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特別連載

ムーンショット・エフェクト──NTT研究所の技術レガシー

第4 回  スマホ通信でも活躍する 光ファイバ

ノンフィクション作家の野地秩嘉(のじつねよし)氏より「ムーンショット・エフェクト──NTT研究所の技術レガシー」と題するNTT研究所の技術をテーマとした原稿をいただきました。連載第4回目は「スマホ通信でも活躍する光ファイバ」です。本連載に掲載された記事は、中学生向けに新書として出版予定です(NTT技術ジャーナル事務局)。

■光ファイバの進歩

NTT未来ねっと研究所の宮本は前回、光ファイバと中継地にある送受信機を合わせた光ファイバ通信システムの発展を教えてくれた。
要約すると次のようになる。
陸上にある長距離系の光ファイバは1980年代から1990年代にかけて引いた線を既設の光ファイバケーブルとして今も使っていることが多い。送受信機の性能は逐次、既設の光ファイバの潜在能力を引き出すために向上している。そのため、光ファイバ通信システム全体は低消費電力、大容量、高速化、低遅延化が進んでいる。
では、光ファイバの線自体はまったく進歩していないかといえばそんなことはない。
光ファイバの線自体の研究は宮本ではなく、筑波にあるNTTアクセスサービスシステム研究所が行っているので、詳しくは次回、述べる。けれども、宮本もむろん知悉している。
今回、宮本には、現状使っている光ファイバの線そのものについての話を聞いた。加えて、光と電気の速さの違い、そして、光の技術ができることと、できないことについて語ってもらった。

■シングルモード光ファイバ

光ファイバにはシングルモードとマルチモードの2種類がある。シングルモード光ファイバは光ファイバ内の光信号の伝わる経路が唯一(シングルモード)になるように設計されたものだ。一方、マルチモード光ファイバは光信号の伝わる経路が複数(マルチモード)ある光ファイバである。
シングルモード光ファイバは、光の波形ひずみが小さいことなどから長距離伝送に向いている。陸上通信はもちろん10000キロ以上の大洋横断級の海底ケーブル光通信まで可能だ。
一方、マルチモード光ファイバは、光信号の伝わり方として複数の経路があるため、経路間の遅延時間差等(モード分散)による光の波形ひずみが大きく、主に数キロ以下の短距離伝送用途〔LAN(Local Area Net­work)など〕に使われてきた。
宮本は語る。
「1980年代から現在まで大容量光通信で使われている主流は、シングルモード光ファイバです。これは、石英ガラス(水晶と同じ成分)でできていて、光の進む速度が違うコアとクラッドと呼ばれる二階層の部分からできています。外側のクラッドの直径は125μm(1μmは0。001ミリメートル)。なかに直径10μm程度のコアという部分があり、コアとその周りのクラッドの境目で、光信号が全反射されます。そのため光信号はコア内に閉じ込められ、直進しながら長距離伝送されます。
一方、マルチモード光ファイバは、クラッドの直径は同じですが、コアの直径は50μmくらいです。シングルモードよりも光を閉じ込めるコアが太いのが特徴です。
光ファイバの直径、125μmは国際標準で決まっています。そして、光ファイバは曲がるとコアに光を閉じ込めることが難しくなりますが、ある程度曲げられる柔軟性を持っています。そして、曲がった状態であっても、光を一定量コアに閉じ込めて、伝送特性を維持できるように設計されています。また、光ファイバ同士をつなげる、光コネクタの形状も、10μmのコア同士がズレずにつながるように、そして光ファイバの直径に合わせて所定の光の特性が維持できるよう標準化されています。
では、たとえば光ファイバで通信幹線を作る場合はどうするかと言えば、何本もの光ファイバを束ねて、1本のケーブルにするわけです。たとえば、地下に埋設するケーブルでは1本あたり、200心(光ファイバの本数の単位)程度の光ファイバが入っています」
つまり、日本の通信幹線で使われている光ケーブルは髪の毛が200本くらい詰まった管のようなものだ。光ファイバは電線に比べれば細く、軽く、電気も食わないし、耐久性もある。そして、重要なのは電線に比べると信号を送る容量がはるかに大きいことだ。

