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通信ネットワークの物理層機能を仮想化する「超高速フルソフトウェアアクセスネットワーク」の研究

ネットワーク、サーバ、ストレージなど、さまざまな分野で進む仮想化。今回は、従来の技術では困難とされていた通信ネットワークの物理機能(高速伝送インタフェース)の仮想化について、キム サンヨプ特別研究員に伺いました。

キム サンヨプ 特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

PROFILE

2008年1月、日本電信電話株式会社入社。NTTアクセスサービスシステム研究所にて、超高速フルソフトウェアアクセスネットワークの研究に従事。2016年 国際会議GLOBECOM優秀論文賞 (Selected Areas in Communications Access Networks and Systems Track)受賞、2018年 国際会議OECC サブコミッティメンバー、2020年~2022年国際会議OFC サブコミッティメンバー。

専用ハードウェアに縛られず、柔軟なサービスの提供をめざす

◆「超高速フルソフトウェアアクセスネットワーク」の研究とはどのようなものなのでしょうか。

現在の光アクセス回線では、通信速度、遅延時間、セキュリティ条件などの要求条件がそれぞれ異なるユーザ端末に向けてサービスを提供することが求められています。さらにサービスの高度化・複雑化に伴い、通信トラフィックも急激に増加しています。そこで、こうした要求条件に対応するため、各事業者はサービスの仕様に特化した専用のLSIやASIC(Application Specific Integrated Circuit:特定用途向けの集積回路)といった専用デバイスにより構成されるアクセス装置を使用してサービスを提供しています。
しかし、こうした専用デバイスによるハードウェア(専用ハードウェア)を使用することにはデメリットもあります。まず、専用ハードウェアの宿命として、いったん製造、導入されてしまうと、その後は機能を変更することはできません。そのため、サービス内容の追加・変更などに柔軟に対応することが困難となり、運用・保守の作業が煩雑になりがちです。
そこで、ネットワークを構成するすべての機器の機能をソフトウェア化し、それらをサーバ上で自在に組み合わせてサービスを提供する「ソフトウェア基盤ネットワーク」の実現が期待されています。新たなサービスが必要になった際にもハードウェアの変更は必要なく、常に最新の機能を利用できるため、セキュリティ上の危機にも迅速に対応することができます。「ソフトウェア基盤ネットワーク」が実現すれば、次世代のモバイル端末向けサービスやエッジコンピューティング、IoT(Internet of Things)など、さまざまなサービスに対応可能となるでしょう。
その実現のため、私はこれまでソフトウェア化が困難とされてきた通信ネットワークの物理層機能をソフトウェア化することに着目し、これまでOLT(Optical Line Terminal:光加入者線終端装置)などのハードウェアが担ってきた光アクセス装置で下位レイヤ処理を行う物理層、言い換えれば伝送インタフェースのフルソフトウェア化の研究に従事しています。より専門的にいうならば、「デジタルコヒーレント変調・復調システム」のソフトウェア化に取り組んでいます。
これらの処理を汎用のサーバのCPUやGPUなどのプロセッサを使用して、プログラミング、コーディングなどの技術を活用して処理していこうと考えています(図1)。

◆ソフトウェア化への課題は何でしょうか。

「5G(第5世代移動通信システム)」に続く次世代のモバイル通信規格の「6G」、および将来のデータセンタ間での通信などを考慮すると、最終的には100Gbit/sという圧倒的な速度が必要となるでしょう。しかし、汎用プロセッサを用いた高速化を考えると、半導体の製造プロセスの制約など、根源的な限界が存在しているため実現は困難といえます。
すでにフルソフトウェア化されたネットワークは存在しますが、その速度は現時点ではいまだ100Mbit/s程度にとどまっています。目標とする100Gbit/sと比較するとわずか1000分の1、圧倒的な速度差ですね。そのため、本研究においてはCPU、コプロセッサ、GPU、FPGAなどといった汎用プロセッサに最適化された論理アルゴリズム、およびその実装方法の考案に注力し、この課題を克服しようと試みています。将来の「ソフトウェア基盤ネットワーク」の実現を考慮すると、一番の課題は「高速化」といえるでしょう。

