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特集

現実空間とサイバー空間をナチュラルにつなぐ境界としてのメディア・ロボティクス技術の取り組み

スマートグラスに向けた可視光平面光波回路技術と集積化光源モジュール

NTT先端集積デバイス研究所では、通信用光デバイスとして平面基板上に光回路を集積する平面光波回路技術を可視光領域に適用して、光の3原色を束ねる光学系を抜本的に小型化する光回路を実現しました。これを、レーザ光を用いるスマートグラスで必要となるレーザ光源モジュールに適用し、メガネのようなスマートグラスを実現可能な、メガネのつるに収まるサイズの超小型RGBレーザ光源モジュールを実現しました。

橋本 俊和(はしもと としかず)/阪本 隼志(さかもと じゅんじ)
NTT先端集積デバイス研究所

はじめに

情報技術や通信技術の発展に伴い、音楽や映像のオンライン配信やチャットを楽しむなど、かつてはなかった生活が情報によりつくり出されるようになってきました。それらの情報は、ネットワークにつながった情報端末により私たちにもたらされます。PCやスマートフォン、近年ではスマートスピーカなどさまざまな機器が提案され、生活のさまざまな場面で活用されています。しかし、これを逆にみれば、私たちが受けられる情報が情報端末やそれらのある場所に制限されている、と考えることもできます。スマートフォンも例外ではありません。スマートフォンという小さな「窓」を覗き込むという制限を受けたかたちで、私たちは情報にアクセスしています。情報端末をより自然なかたちで使えるように進化させることができれば、情報がつくり出す私たちの生活が、そういった制限を受けずに自由で豊かなものになると期待されます。
本稿で紹介する光学技術は、そのようなより自然に画像情報にアクセスするためのメガネ型表示デバイス(スマートグラス)への適用をめざしたものです。スマートグラスは、現在ヘッドマウントディスプレイと呼ばれるゴーグル型のデバイスで実現されているVR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)やMR(Mixed Reality)等、あるいは、それらを総称したxRを、装着感や外観を改善しメガネのような掛け心地で実現する表示デバイスです。表示性能としてはさまざまなレベルが考えられますが、ARのような没入感を実現するためには、高精細で画角(見える範囲)が広い表示技術が必要です。同時に、メガネのようなすっきりとした形態を実現するには部品を小型化する必要があり、光学的な特性と小型化を両立させる技術が必要となります。NTT先端集積デバイス研究所ではそのようなスマートグラス向けに、RGB(Red Green Blue)の三原色の光を束ねるための光学系を抜本的に小型化できる光回路(RGBカプラ)技術を開発しました(1)、(2)。本稿では、それらの光回路技術とそれを用いたスマートグラス向けの光源モジュール技術について紹介します。

可視光PLC技術

NTTでは、光ファイバ通信の部品技術として電気の集積回路と同様にシリコン基板上に光回路を集積するPLC(Planar Light­wave Circuit:平面光波回路)*の研究開発を進めてきました。この光回路は光ファイバと同じ石英系のガラスによりつくられ、周囲よりも屈折率の高いコアとよばれる数ミクロンの光の通り道(光導波路構造)で回路を構成したもので、光の分岐・干渉・位相制御を行うことができます。この技術により光ファイバ通信向けの光分岐回路や波長合分波器が実現されています(3)(図1)。光ファイバ通信で使われるレーザの波長は1。55μmなどの赤外のレーザ光で、この波長のレーザ技術の発展とともに、波長合分波器などレーザ光を使いこなす光回路技術も発展してきました。可視光の波長は0。4~0。7μmで、RGBのうち最後まで残った緑色の半導体レーザが2009年ごろに量産可能となり、3色すべてを使うことが可能となりました。可視光LEDが10年以上かけて一般化してきたように可視光レーザもこれから一般化してくると思われます。その際に重要となるのが、さまざまな応用に向けてレーザ光の特性を使いこなしていく技術で、特に干渉等を安定して実現できる光学系の技術が重要になってきます。NTTでは、そのような光学系を提供する技術として、上記のPLC技術の可視光領域への適用を進めています。この技術は可視光領域のセンシングや光量子情報処理などへの適用が考えられており、この記事で紹介するRGBカプラもその1つです。

* PLC:光ファイバの作製技術と半導体集積回路の作製技術を組み合わせて、光の集積回路を実現する技術。主に、石英系のガラスで回路をつくっているため、同じ材料の光ファイバとの相性も良く(つなぎ合わせたときの光の損失が少なく)、光ファイバ通信向け部品技術として使われてきました。

