駆けて大容量伝送を実証したこと」。
専門家以外はわからない文章だけれど、要は光の伝送システムの専門家であることだ。そして、これまでには考えられない容量の信号を送る技術とシステムを開発した人である。なお、光ファイバシステムとは光ファイバと両端にある光送受信装置や光中継装置を合わせたシステムをいう。光ファイバそのものも進歩しているが、両端にある送受信装置等もまた改良されているわけだ。
新幹線を考えてみると、鉄でできた線路も新しくなっているが、それだけでなく、車両や運行システムも進化している。そうやって全体で運行スピードを上げている。
通信の場合も同じだ。低消費電力、大容量・高品質、低遅延の実現には宮本が研究してきた全体システムのグレードアップが重要だった。

■トンネル内のテストコースとパラボラアンテナ

宮本が働くNTT未来ねっと研究所があるのは横須賀市の「光の丘」にある。いかにも光の技術を開発していると感じる地名だが、NTTが命名したわけではなく、都市開発の時につけられた名前だ。
宮本はまず言った。
「1970年代の中頃から本格的に光通信システムを導入していこうとなり、この場所を拠点として実用化開発が始まりました。元々は無線通信の研究所として発足したのですが、光通信のシステム研究が始まってからはその分野の研究部門も設立されたのです。その証拠に…」
同研究所の敷地内には長さ400メートルほどのトンネルがある。そこには世界で最初の光ファイバケーブルが敷設してあった。往時は、信号をそのなかに通して、何回も往復させることで、光ファイバの材質、およびシステムの実用化研究をした。
また、当時は無線を使った衛星通信の研究のために同研究所に巨大なパラボラアンテナが据え付けてあった。遠くからもそれとわかる巨大なもので、テレビの「ウルトラマン」シリーズに出てくる地球防衛軍基地のモデルになったという。
そして、パラボラアンテナは横須賀電気通信研究所だけの設備ではなかった。
…電電公社時代の電話局のビルの上にはパラボラアンテナがつきものだった。それは「マイクロ波の無線通信が電話のトラフィックを支えていた」からである。そして、マイクロ波の中継間隔は約50キロだった。
話はここからだ。
光ファイバシステムが実用化され、日本の北から南まで結ぶ縦貫線が開通したのが1985年。ちょうどその頃からマイクロ波の無線通信に変わって光ファイバによる通信が一般化されていく。
考えてみればパラボラアンテナの退場は光ファイバケーブルの敷設が進んだためだった。
「当時、電話の中継網を支えていたのは無線通信でした。それこそパラボラアンテナを使って、マイクロ波で中継していたため電話局の上にパラボラアンテナがあったのです。1980年代から光に置き換わっていって、今ではもう光でなければ通信環境を支えきれなくなりました。そして、固定マイクロ波無線通信で培った無線技術は無線LANや携帯電話サービスを実現する基盤技術として進化し、さらに高度なセルラーという携帯電話のシステムに発展していくわけです」

■光ファイバとファイバシステム

では、光ファイバとそのシステムは実用化された後、どのように整備されてきたのか。
「現在、1本の光ファイバ当たり8テラビットという容量が送れるようになっています。光送信装置で、デジタル電気信号を光信号に変換した後、所定の間隔ごとに配置されたNTTの局舎に光中継装置を置いて、光ファイバ伝送後の微弱な光信号のまま増幅して元の光レベルに設定しながら長距離伝送するわけです。光受信装置では、長距離伝送後の光信号を、再び電気信号に変換してひずみを取り去るなどして、元のデジタル電気信号を高品質にとりだします。
局舎と局舎の間の距離は陸上ですと40キロから80キロになっています。それは地震や災害が起きても、50キロぐらい離れると地震の揺れ等が弱まることも1つの理由になっています。
光ファイバ自体の寿命は長く、いまだに導入初期のファイバを使っている区間もあります。陸上のシステムでは光ファイバを打ち直す(引き直すこと、NTT用語)わけにいかないので、普通は既設ファイバをずっと使い続ける。その代わり両端にある送受信機、中継システムを刷新、改良していくわけです。ただし、海底のシステムでは、光ファイバ自体も最新のものに敷設し直すことがほとんどです」