◆現在までの進捗について教えてください。

光通信分野の非常に権威のある国際会議としてOFC(Optical Fiber Communications Conference:光ファイバ通信国際会議)がありますが、2018年に行ったDPSK(Differential Phase Shift Keying:差動位相偏移変調・復調)を用いたソフトウェアコヒーレントプラットフォームの実証実験では世界初となる5Gbit/sを実現し、トップスコア論文に採択されました。
また、今年度はさらに独自の搬送波位相同期アルゴリズムを用いて同じく世界初となる2018年の2倍の速度の10Gbit/sを実現しました。この成果も同じく光通信分野の非常に権威のある国際会議であるECOC(European Conference on Optical Communication:欧州光通信国際会議)において、論文を発表しました。
5Gbit/sから10Gbit/sへと通信速度が上昇した要因は、主に論理アルゴリズムの改良によるものです。ビットレート、つまり通信速度を上げると、当然単位時間当りの通信データ量は増加します。例えば5Gbit/sを10Gbit/sに上げると、単位時間当りのデータ量は2倍になりますね。まずはその2倍になったデータをサーバに入力し、CPUやGPUなどのプロセッサで処理しなければいけません。データの処理に関してはすでに論理アルゴリズムが確立していますが、データ量が多くなるとリアルタイム処理が間に合わなくなってしまいます。そこで今までの論理アルゴリズムをCPU、GPUに最適化して高速化を図りました。目標とする100Gbit/sを100%とすると、現在は目標の10%ほど達成できたといえるでしょうか(図2)。

将来的には「ソフトウェア基盤アクセスネットワーク」への発展をめざす

◆本研究はどのような成果を生むのでしょうか。

通信サービスはISDNからADSL、さらに光アクセス(FTTH)へと進化しました。通信速度も100Mbit/s、1Gbit/s、そして2020年には10Gbit/sのサービスも登場しています。特にモバイルの分野では、議論の中心が5Gから6Gへと移行しつつあり、それらをサポートする基盤となるアクセス区間通信の果たす役割が大きくなっていると感じます。その部分に柔軟に適応し、サポートするような仕組みをつくるうえで、本研究は有益といえるでしょう。
また、超高速光有線通信や次世代モバイル通信など、将来のさまざまなサービス要件にも比較的安価な汎用ハードウェアで対応可能となり、光アクセスの多様性、柔軟性が飛躍的に拡張され、さらに機器の導入や運用・保守コストも低減できるのではないかと期待しています。実用化には未だ多くのハードルが存在しますが、将来的に社会実装が期待されているIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想にも寄与できるのではないでしょうか。

◆今後の研究の展開について教えてください。

本研究はソフトウェアのアルゴリズムを最適化して高速化を図るというアプローチですが、「アルゴリズムを改良して高速化していく」というよりは、「高速化のために新たなアルゴリズムを創造する」という側面が強くあります。新たなブレークスルーを実現し、目標とする100Gbit/s以上の高速化をめざしたいです。さらに、今までソフトウェア化した物理層にアプリケーション層までを融合することで、異分野・業種の仲間たちを増やしていく新たなエコシステムを築きたいです。

◆本研究をさらに進展させるため、どのような取り組みが必要となるでしょうか。

関連分野における先進研究機関との戦略的な協力体制の構築を通じて、効果的に研究を進めていきたいと考えています。汎用のプロセッサは、当然ある機能に特化したプロセッサに比べて性能面では劣りますが、柔軟性の面などメリットはありますから、それに合わせたアルゴリズムが必要となるでしょう。そういう点では、汎用プロセッサの知識をお持ちの方との協働は望ましいでしょう。
また、本研究はデジタルプログラミング技術にとどまらず、電気回路、サーバのハードウェアなどさまざまな知識が必要ですので、サーバのハードウェアの開発を手掛ける企業との戦略的協力体制の構築も想定しています。日本の企業はサーバ周りのハードウェアに関して長年にわたり非常に高い集中力を保ちながら開発を進めていると感じていますので、その分野において役に立ったうえで、加えて私の研究も加速させたいと考えています。例えば、データセンタ向けのハードウェアやソフトウェアなどのソリューションの開発を手掛ける事業者との協力が想定できます。また、ソフトウェア化した物理層にアプリケーションを融合して提供することも可能ですから、サービスの開発・提供を手掛ける事業者とのつながりも有益かもしれません。さらに、データ転送の高速化に伴ってサーバ内にも大量のデータを送り込む必要が生じますから、PCI(Peripheral Component Interconnect)などのインタフェースを高速化してサーバのメモリに転送する仕組み、いわゆるデータ転送に詳しい方とも協力体制を構築できればいいですね。