■光と電気の速さの違い

光ファイバと電線を比べると「光の方が通信速度は速い」。
では、他に光ファイバの方が電線よりも優れている点はあるのか。
宮本の説明は次の通りだ。
「はい、何よりも光が優れているのは、高速な信号に対するロス(伝送損失)が少ないこと。
同軸ケーブル(電線)に50メガヘルツくらいの信号を通すとしますと、信号の強さは約1キロで100分の1になってしまいます。一方、光ファイバの場合は100キロで100分の1になる、つまりロスだけで100倍は違うのです。
また、伝送媒体としての帯域(周波数の幅)の広さです。長距離伝送用の同軸ケーブルでは50メガヘルツ(メガ:10の6乗)を伝えるのが限界ですが、光ファイバは10テラヘルツ(テラ:10の12乗)は伝送できます。6桁くらい違います。つまり、光ファイバの方がロスが少ないし、容量が大きい」
では、次に電線ではなく、光ファイバと無線の速度を比べてみる。
たとえば、光ファイバを使った伝送と5G(第5世代移動通信システム)で使われている無線ではどちらが速いのか。
もっとも、この問いは実用的にはそれほど意味は認められないかもしれない。両者は競合するものではない。無線通信は光ファイバ網が行きついた先の無線中継器からスマホのようなデバイスまで使用される技術だから、両者は補完関係にある。
それに、いくら光ファイバの通信が速いからといって、スマホに光ファイバのケーブルを付けて使う人はいない。
あくまでも、光ファイバの速さと特性を知るための質問である。
「むろん、光ファイバの方が使える帯域が広いので、本質的な通信速度は速いです。しかし、スマホは日々の生活で人々が手軽に持ち運びでき、携帯電話では、電話会社の基地局がカバーできる2〜3キロ程度の領域が、全国に敷き詰められているので、いつも皆さんの身近にある通信端末として、スマホなどの無線端末の方がなじみがあると思います。モバイル環境が整っているエリアならば光に匹敵するというか、追従できるくらいの非常に高速な通信ができるでしょう。
ただし、5Gやその先のモバイル通信でも、利用可能な信号帯域は、光ファイバの方が圧倒的に広いのです。信号を並べられる帯域が圧倒的に違うので、光ファイバをつなげられる通信環境では、光ファイバ通信の方が絶対的に大容量の信号を送れます。
スマホやパソコンを例に、光ファイバと無線技術の関係について話します。普通の人の感覚では自分のスマホからアメリカにいる友人のスマホまで信号が、電波に乗ってずっと、空中を飛んでいくと感じるかもしれません。それが普通の感覚だと思います。しかし、実際には、皆さんがスマホを使うときは、図1のように、意識せずに光ファイバ通信を使っているのです。たとえば、スマホを使って通話したり、テレビ電話を楽しんだりするときは、まず、スマホから至近の無線の基地局まで信号が電波に乗って飛びます。その後、基地局であつめられた多くのお客様からの電気信号は、行先別に大容量電気信号として束ねられ、さらに大容量光信号に変換された後、光ファイバを通ってアメリカまで行き、先方の無線の基地局から友人のスマホまで届くという風になります。スマホで動画を見る場合も、同じように、光ファイバ通信を使って、目的の動画があるデータセンタまでつながっています」

■光と電気の融合から光の時間反転技術へ

宮本の研究チームは光の技術と周辺技術を研究している。何が何でも電気をやめて光ファイバに変えようとしているのではなく、光と電気を融合させて上手に使う方法をちゃんと考えている。
宮本はこう説明する。
「信号を光で飛ばしていますね。すると、長距離になると信号のひずみがたまってしまう。光ファイバであっても500キロも送ると雑音が乗りますし、光ファイバ固有の波形ひずみも大きくなります。そのため、光送受信装置でひずみを取らないと長距離伝送は実現できません。
今では、光信号のひずみを電気信号に写し取り、複雑なデジタル信号処理を瞬時に行うことで完全にひずみを取り去ることができます(デジタルコヒーレント光通信技術)。この技術により、経済的で信頼できる大容量化が実現されるのです。現在、スマホ等を用いたモバイルブロードバンド時代を支えているわけです。しかしながら、今後に向けて、さらに光ファイバ通信能力を進歩させようとしているのが光の信号処理を使ったパラメトリック光増幅技術や、空間多重光ファイバ通信といった新技術です。
パラメトリック光増幅とは、ひずみの向きを、光の信号で反転させる技術です。
図2に示す通り、光ファイバでのひずみの方向は一定です。パラメトリック光増幅を用いると、ひずみの向きを、途中の中継装置で反転させることができます。最初の区間と、ひずみ向きが逆になるので、中継装置で反転後に同じ距離の区間を伝送すると、光受信回路に到達するところではひずみが相殺されて0になります。あたかも途中の中継装置の前後で、時間が巻き戻されてひずみが消えていくような振る舞いをするので、時間反転と呼んでいます。
従来、このような処理は、波長ごとに受信器において光信号を電気信号に変換して、波形ひずみをデジタル信号処理回路で取り除いていました。
一方、光の時間反転技術の前に説明したデジタルコヒーレント技術は、無線通信分野の技術を積極的に光通信システムに取りいれないと実現できないものでした。研究開発を始めた当初は、そうした無線技術者が得意とするものは、私を含めた光の技術者にとっては縁遠いものだったのです。
幸いなことにNTTの未来ねっと研究所には、無線の技術者と光の技術者が一緒にいたのです。そこで、無線通信と光ファイバ通信の知見を融合して光ファイバ通信固有の課題に対応することができました。ですから、研究においては異分野の人とタイムリーに連携することが、これからも重要だと思っています」