■光増幅が変えた光通信システム

宮本はこれまでに導入当初から40年間で3段階のパラダイムシフトが起こり、光ファイバシステムの能力は少なくとも10万倍以上に向上しているという。
「1980年代当初、実用化された光通信システムは1本のファイバに1つの波長だけを使って通信していました。レーザ半導体に流れる電流をデジタル電気信号に応じて変化させることで、デジタル電気信号の1、0を光の点滅に対応させて光信号を発生させていたのです。光信号は、光ファイバを介して約80キロ伝送後、電話局等に配置された光中継装置において、一旦、電気信号に変換されます。さらに、波形のゆがみや雑音を取り除いて、元のデジタル電気信号が再生され、再び光信号に変換されて次の光ファイバケーブルに送信されます。
この動作を繰り返すことで長距離にわたり、光信号の中継伝送をします。それが再生中継光通信システム。
次に開発されたのが光増幅という技術です。光ファイバの損失が一番小さくなる波長帯において、光信号を光のまま増幅する。これが第2段階です。
光増幅を用いれば、光中継装置で光信号を電気信号に変換せずに、1個の光増幅中継装置で複数の波長を一括して光信号のまま簡単に増幅をすることができる。そこで、1本の光ファイバに複数の波長を束ねて(波長多重)、同時に長距離伝送することが可能となったのです。
この性質を駆使した光通信システムは、波長多重光増幅中継システムと呼ばれ、1990年代の後半から現在にいたるまで、広く実用化されてきました(図1)。
現在の波長多重光増幅中継システムは、約100種類の異なる波長の光信号をまとめて1本の光ファイバに伝送し、約80キロごとに1つの光増幅中継装置で一括して光増幅しながら、長距離の中継伝送を行っています。それまでの再生中継光通信システムに比べて、波長多重光増幅中継システムでは、光中継装置の構造を極めて簡単にしつつ、光通信システムの大幅な経済化を実現したのです。

図1 光ファイバを用いた光通信システムの構成例

■第3世代の光送受信方式

一方で、導入当初から2000年代の前半までの光通信システムでは、すべて、電気のデジタル信号の0と1に光の点滅を対応させて送信するシンプルなものでした。ただ、インターネットにおけるさまざまなブロードバンドサービスの発展に伴い、波長数が増えて、波長当たりの送信容量も増えてくると、従来の光の点滅を用いた光送受信方法では、あるレベル以上に伝送効率をあげることができなくなり、またまた容量が足りなくなってきました。
そこで2000年代の後半に始まったのが光送受信の方法を大きく向上する第3世代の光送受信方式です。光の波としての性質をフルに利用し、光を電磁波のように扱う通信(コヒーレント光通信)により高効率にデジタル情報を送信するデジタルコヒーレント光通信システムが実用化、導入されています。位相や振幅(波の山の高さ)の複数のレベルを用意して高効率な光通信を実現するのですが、位相というのがちょっとわかりにくいかもしれませんね。位相を変える(位相変調)とは、つまり電磁波としての光の波が振動するタイミングをちょっとずらす(波の山の位置をずらす)ことで複数レベルを用意することです。
デジタルコヒーレント光通信システムを用いれば、従来の光の点滅を用いる光通信システムに比べ、10倍を超える高効率な大容量長距離光通信システムが実現できます」
ここまで難解な説明が続いたが、要は光の性質を深く考え、さまざまな展開をしたことが光通信システムの性能を向上させたわけだ。そして、もう一度、周波数変調、位相変調について、説明を加えておく。ここがもっともわかりにくいと思われる個所だからである。
無線通信では位相変調という方式を使っている。たとえばラジオにはAMとFMがある。FMは「Frequency Modulation」の略で、それは周波数変調という意味だ。音の変化に合わせて電波の周波数(波の山の幅)を変えることで信号を伝える。超短波という波長の短い電波を利用し、雑音などのノイズが入りにくく、クリアな音を伝えられる。だから、音楽番組などに向いている。
一方、AMは「Amplitude Modulation」の略で、振幅変調という。音の強さにあわせて電波の強弱を変えることで信号を伝えるシステム。中波という波長のやや長い電波を使っているため、広いエリアに信号を送ることができる。
光ファイバの位相変調方式は感覚的に言えばラジオのFMのようなもので、複数のレベルの信号を送ることができ、AMに比べて高品質な通信ができる。
光の点滅等のオン・オフによる強度変調(振幅変調)だと1シンボル(変調された信号を電波に乗せる単位)で1ビットしか送れない。ところが位相変調方式だと1シンボルで2ビット、4ビットと送ることができるので、非常に高効率になる。ただ、この考えはかなり以前(1980年代)から存在していた。しかし、半導体レーザで発生する光の波の安定的な制御の実現が難しかった。また、コヒーレント光通信をするための高速で大規模な信号処理を実現するLSIを経済的に実現することができなかったこともある。