網膜走査型レーザアイウェアと RGB光源

RGBカプラの説明の前に、その適用先となる、網膜走査型レーザアイウェアについて説明します。レーザアイウェアは、名前のとおりレーザ光を用いたメガネ型表示デバイスです(4)。レーザ光を用いることで以下のような特徴が得られます。レーザポインタのようにレーザ光線をスクリーンに当てると、レーザ光線の遠くまで広がらない性質により、スクリーンが遠くても近くても明るい点として光らせることができます。明るさを変化させながらレーザ光線を振ってスクリーン上の光の点を走査させれば、スクリーンが遠くても近くてもピントが合った画像を表示させることができます。これを人間の目に適用したのが網膜走査型レーザアイウェアで、網膜がスクリーンに対応します。人間の目はレンズに相当する水晶体を変形させ網膜上で像を結ばせる(ピントを合わせる)必要がありますが、この場合は水晶体の状態によらずピントが合った像が網膜上に投影されるので、視力によらない画像を得ることができます。構成も非常に簡単で図2のようにレーザ光源とそれを振るためのMEMS(Micro Electro Mec­han­i­cal System)ミラーと呼ばれる小さなミラーと瞳の中にレーザ光を入れるためのミラーだけで構成可能です(この場合のレーザ光線は安全性が確認されている光強度に調整して使います。およそレーザポインタの1000分の1程度の光強度となります)。ただし、これを構成する現状の部品サイズは、メガネのようなレーザアイウェアを実現するには十分に小さいとはいえません。特にレーザ光源部分は、RGBの半導体レーザ3つの出力を束ねるためにレンズやミラーを組み合わせた複雑な構成となっており、小型化が難しい部品の1つになっています(図2左下)。

RGB光源に向けた光回路技術 (RGBカプラ)と光源モジュール

NTT先端集積デバイス研究所は、前述のレーザ光源モジュールのレンズやミラー等で構成される光学部分に着目して、その部分に可視光PLC技術を適用することで、抜本的な小型化を実現しました(図3(a))。可視光の波長は光ファイバ通信の波長の約半分以下の短い波長を扱うため、光回路の要素について全面的に見直しを行いました。特に、異なる波長の光を束ねる部分(波長合波器)については、以下の新技術を用いて世界最小クラスのチップサイズを実現しています。図3(b)、(c)に従来の波長合波器と新たに開発した波長合波器の動作を模式的に示しました。2本の光の通り道(光導波路)を近づけると、ある種の共振によって一方の光導波路からもう一方の光導波路に光が乗り移ることが知られていて、方向性結合器と呼ばれています。共振で乗り移るまでの光回路の長さは波長によって異なるので、そのタイミングを合わせれば光を1本の導波路に束ねることができます(図3(b))。NTTでは、それからさらに一歩踏み込んで、間に1本幅の異なる光導波路を付け加え、光の幅を調整し、この共振を波長によって起こりやすい場合と起こりにくい場合を同時に実現できる構造を見出しました(図3(c))。これを用いることでタイミングをわざわざ合わせなくても、特定の波長だけをもう一方の導波路に乗り移らせることができるようになり、従来の約3分の1の短い距離で光を1つに束ねることを可能にしました。この技術を適用した光回路の各入力から入射した光に対する出力の割合(透過率)を図4に示します。破線で示したRGBの波長で透過率が高くなっており、良好な特性を実現しています。これを用いてチップ化したものが図5(a)です。チップサイズ幅2。1×長さ3。5×厚み0。5 mmとなっており、RGB合波器チップとしては、筆者の知る範囲で世界最小クラスです。さらに、NTT先端集積デバイス研究所はTDK株式会社と連携して、パッケージに組み込んだ光源モジュールを実現しています(図5(b))。半導体レーザチップを搭載したサブキャリアを1μm以下の高精度で光導波路端に短時間で位置合わせ・固定するTDKの独自技術と組み合わせることで世界最小クラス(幅5。5×長さ8×厚み2。7 mm)のRGB光源モジュールの実現が可能となりました。この超小型のRGBレーザ光源モジュールのサイズは、従来のレンズやミラー等を使ったRGB光源ユニットと比較して体積比で約20分の1程度で、メガネのつるの幅と同等程度のサイズとなっており、図5(c)のようなメガネ型のレーザアイウェアを実現することが可能なサイズとなっています。
私たちの身の回りの生活環境(の一部)が、情報によりつくり出されるようになってきました。スマートフォンが私たちの生活に大きく影響しているように、ここで紹介した技術が、ごく自然にどこでも使える表示デバイスの実現に貢献し、さらには、それを通して、より豊かな生活環境の創造に貢献できればと考えています。

■参考文献
(1) J. Sakamoto, G. Takashi, S. Katayose, K. Watanabe, M. Itoh, and T. Hashimoto: “Compact and low-loss RGB coupler using mode-conversion waveguides,” Optics Communications, Vol. 420, No. 1, pp. 46-51, 2018.
(2) J. Sakamoto and T. Hashimoto: “Recent progress in applications of optical multimode devices using planar lightwave circuits,” NTT Technical Review, Vol. 17, No. 5, pp. 40-44, 2019.
(3) H. Takahashi: “Recent progress on planar lightwave circuit technology for optical communication,” Proc. of SPIE 7633, Network Architectures, Management, and Applications VII, 2009.
(4) M.Sugawara, M. Suzuki, and N. Miyauchi: “Retinal imaging laser eyewear with focus free and augmented reality,” Proc. of IDW/AD '16, INP1-2, Fukuoka, Japan, Dec. 2016.

(左から)橋本 俊和/阪本 隼志

レーザ光という光学技術と目に見える画像が直結して、さらに通信の部品技術が適用されるという不思議を大変楽しく感じています。光ファイバ通信で培った部品技術を身近な表示デバイスに適用することで、自分自身を含めて皆様の豊かな生活の実現に貢献できればと考えています。

問い合わせ先

NTT先端集積デバイス研究所
光電子融合研究部 光電子複合集積研究グループ
TEL 046-240-2044
E-mail toshikazu.hashimoto.ur@hco.ntt.co.jp