■光にできないこと

こうして話を聞いていくと、通信の世界では光ファイバ、光の技術は万能のように思えてしまうが、現在のところ、まだ解決しない課題が残っている。
「はい、それはそうです。光でもできないことはあります。現在のコンピュータが行っている複雑な信号処理をすべて置き換えるのは、すぐには難しいでしょう。光送受信装置も、多くの信号を一括してまとめ、大容量電気信号にする多重化装置等があります。これはほとんど電気信号処理です。
さまざまな場所からユーザの信号が入ってきます。それを高速の信号として、個々の信号をまとめてデジタル処理をするには、いまのところ電気にしかできません。光は大規模で大容量の信号を遠くまで送るという使い方をしています。つまり、電気信号は複雑な処理に向いている。一方、光は広帯域な大容量信号を遠くまで伝えるのに向いている。
光が複雑な処理に向いていない理由のひとつが光のメモリがないことが挙げられます。トランジスタ集積回路(LSI)などで信号を処理するには、信号をメモリに蓄積して、他の処理をしながら、また信号を呼び出すといったことをやるわけです。ところが、電気と違って、光のメモリはないため、ためておくことができません」
ここで、わたしは訊ねた。
「電気はためられる、電池があります。光はどうしてためられないんですか?そういえば、『光池』はありません」
宮本は「うむ、難しいですね」と答えた。
続けて、こうも言った。
「電子は粒を局在してためることができるんですけど、光というのは、フォトン(光子)という粒子のようなものですが、それをためるような実用的なデバイスはまだないんです」
―では、どうでしょう?宮本さんが「光の電池」を開発すればいいのでは、と水を向けたら、彼は首を振った。
「NTT物性科学基礎研究所では、納富雅也(光の誕生の章で既出)さんが、光をためる機能等も実現可能な未来の技術に取り組んでいると思います。また、他にも、光の新しい技術で電子のコンピューティングができないような難しい計算をあっと言う間にやってしまうような量子コンピューティングにつながる研究をしていますよ」

■光にもキャパシティ・クランチは来るのか。

宮本から光の技術と通信について、さまざまな話を聞いた。光と電気の関係、光の優位性、光にできないこと…。
最期にもうひとつ訊ねたのは光の通信にもキャパシティ・クランチは来るのかということだ。その場合、彼らは電気でも光でもない、また新たな媒体を見つけてくるのだろうか。
以下は彼の答えである。
「現在の光ファイバ通信における研究開発の分野では、キャパシティ・クランチの到来は、既に予想されていてさまざまな取り組みが進んでいます。先ほど、光パラメトリック増幅技術の他に、言及した空間多重光ファイバ通信技術は、キャパシティ・クランチを克服するための重要技術と考えています。中島さんを始め光ファイバ部門の研究者とも密接に連携しつつ研究開発を進めています。光にはまだまだ無限の可能性があります。電気が果たしてきた役割を光が代替したり、新たな機能を生み出す可能性があります。
NTT研究所では、さまざまなデータセンタのサーバや伝送装置に入っているLSIのなかの入出力電気配線を、より高速で小型の光配線に、代替したり新たな光処理をとりいれることで、装置のコンピューティング性能を飛躍的に高性能化する研究開発を進めています。
今後は、5Gやそれ以降に対応したデバイスがますます普及、性能アップして、今後、さらなる高速、大容量の通信環境が要求されると考えられます。私たちはその時代に合ったサービスやインフラを考えなくてはいけません。ニワトリと卵の関係ではありませんけれど、新しいデバイスの出現があればまた光の通信環境を速くしないといけない。逆もまた真です。
私自身は、そのような研究開発にたずさわれることに、生きがいを感じています。光の技術がインターネットサービスの爆発的普及を支えたり、スマホに代表されるモバイルインターネットを支えたりして、その様子を自分自身が体感してきたわけです。光の技術は生活をドラスティックに変えました。また、コロナ禍でテレワークになり、光の通信環境のおかげで高速に世界の人とつながることができています。新しいライフスタイルに直接的に貢献している仕事ですから、やっていて、やりがいを感じています」
スマホの5Gもコロナ禍のテレワークも支えているのは光ファイバのネットワークである。私たちはそれが当たり前だと思っている。そして、宮本たちは支えることを当たり前だと思っている。当たり前の状況の裏にはとてつもない時間と研究の積み重ねがある。

次回は光ファイバの開発の歴史進歩について、である。

野地秩嘉(のじつねよし)
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『ニューヨーク美術案内』など多数。『トヨタ物語』『トヨタに学ぶカイゼンのヒント』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『日本人とインド人』(翻訳 プレジデント社)。