■光のいいところ 

GAFAもしくはGAFAMという言葉がある。前者はグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字を合わせたもの。後者はマイクロソフトを加えたものだ。いずれもITの巨大企業のことをいう。マスコミのニュースを見ていると、世の中で進歩的な新しい技術を見つけてくるのはアメリカの巨大IT企業だと思えてくる。つまり、日本の新しい技術では蚊帳の外にいるのではないか、と…。
しかし、光ファイバとシステムの研究にも目を向けると事情は異なる。光ファイバの敷設状況、光ファイバ自体の能力アップ、そして、システム全体を眺めると、フォトニクスの世界で一頭地を抜いているのはNTTだ。
宮本はこう総括する。
「世界には光ファイバの敷設が進んでいない国、地域があります。いくら敷設しても、台風が多い地域は水害などで流されてしまうからでもあります。また、国に予算がなくて、電線を光ファイバに置き換えることができない国もある。そういうところは無線の質を向上させていくしかない。各地域の事情に合わせるしかない。
しかし、どこであろうと国内・国際通信の幹線網やGAFA等のデータセンタ間を結ぶ通信回線では、光ファイバ通信システムを使わないと大容量化、高速化はできません。
その点、日本は進んでいます。光ファイバが国内の利用者の家まで引かれている国は稀なのです。光ファイバはいろいろなところにまで普及しています。これまで私が説明したのは鉄道で言えば新幹線みたいなところで、距離を意識せずに大容量な情報を長距離に送る技術です。そして、家庭のなかまで光ファイバが引かれていることもありますし、無線では携帯電話の最寄りの基地局までは光ファイバが情報を運んで来ています(図2)。みなさんには普段は、全く感じていないかもしれませんけれど、光ファイバとそのシステムがなければスマホやPCを介したブロードバンドサービスは実現できないのです」
なお、宮本が言った位相変調方式の送受信機の次の段階として、NTTは光の波の性質として、位相のみならず、位相と振幅を両方駆使する超小型のコヒーレント用光送受信機を開発した。この送受信機を用いて、従来システムの10倍となる1波長当たり毎秒、1テラビットの長距離伝送に成功している。
電磁波であるラジオやテレビの電波は、その周波数や位相、波面がきれいに揃った波だ。一方で、光は電磁波の一種であるが、位相や波面が揃っていない。
しかし、レーザ光は完全ではないが、電磁波に似てかなり揃った波である。このためレーザ光は拡散しにくく、遠方まで届きやすい性質を持つ。そこで、レーザ光は光ファイバを使った長距離通信などに使われる。宮本が開発した「コヒーレントマルチキャリア変調方式」とは光の波動的性質を最大限に利用した従来のコヒーレント光通信をさらに大容量に発展させたものだ。
こうした進歩は1970年代の黎明期から電電公社とNTT研究所がこつこつと研究開発した成果を積み重ねてきたものだ…。
しかし、私たちは彼らの努力なんて少しも考えていない。今の通信速度、情報量が当たり前だと思っているし、動画のダウンロードを待つ間など、速度の遅さに不満を持ち、「なんだこの遅さは」と怒りさえ感じてしまう。
今回、宮本の話を聞いて、怒る自分はおかしいと反省した。
そして、彼に伝えた。
毎日、研究して、実験して、失敗して、時には製造技術の壁に泣かされて、よくやってますね。
すると彼はあっさり答えた。
「僕らの苦労なんて伝わらなくていいんですよ。使う人が当たり前だと思えばいい。だって、当たり前じゃないと使えないでしょう。研究を実用化するってことはそういうことなんです。非常識なアイデアを当たり前にすることが重要なんです」

次回は光と電気の関係について、である。

図2 大容量光通信ネットワークとブロードバンドサービス

野地 秩嘉(のじ つねよし)

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『ニューヨーク美術案内』など多数。『トヨタ物語』『トヨタに学ぶカイゼンのヒント』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『日本人とインド人』(翻訳 プレジデント社)。